2009年8月29日 (土)

「RENT」ブロードウェイ・ツアー

「ウェストサイド物語」「コーラスライン」に続き、今月3本目の来日公演。もはやツアー公演に対するネガティブなイメージはなくなった。そこへ来て、この「RENT」ツアーは、オリジナル・キャストであるアダム・パスカルとアンソニー・ラップが出演するという。これはまた期待が持てそうだ、と赤坂ACTシアターへ。

恥ずかしながら、「RENT」を観るのはこれが初めて。過去にも何度か来日ツアー公演はあり、さらには日本人キャストの公演も行われていたのにもかかわらず、である。それよりなにより、自分が初めてニューヨークを訪れたのが96年末。まさにRENTがブロードウェーで大旋風を巻き起こした時期だった。だけど観なかった。「エイズをテーマにしたミュージカルだ」という間違いではないが正しくもない中途半端な情報だけで、敬遠してしまっていた。もっとも、自分はだいたいその年のトニー賞をとるような作品はパスする傾向が強い。2006年末にニューヨークに行ったときは「春のめざめ」を観てないし、昨年末のときは「ビリー・エリオット」を観てない。

この「RENT」は、特にオリジナル・キャストへのファンの思い入れが強い作品だと聞いていた。なるほど映画版でもこの2人、そしてRENTに続き「ウィキッド」のエルファバ役でその名声を不動のものにしたイディーナ・メンゼルらが参加している。そのオリジナル・キャストが来日するというのだから、この機会に観ない手はない。

そして、観劇後の感想。

すごかった。

俺はこんなものを13年も見逃していたのか。

後悔はないが、改めて世の中には自分の知らない素晴らしいエンターテインメントの世界が無限に広がっていることをひしひしと思い知らされた。

ボヘミアンなアーティストたちが巣食うアパートを舞台に、ゲイ、ドラッグ、HIVといった、およそ伝統的なブロードウェーでは正面から描かれることの少ないモチーフをギュウギュウに詰め込んで、魂で絶叫するように歌い上げるこの作品は、衝撃度と破壊力において他のミュージカルの追随を許さない。そんなことは言われんでも分かっている、と言われても、これは言わずにいられない。

序盤は、ただただ圧倒されているばかりだったが、ミミのソロあたりから、この作品の魅力にずっぽりと嵌まり込んでいた。そして、モーリーンのアバンギャルドなパフォーマンスで脳天を吹き飛ばされ、完全に降伏した。ラ・ヴィー・ボエームのシーンでは、頭の中が完全に空白になっていて、呆けるように見入っていた。後半は、登場人物たちの不安と悲しみに涙し、ラストではそれを超えたところに何が見えるのか、懸命に目を凝らそうとする自分がいた。

作者であるジョナサン・ラーソンが、プレビュー直前に死去したことは前に読んだことがあった。それがこの作品を一層「伝説」にしている、ということも聞いていた。確かに、この作品には作者の悲痛なまでの叫びと、生きとし生ける者への大きな愛情が満ち溢れている。神の域に達した作品は、その作者までをも飲み込んでしまうのだろうか?そう感じさせるだけの迫力がある。

作品内の時代設定は80年代末だが、この作品が公開された96年といえば、アメリカはとんでもない好景気に浮かれ、ニュー・エコノミー論なんていう世迷言がまかり通っていたころだ。加えて、ニューヨークではジュリアーノ市長の治安回復策が効果をあげ、街全体が明るく楽しい雰囲気に包まれていた。自分が訪れたのがホリデーシーズンだったこともあるが、ニューヨークといったら危険、というイメージしかなかった田舎者の自分は、あまりにも街がホンワカしていたので拍子抜けした記憶がある。そんな中で、若者たちの不安と絶望、そしてその超克を描いたアンダーグラウンドな青春群像劇が大ヒットしていたのは、実に興味深い事実だ。

これは観てよかった。負け惜しみで言えば、もしニューヨークで初めて見ていたなら、自分の英語力では内容がサッパリ分からなかっただろうから、日本で見たのは正解だったかもしれない。つうかいい加減英語マスターしろよ俺。この「ブロードウェイ・ツアー」は、米国内でスタートし、日本のあとは韓国で上演し、また米国に戻るという。この機会に米地方都市に訪れてみるのも一興か?ま、金はないが。

そうそう、「コーラスライン」リバイバル上演でコニー役を射止め、その模様が映画「ブロードウェイ・ブロードウェイ」で描かれている、沖縄出身の高良結香が、コーラスラインの来日公演に出ていなかったので残念がっていたら、こっちに出演していた。想像以上に小さな体で、想像以上に大きな存在感のすばらしい俳優だった。彼女は今も沖縄と米国の両方に拠点を置いて活動している。いつか、そのライブにも足を運んでみたいものだ。

「RENT」ブロードウェイ・ツアー公式サイト

http://www.rent2009.jp/

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2009年8月23日 (日)

A CHORUS LINE 来日ツアー公演

2006年からブロードウエーでリバイバル上演され、人気を呼んだ名作「コーラスライン」。そのツアー版が来日した。

先日の「ウェストサイド物語」ツアー版がなかなか良かったので、ツアーも悪くないな、と思い始めたところだ。そして、昨年ブロードウェー公演のオーディションの模様を映画にした作品を鑑賞し、また観たくなっていたところだった。多少の期待をかかえ、ウェストサイド物語のときと同じBunkamuraオーチャードホールへ。

ただ、考えてみると俺この舞台がそんなに好きじゃない。四季の公演を数回観た程度だ。最後に観たのはいつだっけ。と思ったらなんと2005年12月、伝説の木村花代ヴァルを見たときだった。役者たちの一人語りがえんえんと続く、途中休憩のない2時間の舞台。明るく楽しくばかばかしい舞台が好きな作品が好きな自分にはちとつらいのだ。

だが始まってみると、四季の舞台と比べ、見ていて何となく楽しいのである。

個性豊かなダンサーたちの姿が、四季と比べるとずっとデフォルメされているからだろうか。四季の場合、どうもひとつの型にはまってしまって、個性がつきぬけない印象がある。しかし米国からやってきた若い俳優たちは、演技もダンスも実に大きく、その様子を見ているだけでもわくわくしてくる。しかしその一方で、この作品のテーマである「不安」がひしひしと伝わってくる。言葉の壁を越えて。

特に女優陣がいい。ちょっと小柄なヴァルと、イメージぴったりのシーラとの掛け合いは最高だった。キャシーのザックへの、そして舞台への想いを乗せた歌、ダンスには圧倒される。鼻っ柱の強そうなディアナは、確かにカープ先生に疎まれそうだ。

この秋には、四季のコーラスラインも東京で再演される。若手俳優がずらりと並ぶことになるだろうが、ぜひ四季のカラに閉じこもることなく、自由な表現を期待したいところだ。

コーラスライン来日公演 Bunkamura特設サイト

http://www.bunkamura.co.jp/orchard/lineup/09_chorusline/index.html

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2009年8月 1日 (土)

WEST SIDE STORY 50周年記念ツアー来日公演

今年は来日公演のラッシュである。年々増えてきているのは確かだが、今年は異常なほどだ。その中でもひとつの注目公演はやはりこの「WEST SIDE STROY」。四季が2007年に久しぶりに公演してから、日本でのファン層も再び広がり始めた。そしてその「ウェストサイド物語」は現在全国公演の最中であり、9月には福岡公演も始まる。

また、ブロードウェーでもブームが再燃している。今年に入ってリバイバル公演が始まり、先日発表された63回トニー賞のリバイバル作品賞候補にも上がった。自分が昨年末ニューヨークに行ったときはまだプレビューも始まっていなかったので、観ることができず残念だった。

そうした中のツアー来日。どうもツアーというと、いまだに4軍、5軍というイメージが自分の中で払拭できない。実際、良かったと思える機会は非常に少ない。「We Will Rock You」は良かったが、あれはオーストラリアでロングランしていたカンパニーがまるごと引っ越してきたので、厳密に言うとツアー公演ではない。

今回の「WEST SIDE STROY」はどうか。結論から言うと、なかなかのヒットである。

冒頭、実はがっかりした。まずはミュージカルの古き良き伝統である、指揮者が客席にむかって一礼するセレモニー。客席も拍手で答え、さあ舞台を観るぞ、という気持ちが大いに高まった。それなのに、いきなり幕が開いて、役者たちが踊り始めてしまったからだ。

つまり、オーバーチュアがなかったのだ。

映画でもきちんとこのオーバーチュアを再現している。その間、画面は単色の背景画面だけになってしまうので、テレビで放送するときは(前奏曲)などの字幕を出して放送事故でないことをアピールしているぐらいだ。この序曲を聴いているうちに、だんだんと気持ちがニューヨークになっていくのだ。それがカットされてしまうとは残念。向こうの上演ではそれがスタンダードなのだろうか?せっかくの生オケ、それも結構な編成だったので、ぜひオーバーチュアは聴きたかった。

そしてジェット団、シャーク団登場。リフやベルナルドの動きに、四季の松島勇気のような軽やかさや、加藤敬二のようなキレがない。うーん、こりゃ「しょせんツアーはこんなもの」レベルに終わるのか、と思っていた。

しかし、トニー登場から印象ががらっと変わる。このトニー、歌がうまいのだ。いや、ミュージカルに出るんだからそりゃ歌はうまいだろう、と言うかもしれないが(そうでもなかったりするのも事実なのはみなさんご承知のとおり)、「Something's Coming」をのびのある豊かな声で、実に情感たっぷりに歌い上げたのである。この曲は素人目(耳?)にも非常に難しい曲で、四季では阿久津陽一郎が歌ったのを聴いたとき、どんなメロディーなのかサッパリ分からなかったほどだ。その後福井晶一トニーで聴いたとき、ああこんな曲なのかと分かったが高音がきつそうだった。

そしてマリア。なんか見た事あるな、と思っていたら、見た事あった。2006年にブロードウェーで「レ・ミゼラブル」リバイバル公演を観た時のコゼットだ。そう、あのエントリーに俺は「今まで見たコゼットの中で、最も歌唱力が高い」と記載している。あの歌声に、また出会うことができるとは。しかも、コゼットのソロはキーが高くて歌いこなすのが難しいのだが、その数が非常に少ない。今度はマリアだ。存分にその美声を堪能できた。なんとも幸せな再会である。

最初はなんだかまとまりがないな、と思ったダンスにも、次第に引き込まれてきた。別にツアー役者は4流、5流というわけではなく、ブロードウェーに立ち続けている役者と、実力的にはさほど差はないのだと思う。ただ、ツアーだとどうしてもカンパニーとしてのまとまりに欠けてしまいがちなこと、そして口うるさい評論家やリピーターの目にさらされないこと、そのぐらいの違いが、公演の印象に跳ね返ってくるのだろう。

なので、さほどまとまりを必要としない場面、例えば体育館のダンスや、「America」などは、圧倒的な迫力が生まれるのだ。これは楽しい。

迫力といえば出色の出来なのがアニタ役で、全力投球な歌と演技で、独特の存在感を放っていた。アメリカへの思い、ベルナルドへの思い、マリアへの思い、それらがひしひしと伝わってくる。それだけに、ドックの店で辱められたときの激しい怒りは観客の脳髄を直撃してくる。カーテンコールでも彼女への拍手はひときわ大きかった。

そんなわけで、終わってみれば相当な満足感が残った。四季の舞台では、アクの強い役者が演じるからか、どうしてもリフとベルナルドの比重が高い印象があるが、やはりこの作品はトニーとマリアの話なのだと実感した。この2人が良ければ、この作品は成功するのだ。

帰りの電車でプログラムを読んでみると、この日トニーを演じたスコット・サスマンはやはり声楽出身の人のようだ。なるほどである。そしてリフを演じたアレックス・ストールはプログラムではディーゼル役として掲載されている。アンダーということだ。どうもリフの存在感が弱いな、と思ったのも気のせいではなかったわけだ。再会したマリア役は、アリ・エウォルト。彼女の名はよく覚えておこう。きっと二度あることは三度ある。なにかとてつもなく大きな役で三度目の邂逅を果たせそうな気がする。存在感バツグンのアニタ役はオネイカ・フィリップス。そしてリフと並んでどうも印象が薄かったベルナルドはエマニュエル・デ・ヘスース。実際にプエルトリコの生まれで、ばりばりのバレエダンサーだ。素人のくせに動きが悪いとか言っちゃいけなかったのだ。すいません。なんでもミスター・プエルトリコにも選ばれたそうで、確かにハンサムさんではあった。

ツアー公演だからなあ、とあまり期待せずにいたのだが、とても楽しい時間を過ごすことができて感謝。この日から、自分の中でも何か変化が起きる(Something's Coming)だろうか?

会場に、キャストが控えめに張り出されていた。下記ウェブサイトでも、前日ぐらいに発表されるようだ。そのウェブサイトを見ていてびっくり。なんとアリ・エウォルトは4年ほど前、東京ディズニーシーのブロードウェイ・ミュージックシアターの「アンコール!」に出演していたというのだ。見てるかもしれない。いや、絶対見てるだろう。4年前だと、2月に1度ぐらいのペースで「アンコール!」観に行ってたし。このときとか。次に出会うのはどんな形なのか。オラ、なんだかわくわくしてきたぞ!

WEST SIDE STORY 公演ウェブサイト
http://www.westsidestory.jp/

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2009年5月 9日 (土)

ミュージカル「ザナドゥ」来日公演開幕

2007年にブロードウェーで開幕し、これはちょっと観たいなと思っていたが2008年末にニューヨークを訪れたときにはもう終了してしまっていた「ザナドゥ」。その来日公演が早くも実現した。ミュージカルの来日公演は「CHICAGO」がけん引役になって固定した市場を形成しつつあり、招聘の動きも活発だ。今年はヘアスプレー(再)、コーラスライン、ウェストサイド物語と、立て続けに大型来日公演が予定されている。

「四季や東宝の翻訳は観たくないが、来日版なら観たい」という人も多いようだ。個人的には、来日公演は4軍、5軍メンバーの寄せ集めで、モチベーションも低いというイメージがあり、あまり期待していない。しかし、近年は日本市場が次第に重視されるようになってきたのか、昔よりはクオリティーも上がってきている感じがする。また、数年前の「ウィー・ウィル・ロック・ユー」のように、ツアーではなく、オーストラリアのカンパニーがまるごとやってくる、というケースも出てきた。一昨年の「ヘアスプレー」もなかなかの完成度だった。そろそろツアーへの偏見は捨てなくてはいけないのかもしれない。

さて、今回の「ザナドゥ」はどうか。

この作品は、1980年に公開された、オリビア・ニュートン=ジョン主演の映画をベースにしている。そういう意味ではこの数年顕著な、ブロードウェーとハリウッドとのもたれあいの産物である。だが、今回はちょっと毛色が違う。実は80年に公開された映画「ザナドゥ」は、サウンドトラックが世界的にヒットしたものの、映画そのものへの評価は最低最悪で、栄えある第一回ゴールデン・ラズベリー賞の監督部門を受賞している。

そういう糞映画を原作にしているとことがミソだ。舞台の中では、映画の評価が低いことをさんざんネタにするとともに、そこに描かれる80年代の風俗を徹底的に笑いものにする。映画は正統派のロマンチック・ファンタジーなのに、舞台はどちらかというとおバカ作品なのだ。つまり、映画を原作としていると同時に、そのパロディーにもなっているという構造である。ネタ不足が深刻化しているブロードウェーミュージカルではあるが、そのアプローチ手法の柔軟さは健在だ。

そんな、ある意味ゆるい笑いに包まれた作品なので、肩に力を入れず気軽に楽しむことができる。もともとこういうバカ作品は好きなので、わくわくしながら観ていた。上演時間も一幕90分限りと、腰が痛くなる前に終わってしまう手軽さである。

夢を抱く青年の描いた絵から飛び出てきた女神がその青年と恋に落ち、夢をかなえていくという単純極まりないストーリーは、たとえ字幕がなくても理解できる。

ただ悲しかったのは、この作品に満ち溢れたパロディー精神が、英語に苦手な自分にはいまいち理解できなかった点だ。字幕ではフォローしきれない洒落や内輪ネタが相当なボリュームで残されていたように思う。

そのもどかしさを感じながら観ていると、あっという間に終わってしまって「えっもう終わり?」となってしまう。この来日公演の正しい見方としては(特に英語のニガ手な人用)、この作品の真髄であるパロディー部分は字幕で分かる範囲で素直に楽しみ、キラキラした80年代の輝きを多少のほろ苦さとともに味わう、というものでいいのだろう。

そういうライトな楽しみ方に、12000円の価値があるかどうか、というのはまた別の問題だが・・・

ミュージカル「ザナドゥ」WEBサイト(音が出ます)
http://www.xanadu2009.com/

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2009年5月 5日 (火)

ミュージカル「シラノ」世界初演の初日

シラノ・ド・ベルジュラック 鹿賀丈史
ロクサーヌ 朝海ひかる
クリスチャン・ド・ヌーヴィレット 浦井健治
ル・ブレ 戸井勝海
ラグノー 光枝明彦
ド・ギッシュ伯爵 鈴木綜馬
観客/カルボン 佐山陽規
観客/修道士/青年隊 林アキラ
リニエール 大須賀ひでき
でしゃばり男/青年隊 中西勝之
モンフルーリー/士官/青年隊 金澤博
ロクサーヌの付き添い/修道女 岡田静

長年にわたり、さまざまな演出やストーリーで上演されてきた演劇界のスーパーヒーロー、シラノ・ド・ベルジュラック。映像化も何度もなされ、藤子不二雄の自伝マンガ「まんが道」では、映画「シラノ・ド・ベルジュラック」を観た満賀道雄(=安孫子 素雄)が西部劇版シラノを描いたりもした(あれは面白くなかった)。

そのシラノの新作ミュージカルが作られ、日本で初演を迎えるという。作はジキル&ハイドのレスリー・ブリッカスとフランク・ワイルドホーンのコンビ。日本の興行主が出資して新作を書かせた、というのが真相なのかもしれないが、いずれにせよ日本演劇界もたいしたものである。主演は「ジキル&ハイド」の縁で鹿賀丈史が務める。

企画も面白そうだし、助演も光枝明彦に鈴木綜馬(=芥川英司)と四季退団者が顔をそろえている。広い意味では鹿賀もそうだ。レ・ミゼラブルでおなじみの戸井勝海、林アキラ、大須賀ひできの名前もある。初演でジャベールを演じた佐山陽規もいる。これは観ておかんと、と初日に足を運んだ。

序盤はシラノの皮肉屋としての一面が強調される展開。派手な喧嘩のシーンから始まるものの、役者が何を言っているのかよくわからない。なんだかガチャガチャした芝居だなあ、と思いつつ観ていたが、シラノが自らの思いを隠し、ロクサーヌとクリスチャンの仲を取り持とうとするあたりからがぜん面白くなってくる。そして二幕は緊迫感のある戦場のシーンと、それと対称的に静かで優しさに満ちた修道院のシーンとで構成され、最後まで飽きさせず観客を魅了するいい作品に仕上がっていた。

パンフレットの中のインタビューにも語られているが、この作品は冒険活劇というよりも、シラノという男の心栄えを丁寧に描こうとしているのが特徴だ。しかし、喧嘩や戦場など、見せ場もふんだんに用意されており、笑いあり涙ありの活劇的要素も十分である。

鹿賀丈史の演技はさすが。シラノのせつなすぎる内面を、皮肉なセリフにたっぷりと乗せた情感と、全身の細やかな動きによって満員の観衆に伝えていた。惜しむらくは歌の場面で歌詞が聞き取りづらいことだが、演技でそれを十分にカバーしている。

もっとも四季の舞台に慣れてしまうと、歌詞が往々にして聞き取りづらく感じるものだ。最初、雑な印象を持ったのもそれが理由のひとつだった。しかし、この日は光枝・鈴木コンビはもちろん、戸井勝海や浦井健治も実にはきはきとした発声で非常に聞き取りやすかったため、全体としてはそういう印象を持たずに済んだ。

光枝は変幻自在の役どころで、笑わせるシーンが多い。ちょっとだけデビルな動きもまじえ、舞台の空気を大いに和ませていた。力のある美声も健在だ。鈴木も光枝とは違った、どちらかというと天然っぽい笑いのセンスを持っているが、それをいかんなく発揮。しかし決めるところはビシッとカッコよく決めてくれて、ファンにとっては嬉しい限りだ。

久しぶりに見た戸井勝海がこれまたいい男で、演技にも歌にもメリハリがあって強い存在感を発揮していた。そして恐らく初めて見た浦井健治が実に良かった。演技も発声も歌も申し分なく、スター性も十分だ。これからのミュージカル界を引っ張る逸材と感じた。ヒロイン・朝海ひかるは演技はやや単調だったものの、その美しさと歌声のきれいさでカバーしていた。

総じて、強烈な何かがあるわけではないが、重くない形で心に訴えかけるものを持ったいい舞台だと思う。うまく育てていけば、東宝の新しいレパートリーとして、長く愛される作品になるのではないか。鹿賀だけでなく、戸井や鈴木のシラノも見てみたいと思った。

初日ということで、終了後、演出家の山田和也や作曲のフランク・ワイルドホーンらによるあいさつもあった。海外でヒットして輸入されたものではなく、正真正銘世界で始めて上演された初日である。作品が誕生した瞬間に立ち会えるというのは、観客冥利につきるだというものだ。

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「シラノ」WEBサイト
http://www.tohostage.com/cyrano/index.html

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2009年2月22日 (日)

博多座「ミス・サイゴン」ソニン@キムやいかに

エンジニア 市村正親
キム ソニン
クリス 藤岡正明
ジョン 岸 祐二
エレン 鈴木ほのか
トゥイ 神田恭平
ジジ 池谷祐子

さて博多に来たのだ、何か1本観ていこう、ということに。田村圭ちゃん出演中のライオンキング博多ver.も捨てがたいが、ここは東京で見逃したミス・サイゴンに。ちょうど観たいと思っていたソニンがキム役で出演している。

直前に思い立ったので買えたのは2階席の端。通常のS席に当たるA席だが、価格が16000円って一体何の値段だよ。どういう金の流れになっているのか分からないが、東宝が制作して博多座に卸す形なんだろうか?まんまマージンを乗っけてチケット代に反映させるのもどうかと思う。まあ地方で公演をすればコストがかかるのは分かるが、四季の「全国一律価格」に慣れてしまうと、素直に受け入れられない。もっとも、地元の方々にしてみれば、オケや舞台装置をカットしてでもチケット代を据え置くより、多少高くなっても東京と同じ演出を見られたほうがいいのだろうか?

