2009年11月29日 (日)

東宝「パイレート・クィーン」山口祐一郎が青年?海賊

グレイス・オマリー 保坂知寿
グレイスの恋人・ティアナン 山口祐一郎
女王エリザベス一世 涼風真世
グレイスの父・族長ドゥブダラ 今井清隆
エリザベスの側近・ビンガム卿 石川 禅
グレイスの夫・ドーナル 宮川 浩

保坂知寿、山口祐一郎、今井清隆、石川 禅。この4人がそろい踏みと聞けば劇場に自然と足が向く。そんなわけで、28日に開幕した「パイレート・クィーン」の2日目の公演を観るために久しぶりの帝劇へ。

保坂・山口コンビの共演って、一体何年ぶりなんだろう。ひょっとしたら自分もその昔「ジーザス・クライスト=スーパースター」あたりで見ているのかもしれないが、たぶん初めてだ。

劇場に入ると、イングランドと独立前のアイルランド旗がプロジェクターで投影されている。プロジェクターが古いのかピントが合っておらず、どうもシャビーな雰囲気だ。いやあな予感がしたが、幕が上がり、海賊船の出航前のシーンが始まると、帝劇の盆をうまく使った船の表現、シンプルだが奥行きを感じさせる照明、そして明快なメロディーとで、船出の高揚感をかもし出し劇場を満たす。ぐっと引き込まれるオープニングだ。

16世紀のアイルランドを舞台に、イギリス女王エリザベス一世と対峙し自治を獲得した実在の女性、グレイス・オマリーをモデルにした、恋あり冒険ありのエンターテインメント性の強いミュージカルである。ストーリーは分かりやすく、ややあっさりしているが、その分娯楽要素を盛り込もうとしているのだろう。

ただ、そのわりにはシビレるほどのエンターテインメント性があるわけでもなく、全体的に薄味ではある。そこを全編にわたってふんだんに取り入れられているアイリッシュダンスと、役者の個性で埋めている印象だ。テンポよく展開するし、眠くなるシーンもないので、気軽に舞台を楽しみたいときにはうってつけの作品だ。

さて、保坂知寿はいきなり娘役として登場。設定は10代か。しかしこれが驚くほど違和感がない。これぞ女優だ。復帰第一作の「デュエット」もまずまずだったが、やはり彼女にはグランド・ミュージカルの舞台が似合う。大掛かりなセットと大勢のアンサンブルに囲まれて、実にのびのびと、いきいきと演じ、歌っている。それがさらに年齢を超越させるのだ。

そしてグレイスは母になり、「海賊の女王」としてリーダーシップを発揮するようになり、と成長を遂げていくが、その成長につれて演技を少しずつ変えていく。改めて保坂の実力を目の当たりにした気分だ。

一方の山口祐一郎。これが何と「青年」海賊という役どころである。長髪の若作りしたメイクで登場し、若さを表現しようとしているのか、変にカン高い声で歌い始める。この時点で、笑いをかみ殺している観客多数(推定)。そして保坂と異なり、冒頭で見せた若作り演技を最後まで貫く。途中から演技を変えるようなこざかしいマネはしないのだ。いよっ、男だね、山口祐一郎!だから、最後まで観客は半笑い状態で見守らなくてはいけない。しかも、途中いらぬ小芝居をして笑いを取りに来る。観客だけでなく、共演者も笑いをこらえるのに必死だ。

しかし、ソロナンバーになるとさすが山口。全身から感じられる違和感をものともせず、観客を引き込む歌声は圧巻だ。そして保坂とのデュエットも息はぴったり。これを待ち望んでいたのだ。

笑いといえば、石川禅も持ち味である巧まざるユーモアセンスを発揮し、本来憎まれ役であるべきビンガム卿を実にチャーミングに演じている。この人の実力は本当に日本のミュージカル界の宝だ。

今井清隆も、貫禄ある海賊の長でありながら娘への愛情を隠せないいい人ぶりをアピールするし、涼風真世もどちらかというと女王の威厳よりかわいらしさが前に出てしまう。最大の悪役である宮川浩も、どこか情けなくて憎めない。

こういう面々が、作品の印象を実にやわらかく、あたたかなものにしている。ポスターには「スペクタクル・ミュージカル・アドベンチャー」というふるったキャッチコピーが踊るが、そういうイメージで気合を入れて観劇に臨むと肩透かしをくらってしまうかもしれない。軽い口あたりの作品の中で、個性ある俳優たちがのびのびとその実力を発揮している。そういう舞台だと思って、ふらっと劇場を訪れるのがおススメだ。

ロビーに展示されていた船のセットの模型。

「パイレート・クィーン」ホームページ
http://www.tohostage.com/piratequeen/index.html

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2009年8月29日 (土)

「RENT」ブロードウェイ・ツアー

「ウェストサイド物語」「コーラスライン」に続き、今月3本目の来日公演。もはやツアー公演に対するネガティブなイメージはなくなった。そこへ来て、この「RENT」ツアーは、オリジナル・キャストであるアダム・パスカルとアンソニー・ラップが出演するという。これはまた期待が持てそうだ、と赤坂ACTシアターへ。

恥ずかしながら、「RENT」を観るのはこれが初めて。過去にも何度か来日ツアー公演はあり、さらには日本人キャストの公演も行われていたのにもかかわらず、である。それよりなにより、自分が初めてニューヨークを訪れたのが96年末。まさにRENTがブロードウェーで大旋風を巻き起こした時期だった。だけど観なかった。「エイズをテーマにしたミュージカルだ」という間違いではないが正しくもない中途半端な情報だけで、敬遠してしまっていた。もっとも、自分はだいたいその年のトニー賞をとるような作品はパスする傾向が強い。2006年末にニューヨークに行ったときは「春のめざめ」を観てないし、昨年末のときは「ビリー・エリオット」を観てない。

