2013年9月28日 (土)

連続テレビ小説「あまちゃん」終了

「あまちゃん」が終わった。ここまで人気だと、いや俺はそんなでもないね、とカッコつけたくなるところだが、到底そんなことはできない。これは21世紀になって作られたドラマの中で、最高の出来なんじゃないか。

みんながこのドラマを語り、分析し、論評している。だから今更かもしれないけど、一応ブロガーとして、ひとこと呟いておこう。

「あまちゃん」の魅力は多すぎて、とてもその全てを挙げることはできない。宮藤官九郎のスゴさに的をしぼっても、その数はそんなに減らない。なので2点だけ。

 

まず一点目は脚本のダイナミックな構成だ。「ホンモノ」と「ニセモノ」の2つの世界観を立体的に交錯させている。

この作品には多くのニセモノが登場する。海に潜れないアキの代わりにウニをとる安部ちゃん。歌えない鈴鹿ひろ美の代わりに歌う春子。夏ばっぱの言うように「サービス業」であり漁業ではない観光海女。東京出身なのに訛っているアキ。「いい母親」を演じようとしているユイの母。東京に詳しい(つもりの)ユイ。存在自体にニセモノ感あふれる荒巻太一。数えあげたらキリがない。

こうしたニセモノたちの競演の中で、ホンモノ(と思われる)家族の愛情や、信頼関係といったものが、翻弄され続けていく。それが前半の展開だった。

ここで注目すべきは、ドラマの中でニセモノの中のホンモノが描かれていくだけではなく、ドラマ自体がリアルな世界とリンクすることによって、ニセモノ化していることである。視聴者は、ホンモノの世界の中でニセモノを見ており、その見ている先でニセモノにホンモノが圧倒されているのだ。

さらに言えば、ホンモノのアイドルだった人がニセモノの世界でアイドルを演じているが、そもそもアイドルってニセモノなんじゃないか、というかなりこんがらがったマトリョーシカな構造も用意されているが、混乱するからここでは脇に置く。

そして終盤が近づくにつれ、ホンモノとニセモノの立場は次第に逆転していく。登場人物はそれぞれに、ニセモノを捨て、ホンモノに向かおうとし始める。

その逆転が決定的になる瞬間はどこだったか。それは「おらのばっぱ、恋の珍道中」の週だ。この週は、どこか他の週と比べ、異なる印象を受けた人も多いのではないか。あのエピソードは、このダイナミックな構成を完成させるために必要な「特異点」だったのだろうと自分は見ている。

その象徴的な画面がこれだ。
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ホンモノとニセモノが交差した瞬間である。この瞬間、ホンモノの橋幸夫はニセモノになり、ニセモノの世界でホンモノを見抜くことになる。その状況を発生させるために、ずっと北三陸から出たことがなかった夏ばっぱが、初めて東京に出るという特別なイベントによって熱量を高める必要があったのだ。そのエネルギーによって、2つの世界観のバランスは逆転し、さらにはドラマの内と外という垣根も崩れてしまう。

じゃあ福田萌やさかなクンもご本人が登場しているじゃないかという声もあるだろう。それに対し無理にこじつけるとするならば、福田萌の登場はドラマの中のニセモノが、ホンモノの現実世界とリンクしていることを示したもので、さかなクンはニセモノとホンモノの世界を超越し、自由に行き来できる次元トラベラーとして存在している。さかなクンは、キャラを作っているわけではなく、普段からあの調子であることが知られている。これは、実際に一緒に仕事をした人から聞いたから間違いない。そういうさかなクンにとって、ホンモノかニセモノかは全く意味をなさないのだ。

「恋の珍道中」の翌週が「おらたちの大逆転」。太巻は改心(?)してアキを主役に起用。ホンモノ優勢の流れが決定的になって東京編は終わる。そして再び舞台は北三陸へ。そこには圧倒的なホンモノ(自然)を前に、ニセモノの力で懸命に生きようとする人々の姿が描かれる。ここへきて、ホンモノとニセモノ、どちらが正しいのかという議論の余地はなくなり、完全に両者は等価のものとして相対化される。だから、これまで「落武者(≒影武者)」とネガティブに表現されていたニセモノが「あまちゃん」という表現に変わる。

そもそも宮藤官九郎の脚本の持ち味は、世の中のあらゆる現象を一歩引いて見たようなドライさだ。そこには優劣を競うべき価値はなく、すべてが相対的に描かれる。「生」「死」までを含めて。