だが博多座はなかなか立派な劇場だ。座席は舞台から遠く、座席間は狭いという古い設計ではあるが、コスト重視の四季の劇場にはない華やいだ雰囲気の立派な内装は、サア芝居を見るぞという気にさせてくれる。舞台がえらく広く、天井も高い。巨大セットが売りのミス・サイゴンにはうってつけだ。真偽のほどは定かではないが、設計段階でこの演目の上演を考慮したのだという。

さて久しぶりのミス・サイゴン。明るくノウテンキな舞台が好きな自分にとっては、ハッピーエンドではないこの作品はどうしても足が遠のいてしまう。しかし、上演していればやはり観たくなる。不思議な縁を感じる作品だ。

どうもステレオタイプのアジア観に拒絶反応を示す人も多いかもしれない。確かにそれは否めない。だがよく見ると、この作品はそうした「守るべき小さなアジア人」という西洋人の固定観念を打ち崩し、強く凛としたアジア人を描こうとしている姿勢も見え隠れする。さらに、アメリカ人のお馬鹿さ加減も前面に出そうとしていることも分かる。

ただ、やはり暗い展開と、いまひとつ耳に残りにくい音楽で、なかなか世界中で大ヒット、というわけにはいかないようだ。俺の場合いちばん耳に残っている曲といったら♪ジョン聞いてーくれこの声ー♪だし。

注目のソニン@キムは、これまで見たどのキムとも違う。キムははかなさの中にも芯の強さを感じさせる女性だが、このソニン版キムは、全身からバイタリティーがあふれ出る、ワイルドさが魅力だ。最初は少女っぽさを出してそういう演技をしているのかと思ったがそうではなかった。周りの人に対し、好意なら好意、敵意なら敵意を200%ぶつけていく。そんな全力必死系のキムである。だから、怒った顔がちと怖い。俺がエレンなら、とてもまともに対峙できない。

そのエレンを演じるのは鈴木ほのか様。しかし何で今さらほのか様がエレン?初演以来のはずだ。しばらく干しといて、四季の「マンマ・ミーア!」ドナ役で知名度が上がったら無理やり役をつけて引き止めにかかるなんて、四季も四季だが東宝もやることが大人気ない。だいたい初演以来ってことは、年齢的に無理が生じるということだ。ほのか様は1965年生まれ。この日その夫となるクリスを演じた藤岡正明は1982年生まれ。最近はマリウスを好演している。そういえば、藤岡のちょっと前にマリウスを演じていた津田英佑は四季でスカイを演じた。年齢的にはドナとスカイのカップルか。んーそれはそれでリサ、いんやアリだとは思うが……。

もっとも、ほのか様はアイドル顔なので、年をとっても「昔のまま」を保っている。だから彼女のキャリアを知らない人にはさほど違和感はないだろうと思う。それに、以前のエントリーでも紹介したように、彼女はかなりのナイスバディだ。そしてエレンの衣装は結構体のラインがくっきり出る。胸元も広め。カーテンコールでおじぎをした瞬間、思わずオペラグラスに手が伸びた最低な客は俺だけではあるまい。

市村エンジニアは言うまでもなく素晴らしい。四季退団後、市村正親ここにあり、と世間に知らしめた当たり役。いくつになってもこの役を演じてほしいものだ。筧利夫のエンジニアも少し見たかったけどね。

博多座にも一度来てみたかったし、満足した観劇となった。

ひとつ、ずっとこのブログにしたためておこうと思って、まだ書いていなかったことがある。自分がミュージカルにのめりこんだのにはいくつか要因があるが、その中でも大きな比重を占めたのが、仕事でロンドンに行ったとき、この「ミス・サイゴン」を観たという経験だ。すでに学生時代からレ・ミゼラブルやジーザス・クライスト=スーパースターなどを観ていたものの、社会人になって少し演劇から遠ざかっていた。それをぐっと引き戻したのがあのロンドンでの観劇だった。

そのロンドン出張は自分にとって初めての海外で、右も左も分からず、とても観劇の手配などできる状態ではなかったのだが、一緒に行っていた会社の大先輩、Tさんが「せっかくロンドンに来ているのだから演劇ぐらい観て行こう」とチケットを手配してくれた。自分の直接の上司ではないが、物腰のやわらかく、温厚な面倒見のいい人で、とても頼りにしていた。このミス・サイゴンで「やっぱり本場のミュージカルはイイ!」とテンションを上げていたら、「じゃあ、明日も行こう」と、翌日の夜はダフ屋に駆け込んでチケットを購入し、2人で「オペラ座の怪人」に足を運んだ。

海外でミュージカルを観る楽しさ、チケットは国内代理店を通さず手配すること、連日でも気にせず劇場へ行くという姿勢、考えてみれば今の自分の行動はTさんに大きな影響を受けているのだと思う。そういう意味では、Tさんは自分の恩師であり、この悪い遊びを教えてくれたイケナイ悪友でもある。

そのTさんは、昨年がんでこの世を去った。

Tさんが教えてくれたのは、観劇だけにとどまらず、もっと人生楽しんで過ごそう、という基本的な姿勢だったのかもしれない。困ったことに、この不肖の弟子はそれを完璧なまでに受け継いでいる。これからも、師匠があの世で「おいおいもうそのぐらいにしとけよ」と止めに入りたくなるほど、ガッツに楽しんでいきたいと思う。Tさん、ありがとうございました。

考えてみると、前回ミス・サイゴンを観たときは、市村氏と親交のあったある劇場関係者、Iさんを思い出した。Iさんも温厚な人で皆に好かれていたが、突然この世を去ってしまった。Iさんにも公私にわたりずいぶんとお世話になった。あらためて、感謝の気持ちを伝えたい。

ふと亡き人を思い出させてくれるミス・サイゴン。やっぱり、何か不思議な縁を感じる作品だ。

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ミス・サイゴン博多座公演のWEBサイト
http://www.hakataza.co.jp/miss_saigon/

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2009年2月 8日 (日)

宝塚歌劇 宙組バウホール公演「逆転裁判 蘇る真実」

フェニックス・ライト(成歩堂 龍一) 蘭寿 とむ
ミラー・アーサー 寿 つかさ
ロッタ・ハート(大沢木 ナツミ) 美風 舞良
裁判長(裁判長) 風莉 じん
レオナ・クライド 美羽 あさひ
マイルズ・エッジワース(御剣 怜侍) 七帆 ひかる
ディック・ガムシュー(糸鋸 圭介) 春風 弥里
ラリー・バッツ(矢張 政志) 鳳翔 大
モニカ・クライド 純矢 ちとせ
モエノ・クリステル 萌野 りりあ
ロバート 風羽 玲亜
サラ・シェリー 綾瀬 あきな
マヤ・フェイ(綾里 真宵) すみれ乃 麗
ルイス 蒼羽 りく
ネウス・インビット 瀬音 リサ

※カッコ内はゲームでの名前

宝塚とカプコンという異色のコラボレーションで実現した、法廷アドベンチャーゲーム「逆転裁判」の舞台版が5日、宝塚バウホールで幕を開けた。

宝塚歌劇団は、結構「えっ」と驚くような原作に果敢に取り組んでいる。例えば94年には宝塚市立手塚治虫記念館の開館に合わせ、「ブラック・ジャック」を舞台化した。これは噂を聞いて観たいなあ、と思ったが結局行けずじまい。また、その2年後にはつかこうへいの「蒲田行進曲」をタカラヅカ風にアレンジした「銀ちゃんの恋」も上演された。この作品は昨年も日本青年館で上演されていたので、チケットを確保したが体調悪く行けなかった。

タカラヅカのコラボレーション作品といえば、モーニング娘。ミュージカルも忘れてはならない。昨年の「シンデレラ」はちょっとイマイチだったが、2006年の「リボンの騎士」は歴史に残る素晴らしい出来栄えだった。だから、モーニング娘。に限らず、またそうした試みがあればまた足を運びたいと考えていた。

そこに入ってきた「逆転裁判」のニュース。「えっ」どころではない衝撃度だ。なんでも宝塚歌劇がゲームを題材にするのは初めてなのだそうだが、何でまた「逆転」なのか。「アンジェリーク」とかなら想像もつくし、もうちょっとファンタジーな作品ならまだしも、逆転裁判は魔法も妖精も登場しない推理アドベンチャーゲームである。強いて言えば霊媒師は登場するが・・・。その世界観とタカラヅカ、あるいはミュージカルという組み合わせは、想像の域を超越しまくりだ。

だからその報に接したとき、これは観なくてはと思った。その後、忘れてしまっていたのだが、初日の模様は宝塚の異色作、ということでテレビなどにも取り上げられ、思い出させてくれた。東京公演もあるが、一日も早く見たかったのと、ちょうど関西に出向く用事ができたのとで、ここはひとつ宝塚の本拠地に乗り込むことにした。チケットは完売しているので、Yahoo!オークションで確保。

そんなわけで、やってきました宝塚大劇場。

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宝塚駅から劇場までは10分ほど歩くが、劇場の雰囲気に合わせた街づくりがなされているので苦にならない。むしろ舞台を観るぞ、という気分がどんどん高まってくる。

今回「逆転裁判」が上演されるのは、大劇場と隣接している小劇場「バウホール」。小劇場といっても500以上のキャパシティーがあり、公式ホームページによれば「『時代の先端を行く作品を作り出していきたい』という思いを込め、1978年に開場した」とある。なるほどこういう実験的な取り組みも視野に入れた劇場というわけか。

場内に入ると、緞帳に大きく「逆転裁判」のロゴマーク。みんな平気で写真を撮っているので、公演中でなければいいのだろう、と思い俺も1枚。

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そしていよいよ幕が上がる。始まってすぐ分かったが、舞台はアメリカに置き換えられており、主人公の名前も「成歩堂龍一」ではなく「フェニックス・ライト」になっている。この時点で、なんだか「ハリウッド版北斗の拳」のような妙ちくりんなものになるのでは、という嫌な(半分楽しみな)予感がした。

だが、その予感は大きくはずれた。続々登場してくる「逆転」の登場人物たちは、衣装や髪型、言葉遣いにいたるまで、極めてゲームに忠実だ。成歩堂や御剣怜侍の、三次元では表現不可能と思われた髪形も、ちゃんと再現されている。違っているのは裁判長がハゲていないということぐらいか。しかしその裁判長は、厳格に見えるが人情家な側面もあり、ときどきすっとぼけたことを言う、というキャラクターを見事に受け継いでおり、ゲームで音声はなかったはずなのに「そうそう、こんなしゃべり方だったな」と錯覚させるほどソックリな雰囲気だった。

あとで知ったのだが、「フェニックス・ライト」などの役名は、「逆転裁判」海外版で使われていたものなのだそうだ。

ストーリーはオリジナルで、成歩堂がかつての恋人の嫌疑を晴らすために奔走するというもの。自分は「逆転」のゲームはシリーズ3作目の途中でつっかかってそのままになっているので、それ以降にこういうエピソードがあったのかと思って観ていた。それほど、違和感のないストーリー展開だったのだ。

そして、法廷シーンでは「異議あり!」の応酬、捜査時点で得た証拠の写真を「くらえ!」とつきつけるなど、「逆転」そのままの雰囲気で進行する。

原作となったゲームを全く知らなくても問題はないが、尋問の際に「サイコ・ロック」の効果音が使われたり、マヨイちゃんがさりげなく原作に登場するキャラクターの名前を口にしたり、と、プレーしたことのある人を軽くくすぐる仕掛けは用意されている。

音楽も、ゲームのBGMがアレンジされて使われている。「逆転」のBGMは、オーケストラバージョンのコンサートが行われたこともあるそうで、評価も高いようだ。そういえば確かに、BGMが印象的だったように記憶している。

こうして忠実に3次元化された「逆転裁判」だが、もちろんそれだけではない。タカラヅカらしく恋愛ドラマの要素が高い比重で盛り込まれているし、ミュージカルシーンは圧倒的な歌とダンスで魅了する。そしてそれがゲームの世界観を壊すことなく、むしろ強調するような形で相乗効果を生んでいるのが素晴らしい。御剣怜侍がミツルギダンサーズを従えて登場してきたときには思わずひざを打った。展開ももたつかず、観客を引き込んだまま一気にクライマックスになだれこんでいくテンポの良さもあり、実に楽しい2時間半となった。

「リボンの騎士」を見たときは、タカラヅカをメソッドとしてとらえ、それが本体から分離可能であることを知ったが、この「逆転裁判」を観て感じたのは、タカラヅカがプラットフォームとして機能している、ということだ。タカラヅカというプラットフォームに乗せることで、どんな非現実的なものも実体化される。「女が男を演じる」という、ある意味究極のウソを内在する世界では、どんなウソもまかり通ってしまうのだ。それはある意味で、東京ディズニーリゾートが、誰がどう見てもぬいぐるみなのに「中に人などいない!」と強弁することで、「非現実感」を麻痺させてしまうのにも似ている。タカラヅカプラットフォームの上で、「逆転」特有の、デフォルメされ過ぎ感のあるキャラクターがいきいきと動き始めるのだ。

「タカラヅカというプラットフォームと、ゲームのコンテンツ」という垂直方向のレイヤー間融合も見事だが、「推理アドベンチャーというゲームのコンテンツと、ラブロマンスというタカラヅカのコンテンツ」という水平方向のコンテンツ融合もそこにある。この立体的な融合構造によって、今回のコラボレーションが成功に導かれているのだ。もっとも、推理と恋愛、という融合はちょっと消化不良だったかもしれない。しかしそれはこの試みが実験的であることの証左でもある。

宝塚歌劇というと、歴史と伝統を重んじる保守的なカンパニー、という印象を持っている人も多いと思う。しかし、一方でこうした野心的な取り組みを繰り返すことによって、その生命力が維持され、高められているのだということを、本作は感じさせてくれる。この作品自体、このあと東京公演があるのでまた観たいと思うが、今後もタカラヅカの挑戦には注目していきたい。

それにしても、実験の舞台としてバウホールという専用空間を持っていることは素晴らしい。どっかの劇団のように「自由劇場」というたいそうな名前の専用劇場を造りながら、実際には懐古趣味の場にしてしまっているのとは大違いだ。ちったあ見習ってほしいものである。

「逆転裁判」宝塚歌劇団ホームページ
http://www.capcom.co.jp/gyakutensaiban/takarazuka_index.html

カプコン特設ページ
http://www.capcom.co.jp/gyakutensaiban/takarazuka_index.html

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2008年10月13日 (月)

「CHICAGO」日本人キャスト公演 意外に・・・?

ヴェルマ・ケリー 和央ようか
ロキシー・ハート 米倉涼子
ビリー・フリン 河村隆一
ママ・モートン 田中利花
エイモス・ハート 金澤 博
メアリー・サンシャイン H.MASUYAMA
フレッド・ケイスリー 他 大澄賢也
フォガーティ巡査長 他 中尾和彦
リズ 他 森実友紀
アニー 他 原田 薫
ジェーン 他 濱中優美
ハニャック 他 白木原忍
モナ 他 宮菜穂子
キティ 他 杵鞭麻衣
ハリー 他 神谷直樹
ドクター、ハリソン 他 坂本 まさる
アーロン 他 大谷 健
判事 他 中尾和彦
廷吏 他 坂元宏旬
陪審員 他 黒須洋壬
スウィング

那須幸蔵、仙名立宗、鴨志田加奈、
石塚智子、ごんどうけん

「ロス疑惑」の主人公、三浦和義氏が自ら命を絶った翌日、殺人事件を踏み台にしてスターダムにのし上がっていく女たちを描いたハードでブラックでスタイリッシュなミュージカルの傑作「CHICAGO」を観る。

CHICAGOの日本人キャスト公演が発表されたとき、世間の反応は不安6割、期待4割ぐらいだったろうか。そして主演が米倉涼子と聞いて、おそらく8割ぐらいの人はズッコケたと思う。自分もそうだった。

とはいえ、この作品が1996年にリバイバルされて大ヒットとなってからは初めての日本人による上演だ。オリジナル版の日本人による上演(草笛光子や鳳蘭などが出演した)はもちろん見ていない。とりあえず、どんなことになるのか観てみたいと思い、赤坂の新・ACTシアターへ。

旧ACTシアターは「赤坂ミュージカル劇場」として誕生、劇団四季が「美女と野獣」「オペラ座の怪人」を上演したのち撤退し、その後ACTシアターと名前を変えた。そしてオフ・ブロードウェーに衝撃を与えたアルゼンチン出身の宙吊りパフォーマンス集団「デ・ラ・グアルダ」の公演を最後に取り壊され、このACTシアターは2代目となる。もともと大きな劇場だったが、縦にも横にも広い、これまたかなり大型の劇場である。造りも旧ACTシアターに比べればだいぶしっかりしている。客席の椅子の間隔などはまあ普通。ロビーは狭い。トイレの便器は最新機種が導入されているが、なぜか石鹸がない。

ここでパンフレットをぱらぱらとめくってびっくりした。実は、米倉涼子はてっきりヴェルマを演じるものだと思っていたから。なるほど、ロキシーならヴェルマほどの難易度はないからさほど心配はしなくていいかも。もっともそれはそれでキャラ違い、という気もするが、ヴェルマやロキシーは比較的自由度の高い役で、演じる人によって印象はだいぶ異なる。ブロードウェーで観たとき、ロンドンで観たとき、何度か来日したツアー版、みな異なるヴェルマ&ロキシーだった。だからそれもさほど気にする必要はない。そしてヴェルマを演じるのが和央ようかだ。彼女が「ファントム」に出演していたとき、評判を聞いてチケットを入手したのだが体調が悪くて行けなかった記憶があるが、やっとその姿を見ることができる。

幕が上がり、舞台中央にでんと構えるバンドマンたちが登場。そしてさっそく和央演じるヴェルマが登場すると、客席が大きな拍手が。この日の客のかなりの割合が宝塚ファンで占められていることは、開演前からなんとなく雰囲気で察していたところだ。男役で磨いた艶のある歌声としなやかな身のこなし。これまで観た中で、最も「凄味」のようなものを感じる迫力のあるヴェルマだ。これはいい。

そしてほどなく米倉のロキシーが出てくる。やや似合っていないカツラに、少々上滑りな演技で、あーこりゃ駄目かな、と直感した。しかし、その直感は外れた。舞台が進み、ロキシーがちやほやされて調子に乗ってくるにつれ演技もどんどん調子に乗ってきて、思わず手を差し伸べずにはいられない、ロキシーの特有存在感を強烈に発し始める。途中セリフを噛んだりもしたが、役に成りきっているからかあまり気にはならない。歌やダンスもなんとかこなしている。

そして出色の出来だったのが河村隆一のビリーだ。このキャストを聞いたときから、これは面白くなりそうだ、と期待していた。やることなすことすべてがインチキの悪徳弁護士。これまで観たビリーよりはちょっと若いけれど、河村隆一はその歌声も含め、非常にインチキなムードが漂っているからだ。そして、その期待に見事に応えてくれた。出てくるそばから華やかさとインチキなオーラ全開で、観客の目線を独り占めだ。そして、歌うときに歌詞をとても丁寧に発音する人だとは思っていたが、それはセリフも同じで、早口で大量の口上を述べ立てるときも非常にカツゼツが良く、とても聞き取りやすい。口八丁で新聞記者たちを手玉に取るビリーの見せ場「We both reached for the gun」は米倉のキュートなマリオネット演技もあり、最高に楽しい場面に仕上がった。

アンサンブルには森実友紀の名前が。彼女が出るならもっと前の席を確保するんだったと後悔。もう四季に戻ってアリを演じてはくれないだろうが、こういう注目作に出ることでどんどんステップアップしていってほしい。その友紀ちゃんを始め実力のある役者が集まったようで、ヴェルマたちが自分の悪行を自慢げに歌う「Cell Block Tango」は実に見応えがある。

全体として、自分にとっては大いに満足のできるものとなった。これなら大阪公演や凱旋公演も含めて、あと何回か観てみたいと感じた。歌やダンスといった技術に厳しい人なら、そこまでの評価はできないだろう。しかし、「CHICAGO」という作品の楽しさが十分に伝わってきたのが嬉しかった。ただ、その楽しさを支えるビターな味わいがもう少し加わると、全体としてもう少しコクが出てくるはずだ。

ブロードウェーやウエストエンドで観たものと比べたら、それはまだまだ比べ物にならない、と言うしかない。しかし、少なくとも、ひんぱんに来日するツアー版と比べたら、自分はだんぜんこの日本人キャスト公演を推す。ツアー版ももちろんいい。しかし、時として役者のやる気のなさが垣間見えることがある。最初にツアー版が来日した東京厚生年金会館での公演は自分にとっても思い出のあるものだが、そのあとしばらくして劇団四季の会報誌「ラ・アルプ」で当時四季の国際担当だった安部寧が「フォッシー・スタイルの何たるかを全く理解していない」と酷評していた。そこまで言わんでも、という気もしたが、専門家の目から見ればそういう面もあるのだろう。もちろん、この日本人公演でそれが出来ているとは言い切れないが、この作品の面白さ、魅力をキャストたちが十分に理解し、それを観客に伝えようという意気込みがはっきり伝わってきた。

ところで、この作品の主役は誰だろうか。映画版はロキシー視点で描かれていたから主役はロキシーだが、実は観たときの印象で、主役はヴェルマだったりロキシーだったりする。自分がこの作品を初めて観たのは、ロンドンで開幕した直後だった。ブロードウェーでの大ヒットを受け、鳴り物入りでスタートしたこのウエストエンド公演では、主役に歌手としても有名なウテ・レンパーを迎え、劇場には巨大な彼女の懸垂幕が掲げられた。そしてその期待に200%応えた彼女の演技はすさまじいもので、会場内は爆笑と拍手に包まれた。だから当然、自分はこの作品の主役はヴェルマだと思っていた。

しかし、同時期にこれをブロードウェーで観た友人に聞くと、主役はロキシーだという。そして来日ツアーを観るたび、主役はロキシーにもヴェルマにも見える。

つまり、この舞台では前に出たもの勝ちで主役になれるのだ。脇役も、あるいはバンドマン、指揮者までもが、とにかく前に前に出で視線を掠め取ろうとする。それがCHICAGOの魅力である。今回、ヴェルマとロキシーは見事に釣り合って、両方が主役に見えた。しかし、これは恐らく和央が米倉に合わせているのだ。ぜひ、和央ようかには周りを気にせず、全力でこの舞台を奪おうとしてほしい。今回見た限り、米倉涼子はそれをやすやすと許すタマではなさそうだ。その全力モードの和央を前に米倉が舞台女優として一段階カラを破ると、この公演はさらに充実したものになるに違いない。決して長い公演期間ではないが、その奇跡が起きることを心から願いたい。

「CHICAGO」のWEBサイト
http://www.chicago2008.jp/

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2008年8月10日 (日)

モーニング娘。×タカラヅカ「シンデレラ the ミュージカル」

シンデレラ 高橋 愛
王子 新垣 里沙
ポーシャ 亀井 絵里
妖精 他 道重 さゆみ
ジョイ 田中 れいな
伝令官 久住 小春
妖精 他 光井 愛佳
ページ ジュンジュン
ページ リンリン
女王様 光 あけみ
王様 箙 かおる
継母 愛華 みれ
妖精の女王 麻路 さき
仕立屋 他 舵 一晴
父親 他 鷹月 笙
仕立屋助手 他 東 三智
家臣 他 多彩 しゅん
執事 他 真山 葉瑠
コック 他 雅 景
紳士 他 北山 里奈
シェフ長 他 大洋 あゆ夢
青年 他 かず ゆうと
側近 他 光海 あきほ
女官長 他 妃宮 麗子
老婆 他 二葉 かれん
メイド長 他 真由華 れお
男の子 他 松本 菜穂
だらしない娘 他 陽色 萌
メイド 他 雪菜 つぐみ
若い娘 他 舞名 里音
幼いシンデレラ 他 綾花 ちか
悪い娘 他 草風 なな
控え目な娘 他 姿央 みやび

2006年の「リボンの騎士 ザ・ミュージカル」以来2回目となる、宝塚歌劇団とモーニング娘。のコラボレーション。舞台は同じ新宿コマ劇場だ。

「リボンの騎士」は本当にすばらしい舞台だった。前評判はいまいちで、チケット販売には苦戦していたこの作品。自分も半信半疑で、とりあえず見ておくか、という気持ちで劇場に向かったところ、あまりの面白さに衝撃を受け、3週連続で劇場に通ってしまった(1週目2週目3週目)。間違いなく、2006年のベストプレイだった。

なので、どうしてもそれと比べてしまいたくなるところだが、今回はだいぶ枠組みが違う。

まず、前回は宝塚の女優は専科の箙かおる一人しか参加していない。むしろ作・演出に木村信司を迎えたところが重要で、宝塚の「手法」と、モーニング娘。とを融合させた舞台だったのだ。そのマッチングが最高だったうえ、そこに手塚治虫の世界観と、甲斐正人の日本の情感あふれる音楽とが加わり、世界に誇るべき日本のオリジナル・ミュージカルを誕生させた。

それに比べると、今回は宝塚から専科の2人(箙かおる、光あけみ)と、元トップのOG2人(愛華みれ、麻路さき)が参加、さらにアンサンブルはすべて宝塚OGで固めるという、文字通りの「宝塚・モーニング娘。の競演」だ。そして、作品はオリジナルではなく、天下のオスカー・ハマースタインⅡ世&リチャード・ロジャースコンビによる伝統のファミリーミュージカルだ。演出に宝塚から酒井澄夫を迎えているとはいえ、前回ほどのオリジナル色は望めそうもない。

なのであくまで前回とは別もの、という視点で観劇したが、出来としては「豪華なファミリーミュージカル」の域を出ていない、というのが正直な感想である。

妖精の女王が歌う幻想的なオープニングは素晴らしかった。いっきに舞台に引き込まれたが、その後の演出は一様に凡庸で、古い作品だからか物語のテンポも悪い。現代の子供にはやや飽きられてしまうだろう。

舞台上のタカラジェンヌと娘。の面々も、どうもうまくかみあっておらず、互いの良さが出ていない。ジェンヌ側は客に、娘。側はジェンヌに遠慮している様子がありありと伝わってしまう。

娘。の配役もやや不満。高橋愛の実力は折り紙つきだし、新垣里沙の王子役は予想に反して実に凛々しかった。だが、やはり今回は、5期メンバーは一歩後に引いて主役は久住小春や光井愛佳に任せるべきだったのではないか。小春が今回演じた兵士は、抑えた演技ながらすさまじい存在感を放っていた。やはりこの子にはスターのオーラがある。そしてその年齢に不似合いな如才なさが持ち味の光井を、ここで見極めたかった思いもある。

田中れいなのいじわる姉はいいとしても、すっかり普通の人になってしまった今の亀井絵里では、そのれいなとつりあいが取れない。そして道重さゆみに至っては完全にアンサンブル扱いである。これはないだろう。ジュンジュン・リンリンだってもっと使い方があったと思う。

やはりモーニング娘。ミュージカルはオリジナルが基本だ。既存の脚本にあわせるとこういうことになってしまう。もちろん、作品として面白ければそれでもいいが、今回はそこまでの面白さがなく、不満だけが残ってしまった。

フィナーレは、モーニング娘。、タカラジェンヌそれぞれにたっぷりと時間をとった豪華なもので、これはなかなか楽しかった。娘。は「シンデレラコンプレックス」「シャボン玉」「リゾナント ブルー」「ザ☆ピ~ス!」の4曲を熱唱。しかしこういう展開なら、昔「エンタの神様」で娘。&宝塚を初めて実現させた「Mr.Moonlight 〜愛のビッグバンド〜」やってほしかったよ。盛り上がると思うんだけどなあ。

今回は我慢しました

「シンデレラ the ミュージカル」公式ブログ
http://www.koma-sta.co.jp/cinderella/

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2008年7月 6日 (日)

東宝「ミュージカル デュエット~They're Playing Our Song~」 保坂知寿の帰還

ついに保坂知寿が舞台に帰ってきた。シアタークリエのミュージカル「デュエット」開幕である。

2007年2月の「マンマ・ミーア!」千秋楽以来、1年半近いブランクを越えて保坂が挑むこの作品。三谷幸喜が尊敬してやまない、トニー賞&・ピューリッツァー賞戯曲部門受賞の実力派劇作家、ニール・サイモンと、「コーラスライン」の作曲歌、マービン・ハムリッシュの手による、男女一人ずつしか登場しない「2人芝居」のミュージカルだ。

客席に座ると、ステージ上に設置された巨大なグランドピアノが目に入る。軽やかな音楽に乗って、そのグランドピアノの屋根が開かれると、そこにアパートの1室が現れる。劇中、このピアノがアパート以外にさまざまな“役”を演じるという、演出の鈴木勝秀が考えた洒落た仕掛けだ。しかし、それが単に奇抜な舞台セットというだけに止まらないところがこの作品のみそである。