この「RENT」は、特にオリジナル・キャストへのファンの思い入れが強い作品だと聞いていた。なるほど映画版でもこの2人、そしてRENTに続き「ウィキッド」のエルファバ役でその名声を不動のものにしたイディーナ・メンゼルらが参加している。そのオリジナル・キャストが来日するというのだから、この機会に観ない手はない。

そして、観劇後の感想。

すごかった。

俺はこんなものを13年も見逃していたのか。

後悔はないが、改めて世の中には自分の知らない素晴らしいエンターテインメントの世界が無限に広がっていることをひしひしと思い知らされた。

ボヘミアンなアーティストたちが巣食うアパートを舞台に、ゲイ、ドラッグ、HIVといった、およそ伝統的なブロードウェーでは正面から描かれることの少ないモチーフをギュウギュウに詰め込んで、魂で絶叫するように歌い上げるこの作品は、衝撃度と破壊力において他のミュージカルの追随を許さない。そんなことは言われんでも分かっている、と言われても、これは言わずにいられない。

序盤は、ただただ圧倒されているばかりだったが、ミミのソロあたりから、この作品の魅力にずっぽりと嵌まり込んでいた。そして、モーリーンのアバンギャルドなパフォーマンスで脳天を吹き飛ばされ、完全に降伏した。ラ・ヴィー・ボエームのシーンでは、頭の中が完全に空白になっていて、呆けるように見入っていた。後半は、登場人物たちの不安と悲しみに涙し、ラストではそれを超えたところに何が見えるのか、懸命に目を凝らそうとする自分がいた。

作者であるジョナサン・ラーソンが、プレビュー直前に死去したことは前に読んだことがあった。それがこの作品を一層「伝説」にしている、ということも聞いていた。確かに、この作品には作者の悲痛なまでの叫びと、生きとし生ける者への大きな愛情が満ち溢れている。神の域に達した作品は、その作者までをも飲み込んでしまうのだろうか?そう感じさせるだけの迫力がある。

作品内の時代設定は80年代末だが、この作品が公開された96年といえば、アメリカはとんでもない好景気に浮かれ、ニュー・エコノミー論なんていう世迷言がまかり通っていたころだ。加えて、ニューヨークではジュリアーノ市長の治安回復策が効果をあげ、街全体が明るく楽しい雰囲気に包まれていた。自分が訪れたのがホリデーシーズンだったこともあるが、ニューヨークといったら危険、というイメージしかなかった田舎者の自分は、あまりにも街がホンワカしていたので拍子抜けした記憶がある。そんな中で、若者たちの不安と絶望、そしてその超克を描いたアンダーグラウンドな青春群像劇が大ヒットしていたのは、実に興味深い事実だ。

これは観てよかった。負け惜しみで言えば、もしニューヨークで初めて見ていたなら、自分の英語力では内容がサッパリ分からなかっただろうから、日本で見たのは正解だったかもしれない。つうかいい加減英語マスターしろよ俺。この「ブロードウェイ・ツアー」は、米国内でスタートし、日本のあとは韓国で上演し、また米国に戻るという。この機会に米地方都市に訪れてみるのも一興か?ま、金はないが。

そうそう、「コーラスライン」リバイバル上演でコニー役を射止め、その模様が映画「ブロードウェイ・ブロードウェイ」で描かれている、沖縄出身の高良結香が、コーラスラインの来日公演に出ていなかったので残念がっていたら、こっちに出演していた。想像以上に小さな体で、想像以上に大きな存在感のすばらしい俳優だった。彼女は今も沖縄と米国の両方に拠点を置いて活動している。いつか、そのライブにも足を運んでみたいものだ。

「RENT」ブロードウェイ・ツアー公式サイト

http://www.rent2009.jp/

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2009年8月23日 (日)

A CHORUS LINE 来日ツアー公演

2006年からブロードウエーでリバイバル上演され、人気を呼んだ名作「コーラスライン」。そのツアー版が来日した。

先日の「ウェストサイド物語」ツアー版がなかなか良かったので、ツアーも悪くないな、と思い始めたところだ。そして、昨年ブロードウェー公演のオーディションの模様を映画にした作品を鑑賞し、また観たくなっていたところだった。多少の期待をかかえ、ウェストサイド物語のときと同じBunkamuraオーチャードホールへ。

ただ、考えてみると俺この舞台がそんなに好きじゃない。四季の公演を数回観た程度だ。最後に観たのはいつだっけ。と思ったらなんと2005年12月、伝説の木村花代ヴァルを見たときだった。役者たちの一人語りがえんえんと続く、途中休憩のない2時間の舞台。明るく楽しくばかばかしい舞台が好きな作品が好きな自分にはちとつらいのだ。

だが始まってみると、四季の舞台と比べ、見ていて何となく楽しいのである。

個性豊かなダンサーたちの姿が、四季と比べるとずっとデフォルメされているからだろうか。四季の場合、どうもひとつの型にはまってしまって、個性がつきぬけない印象がある。しかし米国からやってきた若い俳優たちは、演技もダンスも実に大きく、その様子を見ているだけでもわくわくしてくる。しかしその一方で、この作品のテーマである「不安」がひしひしと伝わってくる。言葉の壁を越えて。

特に女優陣がいい。ちょっと小柄なヴァルと、イメージぴったりのシーラとの掛け合いは最高だった。キャシーのザックへの、そして舞台への想いを乗せた歌、ダンスには圧倒される。鼻っ柱の強そうなディアナは、確かにカープ先生に疎まれそうだ。

この秋には、四季のコーラスラインも東京で再演される。若手俳優がずらりと並ぶことになるだろうが、ぜひ四季のカラに閉じこもることなく、自由な表現を期待したいところだ。