 

二点目は、そこに関係してくる。震災の描き方だ。

このドラマが震災を描くことは最初から分かっていた。だから、どんなに楽しくても、能年玲奈が可愛くても、のめりこみ過ぎないようにセーブをかけている自分がいた。

上に述べたように、宮藤官九郎は生も死も現象としてしか捉えない。つまり、死を描くときに、それを「特別なもの」という包装紙に包むことなく、そのまんまで提示する。だから、宮藤作品は常に血なまぐさい「死の香り」が漂う。

その宮藤官九郎が震災を描く。正直、恐怖だった。終盤、どんなにショッキングな展開が待ち構えているのか、想像だにできなかったし、想像もしたくなかった。それを考えると、「リアス」のにぎやかなやりとりを見ていても、この中の誰かは「死ぬため」に創られたキャラクターなのでは、という目で見てしまう。

だが、結果的に、誰も「死ぬため」に生きてはいなかった。その代わり、観光協会のジオラマが、実は「壊されるため」に用意されていたのだと知った。

この震災の描き方に関しては、批判もあるようだ。宮藤官九郎なら恐れずにもっと深いところまで入り込んで描けたのではないか、日和ったのではないか、という気持ちからだろう。それも分からないではない。

しかし、果たしてそれが可能だっただろうか?震災で家族を失った人の気持ちを、震災から2年しか経過していない今日、納得のいく形でドラマとして描けるだろうか?

真相は分からない。しかし、自分はこれで良かったと考えている。確かに被災地の現実は描けなかったかもしれない。だが、被災地ではないところにいた人の現実を、あまりにもリアルに描き出していた。揺れが収まったときのアキの「じぇじぇ!明日お披露目ライブなのに」という、場違いな心の声。テレビのニュースを見ながら、それをどう解釈していいのか分からず混乱しているアメ女やGMTのメンバー。すべて、「あの日」に起こった現実だ。

震災の記憶を風化させないように、忘れないように、というのはみんなが心がけていることだ。そのために被災地を訪問したり、被災した人の話を直接あるいはメディアを通じて聞いたりする人も多い。もちろんそれらは価値のある行動だ。しかし、それは多くの人にとって「忘れない」ためのものではなく、「新たに知る」ためのものだ。

このドラマを見て、震災当日、自分が何を考え、どう行動したのか思い出した人も多かったと思う。これが「忘れない」ことだ。

当日だけではない。ネットでも話題になっている「潮騒のメモリー」歌詞に込められたいくつもの仕掛け。「寄せては返す 波のように」という歌詞が問題になって、CDは宣伝もされることなくひっそりと売られることになる。

カンのいい人なら、この歌が最初に流れたとき、これが震災にからんでくるのだと予測できただろう。しかし自分はそんなことは考えもしなかった。だからドラマの中で、歌詞が問題で映画が中止になる、という状況に、滑稽ささえ感じた。

ところが震災直後、多くの映画やドラマが公開延期になったり放送中止になったりしている。もし、自分もあの曲を震災の3カ月後ぐらいに聞いたとしたら「あ、これはマズいんじゃないか」と感じたに違いないのだ。もう、自分は震災直後の感覚を完全に「忘れて」いるのである。

被災地以外で起きた現実を、これほどリアルに描いたドラマは初めてなのではないか。そう考えれば、震災を描いたドラマとしても、やはり「あまちゃん」は特筆すべき存在である。

確かに被災地の人が本音を語るシーンは少なかったかもしれない。しかし、自分は鈴鹿ひろ美の問いかけに夏ばっぱが答えたこの一言だけで、十分に胸に響いた。

「歌っても歌わなくても、津波の事は、頭から離れませんから。どうぞ、お構いねぐ」。

このシーンを見て、「ちゅらさん」のあるシーンを思い出した。それは、一風館で管理人のみづえさんとおばぁが2人で語り合うシーンだ。ぜひ沖縄に遊びに来いと誘うおばぁに、みづえさんは「戦争のことを思うと、気軽に遊びには行けない気がして」と語る。するとおばぁは「みづえさんのような人に、沖縄に来てほしいわけさ」と返す。短いシーンだが、ちゅらさんの中で最も印象に残っている場面だ。