アパートの部屋にいるのは、石井一孝演じる売れっ子の作曲家・ヴァーノン。人気絶頂ではあるが、生来の几帳面さが災いして人間関係には苦労している。そこに現れた、保坂演じる売り出し中の作詞家・ソニア。舞台衣装のお下がりという、かなり奇妙な服装を身にまとった彼女はヴァーノンとは対称的なぶっ飛んだ性格の持ち主で、不思議ちゃんがそのまま大きくなった、大きい不思議ちゃんだ。対極的な2人の共通点は、音楽に対する非凡な才能。そして、同じ精神科に通っているということだ。不安定な精神状態を抱えつつ、2人が惹かれあい、また対立しながら共同で楽曲を創り上げていく様を、都会的な笑いのセンスでコミカルに描いていく。最後に2人の関係がどうなるのか、はらはらしながら見守るラブ・ストーリーでもある。

一見、2人の舞台上での関係は対等に見えるが、実はこの作品、基本的にヴァーノンという男の一人称で語られている。つまり、ヴァーノンが一人でいるシーンは存在するが、ソニアが一人でいるシーンは例外的にしか存在しない。ヴァーノンと一緒にいないソニアが何をしているのかは描かれず、観客はヴァーノンと共に頭を悩ますことになる。

この構図は、すなわちこの作品がヴァーノンの成長をつづった物語であることを示している。ピアノの中に閉じこもっていた男が、ピアノの「外」の世界とかかわり、やがてピアノの外に出て行く。そのカギを握っているのがソニア、という仕掛けだ。

2人の丁々発止のやりとりは小気味よく、歌われるナンバーも軽めの明るい曲が多い。いまだ精神科への偏見が消えない日本人には、歯医者に通うように精神科へ通う2人の心理が伝わりにくいかもしれないが、何の難しさもない気軽に楽しむことができる作品だ。上演時間は休憩含めて2時間半余り。

さて保坂知寿である。やや実年齢より低めの役柄ながら、魅惑の保坂ボイスと細やかな仕草でキュートな大きい不思議ちゃんを好演している。普通のセリフでも笑いに変えてしまう保坂マジック(例:「夢から醒めた夢」の「一日だけでいいんでしょう?」、「マンマ・ミーア!」の「言葉のアヤよ」)も健在で、マシンガンのようにしゃべりまくるセリフは、どこまでが真面目なセリフなのかどこからが笑いを取るセリフなのか解らないほどだ。その演技のキレに、ブランクは全く感じられない。そして、すべてのシーンで異なる衣装で出てくるのが、保坂ファンにはまたたまらないかもしれない。もっともどの衣装もごちゃごちゃした感じのものが多いので、保坂の薄味美人な魅力が埋もれてしまっていると言えなくもないが。

歌声については、すでに「マンマ・ミーア!」の千秋楽のころには、全盛期の60%ぐらいのパフォーマンスになっていたことは否めない事実だ。それをどこまで回復させたか、といえば、残念ながら目をみはるほどの回復とまでは言えないのが正直な感想だ。ところどころ、伴奏にその声がかき消されてしまうような部分もあった、もちろんそれは音響の調節の問題ではあるが、全盛期の保坂なら、伴奏も共演者の声も圧倒してしまうパワーがあったことを思い出さずにはいられない。

対する石井一孝。マリウス役が板につきすぎて、それ以外のイメージがどうしても薄いが、自らが相当な音楽オタクである石井にとって、ピアノの中に引きこもっている作曲家というのはまさにはまり役だ。でかい声にでかい顔、そしてついでにでかい目で、強烈な印象を残す。ぽんぽん話すソニアに負けじとヴァーノンもばんばん言い返すが、四季役者も真っ青の丁寧な発声で、ひとつひとつのセリフがすべて耳にきちんと入ってくるのがいい。

こういう2人の呼吸が全てという作品は、おそらく公演を重ねることで、少しずつ変化していくのではないかと思う。今月限りの上演だが、機会あればまた足を運びたい。

とにもかくにも保坂知寿がミュージカル界にカムバックした。ファンのひいき目で言えば、もっと華やかな舞台を美々しく整えてほしかった気もするし、四季以外の日本の人気ミュージカルで、保坂にふさわしい役がどれほどあるかと言われればやや不安を感じないでもないが、まずはこの「女王の帰還」を心より喜びたいと思う。次の作品が何になるのか、期待して待とうではないか。

「デュエット」のホームページ
http://www.tohostage.com/duet/

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2008年4月27日 (日)

ミュージカル「レベッカ」山口祐一郎にはダマされないぞ!

※ばれますのでご注意ください。

マキシム 山口祐一郎
わたし 大塚ちひろ
ダンヴァース夫人 シルビア・グラブ
フランク 石川禅
ファヴェル 吉野圭吾
ベン 治田 敦
ジュリアン大佐 阿部 裕
ジャイルズ KENTARO
ベアトリス 伊東弘美
ヴァン・ホッパー夫人 寿ひずる

シアタークリエ初のミュージカル興行は、作詞ミヒャエル・クンツェ&作曲シルヴェスター・リーヴァイ、主演は山口祐一郎という東宝演劇の最強布陣で臨む「レベッカ」。ヒッチコック監督による映画版は観たことがなく、まったく予備知識なしで劇場へ向かった。クリエは「恐れを知らぬ川上音二郎一座」以来。

天涯孤独だった「わたし」が突然イギリスの大富豪・マキシムの後妻に迎えられ屋敷で生活するようになるが、誰もが褒め称える死亡した前妻について意外な事実を知り……というサスペンスタッチの作品だ。

シルヴェスター・リーヴァイらしい美しい音楽と共に幕が上がり、大塚ちひろの独唱。「ダンス オブ ヴァンパイア」の時より、また歌がうまくなっている気がする。「ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS」で長澤まさみと「モスラの歌」を歌っていたときはここまで歌の才能のある子だとは思わなかった。

ほどなく、えらく若づくりした山口祐一郎が舞台に登場。大富豪の英国紳士、というふれこみだが、英国紳士はともかく、大富豪にはちゃんと見える。どこか世間の常識とはズレた雰囲気が感じられるのだ。どことなく「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の中川がちょっと老けたようだ。そして上滑りしたようなセリフにぎこちない動き。

ものすごくヘンだ。

だんだん、中川というよりは京極夏彦の京極堂シリーズ第7段「陰摩羅鬼の瑕」に出てくる“伯爵”のように見えてくる。つまり、単なる世間ずれしていない金持ち、ということではなく、常識を知らないがゆえにとんでもない陰惨な事件を起こしそうな、いや、もう起こしているのではないか、という不安がもくもくと頭の中にわいてくる。そしていきなりの求婚。「わたし」を愛しているとは微塵も思えない。やはりこれは第二幕の惨劇へ向けた序章に違いない。

しかし、それは山口祐一郎の仕掛けたワナだった。

確かに、2幕に入って隠された真実、マキシムの過去が明らかとなる。しかしながら展開は決して陰惨ではなく、全体的にはイイ話で終わる。後味も決して悪くない。

ヤツにダマされたのだ。見事なまでに。

この日本語版以外の公演を観たことがないので何とも言えないが、あそこまで怪しい演技は脚本で指示されていないのではないか。舞台を観たあとにヒッチコック版の500円DVDを購入してみたが、やはり多少の影はあるものの、マキシムの「わたし」への愛情はそれなりに感じ取れる。だからこそ、後半、その苦悩が明らかにされたときの「わたし」の気持ちが痛いほど分かるのだ。オリジナルの演出はその線に近いのではないかと想像できる。

ではなぜ、ヤツは勝手に演技を変えたのだろう(まあ、山口祐一郎にはよくあることだが)。恐らく、そうすることで第一幕がダレるのを避けようとしているのではないか。この舞台、一幕が85分あるが、やや展開がもたつくきらいがある。あの山口の演技によって、後半のあんなことやこんなことを想像しなければ、ちょっと眠くなってしまう。

そして、この作品全体が、サスペンスというよりもラブロマンスの色彩が強く、後味はやや甘めである。もちろん、そういうものを求めている観客も多いのだし、それはそれでいい。しかし、あの男はそれでは満足できず、もうひと味加えてやろうと考えたのではないか。少なくとも、自分はあの妙な演技によって大いに楽しんだし、自分の間違った想像と、実際の展開のギャップに驚くこともできた。

作品を平気でねじ曲げる山口祐一郎。いろんな意味で期待に応えてくれる男である。

テイストはやや甘めではあるが、音楽を含めて完成度の高い作品だ。この公演自体もボーカルの確かな俳優がそろった、なかなかの出来だと感じた。石川禅やシルビア・グラブはさすがの安定感だし、KENTAROの歌とひょうひょうとした演技も印象的だった。彼にはぜひ、「オペラ座の怪人」でムッシュー・アンドレを演じてほしい。

シアタークリエといえば、7月の「デュエット」のプロモーション映像をロビーで流していた。久しぶりに映像で見る保坂知寿さまが超かわいい。さほど興味が沸かない作品だと思っていたが、こりゃやはり観なくてはいけないようだ。

クリエのロビーは非常に狭い。休み時間中は、つながっているシャンテの地下のカフェがおすすめだ。

「レベッカ」のウェブサイト
http://www.tohostage.com/rebecca/index.html

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2008年3月29日 (土)

みそしれる歌舞の会 第7回公演「カトルカールの願い事」

千葉県を本拠地に活動しているミュージカルカンパニー「みそしれる歌舞の会」が2年6カ月ぶりに本公演を実施した。地域の人々に親しまれ、良質な作品を生み出す実力あるグループであり、ぜひ今後も活動を続けてほしいものだ。

平和な村に住む、優しい心を持ちながら疎外感にさいなまれる魔法使い。彼が偶然呼び出してしまった、天真爛漫な子供の悪魔との心の交流が、魔法使いと村人との壁を少しずつ融かしていくという、ハートウォーミングなストーリーだ。精緻に整った伏線と構造を持つ脚本、それぞれの持ち味を生かした個性的な演技、ピアノだけで広がりのある世界観を出現させる力のある音楽など、ブランクはあったもののその実力は健在だ。劇場全体を舞台にする手法は子供たちも大喜びである。

四季は「文化の一局集中排除」を掲げ、津々浦々で全国公演を行っている。それはそれで素晴らしいことだけれど、本当に地域の文化として根付かせていくためには、こうした自発的な活動が継続的に行われていく必要がある。それをサポートできるのは何だろう?才能のあるリーダーはそうたくさんはいないだろうが、とりあえずやる気だけはある、という人は多いだろう。施設も、実は探すと結構ある。あとは資金と、その活動を広く伝えていくための地域メディアだと思う。メディアについては、ネット動画の普及が大きな変化をもたらすことになるかもしれない。あとに残るのは、やはり資金か。

その特効薬はすぐには思いつかないけれど、現在国内に数多く誕生した地域FM局が、ヨコの連携を深めることで次第に力をつけつつあると聞く。そのあたりに何かヒントがあるかもしれない。自分もそろそろ都心での仕事に体調が追いつかなくなってきたので(そんなに働いてはいないけれど)、早いところ余生モードに入って、地元のためにできることがないか探していこうと思う。

200803231440000

「みそしれる歌舞の会」WEBサイト
http://www.misokabu.com/

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2008年1月12日 (土)

鹿賀丈史&市村正親「ペテン師と詐欺師」

※最後まで読むとばれます。これから観る人は、適当なところで引き返してください。

ローレンス・ジェイムソン 鹿賀丈史
フレディ・ベンソン 市村正親
クリスティーン・コルゲート ソニン
ミュリエル・ユーバンクス 愛華みれ
ジョリーン・オークス 香寿たつき
アンドレ・チボー 鶴見辰吾

何か新年らしい明るく楽しい舞台でも、ということで日生劇場へやって来た。

この2人のベテラン俳優が火花を散らす「ペテン師と詐欺師」は一昨年に上演され、今回は再演だが、前回は行こう行こうと思いつつ結局見逃してしまった。なのでこれが初見。

入念な仕掛けと洗練された雰囲気で、金持ち女から次々と大金を巻き上げる凄腕詐欺師のローレンス(鹿賀)と、出たとこ勝負の一匹狼詐欺師・フレディ(市村)が繰り広げる、ドタバタのミュージカル・コメディ。音楽もギャグも軽めの味付けで、正月料理でもたれた胃にはもってこい、という作品だ。

作品の見どころは言うまでもなく、2人の演技合戦だ。特に2幕に入ってからのテンポのいい駆け引きと掛け合いは、コメディに浸る幸せを存分に感じさせてくれる。

鹿賀の声には、かつての張りはなく、セリフもだいぶ聞き取りづらくなっている。しかしその圧倒的な存在感は健在。ローレンスはたびたび指をならしてスポットライトを要求するが、照明などなくても常にその姿は観客の目を引く。そして、自身が非常に楽しそうに演じているのが伝わってくるのが心地良い。一幕最後、そして二幕最初のしてやったりな表情、心の底からわき上がってきたような笑顔は強く印象に残った。

一方の市村の役柄は、ローレンスの「静」の演技に対し「動」が求められるが、その動きに実にキレがある。若い奥さんをもらったからかもしれない。いやきっとそうだ。市村といえば「ハタチの恋人」というひどいドラマが記憶に新しいため、その本領を発揮した姿に、やっぱりこの人はすごいんだ、と安心した。あのドラマはひどかった。長澤まさみは好きだから見てたけどな。アドリブも絶好調で、観客に話しかける場面では「初観劇ですか?いい演目を選ばれましたね」と客席を和ませていた。

もし、10年前の彼らのコンビで観ていたなら、もっとパワフルでスピード感にあふれたやりとりを目撃できたかもしれない。だが、恐らく今の2人だからこそいい味が出たと思われるのが、ラストシーン近く、ビーチチェアに腰を下ろして語り合う場面だ。これまでの人生を振り返りながら、引退を考え始めるローレンスと、イタい目にあいながらもまだまだヤマを追いかける気まんまんのフレディ。長い役者人生で、数え切れないほどの役とさまざまな人生経験を積んだ二人だからこそ、この場面に深みが生まれる。俳優というのは、役の向こうに自分自身の人生を映し出す職業なのだと感じた。

脇を固めるのも個性的な面々だ。詐欺の一味にして警察官、フランス人なのに生真面目、という珍妙な役を絶妙の演技で形作るのは鶴見辰吾。舞台で見るのは初めてだが、「高校聖夫婦」や「ポニーテールはふり向かない」のころからちっとも変わらないその強烈な雰囲気は、舞台上でも全く色あせることがない。もっと多くの作品で彼の演技を見たいものだ。

そして前回奥菜恵が演じたヒロイン、クリスティーンを演じるのはソニン。そういえば奥菜恵の引退騒動はどうなったんだろう。そのソニンは、昨年、結局これも見逃してしまった「スウィーニー・トッド」での演技が高い評価を受けており、どんなものだろうと思って見たが、なるほどこれは逸材である。声に力があり、セリフも歌詞も実によく届く。正直なところ、今回の出演者の中で最もセリフが聞き取りやすかった。そして演技も、いかにも田舎から出てきた純朴なお嬢さん、という雰囲気が非常によく出ていた。ここはこの舞台の成否を分ける大きなポイントだ。しかし、持ち前のナイスバディは隠せない、というか衣裳によってはより強調されていて、いつも以上にしまらない顔で眺めていた。歌は以前から聴いていたから、そのクリアでよく伸びる声質は知っていたが、声量は思ったほどでもなかった。声帯は相当強そうなので、ミュージカルのボイストレーニング(そんなものがあるのか知らないけど)によって、いくらでも伸びていきそうな気がする。期待は大きい。今年の夏には「ミス・サイゴン」への出演も決まっている。ミス・サイゴンはもういいかな、と思っていたが、かなり彼女のキムを見たくなってきた。

パンフレットのソニンのプロフィールを見ると「2000年ユニットでデビューし」と書いてある。そのユニットとはご存知「EE JUMP」だ。このユニットは、当初3人だったのにデビュー前に一人抜け、デビュー後もユウキ(後藤祐樹、窃盗犯)の度重なる不祥事により振り回され続けた。でもそのころから自分を含むマニアの間ではナイスバディが話題になっており、そのへんを生かせばソロでもやっていけるよなあ、と不謹慎なことを言っていたらその通りになって(「カレーライスの女」でエッチな衣裳を披露)、こちらが慌てたものだ。だがそのあとは土佐犬と闘ったりして意味不明なキャラに育ってしまい、ちょっと興味が失せていたが、ここへ来てまた自分の興味範囲にずかっと入ってきた。

デビュー当時は後藤真希の弟ということで注目を浴びるユウキの影に隠れ、そのうえ不祥事にほんろうされ、踏み台にされてもじっとこらえるけなげな姿が印象的だったソニン。しかし今、ユウキは強盗グループのリーダーにまで転落した一方で、ソニンは着実にスターへの階段をのぼりつつある。こうして見ると、あの「堪え忍ぶ健気なキャラ」は全て計算で、踏み台にされていたのは実はユウキだったのか?

なーんて思いたくなるのは、きっと…。

 

Sagi

↑ちょっとキモチ悪いけど、ナイスなデザインのハンドタオルを購入。

「ペテン師と詐欺師」WEBサイト
http://hpot.jp/drs/

<おまけ>

アンサンブルに森実友紀がいた。お願いだからエーゲ海の小島に戻ってくれ!アリがいないんだよー!一緒に飯野めぐみを連れてきてもいいから。(ソフィやったりして)

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2007年10月14日 (日)

沢木順「ソロミュージカル・YAKUMO」@大隈講堂

沢木順が2004年から断続的に上演している「YAKUMO」。波乱に満ちた小泉八雲ことラフカディオ・ハーンの生涯を、一人芝居のミュージカルで描くという野心的な試みだ。

そのYAKUMOを、八雲が最後に教鞭を執った早稲田の、大隈講堂で上演するという。早稲田は沢木順の母校であり、ついでに言えば自分の母校でもある。YAKUMOはいちど観たいと思っていたが、いつも1日限りの公演でなかなかその機会を得られなかった。この機会にと思い、いそいそと出かけていった。

卒業後も、大学にはときどき仕事や遊びで来ていたが、大隈講堂の中に入ったのはたぶん卒業式以来だ。在学中は、ここで映画上映会や、さまざまなイベントに参加したものだ。生稲晃子が歌っていたこともある。そういえば今、生稲晃子はNHK朝の連続テレビ小説「ちりとてちん」に出演している。教育テレビなどへの地道な貢献が認められたようだ。自慢じゃないが、俺は生稲晃子からファンレターの返事をもらったことがある。

このYAKUMOだが、もちろん出演者は沢木ひとり。演奏はピアノのみ。舞台上には3体の彫像とジョジョに出てくる石仮面のような仮面が配置されているだけだ。ここで、沢木が少年時代から晩年までの八雲と、さまざまな登場人物を変幻自在に演じ分ける。さすがは沢木、四季時代に、「日本でいちばん多くのブロードウェー・ミュージカルに出演した男」と自称し、ラ・アルプ上で別の役者に「どうもその中には『オペラ座の怪人』や『キャッツ』も含まれているらしい」とつっこまれていただけある。アルプにもそんな牧歌的な時代があったのだ。その沢木の、ころころ変わる表情と歌い方を堪能しているうちに、物語はどんどん進んでいく。八雲は常に困難に向き合い、深い悩みを抱えており、基本的には重苦しい内容だが、その重さをテンポの良さと沢木の軽快な持ち味によって相殺し、あっという間の2時間に仕上がっている。

死を間近にして早稲田に赴任し、「親愛なる早稲田の諸君」と学生たちに呼びかけるシーン。実際、この日は客席に多くの学生がおり、一瞬自分も学生時代に戻ったかのような錯覚に陥って強い感動を覚えた。

それにしても、やはり沢木は歌によって演技ができる、得難い役者だ。彼のオペラ座の怪人は、クリスティーヌへの想いがひしひしと伝わってくるかと思えば、震え上がるほどの恐怖を感じさせるという、実に見応えのあるものだった。今の村・高井・佐野というファントム勢も、歌はみな沢木を凌駕しているし、それぞれにいい存在感を持っていて大好きだが、演技のテクニック、という面においてはやはり沢木には二歩も三歩も譲る。退団後、久しぶりに四季への出演となった「アイーダ」のゾーザー役は、短期間の参加にとどまってしまい残念だが、ぜひ一度観たいものだ。

沢木は今年、バレエ公演「くるみ割り人形」にも参加するのだという。年齢を重ねてなお、新しいことに次々チャレンジするその姿勢には本当に頭が下がる。小規模の公演を中心に活動しているが、ぜひときには大舞台にも顔を出してほしい。いずれにしても、今後もその活躍はウォッチしていきたいと思う。

沢木順「公認」ホームページ
http://sawaki.net/

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2007年8月 8日 (水)

レ・ミゼラブル 2007東京公演のまとめ

ジャン・バルジャン 今井清隆
ジャベール 岡幸二郎
エポニーヌ 新妻聖子
ファンテーヌ シルビア・グラブ
コゼット 菊地美香
マリウス 泉見洋平
テナルディエ 三谷六九
テナルディエの妻 森公美子
アンジョルラス 坂元健児

今回の東京公演で4回目の観劇。今井バルジャン、岡ジャベール、シルビアファンテーヌ、森テナルディエ妻、坂元アンジョルラスと、ボーカル自慢のみなさん勢揃いの日。

しかしロングランの疲れか、今井の歌にいつもの迫力がなかった。演技でカバーしていたので不満はないが、高音がきれいに出ないのはバルジャンにはつらい(まあ、全く出ないバルジャンもいますが)。一方相手役の岡のほうも、高音はきれいに出るが、ジャベールらしい低音が響かない。いっそこの2人の役チェンジしてみたら面白いのに、と思ったりもした。

シルビアファンテーヌは、前回よりは声が出ていたが、どうも四季の「アイーダ」アムネリスとファンテーヌを同じ年に演じ、破竹の快進撃を続けた2005年に比べると、何か壁につきあたっている感じがある。実力のある人だし、すこし目先を変えて新たな役にも挑戦してほしいものだ。どうですか?福岡公演終わったらそのままエーゲ海の小島にでも・・・ってエーゲ海は9月一杯で打ち切りだった。

新妻聖子は相変わらずキレイで、歌もうまく、演技にもそつがない。すばらしいエポニーヌではあるがどうも印象が薄くなってしまうのはどうしてだろう?岡幸二郎と共演した2006年の「NARUTO」のときにも感じたが、何かもう1枚脱皮するきっかけがほしいところだ。この人には何の役が合うかな、と考えてみると、やはり「美女と野獣」のベルなんじゃないか?沼尾みゆきが当面グリンダ中心の生活になることを考えると、来年の広島公演ではベルが不足することですし。ぜひ!