コーラスライン来日公演 Bunkamura特設サイト

http://www.bunkamura.co.jp/orchard/lineup/09_chorusline/index.html

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2009年8月 1日 (土)

WEST SIDE STORY 50周年記念ツアー来日公演

今年は来日公演のラッシュである。年々増えてきているのは確かだが、今年は異常なほどだ。その中でもひとつの注目公演はやはりこの「WEST SIDE STROY」。四季が2007年に久しぶりに公演してから、日本でのファン層も再び広がり始めた。そしてその「ウェストサイド物語」は現在全国公演の最中であり、9月には福岡公演も始まる。

また、ブロードウェーでもブームが再燃している。今年に入ってリバイバル公演が始まり、先日発表された63回トニー賞のリバイバル作品賞候補にも上がった。自分が昨年末ニューヨークに行ったときはまだプレビューも始まっていなかったので、観ることができず残念だった。

そうした中のツアー来日。どうもツアーというと、いまだに4軍、5軍というイメージが自分の中で払拭できない。実際、良かったと思える機会は非常に少ない。「We Will Rock You」は良かったが、あれはオーストラリアでロングランしていたカンパニーがまるごと引っ越してきたので、厳密に言うとツアー公演ではない。

今回の「WEST SIDE STROY」はどうか。結論から言うと、なかなかのヒットである。

冒頭、実はがっかりした。まずはミュージカルの古き良き伝統である、指揮者が客席にむかって一礼するセレモニー。客席も拍手で答え、さあ舞台を観るぞ、という気持ちが大いに高まった。それなのに、いきなり幕が開いて、役者たちが踊り始めてしまったからだ。

つまり、オーバーチュアがなかったのだ。

映画でもきちんとこのオーバーチュアを再現している。その間、画面は単色の背景画面だけになってしまうので、テレビで放送するときは(前奏曲)などの字幕を出して放送事故でないことをアピールしているぐらいだ。この序曲を聴いているうちに、だんだんと気持ちがニューヨークになっていくのだ。それがカットされてしまうとは残念。向こうの上演ではそれがスタンダードなのだろうか?せっかくの生オケ、それも結構な編成だったので、ぜひオーバーチュアは聴きたかった。

そしてジェット団、シャーク団登場。リフやベルナルドの動きに、四季の松島勇気のような軽やかさや、加藤敬二のようなキレがない。うーん、こりゃ「しょせんツアーはこんなもの」レベルに終わるのか、と思っていた。

しかし、トニー登場から印象ががらっと変わる。このトニー、歌がうまいのだ。いや、ミュージカルに出るんだからそりゃ歌はうまいだろう、と言うかもしれないが(そうでもなかったりするのも事実なのはみなさんご承知のとおり)、「Something's Coming」をのびのある豊かな声で、実に情感たっぷりに歌い上げたのである。この曲は素人目(耳?)にも非常に難しい曲で、四季では阿久津陽一郎が歌ったのを聴いたとき、どんなメロディーなのかサッパリ分からなかったほどだ。その後福井晶一トニーで聴いたとき、ああこんな曲なのかと分かったが高音がきつそうだった。

そしてマリア。なんか見た事あるな、と思っていたら、見た事あった。2006年にブロードウェーで「レ・ミゼラブル」リバイバル公演を観た時のコゼットだ。そう、あのエントリーに俺は「今まで見たコゼットの中で、最も歌唱力が高い」と記載している。あの歌声に、また出会うことができるとは。しかも、コゼットのソロはキーが高くて歌いこなすのが難しいのだが、その数が非常に少ない。今度はマリアだ。存分にその美声を堪能できた。なんとも幸せな再会である。

最初はなんだかまとまりがないな、と思ったダンスにも、次第に引き込まれてきた。別にツアー役者は4流、5流というわけではなく、ブロードウェーに立ち続けている役者と、実力的にはさほど差はないのだと思う。ただ、ツアーだとどうしてもカンパニーとしてのまとまりに欠けてしまいがちなこと、そして口うるさい評論家やリピーターの目にさらされないこと、そのぐらいの違いが、公演の印象に跳ね返ってくるのだろう。

なので、さほどまとまりを必要としない場面、例えば体育館のダンスや、「America」などは、圧倒的な迫力が生まれるのだ。これは楽しい。

迫力といえば出色の出来なのがアニタ役で、全力投球な歌と演技で、独特の存在感を放っていた。アメリカへの思い、ベルナルドへの思い、マリアへの思い、それらがひしひしと伝わってくる。それだけに、ドックの店で辱められたときの激しい怒りは観客の脳髄を直撃してくる。カーテンコールでも彼女への拍手はひときわ大きかった。

そんなわけで、終わってみれば相当な満足感が残った。四季の舞台では、アクの強い役者が演じるからか、どうしてもリフとベルナルドの比重が高い印象があるが、やはりこの作品はトニーとマリアの話なのだと実感した。この2人が良ければ、この作品は成功するのだ。

帰りの電車でプログラムを読んでみると、この日トニーを演じたスコット・サスマンはやはり声楽出身の人のようだ。なるほどである。そしてリフを演じたアレックス・ストールはプログラムではディーゼル役として掲載されている。アンダーということだ。どうもリフの存在感が弱いな、と思ったのも気のせいではなかったわけだ。再会したマリア役は、アリ・エウォルト。彼女の名はよく覚えておこう。きっと二度あることは三度ある。なにかとてつもなく大きな役で三度目の邂逅を果たせそうな気がする。存在感バツグンのアニタ役はオネイカ・フィリップス。そしてリフと並んでどうも印象が薄かったベルナルドはエマニュエル・デ・ヘスース。実際にプエルトリコの生まれで、ばりばりのバレエダンサーだ。素人のくせに動きが悪いとか言っちゃいけなかったのだ。すいません。なんでもミスター・プエルトリコにも選ばれたそうで、確かにハンサムさんではあった。

ツアー公演だからなあ、とあまり期待せずにいたのだが、とても楽しい時間を過ごすことができて感謝。この日から、自分の中でも何か変化が起きる(Something's Coming)だろうか?