20世紀に制作されたNHKのドラマで沖縄を描くときには、必ずといっていいほど戦争の記憶が深く陰を落としてきた。21世紀になって制作されたこのドラマは、NHKにとっては異例とも言える「戦争を描かない」沖縄の物語だった。そこに、1シーンだけ挿入された戦争の記憶。だから余計に重く感じられたのかもしれない。

また過去の朝の連続テレビ小説でも、悲痛な出来事はいくつも描かれてきた。「鳩子の海」では原爆投下、「純情きらり」では東京大空襲、「甘辛しゃん」では阪神・淡路大震災。他にもたくさんある。だが、いずれもそうした出来事を時間をかけて描くよりも、その経験をしたヒロインの生きざまを描いてきたのはすべてに共通している。

ここに思い至り、宮藤官九郎は、あくまで朝の連続テレビ小説のフォーマットの枠内で、「あまちゃん」を書き上げていることに気付く。確かにNHKにあるまじき小ネタのオンパレードなど、一見破壊的に見える作品だが、ヒロインの成長、周囲の人々との心の交流、親子の愛情、日本の行く末など、この枠に必要な要素はすべて踏まえているのである。

「結局普通の朝ドラだった」と批判している人のコメントをどこかで見た。確かにそうだ。だからこそ、スゴいのである。

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まあでも、一番印象に残ったのは、オーディションでアキに負けた小野寺ちゃんの表情だったよね。

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2009年1月26日 (月)

美内すずえ「ガラスの仮面」43巻やっと発売

2004年12月以来、4年ちょっとぶりに「ガラスの仮面」の新刊が発売された。4年に1度出てくるって、「こち亀」の日暮じゃないんだから。

前巻は、桜小路くんの携帯メールの衝撃が強すぎて、ストーリーなど微塵も覚えていなかったが、それでも問題ないほど薄い話の展開である。会社帰りに上野駅で買って、常磐線に乗って柏につくまでの間に読みきってしまった。4年待って30分のお楽しみ。紅天女への道はまだまだ遠い。天女だけに、「五劫の擦り切れ」ぐらいの時間がかかるんだろうか。

まあ、三文メロドラマに終始した前巻よりは、ちょっとましという程度だろうか?しかし問題は、いよいよ美内すずえがずっとはまっている新興宗教的精神世界の話に入り込みつつあるという点だ。

美内すずえが「ともだち」にならないことを祈るばかりである。

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美内すずえのホームページ

http://homepage2.nifty.com/suzu/index.htm

美内すずえが主催する精神世界探求グループ「オーエンネットワーク」

http://homepage2.nifty.com/o-ennetwork/

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2009年1月17日 (土)

土曜ワイド劇場「天才刑事・野呂盆六(3)~復讐の天使!百万ドルの夜景から届いた悪魔の殺人予告!天才VS美しく悲しき女刑事12年前の秘密!」

「怪傑ズバット」で知られるベテラン脚本家、長坂秀佳が「刑事コロンボ」を意識して創り上げたミステリーシリーズ、「野呂盆六」の最新作が放送された。2007年から始まったシリーズの3作目だが、90年代にTBSで同じ橋爪功の主演で2作作られており、通算では5作目だ。

自分はTBS版は知らないし、さほど愛着のあるシリーズではないので、最初はとりあえず録画しとくか、というぐらいで構えていたが、電子番組表を見ると共演陣が中山忍、野村宏伸、デビット伊東、阿南健治と、2時間ドラマファンにはなんともソソる顔ぶれだ。期待してリアルタイムで視聴した。

いやあ、これは良かった。何が良かったって、中山忍の演技がブラボーである。

もちろん、長坂脚本によるスピーディーでシンプルな展開は2時間が短く感じるほどの完成度だったし、インチキ方言を使い相手を煙に巻きながら鋭い洞察力とデジタル機器の知識で犯人を追い詰めていく曲者刑事を演じる橋爪功の名人芸は素晴らしい。しかし、今回は中山忍の圧倒的な熱演があまりにも強烈過ぎて、ほかの要素があまり目や記憶に留まらなかったというのが率直な感想だ。

中山忍といえば、アイドルデビューした1988年以来、常に自分の視界のどこかに必ず存在してきた。アイドル時代はCDや写真集など持っていたし、女優にシフトしてからも、「ゴジラvsメカゴジラ」「ガメラ 大怪獣空中決戦」に続けて出演。その後も2時間ドラマや時代劇などでコンスタントにその姿を目撃する。安定した活動を続けているのも立派だが、23~24歳ぐらいから全く年をとっていないように見えるのも驚異的だ。そのひとつの理由はあの鼓膜の裏側を直接刺激する魅力的な声にあるのではないかと思う。派手なキャラクターではないけれど、映像に出ていれば必ず目を引く、独特の存在感を持った稀有な女優さんだと思う。