森のアドリブ演技は、若いカンパニーを盛り上げていこうとますます過激になりつつある。これに対する批判もあるようだが、決して場を壊すようなことはせず、舞台の空気や共演者のキャパシティーを計算に入れてのことだから、多めに見てもいいのではないか。

坂元はだんだん迫力ある歌声に、クセのある歌い方が定着しつつあるようだ。そうなると、何かクセのある役を演じてほしい気もしてくる。具体的に何か、と聞かれてもどうもイメージがわかないのだが…。

泉見洋平は、前から思ってたんだが舞台上では山崎銀之丞に似ているように見える。

全体的に、粒ぞろいの役者が集まった非常にいい公演でだったものの、初見キャストがいなかったせいもあるのだろうが、「この人にはこの役じゃなくて別の役をやったら面白いのにな」というようなことを考えることが多かった。リピーターならではの勝手な要望かもしれないが、この役にはこの人しかいない!という説得力をもっと期待したいところだ。

さて、今回の東京公演は自分としてはこれにて終了。福岡公演は断念した(今のところ)なので、ここでまとめをしておこう。

まず、自分が観た4回のキャストを並べてみた。

バルジャン 別所哲也 山口祐一郎 橋本さとし 今井清隆
ジャベール 鹿賀丈史 石川 禅 今 拓哉 岡幸二郎
エポニーヌ 坂本真綾 笹本玲奈 島田歌穂 新妻聖子
ファンテーヌ 渚あき 岩崎宏美 シルビア・グラブ シルビア・グラブ
コゼット 菊地美香 菊地美香 菊地美香 菊地美香
マリウス 藤岡正明 山崎育三郎 石川 禅 泉見洋平
テナルディエ 斎藤晴彦 三谷六九 駒田 一 三谷六九
その妻 阿知波悟美 瀬戸内美八 田中利花 森公美子
アンジョルラス 岡幸二郎 岸 祐二 岸 祐二 坂元健児

いかがだろう。なかなかの組み合わせではないか。

ご存知のようにレ・ミゼラブルのキャストは、何度も足を運ばないと見たいキャストをコンプリートできない仕組みになっている。これがあざといという見方もあるが、どこかの劇団のように「何度も足を運んでもコンプリートできない」のとどっちがいいかと聞かれると難しい問題だ。

今回、観劇日を決めるにあたって次のような条件を設定した。まず観劇回数を4回と設定した上で、

(1)バルジャンは4人とも観る。
(2)記念キャストは全部観る。
(3)コゼットは全部菊地美香。
(4)ほかはなるべくバランスよく。
(5)できれば土日で。

これでおすすめの日をリコメンドしてくれるシステムでもあればいいが、もちろんそんなものはないので(誰か作ってほしい)、丹念にキャスト表をにらめっこして考えた。

結果、(1)~(3)は条件をクリア、(4)についてはファンテーヌ、アンジョルラス、テナルディエがかぶってしまい、その一方でファンティーヌとアンジョルラスで未見2人を残してしまうなど、やや未遂。まあトータル4回では記念キャスト含め5人で回す役もあるから、コンプリートはどだい無理な話なんだけど。また(5)は、結局土日2回、平日夜2回という構成になった。

しかし総じてバランスよく、なおかつコゼットは全公演ウメコというだけで、自分としては満足だ。

今回の公演のMVPを自分が選ぶとすれば、何といっても石川禅だろう。初役のジャベールもすばらしかったし、記念キャストとして演じたマリウスも、年齢を感じさせない見事なものだった。この人のミュージカル界における存在感は、この東京公演で飛躍的に高まった。少なくとも俺の中では。

全体としても、若いキャストのパワーと、ベテランキャストの技というダブルタイフーンが主催者の意図した通りに回った公演だったと思う。記念キャストが集中して出るのではなく、分散して出演したことで、それがより明確になった(チケットの売上増に貢献したものも思惑どおりだったろうが)。そうした姿勢は「レ・ミゼラブル」が日本のミュージカルシーンを象徴する作品であることを考えれば、非常に大切なことだ。基本的に東宝の考えは支持したい。

だが、四季の外国人俳優起用にしても、東宝の若手俳優起用にしても、ショウビジネスである以上、一定のクオリティーを保っていることが大前提だ。百歩譲って、まだ日本のエンターテインメント産業が未成熟なことを考えれば、客としてもちょっとぐらいは我慢して、その発展に協力してもいい。しかし最近はその我慢の限界を超えることを強いられる舞台も少なくない。

そのあたりを解決するには、個別のキャストやスタッフが頑張ったところでどうなるものではなく、まして客に我慢を強いるのは本末転倒というものだ。業界全体の体質改善、優秀なプロデューサーの育成が求められている。

ともあれ、20周年記念に恥じない、いい公演だったと思う。福岡でも大いに盛り上げていってほしい。やっぱり行こうかな?まったく、その頃にはちょうどエーゲ海のプチホテルに新しい女主人が登場していると思ってたのに……

レ・ミゼラブルのホームページ
http://www.tohostage.com/lesmis/top.html

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2007年7月22日 (日)

「ヘアスプレー」来日ツアー公演

「ヘアスプレー」来日ツアー東京公演が18日(水)に開幕したので、さっそく足を運んだ。このBunkamuraオーチャードホールでの公演は8月5日まで続き、その後大阪公演が予定されている。

舞台全般の印象は昨年末、ブロードウェーで観たときのレポートに譲るとして、カンパニーの印象をつらつら書き留めておきたい。

どうも来日ツアーというと、何回も来ている「CHICAGO」をはじめ、あまりいい印象がない。手抜きをしているわけではないのだろうが、あまり感動が得られないことが多いからだ。

しかし、今回は米国内ツアーのカンパニーがそのまま来ているからか、全体的にまとまりがあり、息のあった演技に大いに好感を持った。

自分がニューヨークで観たときのトレイシー、ペニーはいずれも若い役者で、初々しさ、可愛らしさが先に立つちょと萌え系な二人だった。それに比べると、今回の二人は確かな技術とツアー経験によって、よりじっくりと練り上げられたトレイシー、ペニーであり、安定感がある。個人的に、ペニー役のAlyssa Malgeriは紺野あさ美似の美人さんでいたく気に入った。チューインガムをまるで生き物のように扱うテクニシャンであり、普通にセリフを話すだけで妙におかしさを感じさせる優れたコメディエンヌでもある。すでに地方の劇場でベルやポリーも演じているらしい。ぜひブロードウェーの舞台にも立ってほしいものだ。応援に行くから!前回もペニー役のDiana DeGarmoを気に入ったし、どうも俺はこのペニーというキャラクターに弱いようだ。

トレイシーの両親もなかなかいい味を出している。2幕の二人がいちゃつくシーンは、ブロードウェーに比較すると濃厚さに欠ける(自分が米国で観たときは、派手に何回もキスしていた)が、たぶん日本人にはこのぐらいがちょうどいいかもしれない。あのシーンはこの舞台の土台となったジョン・ウォーターズ監督の映画(88年制作)に満ちあふれている悪趣味さを引きずるシーンで、演じ方次第では相当キモチ悪くなるからだ。

ほか、はつらつさに欠けるリンク、いまいちカッコよくないコーニー・コリンズなど、微妙なキャストも多いが、みな真摯に役に取り組んでいてケチをつける気にならない。最後は大騒ぎのハッピーエンドになるが、大いに観客をハッピーにさせてくれるいい舞台だった。

また会場も大きく、なかなかアメリカ人のようにノリのいい反応ができない日本での公演ということで、観客を巻き込んで盛り上げていく工夫を試みていた。カーテンコールで共にダンスをしよう、と二幕の冒頭で即席ダンス教室を開いたり、といったことなど。アイデアとしては悪くない。

このぐらいのレベルのカンパニーが来てくれるのなら、ツアー公演も大歓迎だ。今後も期待して待つことにしよう。

ロビーに、観光地のような写真撮影スポットが。ちょっと顔出してみたかったかな。

Kankouchi

ヘアスプレー日本公演 WEBサイト(音が出ます)
http://hpot.jp/hairspray/

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2007年7月12日 (木)

「レ・ミゼラブル」歌穂禅カップルは最高

ジャン・バルジャン 橋本さとし
ジャベール 今 拓哉
エポニーヌ 島田歌穂
ファンテーヌ シルビア・グラブ
コゼット 菊地美香
マリウス 石川 禅
テナルディエ 駒田 一
テナルディエの妻 田中利花
アンジョルラス 岸 祐二

さて、今期3回目のレ・ミゼラブルである。

今年からバルジャン役として登場した橋本さとしとついにご対面だ。といっても橋本さとしは新感線時代に何度か見ている。特に「ゴローにおまかせ3」のオカマ軍団の隊長、「直撃!ドラゴンロック~轟天~」の橋本じゅんと対立する悪の組織の首領といったあたりが記憶に残っているが、残念ながら初の主役を射止めた「BEAST IS RED~野獣郎見参!」は見逃している。

新感線を飛び出した後はあまり目立った活躍もしていないので残ってればよかったのに、と思っていたが、東宝ミュージカルに認められ、ミス・サイゴンのエンジニアに続き、バルジャン役までつかんでしまった。人生分からないものである。

その橋本バルジャン。当然のことながら、若さあふれるバルジャンである。長身を生かしたキレのいい動きで魅了する、これまでにないタイプだ。そして話すような声で自然に歌うのがいい。レ・ミゼラブルのように全編が歌という作品は、力んだ歌い方ばかりでは疲れてしまうからだ。

声量はそりゃ山口祐一郎や今井清隆と比べたらいまいちだが、高音もきれいに伸びるし、十分合格点ではないか。熱のこもった演技も見ていて心地良い。

まだ荒削りだが、今後磨き上げていけばいいバルジャンになるだろう。しかし、現時点では、ある決定的な要素が欠けているように思う。

それは、「敬虔さ」だ。

一幕では、だいたいいいんだけど、でも違う、とムッシュ・レイエのようなことを思いながら観ていた。二幕に入り、「彼を帰して」でようやく分かった。

バルジャンにとって、神に対する姿勢は演技する上で極めて重要だ。あの軽い山口バルジャンですら、「神よ」「主よ」と口にするときには、そこに特別な響きがこもる。しかし、橋本バルジャンにはそれが感じられないのだ。

恐らく、それは今まで彼の経験してきた役の中にはないものなのだろう。日本人には皮膚感覚で理解できないものでもある。それを学ぶには、この作品を徹底的に観るしかない。滝田栄バルジャンがいればいい手本になっただろうが……。東京公演千秋楽までに、ぜひそこをつかんでほしいものだ。歌も演技も合格点なのだから、もうひといきだ。

対するジャベールは今拓哉。アンジョルラスでは見たことがあるが、ジャベールは初見である。このジャベールも、橋本に負けず劣らず「若さ」を感じさせる。生意気な若い役人、という風貌で、ジャベールって若いころはこうだったんですよ、という「ジャベール・ビギンズ」を見ているようだ。セーヌ川に飛び込んだあと、奇跡的に助かって、あのふてぶてしいジャベールができあがるのだ、と変な想像をしながら見ていた。

だから橋本バルジャンとのバランスもぴったりで、若さのぶつかりあう、フレッシュな「対決」はなかなかの見物である。

しかし、この日の主役は、バルジャンでもジャベールでもなかった。スペシャルキャストの石川禅マリウスと、島田歌穂エポニーヌである。

今季からジャベールを演じている石川が、かつての当たり役マリウスを演じる。年齢的にはかなりきつい。最初出てきたときには、「うっ」と思うほど、無理矢理感が漂っていた。特に生え際あたり。

しかし、表情や演技、声は明らかにマリウスである。それも現役マリウスが束になってかかっても太刀打ちできないほど完璧な、150%のマリウスだ。生真面目で、不器用で、優柔不断で。まるでマリウスがおじさんの体に乗り移っているようにも見える。しかしだんだん、(慣れてくるのか)姿形もマリウスそのものに見えてくるから不思議だ。演技とはかくあるべし。おじさんが演じることで、マリウスの本質のようなものが逆に見えてくるのだろうか。女形が女より女らしいように。浄瑠璃の人形が表情とは何かを教えてくれるように。

でもときどき、「おじさんがいるなあ」と思ってしまう場面もないではない。ABCカフェに、ひとりだけおじさんが座っている。しかし、それが妙な違和感ではなく、ほほえましさを呼んでしまうのは石川のキャラクターの強みだろう。まあ、「彼を帰して」で橋本が「若い~彼を~」とか「まるでわが子です~」と歌ったとき、不謹慎にも脳内で吹き出していたことは認めよう。

美香ちゃんコゼットとのバランスは、「異国の丘」での下村ボチと花代愛玲のバランスより悪い。だがこれも石川のキャラクターが生きて、「援○交際」ではなく、父と娘のように見えるのは幸いだ。結婚式のシーンは、なんだか「マンマ・ミーア!」のサムとソフィのように見えた。うん?禅サムってなんだかとってもぴったりじゃないか?ぜひ博多座の公演のあと、そのまま福岡にとどまり、かなり厳しい状況になりつつあるサマー・ナイト・シティ・タヴェルナを助けてあげてほしい。

そのマリウスと絶妙に呼吸を合わせていたのが島田エポニーヌ。この人のエポニーヌは、初演以来ずっと見続けていたわけだが、レギュラー出演していた最後のころは、実はちょっと避けていた。本田美奈子のエポニーヌに心を奪われていたこともあったが、どうも貫禄がつきすぎてエポニーヌらしくないように思えていたからだ。だが2005年に2000回記念キャストとして復帰したとき、島田はすっかり変わっていた。引き締まった体と演技で、エポニーヌの悲しさを痛いほどに表現していた。

そして2年ぶりに見た島田エポニーヌは、一層研ぎ澄まされていた。舞台に登場しただけで、空気が変わってしまうほどの存在感。「オン・マイ・オウン」を歌い始めると、全ての観客の神経がすっと一点に集まり、異様なほどの緊張感が劇場全体を包み込んだ。

正直なところ、声量はピーク時に及ぶべくもない。しかし、そんなことは全く気にならないほど、いやむしろ昔以上に、感動を引き起こしてくれるエポニーヌだった。石川が150%マリウスなら、島田は200%エポニーヌだった。

この2人が演じた「恵みの雨」。死を迎えるエポニーヌと、それを見守るマリウス。お互い消え入りそうな声で、歌い続ける。誰もが耳をそばだてて、その息づかいを感じようとしている。このシーンで涙が出そうになったのは何年ぶりのことだろう。素晴らしい演技を見せてもらった。

カーテンコールでも、ひときわ大きな拍手を集めていたのはやはりこの2人。テナルディエに背中を押され、真ん中に出てきた2人が、「こんな若い役やっちゃってスミマセン」とばかりにぺこりとおじぎをしたのがかわいかった。そして最後は石川が島田をおんぶする大サービス。すると負けじとばかりに橋本が今を背負う。会場は大爆笑だ。

この2人の安定感によって、この日の舞台は支えられていた。そして、ほかのスペシャルキャスト登場公演はいつも以上に緊張感が漂うものだが、この日は2人のキャラクターのなせる業か、ずっと和やかなムードに包まれていて、終演後はあたたかい気持ちで帰途につくことができた。こんなレ・ミゼラブルも、たまにはいいかもしれない。

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2007年6月17日 (日)

「レ・ミゼラブル」いけるぞ!禅ジャベール

ジャン・バルジャン 山口祐一郎
ジャベール 石川 禅
エポニーヌ 笹本玲奈
ファンテーヌ 岩崎宏美
コゼット 菊地美香
マリウス 山崎育三郎
テナルディエ 三谷六九
テナルディエの妻 瀬戸内美八
アンジョルラス 岸 祐二

先週に引き続いての鑑賞。コゼット以外は全員異なるキャストだ。短期間でキャストがごっそり入れ替わるということは四季では基本的にありえない(最近、「ユタ」で似たような状況はあったが)ので、なかなか新鮮で楽しいい。

さて、この日は今回チケットを確保した中では最も安定感のある組み合わせだ。初見はジャベール、マリウス、テナルディエ。何と言っても目玉は石川禅のジャベールだ。

石川といったら当たり役はマリウス。この東京公演でも、スペシャルキャストとしてマリウスも演じる。あの半分にやけたまま固まったような顔の石川が、どのようなジャベールになるのか期待半分、不安半分なところだった。そういえば安達祐実主演のミュージカル「オズの魔法使い」でライオンを演じていたのは石川だった。これは関係ないか。

しかしこのジャベールはいい。にやけた顔を封印するために無理に恐い顔をしているために、独特の苦み走ったジャベールが出来上がった。ぱっと見にはかつての村井国夫ジャベールのようなふてぶてしさを感じるが、よく伸びる高音の歌声がそれを中和している。むしろその奥に覗くのは、初演の滝田栄ジャベールのような、職務に忠実な官吏としての顔だ。ときおり見せるにやけた顔で、実はこの人いい人なんじゃ・・・と思わせるのは、今までにないタイプ。しかしバリケードでのバルジャンとのやりとりでは、その笑顔を逆手に取って凄みを見せるシーンもある。山口祐一郎との声のバランスもよく、「対決」もなかなかの迫力に満ちていた。

その山口は、一昨年大阪で観たとき同様、「裏切りのワルツ」シーンにおける「勝手に演出変更」を断行。どうやら山口はこのシーンでもっと笑いを取るべきだ、と考えているらしい。個人的には賛成だ。まあ勝手に演出を変更するのはどうかとは思うが。しかし常にそうしているわけではなく、相手、つまりテナルディエ役者がきちんとそのアドリブを受け止められる場合にのみ行動を起こしているようだ。

そういう意味では、山口に「認められた」と考えられる、テナルディエ役の三谷六九。かつて音楽座の公演にも参加した、キャリアのある俳優だ。声量はさほどないが歌詞ひとつひとつを丁寧に歌っているのに好感を持った。演技も実に丁寧で、正直もっとダイナミックさがあってもいいとは思ったが、いただけない悪党を楽しげに演じている。

アンジョルラスの岸は一段と成長し、声が実によく通るようになった。原作におけるアンジョルラスは情熱家であると同時に冷徹な指揮官としての顔を持っており、その両面を表現しているという点においてはまだまだ岡幸二郎には及ばないものの、明るい体育会系のアンジョルラスとしてはかなり完成形に近付いてきた。その明るさがまぶしければまぶしいほど、バリケード陥落の哀しさが一層強く伝わってくるというものだ。

以前も述べたように、この岸 祐二は「激走戦隊カーレンジャー」のレッドレーサーであり、コゼットの菊地美香は言うまでもなく「特捜戦隊デカレンジャー」のデカピンク。2人の戦隊ヒーロー&ヒロインが初共演したのがこの日の公演だ。初演でアンジョルラスを演じた内田直哉は「電子戦隊デンジマン」のデンジグリーンだったり、戦隊にゆかりの深い日本のレ・ミゼラブルだが、ついに同じ舞台に2人が立つようになったか、とまったく意味のない感慨にふけった。

その菊地美香だが、今回は席が前の方だったので、コゼット以外の出番にも注目。小さくてかわいいのですぐに見つかる。宿屋で追い出されまいと暖炉(だと思う)の前に座り込むバルジャンの隣でけげんそうな視線を向ける客、工場でファンティーヌが追い出されるのをニヤニヤして見送る労働者、そして娼婦……あ……結構激しく攻められてるのね……。次回からここはスルーで。

この日のスペシャルキャストは岩崎宏美。やはりファンティーヌの理想型はこの岩崎ファンティーヌだ。さすがに声の張りにはかつての勢いはないが、その分、ラストシーンで優しくバルジャンに語りかけるときの歌声は、まるで「聖母(マドンナ)たちのララバイ」のように、しっとりと心に響き渡る。岸と同様、格段に成長を遂げ、情感たっぷりに歌い上げる笹本玲奈のエポニーヌとのハーモニーも絶品で、久しぶりに涙が出そうになったほどだ。

今ふうのイケメンマリウス、山崎育三郎も、セリフはやや届かないところがあったものの歌声は美しく、演技も初参加らしいはつらつさに満ちた、好感度の高いマリウスだった。

全体的に、期待通り歌、演技とも非常に安定し、役者の個性もよく出ていたいい公演だった。何だかんだといいながら、やっぱり山口が参加するとカンパニーのまとまりも出るのだ。変な役者であることは間違いないが、レ・ミゼラブルに欠かせない男である。「明訓高校のガンであり宝である」と評される、岩鬼正美みたいな存在なのだろう。

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ロビーに飾られた、出演者全員の手書き色紙。菊地美香のは思いっきり高いところにあり、写真はこんな風になってしまう。こんどは脚立持参だな(迷惑だからやめましょう)。

レ・ミゼラブルのホームページ

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2007年6月 9日 (土)

「レ・ミゼラブル」開幕 帝劇の中心でウメコォーッと叫ぶ

いや、本当には叫んでないですよ。あくまで心の中で……。

とにもかくにも8日にレ・ミゼラブルの今年の公演がスタートした。昨年は日生劇場で1カ月限りだったので、ロングランは2年ぶりだ。

今回は、4人のバルジャン役を1度ずつ観ることにした。まずは、まだ観たことのない別所哲也だ。

ジャン・バルジャン 別所哲也
ジャベール 鹿賀丈史
エポニーヌ 坂本真綾
ファンテーヌ 渚あき
コゼット 菊地美香
マリウス 藤岡正明
テナルディエ 斎藤晴彦
テナルディエの妻 阿知波悟美
アンジョルラス 岡幸二郎

今回の公演は20周年記念ということで、OBや、現役で出演している役者がすでに「卒業」した役を演じる20周年記念キャストというのがいくつかの公演に登場する。この日もそれにあたり、鹿賀丈史ジャベール、斎藤晴彦テナルディエ、岡幸二郎アンジョルラスが顔をそろえた。もっともこの試みは初めてではなく、以前「2000回公演記念キャスト」ということで同様の企画があった。そこで伝説の鹿賀ジャベールが復活し、大いに話題になった。ちなみにそれは俺のたっての希望によるものだ。

しかし、この日の目玉は記念キャストではない。今年からコゼット役としてカンパニーに加わった、菊地美香が初めて登場するのである。

菊地美香といって分からなければ、モコナだ。モコナで分からなければデカピンクだ。そう、あの菊地美香である。

もうちっと詳しく説明すると、菊地は2004年に放送された「特捜戦隊デカレンジャー」でデカピンク(ウメコ)を演じていた。デカレンジャーは、この数年のスーパー戦隊シリーズでは図抜けた傑作であり自分は毎週死ぬほど楽しみにして視聴していた。そして菊地と、デカイエロー(ジャスミン)を演じた木下あゆみの2人を世に送り出したという意味でも特筆に値する。

そしてその後、菊地は声優として、「ツバサ・クロニクル」(NHK教育)と「xxxHOLiC」(TBS)という2つのCLAMP原作のアニメーションでモコナ役を演じた。ちなみに「ツバサ」にはデカレンジャーでボス(の声)を演じていた稲田徹も出演している。さらに言うなら、ツバサには坂本真綾も参加しており、今回舞台上で再び共演することになったわけだ。

そうしたことから、この日の帝劇にはウメコ狙いのヲタが大量に入場。そして、以前から坂本真綾の出演日には声優ヲタが出没することが知られている。さらに、この日は開幕2日目にして最初の週末、さらに記念キャスト出演日ということで、本来(?)のレ・ミゼラブルヲタも結集。そのため極めてチケット確保が困難な公演となった。しかし、その特撮ヲタ、アニヲタ、ミューヲタの3つが重なり合うところに俺がいる。言ってみれば俺は特異点だ。特異点といったら最近は「仮面ライダー電王」だが一昔前なら「超時空世紀オーガス」だ。なんだかよく分からない話になってきたが、俺はその場にいなくてはいけないような気がしたので、なんとかチケットを入手し三つどもえの闘いに参戦してきた。

そのウメコ。かつて東京ドームシティの「特捜戦隊デカレンジャーショー 素顔の戦士たち」で生で見たことがあるが、そのときの印象は「意外に大きい」というものだった。しかし、さっそく民衆の一人として出てきたウメコを見ると(レ・ミゼラブルではバルジャン、ジャベール以外はメインの役以外に何役も演じる)、やっぱり小さい。さてはウメコが大きかったのではなく、ジャスミンが小さかったのか。とにかく小さくてかわいいので、どの役で出てきてもすぐそれと分かる。

そしてついにコゼットとして登場。うひょーかわいい。期待通りだ。歌はどうか。実は不安だったのだ。しばらく進み、「ブリュメ街」でいよいよ歌披露。

♪不思議ね~ 私の人生が始まった そんな感じ~

んー、まずはひと安心といったレベル。声はきれい。コゼットらしい澄んだ声だ。音程も取れている。ただ声量がないのと、「歌う」ことに精一杯で、歌詞をセリフとして観客に届けるのがおろそかになりがち。しかし恐らく初日ということで緊張していたのだろう。今後、固さが取れればぐっと良くなるのではないか。成長を見守っていきたい。大丈夫、ほかにチケットを取った日も、コゼットだけは全部菊地美香だから

今回の公演でほかに登場した新コゼットはまだ見ていないので比較はできないが、過去のコゼットと比べれば、最近でいえば河野由佳クラスだろうか?剣持たまきや純名りさには及ぶべくもないが、早水優よりはずっとまし。安達祐実には楽勝。しかし、自分はコゼットにはあまり歌唱力を期待していない。コゼットは、バルジャンの「守りたい」という気持ちに共感したくなるような存在であり、マリウスが一目惚れしたのがうなずけるようなルックスであることが大事だと思う。要するに、可愛ければいいのだ。だから自分の中でいまだに最強なのは初演の斉藤由貴コゼットである。

さてコゼット以外の話も少し。って少しかよ。

初見の別所バルジャン。別所哲也という俳優は好きだが、ミュージカルではどうなんだろうなあ、と敬遠していた。実際に見てみるとおおむね予想どおりで、熱い演技と全身で表現する姿勢は素晴らしかったが、やはり歌が弱い。もっともソロナンバー「彼を帰して」は感動的に歌い上げていたので、歌が下手なわけではないようだ。歌うと同時に語る、というのは極めて難しいことなのだろう。声質は、少し聞いていてつらい。まあ「マンマ・ミーア!」で渡辺正の声に慣れてしまったことを考えれば、これも複数回観劇すれば平気になってしまうのかもしれないが。

鹿賀ジャベールは、前回記念公演で登場したときはややおだやかな、どこかひょうひょうとしたジャベールだったが、今回は初演のときの、ぎらぎらした鋭い切れ味のジャベールに戻っていた。あのテーマ曲に乗って舞台に登場するだけで劇場全体に緊張が走るような圧倒的な存在感である。ただやはり年齢的な問題もあり、声の張りや伸びは往年のそれではない。

斉藤テナルディエは本当に変わらない。初演から今にいたるまで、ずっと同じペースで、同じ演技をしている。年齢を感じさせないのは大したものだ。

岡アンジョルラスは、歴代アンジョルラスの中でも他の追随を許さないカリスマ性をいかんなく発揮。余裕からか、結婚式のシーンでは(給仕役として登場)初めて見る動きで大きな笑いを獲得していた。岡も、ジャベール役に転じたあたりから、以前ほどは声が出なくなっているような気がする。

もと宝塚星組娘役トップの渚あきによるファンテーヌは、菊地美香と同じように、ルックスも声も非常にきれいで好感が持てるのだが、声量に欠ける。やはり「夢やぶれて」はもう少し歌い上げてほしいところだ。こちらも少し固さが取れるのを待つとしよう。

というわけで、全体的に歌に関してはややものたりない出来となったが、そのムードを打ち破るパワーを発揮していたのが阿知波悟美のテナルディエ妻だ。阿知波は初演のときに鳳蘭のアンダーで出演していたので、ある意味記念キャストのようなものだが、迫力ある歌声とはじけた演技で客席を大いに盛り上げていた。インパクトのある容姿ながら、どこか少女趣味的なかわいらしい面もあるこの役は、最近森久美子の「一人勝ち」状態が続いていたが、久しぶりにいいテナルディエ妻が登場だ。

演出面では、数年前の短縮でカットされたシーンが、いくつか復活した。仮釈放されたバルジャンが泊めてもらえず騒動になる宿屋のシーンなどである。これは嬉しいが、大半はカットされたまま。できればもとのバージョンに戻してほしいところだ。
また、ガブローシュの「嘘つき!」から始まる歌が途中でカットされ、それに伴い弾丸を拾うときの歌も差し替えられている。これは現在ブロードウェーで上演されているものに準じたようだ。恥ずかしながらブロードウェーでは歌詞が聞き取れなかったので、登場シーンの歌を繰り返して歌っているのだと思い少しがっかりしていたが、実は違う歌詞だったことが分かった。これが印象的な内容なので、これから観る人は楽しみにしていただきたい。

なんだかんだと言いながら、最も数多く観ているミュージカルはレ・ミゼラブルだ。事実上、東宝はこれ1本だけで四季に対抗できているのだから、やはりこの作品の威力はすさまじい。何度観ても決して飽きることのない素晴らしい舞台だ。東京公演は8月までだが、そのあと福岡公演が予定されている。ちょうどその頃には新ドナも出ているだろうし、また福岡に……。

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20周年ということで、ロビーのあちこちに記念の展示が。1階には「司教様の部屋で記念撮影できる」という、微妙なコーナーが半笑いを誘っていた。

レ・ミゼラブルのホームページ

http://www.tohostage.com/lesmis/top.html

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2007年2月 4日 (日)

「Song & Dance HAMLET」オフィーリアに堀内敬子、沢木もおるでよ!