会場に、キャストが控えめに張り出されていた。下記ウェブサイトでも、前日ぐらいに発表されるようだ。そのウェブサイトを見ていてびっくり。なんとアリ・エウォルトは4年ほど前、東京ディズニーシーのブロードウェイ・ミュージックシアターの「アンコール!」に出演していたというのだ。見てるかもしれない。いや、絶対見てるだろう。4年前だと、2月に1度ぐらいのペースで「アンコール!」観に行ってたし。このときとか。次に出会うのはどんな形なのか。オラ、なんだかわくわくしてきたぞ!

WEST SIDE STORY 公演ウェブサイト
http://www.westsidestory.jp/

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2009年5月 9日 (土)

ミュージカル「ザナドゥ」来日公演開幕

2007年にブロードウェーで開幕し、これはちょっと観たいなと思っていたが2008年末にニューヨークを訪れたときにはもう終了してしまっていた「ザナドゥ」。その来日公演が早くも実現した。ミュージカルの来日公演は「CHICAGO」がけん引役になって固定した市場を形成しつつあり、招聘の動きも活発だ。今年はヘアスプレー(再)、コーラスライン、ウェストサイド物語と、立て続けに大型来日公演が予定されている。

「四季や東宝の翻訳は観たくないが、来日版なら観たい」という人も多いようだ。個人的には、来日公演は4軍、5軍メンバーの寄せ集めで、モチベーションも低いというイメージがあり、あまり期待していない。しかし、近年は日本市場が次第に重視されるようになってきたのか、昔よりはクオリティーも上がってきている感じがする。また、数年前の「ウィー・ウィル・ロック・ユー」のように、ツアーではなく、オーストラリアのカンパニーがまるごとやってくる、というケースも出てきた。一昨年の「ヘアスプレー」もなかなかの完成度だった。そろそろツアーへの偏見は捨てなくてはいけないのかもしれない。

さて、今回の「ザナドゥ」はどうか。

この作品は、1980年に公開された、オリビア・ニュートン=ジョン主演の映画をベースにしている。そういう意味ではこの数年顕著な、ブロードウェーとハリウッドとのもたれあいの産物である。だが、今回はちょっと毛色が違う。実は80年に公開された映画「ザナドゥ」は、サウンドトラックが世界的にヒットしたものの、映画そのものへの評価は最低最悪で、栄えある第一回ゴールデン・ラズベリー賞の監督部門を受賞している。

そういう糞映画を原作にしているとことがミソだ。舞台の中では、映画の評価が低いことをさんざんネタにするとともに、そこに描かれる80年代の風俗を徹底的に笑いものにする。映画は正統派のロマンチック・ファンタジーなのに、舞台はどちらかというとおバカ作品なのだ。つまり、映画を原作としていると同時に、そのパロディーにもなっているという構造である。ネタ不足が深刻化しているブロードウェーミュージカルではあるが、そのアプローチ手法の柔軟さは健在だ。

そんな、ある意味ゆるい笑いに包まれた作品なので、肩に力を入れず気軽に楽しむことができる。もともとこういうバカ作品は好きなので、わくわくしながら観ていた。上演時間も一幕90分限りと、腰が痛くなる前に終わってしまう手軽さである。

夢を抱く青年の描いた絵から飛び出てきた女神がその青年と恋に落ち、夢をかなえていくという単純極まりないストーリーは、たとえ字幕がなくても理解できる。

ただ悲しかったのは、この作品に満ち溢れたパロディー精神が、英語に苦手な自分にはいまいち理解できなかった点だ。字幕ではフォローしきれない洒落や内輪ネタが相当なボリュームで残されていたように思う。

そのもどかしさを感じながら観ていると、あっという間に終わってしまって「えっもう終わり?」となってしまう。この来日公演の正しい見方としては(特に英語のニガ手な人用)、この作品の真髄であるパロディー部分は字幕で分かる範囲で素直に楽しみ、キラキラした80年代の輝きを多少のほろ苦さとともに味わう、というものでいいのだろう。

そういうライトな楽しみ方に、12000円の価値があるかどうか、というのはまた別の問題だが・・・

ミュージカル「ザナドゥ」WEBサイト(音が出ます)
http://www.xanadu2009.com/

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2009年5月 5日 (火)

ミュージカル「シラノ」世界初演の初日

シラノ・ド・ベルジュラック 鹿賀丈史
ロクサーヌ 朝海ひかる
クリスチャン・ド・ヌーヴィレット 浦井健治
ル・ブレ 戸井勝海
ラグノー 光枝明彦
ド・ギッシュ伯爵 鈴木綜馬
観客/カルボン 佐山陽規
観客/修道士/青年隊 林アキラ
リニエール 大須賀ひでき
でしゃばり男/青年隊 中西勝之
モンフルーリー/士官/青年隊 金澤博
ロクサーヌの付き添い/修道女 岡田静

長年にわたり、さまざまな演出やストーリーで上演されてきた演劇界のスーパーヒーロー、シラノ・ド・ベルジュラック。映像化も何度もなされ、藤子不二雄の自伝マンガ「まんが道」では、映画「シラノ・ド・ベルジュラック」を観た満賀道雄(=安孫子 素雄)が西部劇版シラノを描いたりもした(あれは面白くなかった)。

そのシラノの新作ミュージカルが作られ、日本で初演を迎えるという。作はジキル&ハイドのレスリー・ブリッカスとフランク・ワイルドホーンのコンビ。日本の興行主が出資して新作を書かせた、というのが真相なのかもしれないが、いずれにせよ日本演劇界もたいしたものである。主演は「ジキル&ハイド」の縁で鹿賀丈史が務める。