今回は、その中山忍が二役に挑戦だ。全く違った表情を見せるだけでなく、その二役の間でお互いのフリをする、という難しい演技も的確にこなし、力量をいかんなく発揮していた。占い館での「どっちが姉妹だ?」や、摩耶山掬星台での緊迫したやりとりはとても一人の人間が演じ分けているとは思えなかったほどだ。

中山忍ファンには永久保存版の名作となった。これからの活躍にも大いに注目したい。そして、2時間ドラマとしては今年最初の傑作と言っていいだろう。来月は「法医学教室の事件ファイル」もあるし、楽しみだ。そろそろ「ラーメン刑事」の新作も期待したい。

ところで、今回の事件のカギは「天使」だが、やはりこれはかつて中山忍が河田純子、田山真美子と期間限定ユニット「楽天使」を組んでいたことへのオマージュに違いない。

土曜ワイド劇場のホームページ
http://www.tv-asahi.co.jp/dwide/

中山忍公式サイト(ブログも)
http://www.office-muse.co.jp/

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2008年3月 8日 (土)

土曜ワイド劇場「女刑事ふたり~赤い月連続殺人!!死者に狙われる美しい目撃者…警官殺しの裏に逆転の真犯人が!?」

2002年に放送された、石田ひかり&伊藤蘭のコンビによるドラマが5年のブランクを経てシリーズ化された。

前作は見ていないが、主演ふたりが押さえた演技で火花を散らす、シリアスなタッチの作品だ。

しかしこの回の主役は完全に、ゲストの南野陽子である。

圧倒的な存在感、リアルさとケレン味を両方MAXレベルで融合させた演技、20年前と全く変わらない美しさ、もうすべてが完ぺきだ。

そしてナンノ様特有の、セリフが部分的にただたどしくなるしゃべり方も健在。今回はクライマックスの画廊におけるセリフ「そんなくちさきだけの証言が」の「くちさきだけ」がそうなっていた。声フェチ系の人はそこをチェックしてほしい。

こういう素晴らしい女優が、第一線の仕事に恵まれていないのは、日本文化の一大損失ではないのか。いやあ、本当に素晴らしい演技だった。

もっと映画や、以前「細雪」に出ていたように舞台でも観たいものだが、それが叶わないのならまた土曜ワイド劇場にも顔を出してほしい。今度はぜひコメディータッチの作品を。そうだ、2003年の斉藤由貴・遠藤久美子・浅香唯主演の「殺人ロケ~美女三人 貧乏撮影隊が出会った三つの連続殺人! 沖縄 残波岬時間差トリックの完全犯罪」をシリーズ化して、主演に南野陽子を加えてはどうか。いやいや、もう斉藤・南野・浅香で新たに女刑事シリーズを作ってもいい。もちろん上司には蟹江敬三や萩原流行、そして長門裕行が。中康次も出ていいぞ。敵役は伊武雅刀と京本正樹な!

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2007年1月28日 (日)

土曜ワイド劇場「混浴露天風呂連続殺人ファイナル~箱根・伊豆~セレブの夢が泡と散るバブルに踊った女たちの傷跡・さらば温泉刑事 最後の秘湯で愛を誓う!」

土曜ワイド劇場の看板シリーズ「混浴露天風呂連続殺人」が1月20日の放送をもって完結した。足かけ26年にわたり年に1本のペースで制作され、これが26作目となった。

古谷一行と木の実ナナの名コンビに、この10年あまりは火野正平も加わり、最強トリオで繰り広げていたこのシリーズ。古谷一行は年を追うごとにエッチになり、木の実ナナは変わらず派手な衣裳に身を包み、火野正平はすっかり脱衣キャラが定着しほかのシリーズでも意味もなく全裸になっている。この3人の名人芸がもう観られないと思うと実に残念だ。ぜひDVDボックスを発売してほしいものだ。

前回の放送で、いつも山口かおり(木の実)に振られて終わる左近太郎(古谷)が、振られずにエンディングを迎えたので、これで最終回かとも思ったが、次回で最終回、という伏線だったようだ。