「ウィキッド」の発表以来、「やっぱりグリンダは堀内敬子だよなあ」とずっと考えているうちに、なんだかとっても堀内敬子が見たくなったので、北千住の「シアター1010」に安寿ミラ主演の「Song & Dance ハムレット」を観に行く。シアター1010は2003年のオープン以来多くのいい芝居がかかっており、何回か観るチャンスがあったがそのたびに都合が悪くなってキャンセルしていたため、これが初見学。座席数700とちょうどいい大きさ、段差も適度についていてなかなかいい劇場だ。

さて、このハムレットは、チラシに書かれた「歌って踊れる最強の一座が繰り広げる『ハムレット・ショー』」のコピー通り、ハムレットのミュージカル版だ。今年で3回目の公演だが、上演ごと好評を得て、進化しながら再演を繰り返しているという。

だが観てみると、想像していたよりずっとオーソドックスな「ハムレット」であり、むしろシェイクスピアはノドにつかえる、という自分のような初心者のために、音楽というオブラードで飲みやすく仕立てたような雰囲気だ。テンポよく進むハムレットではその悩みの深さが伝わらない、と感じる人もいるだろうが、逆にテンポよく展開しないと現代人には伝わらないものもあるだろう。演出も前衛的に過ぎることなく、ほどよい遊び心が心地良い。これは人気が出るのもうなずける。

さて、その「最強の一座」の面々。

ハムレット 安寿ミラ
ポローニアス・墓堀り 斎藤晴彦
クローディアス 沢木順
オフィーリア 堀内敬子
ホレイショー 石山毅
レアティーズ・ギルデンスターン 谷田歩
ローゼンクランツ 柄谷吾史
ガートルード 舘形比呂一
ピアノ演奏 宮川彬良

もと宝塚トップスターの安寿ミラに、もと四季の看板コンビ・沢木順と堀内敬子、アングラ劇場から帝国劇場まで、テリトリーの広さ日本一の斎藤晴彦、ピアノ演奏は宮川彬良ご本人。ほかにもそれぞれに人気とキャリアを備えた実力派ぞろいで、なるほど最強一座もあながち嘘ではない。

安寿のハムレットは、ハムレット役者にありがちな肩に力の入りすぎた演技とは対称的な、言わば自然体のハムレット。そこには清涼感さえ漂う純粋さがあふれており、それだけにその苦悩は観る者の心に痛いほどに伝わってくる。周りが濃いめの演技をする人ばかりだったので、その純粋さはひときわ輝いて見えた。

で、その濃いめの代表、沢木順。王位を簒奪した野心家を脂ぎった芝居で熱演していた。沢木はMCやインタビューなどで普通に話しているときはなんだかガダルカナル・タカのようなインチキくさい語り口なのだが、この舞台では銭形警部やメルカッツ提督のような(要するに納谷悟朗のような)ダミ声を披露。あまりにも分かりやすい悪役だ。こういう芝居がかった芝居をする人が、今の四季には欠けている。「アイーダ」のゾーザー役で一瞬四季にも参加したが、ホントに一瞬だけで終わってしまい残念。このクローディアスを観て、ますます沢木ゾーザーが観たくなったよ。

そしてオフィーリアを演じる我らが(←?)堀内敬子さま。純粋さと狂気との狭間に絶ち、強い意志の力でその境界線の一歩前に踏みとどまったハムレットに対し、脆さのために境界線を踏み越えてしまったオフィーリア。美しくも悲しいこのヒロインを、さすがの歌唱力と、四季退団後数々の経験を積んでますます研ぎ澄まされてきた確かな演技で創り上げた。その存在が、天が与えた奇跡としか想えないあの声で数十倍にも増幅し、観客席を覆い尽くす。まるで呪文でもかけられたように、恍惚としている自分がいた。

これは、もはや魔法だ。やはり北の魔女・グリンダ役にはこの人しかいない。もう俺の頭の中には堀内の歌う「Popular」が脳内合成された。自慢じゃないが、すごい出来だ。皆さんにお聞かせしたいぐらいだ。

「ウィキッド」のスタートキャストは座内で決めるようだし、堀内の夏の舞台ももう決まっているので、開幕には間に合わないが、ロングランになったらぜひとも実現してほしい。コゼット役だって、ずっと待ち望んでいたら現実になった。奇跡は再びは起きないだろうか?

Ham

「Song & Dance ハムレット」公演情報
http://www.majorleague.co.jp/kouen/2006_hamlet/index.html

堀内敬子ブログ
http://horiuchikeiko.cocolog-nifty.com/keiko/

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2006年8月26日 (土)

「リボンの騎士 ザ・ミュージカル」3回目&総評

先週先々週に引き続きコマ劇場へ。明日が千秋楽なので、これが最後だ。

こんなに楽しい舞台が1カ月で終わってしまうなんて、本当に残念だ。公開前はチケットの売れ行きが芳しくなく、オークションでは定価割れが続出していたが、公開してから日増しに人気が高まり、この日は楽前ということもあるだろうが、いつもは売れ残っている後ろのほうの端の席まで一杯になっていた。公演を続けるに従って動員が伸びていく、というのは何よりの評価だろう。

この日のキャストは、松浦亜弥らの特別主演のない、モーニング娘。+美勇伝オンリーの、下記のようなキャストだ。

大臣 吉澤 ひとみ
サファイア 高橋 愛
家臣ナイロン 小川 麻琴
ヌーヴォー・淑女 新垣 里沙
魔女ヘケート 藤本 美貴
トルテュ・淑女 亀井 絵里
リュー・淑女 道重 さゆみ
リジィエ・淑女 田中 れいな
大臣の息子 久住 小春
牢番ピエール・淑女・近衛兵 三好 絵梨香
牢番コリン・淑女・近衛兵 岡田 唯
王妃 マルシア
王・神さま 箙 かおる(宝塚歌劇団)
フランツ王子 石川 梨華

フランツ王子は石川梨華が演じ、ピエールは三好絵梨香が演じる。その関係で牢番が3人から2人に。松浦のような強いオーラのある人間も貴重だが、そうした存在がいないぶん、キャスト全体がカンパニーとしてまとまった雰囲気になった。出演者が一人少なくなっただけで舞台の印象が変わる、というのも新鮮な発見だった。

それにしても、楽しい3週間だった。卒業する小川麻琴以外は今後も観る機会はあるのだが、あの舞台を観られないのは甚だ寂しく、おニャン子クラブの名曲「終わらない夏休み」でも歌いたい気持ちだ。

最初に観たときの繰り返しになるが、出演者のオーラを最大限に引き出す宝塚の手腕は素晴らしい。出演者全員がいきいきと輝いているのを観ていると、なんだかこちらまで元気になってくる。

別に「役者ではなく作品を観ろ」という四季の理屈が間違っているとは言わない。しかし、舞台作品というのは役者が演じてこそ完成するものであり、その役者の存在感を高めることが、作品の質を高めることも事実だ。そして、日本には歌舞伎以来、「役者を見せる」ことで成長し、発展してきたエンターテインメントの文化があることにも目を向けなくてはいけないだろう。

また、今回そのポテンシャルを見せつけた宝塚マジックは、役者の見せ方だけではない。日本人女性が歌いやすい旋律を意識して作られた楽曲は、すなわち日本人が聞いて最も心地よい旋律でもある。そこに、古き良き日本語が乗せられた歌は、心に響く美しいナンバーばかりだ。

また、芝居のケレン味というか、カタルシスをどう感じさせるかということも知り尽くされている。例えば、フランツ王朝率いるゴールドランド王国がシルバーランド王国に戦争を仕掛けるというくだりでは、戦闘シーンは登場しない。舞台上で群衆戦を描くのは難しいということもあるが、戦いをテーマにした映画や舞台で、そのカタルシスを感じさせるのは実は戦闘シーン以外の場面であることが多いのだ。そのひとつが、この舞台でも採用している「戦いを前にして仲間が集結する」といシチュエーションだ。フランツのもとに手練れを率いて馳せ参じてくる騎士の姿を、回転しながら上下するコマ劇場の舞台装置を生かし、ほれぼれするほど格好良く描いていた。これはもう、「人生劇場 飛車角と吉良常」の鶴田浩二と高倉健を見ているかのようにゾクゾクしてくる。そのゾクゾク感が、全編にわたり散りばめられているのだ。

返すがえす、終わってしまうのが惜しい公演だ。ぜひ早いうちの再演を望みたい。もちろんDVD化にも期待だ。商売先行と言われてもいいから、DVDはキャスト4パターン全部出して欲しいものだ。今から楽しみである。

最後に、自分が観た出演者全員について、短く感想を。

吉澤ひとみ(大臣)
大きな動きと派手な顔立ちは、宝塚メソッドとの相性は抜群。秀でてうまいわけではないが、安定感のある演技と歌は、まさしく舞台上でもリーダーだったといえよう。

高橋 愛(サファイア)
根っからのヅカファンとして主役に抜擢された高橋の起用は、決定直後から賛否両論を読んでいたが、結果的には大成功といえる。高橋は客席や場の空気をどう変えていくか、という計算ができる希有なアイドルだ。今後も舞台での活躍が期待できそう。

小川麻琴(家臣ナイロン)
自分を捨てて、体当たりで演技をすることを吉澤ひとみから学び続けた成果を、ここに結晶させた。結果的に吉澤を越えることができなかったのは五期の限界か。しかしモーニング娘。内の立ち位置を自らつかみ、期待された役割を着実にこなしてきた小川の卒業には、感慨深いものがあるのも確かだ。

新垣里沙(ヌーヴォー・淑女)
もともとつんくプロデューサーに、存在としての華がある、と見いだされたわけだが、その華がようやく開花してきたようだ。今回は出番は少なかったものの、舞台上でその存在感は際だっていたように思う。加入してからの成長ぶりは群を抜く新垣だが、今後もさらに成長していくのか。

藤本美貴(魔女ヘケート)
「その願い、かなえよーう!」でこの舞台の美味しいところを全部持って行ってしまった感のある藤本。藤本の頑張りもさることながら、出演者のキャラクターと物語の世界観が合致するとここまで面白いことになるのだ、という好例だ。セリフの発生には難があるものの、歌い方が芝居がかっているのでミュージカル向きかも。どうですか?アムネリスあたりでオーディションを受けてみては。

亀井絵里(トルテュ・淑女)
あほなキャラクターが板についてしまった亀井だが、時折見せる目線の鋭さが印象的なアイドルである。その鋭さが、騎士という役に生きた。意外に?声量のあるところも披露できたのは彼女にとっても収穫だろう。

道重さゆみ(リュー・淑女)
道重と田中は、「かわいい」ことだけを強調する役である。これはおいしい反面、難しいことでもあるだろう。アイドルのかわいさと、役者のかわいさはまた別ものだから。しかし道重は持ち前の図太さでそれを切り抜けてしまった。それにしても、どんどんエッチな体つきになっていくのはちょっと気になる。

田中れいな(リジィエ・淑女)
もはやモーニング娘。内では敵なしのれいなだが、今回は控えめな役どころ。「意地でも一緒に踊るけんね!」と博多弁が入るのは演出上の遊びだが、そこでもう少し存在をアピールしてもよかったか。道重の「うさちゃんピース!」のように。

久住小春(大臣の息子)
日増しに如才なさを示し、モーニング娘。の内部でも頭角を現してきた久住。よく通る、伸びのある声はセリフでも歌でも客席に一番よく届いていたのではないか。「きらりん☆レボリューション」で声優に挑戦していることも生かされているのだろう。

石川梨華(フランツ王子、牢番ピエール・淑女)
今回の公演のMVPを選ぶとすれば、それは紛れもなく石川梨華だ。どの役も全力で演技し、観客の目線を一身に集めていた。しかしそれは才能だけでなく、彼女自身の努力によるものであることが、そのひたむきな演技を通じて伝わってくる。目指せ、姫川亜弓!

三好絵梨香(牢番ピエール、牢番トロワ・淑女・近衛兵)
落ち着いたお姉さんキャラで、職場とかにいたら絶対好きになってしまうタイプであり、同時に男が身を滅ぼすきっかけになるのも実はこういうタイプだったりする。そんな三好の牢番ピエールは、石川の野心的なピエールと比べると、常に迷いを浮かべた、悩める青年タイプだ。その迷いがふっきれた後の、さっぱりとした表情が印象的だった。フィナーレで魅せた脚線美はもっと印象的だったが。

岡田 唯(牢番コリン・淑女・近衛兵)
なんだか分からないが妙に目を引く岡田唯は、どの役を演じていても演技は一緒。しかしそれでいてどの役に馴染んでしまうから不思議だ。彼女が今度どういう方向性に行くのか皆目検討がつかないが、その不透明さが彼女の魅力でもある。

箙かおる(王・神さま)
宝塚の職人集団、専科に属する大ベテラン。歌も演技もそりゃモーニング娘。とは比べものにならないが、その実力を存分に見せながらも、前面に出て舞台を引っ張っていく、という雰囲気ではなく、未熟な出演者を見守りつつ後押ししていく、という存在になっているのは、さすがオトナの余裕というべきか。そこから娘。たちが学んだことは、少なくなかったはずだ。

マルシア(王妃)
「ふりむけばヨコハマ」を歌っていたころのマルシアは好きだったけど、最近のマルシアはどうも好きになれない。だから「レ・ミゼラブル」でも彼女の出演する日は避けてチケットを取っていたが、この舞台を観て、なかなかいいじゃないか、と思った。特に、杯に自白剤(?)を盛られて秘密をぺらぺら話してしまうシーンの狂いっぷりが出色の出来だった。一部では、四季の舞台に参加という仰天プランのうわさもある。他の作品で観る日も遠くないかもしれない。

松浦 亜弥(フランツ王子)
その華やかなオーラは群を抜いており、彼女がいるだけで舞台の空気が一変する。持ち前の器用さで、王子役を難なくこなしていたが、正直、松浦ならもっとできたのでは?という気がしないでもない。昨年あたりからかなり歌ではかなり声がでなくなっており、その影響もあったか。ならば次は歌の少ない、演技力で勝負の舞台での活躍ぶりを観たいものだ。その前に「スケバン刑事」に大期待だが。

本当に、今年の夏はこの舞台と出会えたおかげで楽しい思い出ができた。心からこの舞台を支えたキャストとスタッフに、感謝したい。

Koma

第1回目エントリー

http://kingdom.cocolog-nifty.com/dokimemo/2006/08/post_e2c3.html

第2回目エントリー

http://kingdom.cocolog-nifty.com/dokimemo/2006/08/post_1250.html

公式サイト

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2006年8月20日 (日)

「リボンの騎士 ザ・ミュージカル」2回目

吸い寄せられるように先週に引き続きコマ劇場へ。キャストは前回と同一。よく出来た舞台というものは何度観ても楽しいものだ。

「リボンの騎士」というと、テレビは断片的にしか観た記憶がなく、原作マンガは2回の連載(1回目:「少女クラブ」昭和28年から3年間、2回目:「なかよし」昭和38年から4年間)のうち、2回目のほうを、単行本で読んだだけだ。

その単行本を引っ張り出してみると、奥付が1989年とある。まだ大学生のときに買ったものだ。天才・手塚治虫が存分に力をふるった冒険活劇は今読み返してみても血湧き肉躍る面白さだ。登場人物もエピソードも多いこの物語を、今回の舞台ではキレイにまとめ上げている。

基本的なエピソードはほぼ原作マンガの前半部分から取り出し、後半部分は大胆にカットした。しかし後半はやや読者の人気に押されて引き延ばした感もあり、かえってすっきりしたストーリーになった。

この脚本の見事さは、原作でも何回か物語のキーポイントで登場する、主人公・サファイアの持つ「女の魂と男の魂」に焦点を定め、これを「魂の物語」とくくった点である。これによって構成がより明確になり、観ていて安心感のある(この舞台は何をしたいのか?が不明確なのは、それが狙いでない限り居心地が悪い)舞台になったといえる。

興味深いのは、マンガやテレビで大人気だったキャラクター、天使のチンクが登場していない点である。

いたずら好きの天使チンクは、サファイアが2つの心(原作では魂ではなく心という表現)を持って生まれる原因を作ってしまい、罰としてサファイアから男の心を抜き出してくるよう命じられて下界に降り、サファイアを見守り続ける。外見のかわいらしさもあり、アイドルにとっては「おいしい役どころ」だろう。

だがあえてこの舞台ではそのチンクを封印した。ではチンクの役割はどこにいったのか。冒頭の天上界のシーンでは、天使チンクではなく、モーニング娘。+美勇伝(+松浦亜弥)が演じる「まだ生まれる前の存在たち」の軽はずみな集団行動(主犯は吉澤ひとみ)によってサファイアが2つの魂を持ってしまう。これを知り、箙かおる演じる神様がろうろうと歌い上げる歌の中に、こんな歌詞がある。

♪この子が 女の子になり 幸せをつかむ その日まで ともに地上をさまようがいい!

そう言って神様はそこにいた存在すべてに魂を与え、人間界に送り出す。つまり、この舞台の登場人物すべてが、サファイアを見守る存在となっているのである。チンクというおいしい役を無視したのではなく、そのおいしさを最大限に増幅した結果がこの構成なのだ。それによって「リボンの騎士」全編を「魂の物語」として再構築する。その大胆さには舌を巻くしかない。

まあ悪いのは吉澤なので、それ以外はとばっちり、と言えなくもないが…。ちなみに、主犯の吉澤は悪役に、一応吉澤をいさめた松浦は王子になるので、罪の軽重も考慮されてはいるようだ。

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2006年8月13日 (日)

山口祐一郎×市村正親「ダンス オブ ヴァンパイア」(バレます注意)

クロロック伯爵 山口祐一郎
アプロンシウス教授 市村正親
サラ 大塚ちひろ
助手・アルフレート 泉見洋平
宿屋の亭主・シャガール 佐藤正宏
シャガールの女房・レベッカ 阿知波悟美
女中・マグダ 宮本裕子
ヘルベルト 吉野圭吾
せむし男・クコール 駒田一

もし、この東宝ミュージカル「ダンス オブ ヴァンパイア」、観ようかどうしようか迷っているなら、観ておいた方がいい。そして、ここから先は読まないで、すぐYahoo!オークションなりオケピにアクセスを。

もう観ちゃったよ、あるいは観る予定の全くない人、お待ちしておりました。どうぞ中へ。

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宝塚×モーニング娘。「リボンの騎士 ザ・ミュージカル」
大絶賛しますよ

これは、歴史に残る公演になるかもしれない。日本発の、世界を相手に勝負できるステージエンターテイメントの誕生だ。

冒頭の天上界のシーンからフィナーレまで、ずっと圧倒されっぱなしだった。身震いもした。途中、本当に涙が出そうになった。

宝塚の手法とモーニング娘。とがこれほどまでに完璧に融和し、そして新たな価値を生み出せるとは。

日本のアイドル文化の源流は宝塚にある、とする人も多い。ならば、日本的アイドル文化の保守本流を行くモーニング娘。との相性がいいのも、当然といえば当然かもしれない。

しかし、これまでは、宝塚のメソッド-人材育成、公演形態、音楽と芝居、客席へのアピールなど-が積極的に外部に提供されるケースは多くなかった。だからその成果物としての「宝塚歌劇団」をもってしか、それの裏にある様々なノウハウを知り得ることはなかった。だが今回の公演により、宝塚メソッドと宝塚歌劇団とのアンバンドル化が可能であること、それが既存のアイドルの存在感とあいまったときに発するすさまじいエネルギーが、実証されたのだ。

新しい手法でスポットライトを当てられた娘。たちのなんと輝いていることか。最近オーラが落ち気味の石川梨華や藤本美貴、吉澤ひとみ、そして松浦亜弥が、実にいきいきとしている。宝塚には、アイドルの衰えたオーラを補充する命の泉でも沸いているのか?そういえば花總まりは10年以上娘役トップの座にいたが……。

その娘。たちの輝きが、決してスペクタクルな展開があるわけでも、派手な見せ場があるわけでもないこの舞台に高い満足度をもたらしている。正直、こんなに真剣に舞台を観たのは何年ぶりだろう?

日本独自のアイドル文化を生かした、強烈なエンターテインメント。さらにそこに、マンガ文化が加わる。この時に身を持って感じたように、マンガ文化は世界に乗り出すときのパスポートになる。もとより、マンガと舞台との親和性が高いことは、このエントリーを待つまでもなく、「セーラームーンミュージカル」が独立したファン層の形成に成功したことなどから、すでに実証ずみだ。

宝塚メソッド+アイドル+マンガ。この3つの組み合わせが、今後日本のステージエンターテイメントに新しい潮流をもたらし、業界全体の活性化を大いに進めてくれることを期待したい。その3つが最高の形で融合できた「リボンの騎士 ザ・ミュージカル」は、その記念碑として長く語り継がれることになるだろう。

さて、この日のキャストを紹介しよう。

大臣 吉澤 ひとみ
サファイア 高橋 愛
家臣ナイロン 小川 麻琴
ヌーヴォー・淑女 新垣 里沙
魔女ヘケート 藤本 美貴
トルテュ・淑女 亀井 絵里
リュー・淑女 道重 さゆみ
リジィエ・淑女 田中 れいな
大臣の息子 久住 小春
牢番ピエール・淑女 石川 梨華
牢番トロワ・淑女・近衛兵 三好 絵梨香
牢番コリン・淑女・近衛兵 岡田 唯
王妃 マルシア
王・神さま 箙 かおる(宝塚歌劇団)
フランツ王子 松浦 亜弥

この公演ではキャストが4パターンある。フランツ王子が石川梨華・松浦亜弥・安倍なつみのトリプルキャストなのと、牢番ピエールを辻希美が演じるときがあるからだ。石川梨華はフランツ王子を演じない日は牢番ピエールを演じる。

自分が観たときは上記のように、フランツ王子を松浦が演じた。3人の中で男役といったらやはり松浦だろうな、と思いこの日を押さえたのだ。その読みは当たり、その回が松浦にとっての初日ということでやや固さはあったものの、持ち前の芸達者ぶりを発揮し、凛々しく聡明なフランツ王子をパーフェクトに演じきっていた。

恐れ入ったのは石川の演技。フランツを松浦に譲って脇に周ったが、アンサンブル的な淑女たちの中にあっては常に最高の笑顔、梨華ちゃんスマイルを数倍にしたとびっきりの表情で際だっていた。そして2幕では、野心的な牢番のピエールになるが、これが1幕とはうって変わって、ギラギラした殺気を漂わせる見事な男役ぶりだ。その迫力たるや、すぐにでも「ベルサイユのばら」のアランや、「エリザベート」のルキーニでも演じられそうである。石川フランツも見たくなった。

また、これは演出側の勝利かもしれないが、藤本の使い方が絶妙である。藤本は娘。内では異分子、ヒールとしての役割を与えられているわけだが、その立ち位置をうまく生かし、物語の中盤に、展開の大きなアクセントとして登場した。これが、サッカーの試合でスーパーサブが投入された時のような効果をもたらしていた。

そして主役の高橋。宝塚のファンであることを加入当時から公言しており、今回の企画でも当然のごとく主役を射止めたが、不安視する声が多かったのも事実である。しかし高橋は、確かに「ハロー!モーニング」のクイズで「仲の悪い状態を現すときに用いる動物といえば、猿と何?」と聞かれ、自信満々で「カニー!」と答えるほどの馬鹿だが、常に計算して行動する如才なさも持ち合わせている。後藤真希卒業が決まった直後の記者会見では、最初しらっとした雰囲気だったのが、高橋が泣き出したのをきっかけにメンバー全員の大号泣になったのが印象深い。

舞台が始まると、まずまず無難にこなしている。まあ、こんなものかな、と思いながら眺めていたが、気になったのは自分のセリフがないときなど、ふっと表情が「女」になってしまうことだ。例えばフランツ王子とともに剣の試合を観戦しているシーン。隣の松浦が全く揺らぐことなく「男」の表情になっているため、それが目立つ。

だが、それが実は高橋の巧みな演技だったことが2幕で明らかになる。

サファイアは、「男の魂」と「女の魂」の、2つの魂を得てこの世に生まれてしまった。2幕で、魔女へケートにより「女の魂」のほうを奪われてしまうのだが、そのあとの演技はものの見事に「男」の顔になるのである。宝塚男役の特徴をデフォルメしたモノマネまで披露してみせた。つまり、1幕では、男と女がひとつの体に同居しているという状態を表現していたのである。これは男役でも娘役でもない微妙な役どころだ。高橋自身も、そしてその演技をつけた演出も、ブラボーな仕事ぶりだ。

ほかにも特筆すべき要素は数多くある。しかしその全てをここで書くのはやめておこう。終演後、千秋楽まであと数回観に来ることを決意したからだ。このエントリーを書きながら、1公演はオークションで落札した。ラスト公演以外、完売はしていないので席を選ばなければ当日券でも行ける。37歳の夏の思い出は「リボンの騎士」。いいのか俺の人生。

Tokuten2

迷わずCD「ソングセレクション」を購入。初回限定版にはB5版のシナリオが特典としてついてくる。なかなか気の利いたオマケだ。惜しむらくは、会場限定日替わりメッセージ入り生写真を買い逃したことだ。今日はれいなだったのに!