企画も面白そうだし、助演も光枝明彦に鈴木綜馬(=芥川英司)と四季退団者が顔をそろえている。広い意味では鹿賀もそうだ。レ・ミゼラブルでおなじみの戸井勝海、林アキラ、大須賀ひできの名前もある。初演でジャベールを演じた佐山陽規もいる。これは観ておかんと、と初日に足を運んだ。

序盤はシラノの皮肉屋としての一面が強調される展開。派手な喧嘩のシーンから始まるものの、役者が何を言っているのかよくわからない。なんだかガチャガチャした芝居だなあ、と思いつつ観ていたが、シラノが自らの思いを隠し、ロクサーヌとクリスチャンの仲を取り持とうとするあたりからがぜん面白くなってくる。そして二幕は緊迫感のある戦場のシーンと、それと対称的に静かで優しさに満ちた修道院のシーンとで構成され、最後まで飽きさせず観客を魅了するいい作品に仕上がっていた。

パンフレットの中のインタビューにも語られているが、この作品は冒険活劇というよりも、シラノという男の心栄えを丁寧に描こうとしているのが特徴だ。しかし、喧嘩や戦場など、見せ場もふんだんに用意されており、笑いあり涙ありの活劇的要素も十分である。

鹿賀丈史の演技はさすが。シラノのせつなすぎる内面を、皮肉なセリフにたっぷりと乗せた情感と、全身の細やかな動きによって満員の観衆に伝えていた。惜しむらくは歌の場面で歌詞が聞き取りづらいことだが、演技でそれを十分にカバーしている。

もっとも四季の舞台に慣れてしまうと、歌詞が往々にして聞き取りづらく感じるものだ。最初、雑な印象を持ったのもそれが理由のひとつだった。しかし、この日は光枝・鈴木コンビはもちろん、戸井勝海や浦井健治も実にはきはきとした発声で非常に聞き取りやすかったため、全体としてはそういう印象を持たずに済んだ。

光枝は変幻自在の役どころで、笑わせるシーンが多い。ちょっとだけデビルな動きもまじえ、舞台の空気を大いに和ませていた。力のある美声も健在だ。鈴木も光枝とは違った、どちらかというと天然っぽい笑いのセンスを持っているが、それをいかんなく発揮。しかし決めるところはビシッとカッコよく決めてくれて、ファンにとっては嬉しい限りだ。

久しぶりに見た戸井勝海がこれまたいい男で、演技にも歌にもメリハリがあって強い存在感を発揮していた。そして恐らく初めて見た浦井健治が実に良かった。演技も発声も歌も申し分なく、スター性も十分だ。これからのミュージカル界を引っ張る逸材と感じた。ヒロイン・朝海ひかるは演技はやや単調だったものの、その美しさと歌声のきれいさでカバーしていた。

総じて、強烈な何かがあるわけではないが、重くない形で心に訴えかけるものを持ったいい舞台だと思う。うまく育てていけば、東宝の新しいレパートリーとして、長く愛される作品になるのではないか。鹿賀だけでなく、戸井や鈴木のシラノも見てみたいと思った。

初日ということで、終了後、演出家の山田和也や作曲のフランク・ワイルドホーンらによるあいさつもあった。海外でヒットして輸入されたものではなく、正真正銘世界で始めて上演された初日である。作品が誕生した瞬間に立ち会えるというのは、観客冥利につきるだというものだ。

Nissei0505

「シラノ」WEBサイト
http://www.tohostage.com/cyrano/index.html

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2009年2月22日 (日)

博多座「ミス・サイゴン」ソニン@キムやいかに

エンジニア 市村正親
キム ソニン
クリス 藤岡正明
ジョン 岸 祐二
エレン 鈴木ほのか
トゥイ 神田恭平
ジジ 池谷祐子

さて博多に来たのだ、何か1本観ていこう、ということに。田村圭ちゃん出演中のライオンキング博多ver.も捨てがたいが、ここは東京で見逃したミス・サイゴンに。ちょうど観たいと思っていたソニンがキム役で出演している。

直前に思い立ったので買えたのは2階席の端。通常のS席に当たるA席だが、価格が16000円って一体何の値段だよ。どういう金の流れになっているのか分からないが、東宝が制作して博多座に卸す形なんだろうか?まんまマージンを乗っけてチケット代に反映させるのもどうかと思う。まあ地方で公演をすればコストがかかるのは分かるが、四季の「全国一律価格」に慣れてしまうと、素直に受け入れられない。もっとも、地元の方々にしてみれば、オケや舞台装置をカットしてでもチケット代を据え置くより、多少高くなっても東京と同じ演出を見られたほうがいいのだろうか?

だが博多座はなかなか立派な劇場だ。座席は舞台から遠く、座席間は狭いという古い設計ではあるが、コスト重視の四季の劇場にはない華やいだ雰囲気の立派な内装は、サア芝居を見るぞという気にさせてくれる。舞台がえらく広く、天井も高い。巨大セットが売りのミス・サイゴンにはうってつけだ。真偽のほどは定かではないが、設計段階でこの演目の上演を考慮したのだという。

さて久しぶりのミス・サイゴン。明るくノウテンキな舞台が好きな自分にとっては、ハッピーエンドではないこの作品はどうしても足が遠のいてしまう。しかし、上演していればやはり観たくなる。不思議な縁を感じる作品だ。

どうもステレオタイプのアジア観に拒絶反応を示す人も多いかもしれない。確かにそれは否めない。だがよく見ると、この作品はそうした「守るべき小さなアジア人」という西洋人の固定観念を打ち崩し、強く凛としたアジア人を描こうとしている姿勢も見え隠れする。さらに、アメリカ人のお馬鹿さ加減も前面に出そうとしていることも分かる。