最終回は18年前のバブル絶頂期からの時間の経過をモチーフにして、有森也実、洞口依子、辻沢杏子という、誰が犯人でもおかしくない女3人を中心に展開する。山崎銀之丞という怪しいオマケつき。キャストは微妙に豪華だったが、最終回だからといって気負った雰囲気もなく、意味もなく挿入される混浴シーンと分かりやすい展開で、いつも通りの作りだった。

だが木の実ナナが、実の娘である詩織(山田まりや)の結婚を見守りつつ、自分の幸せについても真剣に考えるようになるくだりはなかなか心を打つものだった。どこか「マンマ・ミーア!」のドナとソフィの母娘のようでもあった。考えてみると、5年ほど前に詩織を登場させたときから、エンディングが視野に入っていたのだろう。

いずれスペシャル版や、派生シリーズ(火野正平が主役とか)での復活も期待したいが、まずはご苦労様といったところだ。

最近はこういうお色気シーンを売りにした番組もめっきり少なくなってしまった。ビデオやCATV、CSなどが普及し、地上波でそこまでする必要がなくなったのだろう。しかしそうして分業が進む中で、ますます地上波がつまらないものになってきている。そう考えると、貴重なシリーズだったとも言える。

「十津川警部」や「船長シリーズ」は、キャストを入れ替えながら続いている。このシリーズも新キャストで再開しても面白いかもしれない。

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ウィキペディアの「混浴露天風呂連続殺人」項目(放送リストあり)

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2006年12月26日 (火)

テレビ朝日「土曜ワイド劇場30周年特別企画 終着駅の牛尾刑事vs事件記者冴子・一冊のミステリーが招く殺人連鎖!! 新宿高層ホテルと越前海岸~女ふたり運命の絆の謎!? 森村誠一の殺人の詩集」&TBS「山村美紗没後10年特別サスペンスドラマ 京舞妓vs狩矢警部~乱れ傘の舞殺人事件 人気シリーズ主役が豪華競演!!京都一条戻り橋に散る悲恋…優雅な舞が捲き起す連続殺人」

23日の土曜ワイド劇場(テレビ朝日)は年末恒例のコラボレーション企画だった。長くこのシリーズは小林桂樹主演の「牟田刑事官事件ファイル」と片岡鶴太郎主演の「終着駅」、そして2003年からは水野真紀主演の「事件記者冴子」も加わった3シリーズの競演だったが、今年は「牟田刑事官」が抜けて2シリーズの競演となった。少し淋しい。

一方、25日の月曜ゴールデン(TBS)もコラボレーションで対抗。こちらはどちらも山村美紗を原典とする池上季実子主演の「京舞妓」シリーズと船越英一郎主演の「狩矢警部」シリーズの合体版だ。もっともこの2シリーズともまだ2作しか放送されていないので、30作品を越える牟田刑事官と20作に及ぶ終着駅(主役の交代はある)のコラボに比べるとやや迫力不足だ。

この2作品、興味深い符合が二点ある。

その1 どちらにも船越英一郎が出演している。

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2時間ドラマの帝王に恥じない仕事ぶりだ。しかも来年の土曜ワイド劇場第一弾は「紅蓮次郎」だというから恐れ入る。ちなみにその翌週は「混浴露天風呂連続殺人」のファイナルだという。前作がラストになってもいいような終わり方だったが、やはりきちんと最終話を作ろう、ということになったのだろう。こちらも楽しみだ。

 

その2 どちらにも前田愛が出演している。

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前田愛には「トイレの花子さん」(95年)から注目していたが、「ガメラ3 邪神<イリス>覚醒」(99年)でその演技力と存在感に圧倒されたのを思い出す。人気絶頂のさなかに謎のカナダ留学をし、以降すっかりマイナー女優になってしまったものの、このまま埋もれるには惜しい女優だと思っていた。だから復活してきたのは嬉しい。今回の土曜ワイド劇場では癒し系の風俗嬢を熱演し、その存在感がいまだ健在であることを強烈にアピールした。一方月曜ゴールデンでは過去2作品同様、舞妓・小菊を演じた。

ところで小菊といえば、かつて「舞妓さんは名探偵」シリーズで酒井法子が演じた役だ。田村亮演じる、いかにも遊び人という日本画家とのコンビで実にいい味を出していた。今回も橋爪功演じる怪しい日本画家が登場したが、途中で殺されてしまった。