「リボンの騎士 ザ・ミュージカル」WEBサイト

http://www.ribbonnokishi.com/

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つんく♂タウンTHEATER 時東ぁみ座長公演「CRY FOR HELP!~宇宙ステーション近くの売店にて~」

「リボンの騎士 ザ・ミュージカル」のスタッフから外されたつんく♂プロデューサーが、腹いせにぶつけてきた(と想像される)つんく♂タウンTHEATERの旗揚げ公演を見物してきた。つんくタウンといったら、フジテレビの深夜番組との連動でいくつかの映画や短編映画を作ったが、いまいちぱっとせずに終わったプロジェクトだ。今度は芝居でリベンジを図るらしい。主役にはつんくプロデュースではあるがアップフロントの所属ではない=ハロプロメンバーではない、時東ぁみを起用。ハロプロからはモーニング娘。のリーダーから一気に暗黒面に堕ちた矢口真里のほか、ハロプロエッグから3人(秋山ゆりか、橋本愛奈、諸塚香奈実)が参加している。

そんなわけで会場には妙なノリの時東ファン、もはやなっち崇拝者以上の原理主義者ぶりを見せる矢口ファン、そして一般人では名前すら把握することの困難なエッグの動きをウォッチする、ハロプロDDの中でも最高濃度の強者が結集。それが100人も入れば一杯の狭い石丸電気イベントスペースにひしめく。そのわりに場の空気にさほど抵抗を感じなかったのは、最近毎週のようにディープな空間に出入りしているので慣れてしまったこともあるが、なんだかとっても懐かしい雰囲気だったからだ。その雰囲気とは、ずばりストリップ劇場だ。狭い、薄暗い、そしてT字型に客席に張り出すステージ。手を伸ばせばステージ上の出演者にも届いてしまいそうなその距離感は、まさしくストリップ劇場のそれである。その上、今回自分が座っていたのが、ストリップの通が座るポジションだったため、なおさらそう思えたのかもしれない。

芝居の内容としては、軽い人情喜劇といったところ。ミュージカルではないが、歌のシーンもいくつかあり、主題歌の「宇宙(そら)から~CRY FOR HELP!~」のほか、谷山浩子の名曲「恋するニワトリ」などが劇中で歌われた。矢口ソロによる「たんぽぽ」が聴けたのは少し嬉しいファンサービス。暗黒面に堕ちる前の矢口は、今でも大好きだ。

それにしてもなんでこんな公演をこの時期に、秋葉原でやる必要があったのか。本当につんくの腹いせじゃないかと思いながら見ていたが、芝居の後、時東ぁみミニライブで時東と、時東と同じ服装、メガネを着用したエッグ3人が歌い踊るのを見て、分かった。

これは、リボンの騎士つぶしじゃない。「AKB48」つぶしだ。

つんく、そしてアップフロントは、ハロプロやモーニング娘。本公演を巨大な会場で実施しながらも、常に中小規模の会場でのライブやイベントを大事にしてきた。つんくは時東のプロデュースに際し、インディーズ的な手作り感を常に意識している。彼らは本来そういうことがやりたかったのだろう。またビジネス的にも、ひとつひとつの収益性は乏しいがひょっとしたら面展開により大化けする可能性があるのかもしれない。このエントリーでも触れた、アイドルビジネスのロングテール化をいち早く見越した戦略だ。

そんな中で、秋元康が「会いに行けるアイドル」をキャッチフレーズに、AKB48を誕生させた。AKB48は、「秋葉原48劇場」で毎日公演を行っている。

この公演は、その動きをけん制するつもりなのではないか。横浜アリーナのような巨大な会場からアキバのイベント会場まで、全てのレイヤーでトップを取ろうとする、垂直統合型のビジネスに、アップフロントは乗りだそうとしている。

ハロプロの人気は確かに落ち目だが、それでいて着々と次の戦略を練るあたりは、さすがと言うべきか。それとも弱小事務所ゆえの生き残りの知恵なのか。とりあえずまんまと引っかかった客がここに1人。

Help

公演ホームページ

http://www.ishimaru.co.jp/news/00665/

時東ぁみのWEBサイト

http://www.tokitoami.com/p/

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2006年5月 7日 (日)

忍者イリュージョン「NARUTO」岡幸二郎オンステージだってばよ!

5連休だが本格的に予定がない。と思っていたらひょんなことから人気テレビ番組「NARUTO」を舞台化した「忍者イリュージョン NARUTO」を観ることになった。

そのキャストが、なかなかの豪華な布陣である。

うずまきナルト 屋良朝幸
うちはサスケ 町田慎吾
我愛羅 米花剛史
コワネ 秋山純
ワカ 新妻聖子
春野サクラ 三倉茉奈・三倉佳奈
不知火ゲンマ 平田広明
コワブル・コワダカ レギュラー
はたけカカシ 岩崎大
コトノハ 岡幸二郎
綱手 愛華みれ
テウチ 尾藤イサオ

「NARUTO」はタイトルと、忍者が主人公であること、その主人公が「~だってばよ!」と話すことぐらいは知っていたが、原作もテレビも観ていないので予備知識ゼロだ。しかし新妻聖子に岡幸二郎、愛華みれ、尾藤イサオのおまけまでついているとあっては観逃す手はない。というわけで1987年の新田恵利コンサート以来、19年ぶりに五反田のゆうぽうと簡易保険ホールへ。

客席はNARUTO目当ての子供たちが4分の1、「子供が観たいから」を隠れ蓑にジャニーズ目当てに来ているお母さんたちが4分の1、純粋にジャニーズ目当てに来ているお姉様たち(年齢層:中学生~青天井)が半分といったところ。愛華みれファンも、岡幸二郎ファンもその中にまぎれてしまっている。数少ない成人男性客は、子供に引っ張られてきたお父さんと、茉奈佳奈ファン、新妻聖子ファンといったところか。

主役の4人はジャニーズ事務所の「MA(ミュージカル・アカデミー)」のメンバー。ジャニー喜多川という人は確実に変態ではあるだろうけれど、ライブ・エンターテインメントに賭ける意気込みは本物、という噂だ。1931年生まれだから浅利慶太より2歳年上だが、実はこの世代のがんばりによって、日本のライブ・エンターテインメント産業はかろうじて息を長らえている。その世代が消えたときにいよいよ深刻な危機が起きることは想像に難くない。ステージ関係者がなすべきことは、それを避けようとするのではなく、その次の世代交代、つまりテレビが万能でなくなった世代への権限委譲をなるべく早く起こすことだと考える。

新妻聖子は2003年に「レ・ミゼラブル」のエポニーヌ役を射止めたあと、「ミス・サイゴン」のキム役もこなし、一躍東宝ミュージカルのスターになった。しかしどうも大事に育てられ過ぎている感もあり、一皮むけるには何か刺激の強い役を演じる必要があるだろうと思っていた。今回の舞台がそうなってくれればいい、と思ったが、比較的おとなしいお嬢様役だったので、あまり彼女を成長させる要素にはならなかったようだ。この段階で四季に飛び込んで修行をする、というのもいいかもしれないが、本人にとってそれが幸せかどうかは別問題。しかしクリスティーヌは無理でもソフィやベルなら十分できそう。

さて問題の岡幸二郎。演じるのはこの舞台オリジナルで、美声で歌いながら敵を殺すという、なんだか劇団☆新感線で右近健一(太る前)が演じるような役どころだ。ていうか、おまえ右近健一だろ、と言いたくなるほど、キャラクターがかぶっている。今にも「覚悟するザンスよ!」とか言いながらQUEENもどきのメロディーにのって服でも脱ぎ始めそうな気配だ。この舞台の振付が新感線も手がけている川崎悦子先生、というせいもあるのかもしれない。

ジャベール役では抑え気味に歌っていたが、今回はリミッターを外して容赦なく歌い上げる。実に気持ちよさそうだ。今回も役としてはクールな役だったが、もっとふざけた役をふっても面白かったかもしれない。コラムやインタビュー、自主公演ではジャベール役には似つかわしくないほどふざけた一面を発揮している岡である。いっそ本当に新感線の舞台にも登場してほしいものだ。

その歌を聴ける場面は多くはないが、岡ファンなら十分に観る価値はある。東京公演は14日まで。その後大阪公演が控えている。当日券も出ているようなので、岡マニアは迷わず劇場へ急げ!

全体的に、テンポのいい展開で飽きさせないいいステージだった。それなりに登場人物が多いにもかかわらず、説明的になることなく、演技の中で人物関係や世界観を明らかにしていた脚本は非常にいい出来だったといえる。そして俳優達がみな個性を生かしつつ全力で演技していたことで、観客を舞台に引き込んでいく力強い舞台になった。カーテンコールでは、NARUTOファンもジャニーズファンも関係なく、みな大満足で拍手を送っていた。

基本的にはイベントの延長線で企画された舞台なのだろうが、それでもここまでのクオリティーを出せるのは、日本のライブエンターテイメントにもまだまだ底力がある、ということなのかもしれない。見た者それぞれに、何か明るい希望を感じさせてくれる好作品である。

Gotanda

忍者イリュージョン「NARUTO」のWEBサイト

http://www.tv-tokyo.co.jp/anime/naruto/ninja_illusion/

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2006年4月 9日 (日)

東宝「レ・ミゼラブル」日生劇場公演

レ・ミゼラブルが東京に戻ってきた。帝劇が改装中のため、日生劇場で1カ月限りの公演である。当初観るつもりはなかったが、始まるとやはり観たくなるもので、ついYahoo!オークションでチケットを入手し参戦。

キャストは下記の通り。

ジャン・バルジャン 山口祐一郎
ジャベール 鈴木綜馬
エポニーヌ 笹本玲奈
ファンテーヌ 井料瑠美
コゼット 剱持たまき
マリウス 岡田浩暉
テナルディエ コング桑田
テナルディエの妻 田中利花
アンジョルラス 岸祐二

山口、鈴木(芥川英司)、井料と3人そろったモトシキ祭り。これに坂元健児が加われば完璧だ。そういえば以前、山口、鈴木、堀内敬子という祭りもあった。客席のマニア偏差値が一挙に高まり、異様な雰囲気だった。

岡田浩暉、コング桑田、田中利花が初見。いずれも可もなく不可もなく、でもどっちかというと不可、という印象だ。悪くないんだけど、どうもね、というなんとも歯切れの悪い感想しか出てこない。

また井料の歌がちょっと「?」な状況だった。四季を離れ、この舞台で復活したときは、少しブランクを感じさせたものの今後に期待させてくれる出来だったのに。雰囲気はファンティーヌに合っていると思うので、奮起を望みたい。

アンサンブルでは司教様がいまいち。急病者が出た余波か?

とぶつぶつ不満を言ったものの、全体の印象が悪くないのは、山口&鈴木の主役コンビがいいからだ。もはや初演の滝田栄バルジャン&鹿賀丈史ジャベールに匹敵する。歌だけでみればもちろんとうにそのコンビを越えているが、演技や存在感を含め、そのレベルは相当高い位置まできている。

2人の間にみなぎる緊張感もひりひりと伝わってきた。山口は、芥川が相手だと実にまじめに演技をする。いや、真面目に演技をするのは当たり前だが、そこはほら、山口祐一郎だから。

ますますその歌に磨きのかかってきた岸アンジョルラスや、剱持コゼット、笹本エポニーヌなどがそれぞれ着実にステップアップしているのが頼もしい。来年か再来年には確実に帝劇で上演されるだろうが、そこでは中核メンバーとしてカンパニーを引っ張ってくれるだろう。

ところで、エポニーヌが「その髪好きだわ~」と手を伸ばすシーンのマリウスの反応は、演じる者によってだいぶ異なる。石川禅は「なんだよふざけて、アハハ」と自分もふざけている。石井一孝は「なんだよふざけて!」と本気で怒る。だいたいこの2パターンのどちらかだったが、今回の岡田マリウスはさらに異なり「いきなり女の人に触られちゃってどっきどきだぜ!」という中学生みたいな演技だった。これもなかなか面白い。

昨年12月のレポート(大阪)

http://kingdom.cocolog-nifty.com/dokimemo/2005/12/post_2.html

昨年6月のレポート(2000回記念キャスト)

http://kingdom.cocolog-nifty.com/dokimemo/2005/06/post.html

昨年3月のレポート

http://kingdom.cocolog-nifty.com/dokimemo/2005/03/19_fcc8.html

レ・ミゼラブルのホームページ

http://www.toho.co.jp/stage/lesmis/welcome-j.html

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2005年12月25日 (日)

東宝「レ・ミゼラブル」山口祐一郎@ヴァル

「レ・ミゼラブル」大阪公演を観てきた。今年春の帝劇公演では、組み合わせが悪くて見逃していた新キャストがあり、特に「アイーダ」で好演していたシルビア・グラブはぜひ観ておきたかったのだ。

今回のキャストは下記のとおり。

ジャン・バルジャン 山口祐一郎
ジャベール 岡幸二郎
エポニーヌ 坂本真綾
ファンテーヌ シルビア・グラブ
コゼット 西浦歌織
マリウス 泉見洋平
テナルディエ 佐藤正宏
テナルディエの妻 瀬戸内美八
アンジョルラス 岸祐二

網かけしたところが初見キャスト。半数以上だ。印象に残ったところを列挙しておく。

まずシルビア・グラブのファンティーヌ。歌声に迫力がある、重量級ファンティーヌの誕生だ。しかし演技では随所に可愛らしい表情を見せ、それがけなげさ、はかなさにつながっている。息を引き取る場面、そしてバルジャンを迎えに来るシーンでは大きな感動を呼ぶことに成功していた。

佐藤正宏、すなわちWAHAHA本舗座長のテナルディエは、歌は迫力に欠けるものの、細かい演技が好感触だ。テナルディエというと眼光の鋭い男、という印象があるが、このえびす顔のテナルディエはいつも笑っているように見える。それが「バットマン」でジャック・ニコルソンが演じたジョーカーのようで実に不気味であり、新鮮に感じた。

意外にも、そして実に良かったのが岸祐二。原作ではクールな指揮官、というイメージのアンジョルラスだが、岸は情熱を前面に出した燃える男として演じていた。これはこれでいい。歌声は驚くほど伸びがあり、恵まれた体格を生かした大きな演技も、革命のリーダーという役どころに説得力を持たせていた。

以前ここに書いたと思うが、彼は「激走戦隊カーレンジャー」のカーレッドである。そして、日本のレ・ミゼラブル初演でアンジョルラスを演じた内田直哉は、「電子戦隊デンジマン」のデンジグリーンである。スーパー戦隊シリーズは、アンジョルラス役と縁が深い。

ところでこの日の山口祐一郎は、やりたい放題だった。同じ役を演じていても、毎回演技が違うという安定感のなさが山口の嫌われるところでもあり、大きな魅力でもあるわけだが、歌い方が春に見た時とはだいぶ違う。「バルジャンの独白」は、歌うというよりほとんど叫んでいた。また気分次第でタメをとるために、指揮者が合わせるのに苦労していた。さらに「裏切りのワルツ」では勝手にセリフまで変えて笑いを取る始末である。

しかしそこまでやっても「レ・ミゼラブル」の確固とした世界観は揺らぐことがない。それほど、この作品は力強いのだ。だから他のキャストも、山口を見倣え、とは言わないが、もう少し個性を生かした演技をしてもいいと思う。

カーテンコールでも、山口は(これはいつものことだが)スパークしていた。カーテンコールの「これが最後ですよ」といういわゆる「締めのあいさつ」は、見るたびに違うネタを披露してくれるので楽しみにしていたが、今回は岡幸二郎とともに、それぞれリトル・コゼットとリトル・エポニーヌを連れて登場。袖に下がると思いきや振り向いて何回も4人で客席におじきをして、大いに笑いを取っていた。

全体的に、満足感の高い出来だった。やはりこの作品は素晴らしい。もう何回観たのか自分でも分からないが、観るたびに新しい感動を発見することができる。発見といえば、梅田芸術劇場は帝劇に比べ、1階席の傾斜角度が高い。そのため、今まであまり見えなかった俳優の演技や、細かい動きを良く見ることができた。1幕最後の「ワン・デイ・モア」で、バルジャンは旅立ちの支度をしているが、カバンに詰めているのはコゼットと初めて出会ったときに着せた服、プレゼントした人形、そして司教にもらった銀の燭台といった品々。ひとつひとつ、思い出をしまいこんでいるのだ。それらの品が、帝劇ではよく見えない。これは、演出効果としてはマイナスだろう。どうもレ・ミゼラブル=帝劇というイメージがあるが、違う劇場で観れば違う部分も見えてくる。そういう視点で考えれば、来年春の日生劇場公演や、いずれ行われるであろうリニューアルされた帝劇での公演にも、期待したいところだ。

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レ・ミゼラブル 大阪公演のホームページ

http://www.umegei.com/m2005/les_miserables_spe.html

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2005年11月 6日 (日)

本田美奈子さん、死去

日本の演劇界にとって、とてつもない喪失。自分自身にとっても、あまりにも悲しい出来事だ。

本田美奈子が、38歳でこの世を去った。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051106-00000071-kyodo-ent

本田は「ミス・サイゴン」以来、ミュージカル女優としての地位を確立し、多くの舞台に立った。彼女が「レ・ミゼラブル」で演じたエポニーヌが、自分は好きだった。その声量も素晴らしかったが、薄幸ながら強く生きるエポニーヌを、けなげに、可愛らしく演じていた。今年はファンティーヌを演じると聞いて楽しみにしていたのだが、その公開前に病に倒れてしまった。

今年の「レ・ミゼラブル」公演で、帝劇にはファンが彼女への応援メッセージを書き込むためのボードが用意された。すぐに一杯になってしまうので、何回も新しいボードに差し替えられた。自分も「ファンティーヌ姿を楽しみにしています」と、ぐりぐりと大きく書いてきた。公演終盤では、彼女からの返信メッセージが拡大コピーして掲示されていた。内容も、文字も元気に満ちていて、これならきっといつかまた舞台に立ってくれる、と信じていたのに、ファンティーヌ姿を我々に披露する機会は、ついに訪れなかった。

エポニーヌは、マリウスの手の中で息絶えるまで、ずっと笑顔で歌い続ける。

 大丈夫 ムッシュ・マリウス 痛くないわ
 静かな雨も つらくないわ
 マリウス これでいいの
 安らかだわ いつも雨は 花を育てるわ

 何も言わないで 抱いてほしい

 雨は過去を洗い流すでしょう
 安らかだわ
 いてねそばに 抱かれて眠るわ
 めぐり逢えた この雨
 雲は晴れて安らか 遠い道のりをたどり着いた

 大丈夫 ムッシュ・マリウス 痛くないわ
 恵みの雨 つらくないわ

 これでいいの
 安らかだわ
 そして 雨は
 花…
 花 そだ…て…

この雨で、私たちはどんな花を育てればいいというのだろう。すべての演劇にたずさわる人、それを楽しむ人へ残されたこのメッセージは、あまりにも重く、そして深い。

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2005年9月 4日 (日)

かつしか区民ミュージカル「うちの猫がいなくなった」

「みそしれる歌舞の会」の中の人が、今週は役者として別の公演に出るから来いというので出かける。(財)葛飾区文化国際財団主催のファミリーミュージカル「うちの猫がいなくなった」だ。この財団はもともと相当豊富な資金力があったらしく、コンサート施設「シンフォニーヒルズ」や劇場「かめありリリオホール」などを所有している。しかし最近は区の補助も削減されがちで、自主公演は減ってきているらしい。その一方で、区民の手作りによる公演などを企画しているようだ。窮余の策なのかもしれないが、人材育成、そしてすそ野を広げるという意味でこうした取り組みは評価していい。今回の公演もその一環であり、この財団が設置した「かつしかドラマスクール ミュージカルコース」の受講者が中心になっている。

会場はシンフォニーヒルズの「モーツァルトホール」。1階席、2階席合わせて1000席もある立派なホールに驚く。四季劇場「秋」より大きい。当然舞台も巨大である。さらにオーケストラピットに演奏者がいてびっくり。なんと生オケだ。見習え、四季。そしてその編成の大きいこと。オペラでもできそうだ。彼らは葛飾フィルハーモニー管弦楽団で、やはり財団がサポートしている。こんな立派なオーケストラのミュージカルなんて、ブロードウェーでもウエストエンドでも観たことがない。ついでに言えば、ミュージカルでオケピの演奏者が全員正装しているのも初めて観た。三谷幸喜の「オケピ!」でコンダクターが解説しているように、オケピの住人は、たいがいラフな格好をしているものである。

「うちの猫がいなくなった」は、ゴミ捨て場ではなく、下町の屋根の上に集まるキャッツたちを人間の視点でとらえながら、人と動物、人と人との心の交流を描くという作品である。この公演自体が文化政策の一環である以上、構成に制約も多かったものと想像するが、そうした制約をうまく脚本や演出の中に取り込んで、口当たりのいい作品に仕上げている。

外部からの客演として、和田圭市が参加。「五星戦隊ダイレンジャー」のリュウレンジャーである。ダイレンジャーは、5人全員が中国拳法の達人という設定で、気合いの入った登場人物と演出に特徴があった。熱さで言えば恐らくシリーズナンバーワンで、比較的評価も高い作品だ。その和田だが、最初はなんだか池田成志のようにうさんくさい雰囲気で登場したものの、長身と、スーツでは隠しきれない体格の良さで実に見栄えがする。しかも動きにはキレがあり、実に舞台映えする役者だ。演技も自然で説得力があり、歌声もよく伸びていた。まだまだ日本の演劇界も捨てたものではない。ぜひ、次の「レ・ミゼラブル」公演ではアンジョルラスに挑戦してほしい。今年、アンジョルラスにキャスティングされた岸祐二は「激走戦隊カーレンジャー」のレッドレーサーだ。さらに、日本の初代アンジョルラス、内田直哉は「電子戦隊デンジマン」のデンジグリーンだ。アンジョルラスは、スーパー戦隊枠なのである。

さて、「みそしれる歌舞の会」の中の人は、あつかましくも主役で登場。いきなりソロナンバーを披露して度胆を抜いた。だが歌声には十分な張りがあり、話すセリフもきれいに届く。母音法だけが発声ではないのだ。見習え、四季。小さい体でめいっぱい大きく演技して、舞台の大きさ、共演者の長身に負けていなかった。恐れ入りました。

愛猫トラのマジックで出現した豪華なプレゼントを目にするシーンでは、ちょっと「美女と野獣」のベルを思い出した。そういえば、沼尾みゆきがベルを演じているらしい。しかし来週以降、ダークサイドなイベントが続くので、今年2回目の福岡はもう少し先になりそうだ。

katsushika

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2005年8月28日 (日)

みそしれる歌舞の会「永遠の王国」

昨年に引き続き、千葉県を本拠地として活動しているミュージカル劇団「みそしれる歌舞の会」の本公演を観に行く。

美しく優しい女王が君臨し、勇敢な騎士に護られた「永遠の王国」。そこで人々は苦しみも悩みもなく、ただただ平和に暮らしていた。ある日、王国の近くで1人の旅人が助けられる。フィーネと名乗るその少女は、たちまち女王の心をとらえ、大切な友人となるが、その存在はやがて王国に大きな災いをもたらす。さらにその災いは、王国に隠された重大な秘密を暴くことになり……。

一幕は、「ここは常春の国、マリネラか?」と言いたくなるほど、脳天気な王国の様子が淡々と描かれる。その脳天気な王国は2幕に入り思いも寄らない形で崩壊するのだが、それはさながらアナキン・スカイウォーカーが暗黒面に堕ちるように、突然で、そして劇的だ。こういう展開をさせるのは、簡単に見えて意外に難しい。ジョージ・ルーカスもエピソード3ではアナキンの転落が「あまりに唐突」と世界中で言われている。しかしこの舞台では、その存在は気付かれてもその存在する意味までは気付かれないように、周到に張り巡らされた伏線によって納得のいくものになっている。

永遠の王国とは、これまで多くの作家達が小説や映画、マンガやアニメーションといったメディアを通じて挑戦してきたモチーフである「シャングリラ(理想郷)」だ。そしてそれらの多くに共通するのは、シャングリラの秘密が解き明かされ、崩壊するときの衝撃である。なぜ衝撃を受けるかといえば、それは世界観がひっくり返るからだ。例を挙げるなら押井守の評価を決定づけた傑作「劇場版うる星やつら ビューティフル・ドリーマー」がある。主人公たちが巻き込まれた、毎日同じ時間が繰り返し、自分たちに関係のない人間は消えていくという世界は、実はラムちゃんの願望が具現化したものだった。また藤子・F・不二雄の「モジャ公」に出てくる、どんな願いでも叶う「シャングリラ星」は、すべては人工的に創り出された脳波、電気信号の仕業というオチだった。今でこそありふれた設定と言われるかもしれないが、それが描かれたのが1970年と言うことを聞くと、氏が稀代のSF作家であることがうかがえる。

このように、シャングリラには崩壊と、世界観の転覆がつきものだ。そういう意味では、この「永遠の王国」もそのセオリーを踏んでいる。しかしそのセオリーを舞台で表現する、というのはなかなかに野心的な試みだ。同一の空間の中で、しかも短時間に、ひとつの世界観を構築し、それを目の前で崩壊させてみせなくてはいけないからだ。デビット・カッパーフィールド並みの大技である。しかし、この舞台では、それに奇術を用いることなく、正面から挑んで成功を収めた。まずキャラクターの相関関係を崩壊前、崩壊後の世界それぞれ緻密に描いた上できちんと対称になるように設計し、しかも世界観を横断する動きも加えるという立体的な脚本の構図が基本にある。そして各場面のセリフや演技のすべてが、全体の構成の中で何らかの関係性を保っており、ひとつとして無駄がない。そこに、音楽の連続性が加えられる。こうした積み重ねによって、複雑な構成でありながら、何の抵抗もなく、分かりやすく受け入れられる作品になった。

そして、多くのシャングリラを描いた作品が、その世界観の構築と崩壊そのものをテーマとしているのに対し、今回の作品ではその構築と崩壊の意味がテーマになっている。一億総「中の人」化しつつある今日、それが問いかけるものは軽くはない。しかしそれを説教じみたものにせず、あくまでエンターテインメントで終わらせているのも評価すべき点だろう。

カンパニーとしてのまとまり、ヒロイン2人の存在感、音楽の素晴らしさなどは期待どおり。舞台を支える技術も非常に高いレベルで、特に照明の完成度さには感銘を受けた。

昨年と比較すると、男性出演者の増加が生きたように感じる。歌声のアンサンブルにも厚みが出たし、宰相シュベール役の菊池信次氏の重厚感あふれる演技で舞台全体が引き締まった。