ただ、やはり暗い展開と、いまひとつ耳に残りにくい音楽で、なかなか世界中で大ヒット、というわけにはいかないようだ。俺の場合いちばん耳に残っている曲といったら♪ジョン聞いてーくれこの声ー♪だし。

注目のソニン@キムは、これまで見たどのキムとも違う。キムははかなさの中にも芯の強さを感じさせる女性だが、このソニン版キムは、全身からバイタリティーがあふれ出る、ワイルドさが魅力だ。最初は少女っぽさを出してそういう演技をしているのかと思ったがそうではなかった。周りの人に対し、好意なら好意、敵意なら敵意を200%ぶつけていく。そんな全力必死系のキムである。だから、怒った顔がちと怖い。俺がエレンなら、とてもまともに対峙できない。

そのエレンを演じるのは鈴木ほのか様。しかし何で今さらほのか様がエレン?初演以来のはずだ。しばらく干しといて、四季の「マンマ・ミーア!」ドナ役で知名度が上がったら無理やり役をつけて引き止めにかかるなんて、四季も四季だが東宝もやることが大人気ない。だいたい初演以来ってことは、年齢的に無理が生じるということだ。ほのか様は1965年生まれ。この日その夫となるクリスを演じた藤岡正明は1982年生まれ。最近はマリウスを好演している。そういえば、藤岡のちょっと前にマリウスを演じていた津田英佑は四季でスカイを演じた。年齢的にはドナとスカイのカップルか。んーそれはそれでリサ、いんやアリだとは思うが……。

もっとも、ほのか様はアイドル顔なので、年をとっても「昔のまま」を保っている。だから彼女のキャリアを知らない人にはさほど違和感はないだろうと思う。それに、以前のエントリーでも紹介したように、彼女はかなりのナイスバディだ。そしてエレンの衣装は結構体のラインがくっきり出る。胸元も広め。カーテンコールでおじぎをした瞬間、思わずオペラグラスに手が伸びた最低な客は俺だけではあるまい。

市村エンジニアは言うまでもなく素晴らしい。四季退団後、市村正親ここにあり、と世間に知らしめた当たり役。いくつになってもこの役を演じてほしいものだ。筧利夫のエンジニアも少し見たかったけどね。

博多座にも一度来てみたかったし、満足した観劇となった。

ひとつ、ずっとこのブログにしたためておこうと思って、まだ書いていなかったことがある。自分がミュージカルにのめりこんだのにはいくつか要因があるが、その中でも大きな比重を占めたのが、仕事でロンドンに行ったとき、この「ミス・サイゴン」を観たという経験だ。すでに学生時代からレ・ミゼラブルやジーザス・クライスト=スーパースターなどを観ていたものの、社会人になって少し演劇から遠ざかっていた。それをぐっと引き戻したのがあのロンドンでの観劇だった。

そのロンドン出張は自分にとって初めての海外で、右も左も分からず、とても観劇の手配などできる状態ではなかったのだが、一緒に行っていた会社の大先輩、Tさんが「せっかくロンドンに来ているのだから演劇ぐらい観て行こう」とチケットを手配してくれた。自分の直接の上司ではないが、物腰のやわらかく、温厚な面倒見のいい人で、とても頼りにしていた。このミス・サイゴンで「やっぱり本場のミュージカルはイイ!」とテンションを上げていたら、「じゃあ、明日も行こう」と、翌日の夜はダフ屋に駆け込んでチケットを購入し、2人で「オペラ座の怪人」に足を運んだ。

海外でミュージカルを観る楽しさ、チケットは国内代理店を通さず手配すること、連日でも気にせず劇場へ行くという姿勢、考えてみれば今の自分の行動はTさんに大きな影響を受けているのだと思う。そういう意味では、Tさんは自分の恩師であり、この悪い遊びを教えてくれたイケナイ悪友でもある。

そのTさんは、昨年がんでこの世を去った。

Tさんが教えてくれたのは、観劇だけにとどまらず、もっと人生楽しんで過ごそう、という基本的な姿勢だったのかもしれない。困ったことに、この不肖の弟子はそれを完璧なまでに受け継いでいる。これからも、師匠があの世で「おいおいもうそのぐらいにしとけよ」と止めに入りたくなるほど、ガッツに楽しんでいきたいと思う。Tさん、ありがとうございました。

考えてみると、前回ミス・サイゴンを観たときは、市村氏と親交のあったある劇場関係者、Iさんを思い出した。Iさんも温厚な人で皆に好かれていたが、突然この世を去ってしまった。Iさんにも公私にわたりずいぶんとお世話になった。あらためて、感謝の気持ちを伝えたい。

ふと亡き人を思い出させてくれるミス・サイゴン。やっぱり、何か不思議な縁を感じる作品だ。

200902211645000

ミス・サイゴン博多座公演のWEBサイト
http://www.hakataza.co.jp/miss_saigon/

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2009年2月 8日 (日)

宝塚歌劇 宙組バウホール公演「逆転裁判 蘇る真実」

フェニックス・ライト(成歩堂 龍一) 蘭寿 とむ
ミラー・アーサー 寿 つかさ
ロッタ・ハート(大沢木 ナツミ) 美風 舞良
裁判長(裁判長) 風莉 じん
レオナ・クライド 美羽 あさひ
マイルズ・エッジワース(御剣 怜侍) 七帆 ひかる
ディック・ガムシュー(糸鋸 圭介) 春風 弥里
ラリー・バッツ(矢張 政志) 鳳翔 大
モニカ・クライド 純矢 ちとせ
モエノ・クリステル 萌野 りりあ
ロバート 風羽 玲亜
サラ・シェリー 綾瀬 あきな
マヤ・フェイ(綾里 真宵) すみれ乃 麗
ルイス 蒼羽 りく
ネウス・インビット 瀬音 リサ