こういうコラボレーション企画はウルトラ兄弟のゲスト出演同様、あまり連発しすぎると食傷気味になるが、特に数々の人気シリーズをかかえる土曜ワイド劇場では、年に2回ぐらいやってほしいものだ。「ラーメン刑事とタクシードライバーの推理日誌」とか。「お祭り弁護士 vs 赤かぶ検事」とか。そのうち「怪獣総進撃」みたいになっちゃうから駄目か。

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2006年9月25日 (月)

涼宮ハルヒの憂鬱「朝比奈ミクルの冒険 Episode00」

なんで今更ハルヒの話をしているかというと、先日「桜(もも)mint's」のDVD発売イベントが秋葉原のアソビットシティであり、イベント会場入場時間になるまで店内で過ごしていたため、棚を埋め尽くしたハルヒDVDのジャケットやキャラクターグッズを眺めているうちにものすごく観たくなってしまったのだ。ひとつのジャンルで深いところに潜ったヲタが、容易に他のジャンルの深いところに移動できるのにはこういうところにも理由がある。

それで新品同様、つか新品のDVDを、睡眠と呼吸と飲食以外には「大航海時代ONLINE」しかしていないこのへんの人から借りて現在視聴中。いずれとくとこのブログでも語ることになるだろう。しかしそこに関連する情報量たるやエヴァンゲリオンをしのぐほど圧倒的なものなので、それを語る日が楽しみなようなそうでないような。

とりあえず、その第1話「朝比奈ミクルの冒険」を褒め称えておきたい。これは素晴らしい。

この第1話は、主人公・涼宮ハルヒが率いるSOS団(「世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団」)が文化祭に向けて制作した映画、という位置づけで、本体のストーリーとは全く関係していない。

何が素晴らしいかというと、高校生が文化祭でつくる映画のお約束、手ぶれ、ピンぼけ、逆光、見切れ、編集ミス、構成ミス、下手な演技、その他もろもろを、忠実にアニメーションで表現できているところだ。高校で映画を、しかも映画研究会のような本格的なグループでなく、クラスなどで作った経験のある人には、たまらなく懐かしさを感じさせる。自分もその一人であり、なんだか涙が出そうになった。

もちろん懐かしさだけを誘うためにこのエピソードは作られ、しかも放送第1回に持ってこられたわけではない。この気宇壮大な物語を素直に直視できるよう、既存の思考回路を予め吹っ飛ばしておきましょう、という親切なサービスとして用意されているのだ。しかし自分にとっては30分まるまる使うまでもなく、最初の10秒で、すなわち「み、み、ミラクル みっくるんるん」だけで思考回路を停止させるには十分だった。

以降、DVD3巻まで一気に観てしまった。恐ろしく丁寧に作り込まれた映像と、インパクト抜群の主人公、日常と非日常、正気と狂気の狭間をハイスピードで駆け抜ける展開で、思考停止した脳には刺激的すぎる作品である。さっそく昼寝の夢にハルヒが現れた。ハルヒに何をしたのか、あるいは何をされたのかは、恥ずかしくってとても言えない。

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「涼宮ハルヒの憂鬱」公式サイト(と言っていいのか疑問だが)

http://www.haruhi.tv/

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2006年7月 5日 (水)

「DEATH NOTE」完結(ばれます。注意)

「DEATH NOTE」の最終巻(12巻)が4日に発売された。もう少年ジャンプでの連載はとうに終わっているが、この作品には非少年の読者も多く、コミックスで読んでいるオトナに遠慮して、ラストのネタばらしはネット上でもあまり行われていなかった。おかげで事前に終わり方を知ることなく、最終巻まで読むことができた。

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2006年4月 9日 (日)

「ウルトラマンメビウス」放送開始

ウルトラマンの新シリーズ、「ウルトラマンメビウス」の放送が始まった。

前シリーズ「ウルトラマンマックス」は、旧作品の怪獣が登場したり、実相寺昭雄らウルトラシリーズの創世記を支えた演出家が手がけたりと、往年の名作へのオマージュに満ちあふれ、人気を博した。今回もさっそく第2話でグドンが登場、その路線を引き継ぐ模様だ。

この傾向、怪獣ファンとしては確かに楽しいのだけれど、ウルトラシリーズが新たな価値の創造よりも懐古趣味に走ってしまうのは残念な気もする。劣化コピーの繰り返しでは、子供たちの記憶に鮮烈な印象を残すことはないだろう。もはやウルトラマンは日本の大切な文化のひとつだ。次の世代まで考えた番組づくりを期待したい。