この舞台のラストは、おおむね大団円を迎えるが、1つだけ救われずに終わる存在がある。無理に全てをハッピーにしなかったことで味わいをより深くしているが、それが見終わった後の余韻にもつながっている。その魂は、オペラ座の怪人のように夜の調べとともに姿を消したのか。それとも、ウルトラセブン第6話「ダーク・ゾーン」に登場したペガッサ星人のように、今も暗闇とともに地球のどこかを彷徨しているのだろうか。

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「みそしれる歌舞の会」のホームページ

http://misokabu.s10.xrea.com/

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2005年6月19日 (日)

「WE WILL ROCK YOU」日本公演

先月、ロンドンで観てきた「WE WILL ROCK YOU」の日本公演が先月から始まっている。来日公演としては異例の3カ月ロングランだ。

ネタバレを含むので、最初に結論を。

「興味あるけど、ツアー版はちょっとなあ・・・」という人がいたら、すぐにその考えを捨てて観に行ってください。大丈夫です。

ここから本文。

ミュージカルのツアー公演というのは、たいがい期待できない。アメリカのヒット作品だと、ブロードウェーで出ているのが一軍、西海岸で出ているのが二軍、米国内ツアーが三軍、ワールドツアーに出るのはその次、という程度なのだろうか。正確には知らないが、どうもそのぐらい、満足度は低いのである。「どうせあたしらドサまわりだしさ~」「日本人なんて、適当にやってりゃ喜ぶのよ~」という意識が見え隠れ、どころかありありと伝わってくることも少なくない。

最近だと「シカゴ」が代表的で、99年の来日公演はずいぶんがっかりさせるものだった。2003年の来日ではそれよりはだいぶましだったようにも思うが、とうていあの作品のブラックで乾いた笑いを表現しきれてはいなかった。なのに連日満員御礼、追加公演も決定。これでは日本の客がナメられても仕方がない。今年もやってくるが、果たしてその出来はどうか。

だから今回も、あまり期待はしていなかった。そのために、この日本公演があることを知りながら、わざわざロンドンで観ておいたのだ。

洋楽に詳しい友人と連れだって、会場の新宿コマ劇場へ。コマでミュージカル、というのは安達祐実の「オズの魔法使い」以来だ。

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まず目に入った、フレディ・マーキュリー像。ドミニオン劇場に飾られているものを模して作られているが、その第一印象は「げっ。しょぼ……」。嫌な予感は確信に変わって、ややうつむき加減に入場した。

チケット販売には苦労しているという噂で、土曜にもかかわらず空席が目立つ。ますます消沈している中、幕が上がった。

ところが、である。

どの役者も、非常によく声が出ている。演技もいい。またツアー版にありがちな、ばらばらな感じもなく、呼吸のあったやりとりがカンパニーとしてのまとまりを印象づける。そして何より、「日本人相手なんて、チャンチャラおかしくて真面目にやってられないわ~」といういい加減さが全くない。

ウエストエンドにはない客席を使った演出も盛り込まれ、楽しませてくれる。日本向けのギャグや日本版特別アンコールも用意されるなど、サービス精神にもあふれていた。

終わってみれば大満足の出来。ここまでのものが観られるなら、わざわざイギリスで観るまでもなかったと思うほどだ。この作品の脚本は緻密な構成よりもセリフ回しの面白さを重視しているため、日本語字幕でその面白さを味わうことができたということも大きかったが、それだけではない。ツアー版でこれほどのレベルの舞台を観られたことは、まったくの驚きである。

友人に、全編に散りばめられた洋楽ネタについて解説を受けて、さらに理解を深めていたところ、興味のある指摘が。

「英語がオーストラリアなまりだった。彼らはオーストラリアから来たのか?」

えっそうだったのか。さっそくパンフレットで確認したら、そのとおり。2003-2005年、足かけ3年のロングランをオーストラリアで実現したカンパニーが、そっくりそのまま来日していたのである。

つまり、この公演はツアー版ではなかった。

そうなれば、個々の俳優の実力も、全体のまとまりも、あって当然である。

なのに、この情報はほとんど公開されていない。公式サイトを見ても、そんな解説は見あたらない。ただ、キャストのプロフィールを見るとみなオーストラリア出身とか、ニュージーランド出身とある。パンフレットにも、この情報は正面からは書かれておらず、スタッフのインタビューの中ではさりげなく書かれているだけである。よく見ると、「後援」としてオーストラリア大使館の名前がある。

そこでオーストラリア大使館のサイトを訪ねてみると、ばっちりこのことが書いてあった。

http://www.arts.australia.or.jp/events/0505/wwry/

これですっきりした、とはいかない。ならばなぜその情報を宣伝の中で言わないのか。

これは、来日公演の集客における悪しき習慣である。あまりミュージカルを観たことのない人であれば、「ブロードウェーミュージカル日本公演」というと、ブロードウェーで演じている人達がやってくるのだと思うだろう。その勘違いを利用して集客するのである。もちろん中にはブロードウェーの舞台に立った人も多くいるかもしれないけど、実際には三軍、四軍なのだから、これはウソだ。ただ最近はだいぶ状況が変わってきている、という声もあるので、一概にツアー版はダメだとは言わないが、ツアー版とはそういうものだ、ということを説明しておく義務はあるのではないか。

今回も、わざわざ「オーストラリアから来た」と言って、ウエストエンドで演じている人達が来る、という夢をこわすことはない、という判断なのだろう。主催者の気持ちも分からないではないが、今や牛肉の産地を偽っても問題になるご時世だ。堂々と「オーストラリア産」を名乗ってチケットを販売するのが筋というものだろう。客にも、カンパニーにも失礼な話だ。

しかしツアー版、翻訳上演以外に、海外でロングランを達成したカンパニーをまるごと持ってくる、という輸入の仕方があることは初めて知った。これなら、オリジナル言語で、しかもある程度レベルの高い舞台を日本国内で観ることができる。ぜひ、今後もこうした試みを実現してほしいものだ。

そのためには、この公演がまずまずの成功を収めなくてはならない。先に書いたように、現在は苦戦を強いられているようだ。自分も最低もう一回は観にいく。まだ迷っている人もぜひ足を向けて欲しい。

WE WILL ROCK YOU日本公演のホームページ

http://www.wwry.jp/

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2005年6月 3日 (金)

東宝「レ・ミゼラブル」2000回記念公演

さて、今季2回目(本田美奈子が降板したために、当初3回観る予定だったのが2回になってしまった)、そして2000回記念キャスト公演の「レ・ミゼラブル」を先週末、楽前に鑑賞してきた。

まずはそのキャストを紹介しよう。

ジャン・バルジャン 今井清隆
ジャベール 鹿賀丈史
エポニーヌ 島田歌穂
ファンテーヌ 岩崎宏美
コゼット 知念里奈
マリウス 石川 禅
テナルディエ 斎藤晴彦
テナルディエの妻 森久美子
アンジョルラス 岡幸二郎

待ちに待った、初演以来の鹿賀丈史ジャベール復活である。

昨年の「レ・ミゼラブルコンサート」で久しぶりにそのジャベール姿を観て、ぜひとも復活を、と願ったのは記憶に新しい。

だが、コンサートでは初演そのままの冷徹なジャベールだったのが、今回の舞台ではだいぶ印象が違った。やはり演技がつくと年齢的な問題もあって表現力に制限がかかるのか?とも思ったが、どうもそうではないらしい。ジャベールの弱さや人間味といった、このキャラクターの陰に隠れた部分を出そうとしていたようだ。

初演の切れ味鋭いジャベール像を期待していた自分にとってはやや違和感があったものの、これだけのキャリアのある俳優が、久しぶりに演じる「当たり役」で、新たな挑戦をするというのは素晴らしい。まだこの役に意欲があることの証左でもあるわけだから、ぜひ次の公演でも登場願いたいところだ。

今回の復活キャストの中で、最も印象的だったのが、島田歌穂のエポニーヌだ。

レギュラーでこの役を演じていたころ、特に90年代後半以降の島田の演技は、実はあまり好きではなかった。なんだか貫禄がありすぎて、エポニーヌの背負った運命の悲しさが、伝わってこなかったからだ。

だが、数年の時を経て舞い戻ってきた島田は、全く違った。まず外見が違う。ぐっとウェイトを絞ったその姿は、まるでバンタム級に挑戦してきた力石徹のようだった。演技にもキレがある。

歌声は相変わらす美しいが、そこには力強さと切なさが同居し、激しく心に響いてきた。 なんだか、病床にある本田美奈子の魂が乗り移っているかのようだった。

そしてそれを受け止める、石川禅のマリウスがまた良かった。半分、というより3分の2ぐらいにやけたまま固まった顔が石川の特徴だが、昔はただしまりのないようにしか見えなかった。しかし今回はそのにやけた顔が、男としての器量の深さを感じさせていた。そしてその寛容さで、エポニーヌの悲痛な想いをきっちりと受け止めていた。

砦でエポニーヌにコゼットへの手紙を託すシーン。ここはマリウスの「純粋さ故の残酷さ」を表現するシーンだが、初めて「エポニーヌを戦場から遠ざけるために、口実として手紙を渡した」ように見えた。新鮮な感動である。

コゼットが知念里奈ということもあり、コゼット-マリウスよりも断然エポニーヌ-マリウスの関係が心に刻み込まれた舞台だった。こんな経験はかつてなかった。

岩崎宏美は、やはり初演の迫力には残念ながら及ばない。これは、97年に復帰したときから感じていたことだったが、この日はやや声の調子が悪かったようだ。しかしその分演技は磨きがかかっており、十分に見応えのあるファンティーヌである。

今井清隆は「現役」組だが、いいバルジャンになった。2年前の公演で、初めて彼のバルジャンを観たときは、だいぶ肩に力の入った荒削りさが目立ったが、その時も「きっと次の公演ぐらいには良くなるはず」と信じていた。「オペラ座の怪人」のときもそうだったが、今井は役に馴染むまで、時間のかかるタイプだということを知っていたからだ。そして、予想どおりにすばらしいジャン・バルジャンになってくれた。山口ほど華はないが、優しさと包容力を感じさせる、熱いバルジャンである。すでに山口・今井の主役コンビは、滝田・鹿賀のコンビに並ぶ存在になったと思う。

賛否両論のあった今回の記念キャストだったが、単なるお祭りに終わらず、いい舞台になった。これは俳優達がそれだけ真剣に役に向き合ったからだろう。そうした姿勢で臨んでくれる限り、こうした試みも続けていっていいかもしれない。

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2005年4月 5日 (火)

W(ダブルユー)「ふしぎ少女探偵 キャラ&メル~魔のバイオリン盗難事件~」

W主演ミュージカル。子供向けの作品だが、客席には子供の姿はあまり見あたらなかった。

モーニング娘。ミュージカルは毎年恒例になっている。初年度の「LOVEセンチュリー~夢はみなけりゃ始まらない~」はミュージカルのメソッドを教科書通りに守った、これぞまさしくミュージカルというような傑作だったが、翌年以降、ただのイベントになってしまった。しかしそれはそれでいい。

今回は両者の中間といったところだろうか。

基本的に、小さな子供が観ても、大きな友達が見ても楽しいミュージカルにしようという姿勢は感じられた。だがいかんせん脚本に力がなさすぎである。演出面では、楽器を手にしたマネキン(生き人形?)が動き出すシーンなど、はっとさせる場面も何回かあっただけに、残念だ。

そして、加護亜衣、辻希美という芸達者の2人にとって、この脚本では弱すぎる。力余ってか、アドリブ全開である。結果、イベントとしての色が濃くなってしまった。何度も言うように、それはそれでいいのだけれど、「ミニモニ。でブレーメンの音楽隊」で見事な演技をしていただけに、もっと真剣に2人が取り組む舞台を観たかった気がする。

加護亜衣の存在感は相変わらず大きい。モーニング娘。ミュージカルでも、加護が出てくると舞台の空気も、客席の雰囲気も一変する。あいぼんのことは誰もが好きなのだ。石川梨華が嫌いな人はいても、加護亜衣の嫌いな人はいない、というのは俺の名言である。

また、辻希美の身体的能力の高さには、改めて圧倒させられた。舞台の上で暴れ回るところはもちろんだが、これだけミュージカル公演を重ねれば、普通声が多少はかすれてくる。実際加護の声は少し弱っていた。ところが辻の声はまったく勢いを失わない。恐らく声帯も頑丈なのだろう。ミュージカル界に欲しい人材だ。どうですか、東宝さん。コゼット役として・・・

脇を固めるのは「仮面ライダー555」の半田健人と、「天花」ちゃんにも出ていた大島宇三郎。実は劇団四季出身だ。

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2005年3月20日 (日)

東宝「レ・ミゼラブル」3/19マチネ

3月8日から「レ・ミゼラブル」の本公演が帝国劇場で始まった。今回のキャスティングについては以前まとめた通りだ。自分としては、本田美奈子のファンテーヌで1回、山口祐一郎×鈴木綜馬(芥川英司)+井料瑠美の元四季トリオで1回、20周年記念スペシャルキャストで1回、と予定していたが、本田美奈子が病気のため降板。なので今回の参戦は2回になる見込みだ(今のところ)。その第1回目を19日の昼に果たしてきた。

自分の中で「レ・ミゼラブル」「キャッツ」「オペラ座の怪人」「美女と野獣」はほぼ同格になっている。なので一番好きなミュージカルは何ですか、と聞かれた時にはちょっと毛色の違う「夢から醒めた夢」と答えることにしている。今年前半はこの5作品のうち4作品が東京にそろうという幸せな状況だ。美女と野獣もキャスト次第で京都、福岡に遠征予定である。

しかし観た数でいったら「レ・ミゼラブル」がダントツの1位だろう。ほかはそれぞれ何回観たか、おおよその数は把握できるが、これだけは全く数えられない。東宝の巧み、というより露骨なダブルキャスト、トリプルキャスト戦術にまんまとはまった結果でもあるが、やはり自分はそれだけこの作品が好きなのだろうと思う。

今回の公演期間中、この作品の公演回数は2000回を越える。間もなく6000回に達しようという「キャッツ」には遠く及ばないが、その愛され方で言えば決して引けを取らないものだ。むしろ、「キャッツ」や「ライオンキング」などに比べれば、ずっと日本人のマインドに合ったものではないか。どちらかといえばナニワブシの人情劇だし、音楽的にも日本人の心の琴線に触れやすいようなメロディーだ。

3時間を越える大作とはいえ、原作であるヴィクトル・ユゴーの「Les Miserable」は、新潮文庫版で5冊に及ぶ大河小説だ。1本のミュージカルにまとめるのは無理があるのではないか、という声もあるだろうが、実はそうでもない。小説「レ・ミゼラブル」は、ジャン・バルジャンやジャベールといった貧困や犯罪の蔓延した社会でひたむきに生きる者たちの人間模様をタテ糸にして、ナポレオンの登場からウイーン体制、7月革命に至る時期のフランスにおける社会的混乱と、パリという都市の下水道を始めとした特色ある構造について詳細につづったものである。そこから、歴史の部分と都市学の部分をごそっと取り払うと、あとに残るドラマ部分はおおよそこの作品に描かれている部分ぐらいなのだ。日本人の多くが子供のときに読んだ「ああ無情」も、だいたいその部分にあたるから、こちらのほうが馴染みやすいという側面もある。

もちろん急ぎ足であることは否めず、また今世紀に入りブロードウェー公演(すでに終了)が俳優組合との関係で3時間半から3時間ちょっとぐらいに短縮し、日本公演もそれにならったことでますますダイジェストな感じが強まってしまった。これはぜひ前に戻してほしいところだ。

キャッツやオペラ座の怪人が、エキセントリックな趣向やスペクタクルな演出で目を引くのに比べれば、あくまで直球勝負の作品である。それが20年の長きにわたり愛されていることは、日本人とミュージカルとの親和性を示すものであると信じたい。

歌声のバランスでまとまりのある舞台に

さて、今回観劇したキャストは以下の通り。

ジャン・バルジャン 山口祐一郎
ジャベール 鈴木綜馬
エポニーヌ 新妻聖子
ファンテーヌ 井料瑠美
コゼット 剱持たまき
マリウス 藤岡正明
テナルディエ 徳井優
テナルディエの妻 森久美子
アンジョルラス 小鈴まさ記

すっかりこの作品の顔になった山口。持ち味である声量豊かなボーカルは、四季時代に比べると非常に安定感が出てきた。いっぽう演技については毎公演変えてくるので新鮮味もある。正直あまりうまい演技とも言えないが、それだけ本人がこの役に「挑む」気持ちを持ち続けていることの証で、好感が持てる。安心して、しかも楽しみに見られるバルジャンである。

2001年の公演以来、久しぶりに復活した鈴木。こちらも細かい演技で見せるタイプではないが、ノーブルなバリトンを発するやや無表情なジャベールは、どうにもつかみどころのない雰囲気だ。ミュージカルの中では少ししか触れられないが、ジャベールというのは牢獄で産み落とされたという生い立ちを持っており、単純な冷血漢と言うよりは、かなり屈折した複雑な人間だ。そういう意味では原作のイメージに近い。「スター」独唱では存分に歌声で魅了し、自殺の場面では、悩みぬいてぼろぼろになった抜け殻のような演技という、ほかのジャベール役者とはやや異なる印象で舞台を去った。カーテンコールでは、本編中の無表情さとは対称的に、屈託のない笑顔と、進んでほかの役者(アンサンブル含む)と肩を組んだり、山口のボケに突っ込みを入れたりというナイスガイぶりを披露した。やはりこの人は日本のミュージカル界には欠かせない至宝の1人だ。

井料は、歌もうまく美人で、演技もそつがないので個人的には大好きだ。ファンテーヌ役としてももちろん申し分ないのだけれど、どうもこの人には弱点がある。それは、小さい声で歌えない、ということである。声楽については素人なので、とんちんかんな指摘だったら謝るが、例えば絶命のシーンなどはもう少しか細い声で、と思いたくなるし、他の役者と声のボリュームをそろえなければいけない場面で、どうも井料の声だけ響くことが多い。もちろん、小さい声で歌うことほど難しいのだろう。かつてオペラでエディタ・グルヴェローバの歌を聴いたとき、声の高さを全く変えずに、声の大きさだけをアンプのボリューム調整つまみを回すように自在に変えていて仰天したことを思い出す。そこまではいかずとも、岩崎宏美や島田歌穂はそれに近いことができていた。それがあってこそ、彼女たちはこの作品で不動の位置を確立できたのである。

良かったのはこの3人の声のバランスが非常に整っていたことだ。やはりミュージカルは演技の呼吸だけでなく、歌の呼吸も合っていたほうが美しい。前述のように、井料の声はバランスを崩す要因になるが、そこはつきあいの長い山口、鈴木で、実にうまく合わせていた。二人が全く違う歌詞を同時に歌う「対決」の場面も、2001年にはお互いに声を張り上げるような形だったが、今回はそれぞれの声を確認するようにしながら丁寧に作り上げていた。

バランスがいいと言えば、エポニーヌ役の新妻聖子、コゼット役の剱持たまき、そしてマリウス役の藤岡正明の3人も、きれいに歌声がそろっていた。特にASAYANボーカルオーディション出身の藤岡は、今回がレ・ミゼラブルどころかミュージカルに初参加ということでやや不安もあったが、歌は全く問題がなく、演技も熱意あふれるなかなかのものだった。その藤岡と、前回公演から参加している新妻、剱持は、年齢やキャリアが近いこともあるのか、呼吸の合ったところを見せていた。

山口-鈴木-井料と、新妻-剱持-藤岡、という2つのバランスのとれたグループによって、全体的に非常にまとまりのある舞台となった。ただ、この2つのラインがクロスする、たとえばラストでバルジャンの「お迎え」にエポニーヌが登場するような場面だと、バランスが突然狂い始める。これは少し残念だった。

バランスといえば、森久美子と徳井優のアンバランスさも、重要なバランスだった。見た目のアンバランスさももちろんだが、オペラで培った実力で、余裕を感じさせながら歌う森と、一生懸命、譜面通りに歌おうとする徳井。どうして、いいコンビだ。テナルディエが一生懸命さを感じさせていいのか、という批判はあるだろうが。

山本耕史アンジョルラスを切望

今回、アンジョルラスを演じたのは小鈴まさ記。アンサンブル出身だ。歌唱力に難ありという前評判だったが、きちんと歌えており、演技も十分に合格点のものだった。坂元健児も好きだが、こちらのほうがよりアンジョルラスらしい気がする。岸祐二、東山義久は未見。

だが、やはりアンジョルラスは、冷静な指揮官であると同時に学生を、民衆を率いるカリスマでもある。もう少し強烈な印象が欲しいのも事実だ。特に、岡幸二郎が華のあるアンジョルラスを演じてからは、どうも普通の演技では満足できなくなってしまった。

そこで望まれるのが、かつて子役時代にガブローシュを演じ、2003年の公演ではマリウスを演じた、山本耕史のこの役での復活である。今回のキャスト表が発表になったとき、マリウス役にその名前がなかったのは本当に残念だった。しかし、今はマリウスではなくぜひアンジョルラスで、という気持ちが強い。「新選組!」土方歳三役で身につけたものを、この役に生かすことができれば、それは初演の内田直哉も、岡もしのぐ圧倒的なアンジョルラス像ができあがるはずだ。東宝も、その交渉はしたのかもしれない。今回、アンジョルラスが4人もいて、変則的なキャスティングになっているのはその影響なのではないか。とにかく、次回公演ではぜひ山本アンジョルラスを実現してほしい。

きょうのおみやげ

きょうは、OMCカード会員の貸し切り公演だったので、出演者のサイン色紙などが当たる抽選会があった。

なぜか、ありがたいことに自分は劇場ではとても運がいい。

レ・ミゼラブルでは、カーテンコールのときに、スタッフが舞台に向かって投げた花束を、役者が拾って客席に投げ返すという趣向が定着しているのだが、かつて、村井国夫の投げた花束が自分に向かって一直線に飛んできたことがある。

また、パルコ劇場に「笑の大学」再演を観に行ったときには、「客席にランダムにプレゼント引換券が置いてある」と聞いて、入場したら自分の席にばっちり置いてあった。プレゼントは、西村雅彦特製カレンダーだった。

どちらも女優さんがらみではなく、おやじがらみであるという共通点がある。今回の抽選では何が当たるのかと聞けば、山口祐一郎サイン色紙か、鈴木綜馬サイン色紙だという。何か予感がした。

というわけで、

souma

当たりました、鈴木綜馬サイン色紙。
ありがとうございます。



レ・ミゼラブルのホームページ
http://www.toho.co.jp/stage/lesmis/welcome-j.html

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2004年12月 3日 (金)

レ・ミゼラブル 2005年キャスト

ほぼ1か月ほど前に発表になった、来年3-5月の「レ・ミゼラブル」キャスト。チケット発売(18日)に備え、その陣容をおさらいしておこう。

まず、今回は特殊要素がある。今年夏から行われた「コンサートバージョン」で復活を果たした「懐かしいキャスト」の登場だ。その顔ぶれは下記の通り。

ジャン・バルジャン 今井清隆
ジャベール 鹿賀丈史
エポニーヌ 島田歌穂
ファンテーヌ 岩崎宏美
コゼット 知念里奈
マリウス 石川禅
テナルディエ 斎藤晴彦
テナルディエの妻 森久美子
アンジョルラス 岡幸二郎

公演期間の最後にあたる5月24~29の期間、このキャストがローテーションなしで全公演を演じる。コンサートバージョンを観たとき「鹿賀丈史のジャベールをもう一度観たい」と書いたら、それが本当になったわけで、これは素直に喜びたい。もちろん、こうなると「知念里奈は見たくないなあ」「内田直哉のアンジョルラスが観たいなあ」とかいろいろ言いたいことも出てくるわけだが、それはファンのわがままというものだろう。

この特殊要素を除いた、今回のレギュラーキャストはどうか。全体的に「おおっ」という衝撃がなかったこともあり、ちょっと評価が難しい。

キャスト別に考えていこう。

<ジャン・バルジャン>
石井一孝、今井清隆、別所哲也、山口祐一郎

2003年キャストと同じ。山口、今井の声張り上げコンビに人気が集中しそうだ。石井一孝はいい役者で、頑張ってほしいのだけれど、いかんせん迫力不足。役者人生の中で、この時期にこの大役に挑むことが果たしてプラスになるのだろうか。本人の意向ならいいが、周りがそうさせているのならちょっと悲しい。別所哲也は未見。映画やテレビで観る限り、この人は好きなんだが、どうも観る気が起きなかった。しかし食わず嫌いもよくないので、今年は1度ぐらいハムを食べよう。

<ジャベール>
岡幸二郎、今拓哉、鈴木綜馬

2003年キャストから内野聖陽と高嶋政弘が消え、2000-2001年公演に参加した鈴木綜馬(芥川英司)が復活。個人的には、差し引きでプラスになっている。内野も高嶋も好きな俳優だが、やはり内野の歌はジャベールの強靱な精神を表現するには遠く及ばず、高島の豪放な演技は逆にジャベールの繊細さを表現しきれなかった。そして、本当になぜ2003年公演に参加しなかったのか、理解に苦しんだ芥川の復活。鹿賀丈史に次いで好きなジャベールだ。やはり長年「美女と野獣」で仮面をつけて演技をしていたのが年輪になったのだろう。鉄面皮に隠されたジャベールの強さと悲しさを見事に歌い上げる。今から再会が楽しみだ。前回から登場した岡幸二郎のジャベール。こちらも捨てがたい、冷たく美しいジャベールだ。

<エポニーヌ>
ANZA、坂本真綾、笹本玲奈、新妻聖子

2003年と同一。それぞれいいんだが、ある意味この舞台で最も「おいしい役」(出番少なく、印象強烈)であるエポニーヌとしては「まあ、悪くなかったよ」というレベル。笹本が一番好きだけど、これは個人的な趣味の問題。