※カッコ内はゲームでの名前

宝塚とカプコンという異色のコラボレーションで実現した、法廷アドベンチャーゲーム「逆転裁判」の舞台版が5日、宝塚バウホールで幕を開けた。

宝塚歌劇団は、結構「えっ」と驚くような原作に果敢に取り組んでいる。例えば94年には宝塚市立手塚治虫記念館の開館に合わせ、「ブラック・ジャック」を舞台化した。これは噂を聞いて観たいなあ、と思ったが結局行けずじまい。また、その2年後にはつかこうへいの「蒲田行進曲」をタカラヅカ風にアレンジした「銀ちゃんの恋」も上演された。この作品は昨年も日本青年館で上演されていたので、チケットを確保したが体調悪く行けなかった。

タカラヅカのコラボレーション作品といえば、モーニング娘。ミュージカルも忘れてはならない。昨年の「シンデレラ」はちょっとイマイチだったが、2006年の「リボンの騎士」は歴史に残る素晴らしい出来栄えだった。だから、モーニング娘。に限らず、またそうした試みがあればまた足を運びたいと考えていた。

そこに入ってきた「逆転裁判」のニュース。「えっ」どころではない衝撃度だ。なんでも宝塚歌劇がゲームを題材にするのは初めてなのだそうだが、何でまた「逆転」なのか。「アンジェリーク」とかなら想像もつくし、もうちょっとファンタジーな作品ならまだしも、逆転裁判は魔法も妖精も登場しない推理アドベンチャーゲームである。強いて言えば霊媒師は登場するが・・・。その世界観とタカラヅカ、あるいはミュージカルという組み合わせは、想像の域を超越しまくりだ。

だからその報に接したとき、これは観なくてはと思った。その後、忘れてしまっていたのだが、初日の模様は宝塚の異色作、ということでテレビなどにも取り上げられ、思い出させてくれた。東京公演もあるが、一日も早く見たかったのと、ちょうど関西に出向く用事ができたのとで、ここはひとつ宝塚の本拠地に乗り込むことにした。チケットは完売しているので、Yahoo!オークションで確保。

そんなわけで、やってきました宝塚大劇場。

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宝塚駅から劇場までは10分ほど歩くが、劇場の雰囲気に合わせた街づくりがなされているので苦にならない。むしろ舞台を観るぞ、という気分がどんどん高まってくる。

今回「逆転裁判」が上演されるのは、大劇場と隣接している小劇場「バウホール」。小劇場といっても500以上のキャパシティーがあり、公式ホームページによれば「『時代の先端を行く作品を作り出していきたい』という思いを込め、1978年に開場した」とある。なるほどこういう実験的な取り組みも視野に入れた劇場というわけか。

場内に入ると、緞帳に大きく「逆転裁判」のロゴマーク。みんな平気で写真を撮っているので、公演中でなければいいのだろう、と思い俺も1枚。

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そしていよいよ幕が上がる。始まってすぐ分かったが、舞台はアメリカに置き換えられており、主人公の名前も「成歩堂龍一」ではなく「フェニックス・ライト」になっている。この時点で、なんだか「ハリウッド版北斗の拳」のような妙ちくりんなものになるのでは、という嫌な(半分楽しみな)予感がした。

だが、その予感は大きくはずれた。続々登場してくる「逆転」の登場人物たちは、衣装や髪型、言葉遣いにいたるまで、極めてゲームに忠実だ。成歩堂や御剣怜侍の、三次元では表現不可能と思われた髪形も、ちゃんと再現されている。違っているのは裁判長がハゲていないということぐらいか。しかしその裁判長は、厳格に見えるが人情家な側面もあり、ときどきすっとぼけたことを言う、というキャラクターを見事に受け継いでおり、ゲームで音声はなかったはずなのに「そうそう、こんなしゃべり方だったな」と錯覚させるほどソックリな雰囲気だった。

あとで知ったのだが、「フェニックス・ライト」などの役名は、「逆転裁判」海外版で使われていたものなのだそうだ。

ストーリーはオリジナルで、成歩堂がかつての恋人の嫌疑を晴らすために奔走するというもの。自分は「逆転」のゲームはシリーズ3作目の途中でつっかかってそのままになっているので、それ以降にこういうエピソードがあったのかと思って観ていた。それほど、違和感のないストーリー展開だったのだ。

そして、法廷シーンでは「異議あり!」の応酬、捜査時点で得た証拠の写真を「くらえ!」とつきつけるなど、「逆転」そのままの雰囲気で進行する。

原作となったゲームを全く知らなくても問題はないが、尋問の際に「サイコ・ロック」の効果音が使われたり、マヨイちゃんがさりげなく原作に登場するキャラクターの名前を口にしたり、と、プレーしたことのある人を軽くくすぐる仕掛けは用意されている。

音楽も、ゲームのBGMがアレンジされて使われている。「逆転」のBGMは、オーケストラバージョンのコンサートが行われたこともあるそうで、評価も高いようだ。そういえば確かに、BGMが印象的だったように記憶している。

こうして忠実に3次元化された「逆転裁判」だが、もちろんそれだけではない。タカラヅカらしく恋愛ドラマの要素が高い比重で盛り込まれているし、ミュージカルシーンは圧倒的な歌とダンスで魅了する。そしてそれがゲームの世界観を壊すことなく、むしろ強調するような形で相乗効果を生んでいるのが素晴らしい。御剣怜侍がミツルギダンサーズを従えて登場してきたときには思わずひざを打った。展開ももたつかず、観客を引き込んだまま一気にクライマックスになだれこんでいくテンポの良さもあり、実に楽しい2時間半となった。