もっともこの傾向に円谷プロが走ったのも理由がある。それは全く新しいウルトラマン像を作ろう、という意気込みで2004年にスタートした「ULTRA N PROJECT」の失敗だ。朝の時間帯での放送、1話完結を捨てたストーリー、複数の変身能力者の登場など、さまざまな試みに取り組んだテレビシリーズ「ウルトラマンネクサス」は途中で放送打ち切りになった。映画「ULTRAMAN」はまともに上映もされず、続編の制作も中止された。これが「新しい試み」へのトラウマになっていることは想像に難くない。

だが、それで引きこもってどうする。昔ばかり懐かしんでいる大人の姿を見て育った子供は、たぶんろくな大人になれないだろう。ウルトラマンは、常に強くあってほしいものだ。

もっとも今回のシリーズも、いくつか斬新な設定は含めている。1話を見ただけではわからないが、科学特捜隊やウルトラ警備隊に当たる組織「CREW GUYS」のメンバーは、これから集められるようだ。きっと彼らの成長を群像劇として描いていくのだろう。ウルトラマン自身の成長も語られるようだ。そこは「ウルトラマン80」に少し似ている。

そうした新しい部分を着実に形にしていけるのであれば、サービスとして多少レトロ要素を盛り込むのも悪くはないだろう。第1話では、さりげなく(?)「帰ってきたウルトラマン」の最終回で披露される「ウルトラ5つの誓い」が登場した。あまり懐かしさを前面に出すのではなく、こういうマニア心理をくすぐる要素として織り込んでいくのなら歓迎である。

その5つの誓い、きちんと暗唱できた。最近は物忘れが激しく、さっぱりものを覚えれないが、子供のころの記憶は本当に消えることがない。できれば少し消して、容量を確保したいのだけれど。

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ウルトラマンメビウスのホームページ

http://hicbc.com/tv/mebius/

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2006年1月22日 (日)

土曜ワイド劇場「混浴露天風呂連続殺人25 角館~乳頭温泉~男鹿・愛欲殺人旅行! 混浴外国人留学生秘湯めぐり」

すでに伝統芸能の域に達した、23年の歴史を誇る人気シリーズ。このシリーズはピチピチギャルの入浴シーンがメインの見せ場で、その合間にいい加減な殺人事件のストーリーが展開する。日本の誇るキラーコンテンツ、エロゲー文化のもとになった作品だ。

しかしながら、主演の古谷一行(左近太郎役)、木の実ナナ(山口かおり役)、火野正平(倉本一平役)のトリオのやりとりは、まさしく伝統芸能のように高い完成度を誇る。たいして面白くもないセリフでも爆笑を誘うのは、役者の力と言うよりほかはない。明らかに手を抜いて演じている古谷一行と、年齢を感じさせない木の実ナナの全力投球ぶりとの対比もいい。火野正平の存在感は相変わらず抜群だ。

今回のテーマは、長寿シリーズにふさわしく「歳月」がテーマになっており、1986年に放送されたシリーズ第5作「混浴露天風呂連続殺人~湯けむりに消えた女三人旅 田沢湖から乳頭温泉へ」の舞台となった秋田・乳頭温泉郷を太郎とかおりが訪れ、当時を思い出すところから事件が始まる。事件といっても、最初に川島なお美が登場した瞬間「私が真犯人です」オーラを出しまくっているので、犯人はばればれだ。このシリーズではいつものことである。古谷一行が「ちょっと東京に戻ってくる」だけですぐに全ての真相が明らかになってしまうのもお馴染みのパターンだ。

今回は歳月がテーマということで、過去に登場したレギュラーメンバーの鉢山秀才(常田富士男)や大沢よね(片桐はいり)も登場し、豪華な顔ぶれとなった。太郎の隠し子(?)が現れたり、シリーズ初となる外国人温泉ギャルが登場したりと、なかなか見応えもあった。そして、エンディングではお約束で太郎がかおりにふられ……と思ったら、ふられないで終わった。

ひょっとして、今回で終わってしまうのか? そのような発表はないが、そうなってもいいというつもりの内容にも見て取れる。だとしたら非常に寂しい。どんなに年をとっても、ぜひ続けてほしいものだ。

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土曜ワイド劇場のホームページ

http://www.tv-asahi.co.jp/dwide/

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