<ファンテーヌ >
井料瑠美、シルビア・グラブ、本田美奈子.、マルシア

東宝作品を中心に、数々のミュージカル作品で場数を踏んでいるシルビア・グラブが初参加。確か「エリザベート」で観ているはずなんだがあまり印象はない。声楽科出身の実力派なので、ちょっと期待できるかも。しかし、今回はなんといっても本田美奈子だろう。エポニーヌ役を卒業して、ファンティーヌに挑む。エポニーヌのときは賛否両論あったが、自分は支持派。天性の歌唱力がファンティーヌ役にどう生きるか、聞き所である。井料も四季時代からのファンだから当然また観たいとは思っていたが、正直なところ、無難にまとまりすぎている印象も。マルシアには触れずに次に進む。

<コゼット>
剱持たまき、河野由佳、知念里奈

コゼット役に必要なのは、清純なかわいらしさである。知念里奈はちょっと違うんじゃないか。あとの2人は2003年からの続投。2人ともかわいさは合格点だが、もうちょっと存在感が欲しい。斉藤由貴や純名里沙、安達祐実といった強烈なキャラクターを見慣れているだけに、小粒感は否めない。ところで、河野由佳は桜木睦子に似ているとずっと思っているのだが、この2人を両方とも知っているのが日本中に4人くらいしかいないようで、いまだ同意してくれる人がいない。

<マリウス>
泉見洋平、岡田浩暉、藤岡正明

なぜ山本耕司がいないのか。その一言につきる。「新選組!」で一回りもふたまわりも大きくなった山本のマリウスをもう一度観たかった。あの、よだれの出そうないい男の姿を。しかし、新選組!を観ていて、この人のアンジョルラスも観てみたいな、と思った。この舞台では、アンジョルラスはどちらかというと熱血漢だけど、原作ではもう少しクールな印象だ。岡幸二郎はそんな雰囲気で演じていた。土方副長のアンジョルラス。うん、観たいぞ!ぜひ次回はよろしくお願いしたい。藤岡正明といえば、ケミストリーを生んだASAYAN男子ボーカリストオーディションで最後まで残った人だ。うん?この人舞台はもちろん、演技経験ないんじゃ・・・あとの2人は続投組。

<テナルディエ>
駒田一、コング桑田、佐藤正宏、徳井優

駒田は続投、徳井は200-2001年公演以来の復活だ。駒田は実力派だし、徳井はいい人そうに見えてしまう難点はあるが、でかい妻との対比の構図が面白く、客席を沸かせてくれる。初登場の2人だが、まずコング桑田。 わかぎゑふ率いる劇団「リリパット・アーミーⅡ」の一員だ。名前はよく聞くが、観たことはなかったので調べてみると、この人ゴスペルの心得があるらしい。声量のあるテナルディエ、というのはいまだ日本に存在しないので、ちょっと面白いかもしれない。そしてWAHAHA本舗を率いる佐藤正宏。役者としての実力は折り紙つきだが、果たしてグランド・ミュージカルでどういう存在感を出すのか。これも楽しみだ。

<テナルディエの妻>
瀬戸内美八、森公美子

2人とも続投組。森の演技には最初とっても違和感があったのだが、もうすっかりこの作品の顔として定着してしまった以上、認めざるを得ない。しかし原作を読むとマダム・テナルディエは「熊のような体型だが、乙女チックな部分のある女」として描かれている。そう考えると、これほどぴったりした人も少ないかもしれない。

<アンジョルラス>
岸祐二、小鈴まさ記、坂元健児、東山義久

四季を退団し、前回公演から参加している坂元以外は、3人とも初参加。しかし、この役出番もそう多くないし、4人もキャスティングする必要があるんだろうか?岸祐二といったら「激走戦隊カーレンジャー」だ。その後も「ギンガマン」や「ハリケンジャー」にゲスト出演したりしていた。そして2003年公演にはアンサンブルとして参加。今回、晴れてプリンシパルキャストに抜擢された。その努力を買いたい。小鈴まさ記もアンサンブル出身。長身でよく目立つため、アンサンブルの中では注目を集めていた人だ。東山義久はダンスに強みのある役者で、「エリザベート」でちょっとだけ観ている(はず)。中規模のミュージカルに出演経験が豊富のようだが、演技についてはあまりよく知らない。

さて、トータルで考えてどうか、ということだが、前回公演と比較すると、とにかく山本耕司が抜けたのが痛すぎるほど痛い。だが、「おおっ」という点が少ないものの、それぞれの経歴などを細かく見ていくと、なかなか期待できそうな役者が多いのも事実だ。「特別キャスト」以外はやや派手さに欠けるが、意外にいい舞台になるかもしれない。期待して来年を待とう。

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2004年10月 2日 (土)

東宝「ミス・サイゴン」(ばれます)

先日、四季の「南十字星」のことをここに書いた際、「ミス・サイゴン」を引き合いに出した。ならばそれも観なければ不公平だろう、ということで行ってきた。93年にロンドンで観て以来、11年ぶりだ。

この公演の場合、どういうキャストで観るかで評価も印象も全く異なると思うので、まずきょうの配役表を掲載しておく。

エンジニア 市村正親
キム 松たか子
クリス 坂元健児
ジョン 岡幸二郎
エレン 石川ちひろ
トゥイ tekkan
ジジ 高島みほ

さて、この配役表を観たとき、何か不安に感じることはないだろうか?歌唱力以外で。

俺は思った。「松たか子のほうが、坂元健児よりでかいんじゃ・・・」

マイケル・ダグラスがシークレットブーツを履いて臨んだ「アメリカン・プレシデント」を思い出す。履かせろ!奴にも。今すぐ。

坂元はその名の通り健康的な肉体が売り物の俳優で、四季時代はライオンキングでシンバのタイトルロールをこなした男だ。がっちりはしているが、背丈が足りない。土方副長の言うように、石田散薬を酒と一緒に飲んでほしいところだ。

しかし、一応二人並んでみたら、ちょっとだけ坂元のほうが大きかった。(履いたのかも・・・)

もちろん歌唱力に不安のある組み合わせではある。松たか子はCDデビューしているので、歌がうまくないことはよく知られている。しかし、臆せずに堂々と声を出すので、ややハズし気味ではあるが何とか聞ける。坂元も音程を気にせずのびのび歌うほうなので、声の相性は実によかった。これでエンジニアがむちゃくちゃ歌える人だったらバランスが悪いが、市村である。当代最高のミュージカル役者でありながら、実は歌唱力があまりないのが、市村のすごいところである。といわけで、この3人の歌は結果的に非常に均整のとれたものとなった。

唯一、むちゃくちゃ歌えるはずの岡幸二郎が、この3人に合わせたわけではないだろうが、あまり歌えていなかった。きょう調子が悪かっただけなのならいいが、少し不安である。岡にはもっともっと頑張って東宝をはじめ「非四季勢力」をもり立ててくれなければ困る。

さて作品について。要するにこの話は、「守るべき小さなアジア人」の女性(キム)と、「アホでマヌケなアメリカ白人」の男性(クリス)の色恋の話だ。かなりアジア人に対する紋切り型のイメージが前面に出ていて、日本人にはちょっとキツい作品だ、と11年前に観たときは感じた。

しかし改めて観て、少し考えを変えた。松の演技がそう感じさせたのかもしれないが、少なくともキムは、信念を持って力強く生きる女性として描かれている。また同じベトナム人であるエンジニアは、何とかアメリカに渡って一旗揚げようという野望にとりつかれた男だ。前回は、エンジニアの印象が強烈すぎて、これがベトナム人であることを忘れていたが、全体の中でその位置づけを考えると、やはりここに描かれているのは「小さなアジア人」ではないことが分かる。

そして、実はアメリカ人の描き方にもかなりクセがあることに気付く。考えてみればこの作品は、「レ・ミゼラブル」と同じ、アラン・ブーブリル(作詞)とクロード=ミッシェル・シェーンベルク(作曲)の手によるものだ。2人ともフランス人である。彼らはどこかシニカルに、しかし強烈にアメリカ人のアホバカぶりを描いて見せる。その最たるところが2幕の中で、クリスとその妻エレンが、キムと、その息子(父はクリス)をアメリカに連れてくるのではなく、タイに住まわせたまま援助をしようと考えるくだりである。彼らにしてみれば合理的な発想だが、実のところ「カネで解決している」という以外の何物でもない。

そうして観ていくと、なかなか面白い作品である。だいぶ好きになった。

しかし、いかんせんこの作品は全体としてどうにも弱い。覚えやすいメロディーのナンバーがないことや、ストーリーに起伏がないこともあるが、最も重大なのは世界観が伝わってこないことだろう。エンジニアやキムの人物像はそれなりによく描けていると思うが、その舞台となるベトナム戦争が一体何だったのか、という部分、それを説明的にではなく、端的に表現する必要があったのではないか。

同じベトナム戦争を描いた、フランシス・コッポラの「地獄の黙示録」は、「狂気」という一言で表現できる強烈な世界観を提示した。だから、あの映画は傑作なのだと思う。もっとも俺はいつもキルゴア騎兵隊の強襲シーンまでしか観ないが・・・余談だが、地獄の黙示録のオープニングは、映画史に残る傑作だと思う。

恐らくこの作品がこの形で上演されることは、ロンドン、ニューヨーク、東京あたりではもうないだろうが、リニューアルするなら小手先の演出を変えるのではなく、根本的な世界観の部分を、いずれかの形で明確化させることが必須だろう。

多くのグランド・ミュージカルは、何らかの原作からそうした世界観を引き継ぎ、その土台の上にオリジナルな部分を構築していく。そういう意味では、原作なしでここまでの作品を組み上げたミス・サイゴンは、かなり健闘していると言ってもいいのかもしれない。うん、やはりもう1回ぐらい観ておこう。

気付いたことひとつ。ロンドンでは、この作品は「ドルリー・レーン劇場」という、市内最大の劇場で上演されていた。実際そこで自分も観たのであるが、確かに巨大な劇場で、舞台も巨大だった。だから、ホーチミンの銅像や、ヘリコプターも帝劇版よりだいぶ大きい。ひょっとすると、制作者はあのばかばかしいほど大きなセットのインパクトによって、戦争や革命の持つ本質的な無意味さを世界観として提示したかったのかもしれない。そうであれば、帝劇版が弱くなるのは当たり前だ。

それにしても、あのヘリコプターの動きはないんじゃないか、という気もする。なんだか玉姫殿のゴンドラのように、すーっと降りてきてまた上がっていく。これがロンドン版では、機体が前に傾いたり、もっと複雑な操演を見せて圧倒的な緊迫感を演出していた。ここで手を抜いたら、この作品台無しではないのか?東宝には、そういう姿勢を改めてほしいと切に願う。

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市村正親のこと、そして

銀座2丁目に、「ニューキャッスル」という小さなカレーのうまい店がある。「カライライス」として有名なそのカレーは、確かに独特の味わいでリピートして食いたくなるが、量が少ないのが難点だ。

その店のレジに、市村正親が店の人達と納まっている記念写真が貼ってある。日比谷などで公演があるとき、よく訪れているのだそうだ。店の主人いわく「実に気さくで、いい方ですよ」。

ふつう店の人は芸能人を評してそう言うものだが、恐らくそれは本当だ。別の人からもそう聞いた。ある都内の劇場を担当していた、Iさんの話である。

Iさんとは、彼がその前の職場にいたときに一緒に仕事をした関係で、ときどき入手困難な公演チケットを何とかしてもらったりしていた。

ある日、やはりIさんに取っていただいた公演を観終わったあと、劇場の出口にIさんが立っていた。お礼を言おうと思ったが、あいさつをしそびれてしまった。

その数か月後、Iさんが急病でこの世を去ったと聞いた。あのとき、あいさつをしなかったことは、今となっては痛恨の極みである。

市村正親は、そのIさんを「今、○○で飲んでるから来なよ」などと呼び出したりして、一緒に飲んだりしたのだという。これは、市村の気さくさを伝えていると同時に、Iさんの人柄を示すエピソードでもある。

温厚で実直な性格のIさんは、誰からも好かれ、信頼されていた。告別式では、その劇場で公演したキャストやスタッフも、多数かけつけたという。

今はただ感謝することしかできないけれど、Iさんのことは一生忘れてはいけないと思う。

Iさんはいま、合羽橋道具街近くの美しい寺院に眠っている。訪ねると、いつも新しい花が供えられている。

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帝国劇場のしきたり

「ミス・サイゴン」を観るために帝国劇場へ。

帝劇に来たら、観劇前に地下2階の「神田 きくかわ」日比谷店でうなぎを食べる。

もう10年以上も続いている、ならわしというか、しきたりというか。

おかげで、「レ・ミゼラブル」と聞くと腹が減ってくるという、ビクトル・ユーゴーが聞いたら殴られそうな条件反射まで備わってしまった。

kikukawa

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2004年7月11日 (日)

沢木順サロンコンサート

自称「日本で最も多くブロードウェイミュージカルに出演した男」、沢木順がホテルでサロンコンサート(ディナーショー)を行うというので、出かけた。

その称号については、まだ劇団四季に在籍していたころ、会報のコラムで他の劇団員が「どうもその中にはキャッツやオペラ座の怪人も入っているらしい。確かにそれらはブロードウェイでもやってはいるけれど、本番はロンドンだ」と指摘していた。そういうアイマイな大言壮語をためらわずに口に出す男、それが沢木順だというのである。

確かにコンサート会場の沢木順は、歌そっちのけでうさんくさいトークを繰り広げるインチキおじさんであり、その口調はガダルカナル・タカのようだ。今回も、違う歌を歌い出すわ、歌詞忘れるわ、マイクのスイッチ入れてないわで、とにかくそのステージには笑いが絶えない。

しかし、「ファンタスティック」でデビューし、「キャッツ」「オペラ座の怪人」「ジーザス・クライスト・スーパースター」など、数々の代表的なミュージカルに出演してきたキャリアは本物であり、歌、そして全身から漂わせるケレン味は日本一だと思う。自分にとっては、やはり国内随一のミュージカル役者だ。

そして、先週ここで触れた「自分がミュージカルを見始めたきっかけ」のひとつ、ジーザス・クライスト・スーパースターの公演を初めてみたとき、そこでユダを演じていたのがこの人だったのである。

シャンソン半分、ミュージカルナンバー半分という構成だったが、ミュージカルナンバーの部では「愛せぬならば(美女と野獣)」「ミュージック・オブ・ザ・ナイト(オペラ座の怪人)」など、ひととおりおいしいところを披露。これも先週触れた、「ヘロデ王の歌(ジーザス・クライスト・スーパースター)」まで小芝居つきで見せてくれるサービスぶり。さらには、実際に演じたことのない、レ・ミゼラブルでジャベールが歌う「Stars」まで聞かせてくれた。

その曲を歌うにあたり、興味深いエピソードが明かされた。「レ・ミゼラブル」の日本初演にあたり、翻訳家の岩谷時子氏が沢木順に「こんどレ・ミゼラブルというのをやるんだけど、ジャベールの役があなたにぴったりだから、オーディションを受けなさいよ」と言ったのだそうだ。

当時、彼は四季の看板だったのだから、それは断らざるを得ないだろう。しかし、一度観てみたかったものだ。

それにしても、楽しい時間だった。「お客様は神様です」とでも言わんばかりの沢木順のサービス精神。これこそエンターテインメントの本質であり、原点であると感じさせた。

先週、今週と、自分とミュージカルの出会いを思い出させる体験が続いた。何か意味があるのだろう、きっと。

js

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2004年7月 5日 (月)

レ・ミゼラブル in コンサート

今年の東宝は「ミス・サイゴン」があるのでドル箱の「レ・ミゼラブル」はできない。そこで考えついたのが(憶測)、このコンサートバージョンである。実際に出演している俳優たちが、舞台衣装をまとい、コンサート形式で劇中のナンバーを披露するというものだ。

このスタイルは、ロンドンでレ・ミゼラブル10周年を記念して行われたコンサートをそのまま導入したものである。しかし、あのようにイベントとして行うのはいいが、これを独立した興業として客に見せるというのはどうだろう。やはりミュージカルのダイジェスト版というイメージがぬぐえず、ファンの集い以上にはならないのではないか。そう思ったから、最初は行く予定がなかったのだが、ある情報を得てからどうしても行きたくなった。

それはゲストとして鹿賀丈史が参加し、ジャベールを演じる(歌う)、ということである。

下の記事で、自分のミュージカル原点が「ジーザス・クライスト=スーパースター」と「レ・ミゼラブル」であると書いた。その2つに連続して触れることになったのは偶然とはいえ奇妙なものだが、その87年のレ・ミゼラブル初演で強く印象に残ったのが岩崎宏美のファンティーヌと鹿賀丈史のジャベールである。

岩崎ファンティーヌは、日本10周年のときから復活してくれたが、鹿賀は再演からバルジャン役に専念してしまったため(初演では、滝田栄と鹿賀がバルジャンとジャベールを交互に演じていた)、観ることができなかった。なので、このゲスト出演は嬉しい。最近、このコンサート上演といい、昨年の妙なキャスティングといい、今年のミス・サイゴンのもっと妙なキャスティングといい(そもそも何でミス・サイゴン?)、東宝の姿勢には疑問を感じまくりなのであるが、このナイスな配慮には心から感謝したい。

全体の出来としても行く前の予想よりずっといい内容だったが、鹿賀丈史のジャベールは想像以上に素晴らしかった。

ジャベールはバルジャンよりも歌いやすい(バルジャンはタイトルロールのコルム・ウィルキンソンの声に合わせて、相当テノールなスコアになっている)ということもあるのだろうが、実に声がよく通って、バルジャン役の今井清隆と堂々とわたりあっていた。これならすぐに“現役復帰”しても大丈夫だ。いや、すぐにしてほしい。とにかくこのジャベールは、やはり最“怖”のジャベールだ。近寄りがたい、というより絶対に近づきたくない雰囲気を漂わせている。それでいて、その威圧感の向こうには、何か言葉にならない悲しみを感じさせる。いい。本当にいい。ロンドンの10周年コンサートで、「日本代表」として「民衆の歌」の1小節を歌ったところ、歌唱力のなさを露呈してしまい「日本の恥さらし」とまで酷評された鹿賀だが、ジャベール役なら世界に誇れるのではないか。

ところで、レ・ミゼラブル最強キャストはどういうものか、という議論はこれまでも様々な掲示板などで繰り広げられてきた。自分もいろいろ考えてきたが、難しいのは「組み合わせ」という視点であり、最強のバルジャンと最強のジャベールを競演させてもいい結果にはならない、という点だ。そんなわけで、自分なりの最強キャストを、下記3パターンで披露しよう。

1.初演キャストベース

ジャン・バルジャン 滝田 栄
ジャベール 鹿賀丈史
エポニーヌ 島田歌穂
ファンテーヌ 岩崎宏美
コゼット 斉藤由貴
マリウス 野口五郎
テナルディエ 斎藤晴彦
テナルディエの妻 鳳 蘭
アンジョルラス 内田直哉

初演プリンシパル・キャストそのままである。やっぱりこれは良かった。
「島田歌穂」という名前を見たとき「ロビンちゃんだ!」と叫ぶことはできなかったが、
「内田直哉」という名前を見たとき「デンジグリーンだ!」と叫ぶことはできた。
それをできたのは、日本でも俺を含めて5人ぐらいだと思う。

2.10周年記念キャストベース

ジャン・バルジャン 山口祐一郎
ジャベール 川崎麻世
エポニーヌ 本田美奈子
ファンテーヌ 岩崎宏美
コゼット 純名里沙
マリウス 石井一孝
テナルディエ 笹野高史
テナルディエの妻 前田美波里
アンジョルラス 岡幸二郎

笹野は実際には10周年キャストに入ってないけど、ずるくてガッツのある実にいいテナルディエだったので、こちらに入れた。川崎ジャベールは、最初の年は素晴らしかったけど、2年目以降失速してしまい残念。

3.四季OB&21世紀キャストベース

ジャン・バルジャン 今井清隆
ジャベール 鈴木綜馬
エポニーヌ 笹本玲奈
ファンテーヌ 井料瑠美
コゼット 堀内敬子
マリウス 山本耕史
テナルディエ 三遊亭亜郎
テナルディエの妻 森久美子
アンジョルラス 坂元健児

まあ滝田、鹿賀、岡に川崎も四季OBには違いないのだけれど。
山本耕史マリウスは、絶対にまた観たい。笹本、坂元の2人はちょっとオマケかな。三遊亭亜郎の名前を見たとき、「あっテレビ東京の深夜番組『アイドルを探せ!』でデビュー間もない松浦亜弥主演のミニドラマ『亜弥のDNA』で刑事役の1人だった人だ!」とはさすがに叫ばなかった。念のために言っておくと、鈴木綜馬とは芥川英司である。

乗ってきたので妄想編も。もしサー・キャメロン・マッキントッシュが東宝ともめて、「もうレ・ミゼラブルは四季に売る」といったらどうなるか。

4.四季現役メンバー編

ジャン・バルジャン 芝 清道
ジャベール 高井 治
エポニーヌ 濱田めぐみ
ファンテーヌ 保坂知寿
コゼット 木村花代
マリウス 荒川 務
テナルディエ 下村尊則
テナルディエの妻 青山弥生
アンジョルラス 石丸幹二

ちょっと日和ってるかな。とにかく、木村花代のコゼットが見たい。正直、それ以外はどうでもいいと思ったが保坂ファンテーヌはちょっと見たくなってきた。青山マダム・テナルディエは「世界最小」になるだろう。

しかし、もし四季が「今さらレ・ミゼラブルなんて買いたくない」と言ったら、ライブドアのように突然買収に名乗りを上げるところがあるかもしれない。もし、それが劇団☆新感線だったらどうなるだろう。

5.新感線編

ジャン・バルジャン 橋本じゅん
ジャベール 粟根まこと
エポニーヌ 羽野晶紀
ファンテーヌ 高田聖子
コゼット 杉本恵美
マリウス 河野まさと
テナルディエ 逆木圭一郎
テナルディエの妻 古田新太
アンジョルラス 右近健一

真っ先に決まったのが古田のマダム・テナルディエ。おかげで右近の出番がなくなってしまったので、アンジョルラスを演じてもらうことにした。河野マリウスとか、橋本バルジャンとか、けっこうよくない?
いかん、ちょっと観たくなってきてしまった。

いくらなんでも、今回はマニアックすぎた。反省。

take

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2004年4月19日 (月)

みそしれる歌舞の会「夢の咲く地球」

千葉県を本拠に活動している「みそしれる歌舞の会」のオリジナルミュージカル公演。

研究所を脱走したロボットと、子供たちの交流を描くというので、劇団四季の「エルリック・コスモスの239時間(現題は「エルコスの祈り)」のような感じかな、と思っていた。1幕はそういう雰囲気だったが、2幕に入るとよりSF的な色彩が濃くなり、センス・オブ・ワンダーの世界に突入する。

合唱部OBを中心に結成されただけあって、みな歌がうまいのはもちろん、セリフがよく届く。かつて、自称「日本一ブロードウェーミュージカルを演じた男」の沢木順が「ミュージカルの人材を育成するのは難しい」という話をしていたが、セリフから入るより、歌から入ったほうが基礎はできやすいかもしれない。まあ市村正親のように、歌はだめでも日本一のミュージカル俳優、という人もいるわけだが、それは例外。

それにしても、ミュージカルのメソッドをきっちりと押さえた、本格的な舞台だった。

まず観た人のほとんどが感じると思うが、音楽がステキだ。自分は音楽にうとくて、それがどういいかを表現する言葉を知らないのでそこは他の人に任せるとして、途中に入る「わらべ歌」が効果的に決まっている。全体のトーンと違う曲をあえて1つ入れる、というのはミュージカルでは定石で、「エビータ」の「星降る今宵に」とか、「夢から醒めた夢」の「私は私」、「STARLIGHT EXPRESS(リニューアル版)」2幕オープニングのラップなんかがそれに当たる。お汁粉に入れる塩みたいなもので、全体の味わいが増幅するのだ。かなり音楽についての視野というか、レンジの広い人が曲を書かないと、これはできない。

構成もいい。特に、1幕の終わりから休憩、アントラクト、2幕の幕開きまでの流れが出色の出来だ。1幕のエンディングは、ロボット「ゼロ」と、それを守る子供たちの歌だが、そこにゼロを追う警察官の歌が重なる。旋律は同じで、歌詞だけ違う。この終わり方は「レ・ミゼラブル」の「One Day More」を思い出させる。「The People's Song」より好き、という人もいるほどの名曲だが、あれの場合バルジャン、ジャベール、マリウス&コゼット、エポニーヌ、テナルディエ夫妻、学生たちがそれぞれ違う歌詞を歌うので聖徳太子以外は聞き分けられない。いずれにしても、騒々しくならずにすることが肝心なので、当然アンサンブルの実力が問われる手法なんである。
休憩時間を使った時間の経過の表現も巧みだ。花を咲かせるまでの時間を表現できるのは、あそこしかなかっただろう。後半に入ると、テンポが劇的に変わる。そのギアチェンジもここでやってのけている。ストーリー展開の速さに合わせて、照明もカラーフィルターを多用するようになり、うまく観客を引きつけることに成功している。
演出の要は時間の管理だと思う。それも舞台でどう時間を流すか、ではなく客の脳の中でどう時間が流れるか、というサジ加減。これを完璧にできるのは、自由に切り貼りできる映画の世界でもそんなにいない。いわんや演劇に、である。

ところで警官役を熱演していた山下健太郎氏が、三代目桂南光(旧べかこ)のようで印象的だった。しかし、冒頭の「あり得ない、あり得ない・・・アリエナイザー出現だぜ」というギャグはいただけない。会場で俺ひとりしか笑わなかったから、目立っちゃったじゃないか。

misoshireru

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