「リボンの騎士」を見たときは、タカラヅカをメソッドとしてとらえ、それが本体から分離可能であることを知ったが、この「逆転裁判」を観て感じたのは、タカラヅカがプラットフォームとして機能している、ということだ。タカラヅカというプラットフォームに乗せることで、どんな非現実的なものも実体化される。「女が男を演じる」という、ある意味究極のウソを内在する世界では、どんなウソもまかり通ってしまうのだ。それはある意味で、東京ディズニーリゾートが、誰がどう見てもぬいぐるみなのに「中に人などいない!」と強弁することで、「非現実感」を麻痺させてしまうのにも似ている。タカラヅカプラットフォームの上で、「逆転」特有の、デフォルメされ過ぎ感のあるキャラクターがいきいきと動き始めるのだ。

「タカラヅカというプラットフォームと、ゲームのコンテンツ」という垂直方向のレイヤー間融合も見事だが、「推理アドベンチャーというゲームのコンテンツと、ラブロマンスというタカラヅカのコンテンツ」という水平方向のコンテンツ融合もそこにある。この立体的な融合構造によって、今回のコラボレーションが成功に導かれているのだ。もっとも、推理と恋愛、という融合はちょっと消化不良だったかもしれない。しかしそれはこの試みが実験的であることの証左でもある。

宝塚歌劇というと、歴史と伝統を重んじる保守的なカンパニー、という印象を持っている人も多いと思う。しかし、一方でこうした野心的な取り組みを繰り返すことによって、その生命力が維持され、高められているのだということを、本作は感じさせてくれる。この作品自体、このあと東京公演があるのでまた観たいと思うが、今後もタカラヅカの挑戦には注目していきたい。

それにしても、実験の舞台としてバウホールという専用空間を持っていることは素晴らしい。どっかの劇団のように「自由劇場」というたいそうな名前の専用劇場を造りながら、実際には懐古趣味の場にしてしまっているのとは大違いだ。ちったあ見習ってほしいものである。

「逆転裁判」宝塚歌劇団ホームページ
http://www.capcom.co.jp/gyakutensaiban/takarazuka_index.html

カプコン特設ページ
http://www.capcom.co.jp/gyakutensaiban/takarazuka_index.html

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2008年10月13日 (月)

「CHICAGO」日本人キャスト公演 意外に・・・?

ヴェルマ・ケリー 和央ようか
ロキシー・ハート 米倉涼子
ビリー・フリン 河村隆一
ママ・モートン 田中利花
エイモス・ハート 金澤 博
メアリー・サンシャイン H.MASUYAMA
フレッド・ケイスリー 他 大澄賢也
フォガーティ巡査長 他 中尾和彦
リズ 他 森実友紀
アニー 他 原田 薫
ジェーン 他 濱中優美
ハニャック 他 白木原忍
モナ 他 宮菜穂子
キティ 他 杵鞭麻衣
ハリー 他 神谷直樹
ドクター、ハリソン 他 坂本 まさる
アーロン 他 大谷 健
判事 他 中尾和彦
廷吏 他 坂元宏旬
陪審員 他 黒須洋壬
スウィング

那須幸蔵、仙名立宗、鴨志田加奈、
石塚智子、ごんどうけん

「ロス疑惑」の主人公、三浦和義氏が自ら命を絶った翌日、殺人事件を踏み台にしてスターダムにのし上がっていく女たちを描いたハードでブラックでスタイリッシュなミュージカルの傑作「CHICAGO」を観る。

CHICAGOの日本人キャスト公演が発表されたとき、世間の反応は不安6割、期待4割ぐらいだったろうか。そして主演が米倉涼子と聞いて、おそらく8割ぐらいの人はズッコケたと思う。自分もそうだった。

とはいえ、この作品が1996年にリバイバルされて大ヒットとなってからは初めての日本人による上演だ。オリジナル版の日本人による上演(草笛光子や鳳蘭などが出演した)はもちろん見ていない。とりあえず、どんなことになるのか観てみたいと思い、赤坂の新・ACTシアターへ。

旧ACTシアターは「赤坂ミュージカル劇場」として誕生、劇団四季が「美女と野獣」「オペラ座の怪人」を上演したのち撤退し、その後ACTシアターと名前を変えた。そしてオフ・ブロードウェーに衝撃を与えたアルゼンチン出身の宙吊りパフォーマンス集団「デ・ラ・グアルダ」の公演を最後に取り壊され、このACTシアターは2代目となる。もともと大きな劇場だったが、縦にも横にも広い、これまたかなり大型の劇場である。造りも旧ACTシアターに比べればだいぶしっかりしている。客席の椅子の間隔などはまあ普通。ロビーは狭い。トイレの便器は最新機種が導入されているが、なぜか石鹸がない。

ここでパンフレットをぱらぱらとめくってびっくりした。実は、米倉涼子はてっきりヴェルマを演じるものだと思っていたから。なるほど、ロキシーならヴェルマほどの難易度はないからさほど心配はしなくていいかも。もっともそれはそれでキャラ違い、という気もするが、ヴェルマやロキシーは比較的自由度の高い役で、演じる人によって印象はだいぶ異なる。ブロードウェーで観たとき、ロンドンで観たとき、何度か来日したツアー版、みな異なるヴェルマ&ロキシーだった。だからそれもさほど気にする必要はない。そしてヴェルマを演じるのが和央ようかだ。彼女が「ファントム」に出演していたとき、評判を聞いてチケットを入手したのだが体調が悪くて行けなかった記憶があるが、やっとその姿を見ることができる。

幕が上がり、舞台中央にでんと構えるバンドマンたちが登場。そしてさっそく和央演じるヴェルマが登場すると、客席が大きな拍手が。この日の客のかなりの割合が宝塚ファンで占められていることは、開演前からなんとなく雰囲気で察していたところだ。男役で磨いた艶のある歌声としなやかな身のこなし。これまで観た中で、最も「凄味」のようなものを感じる迫力のあるヴェルマだ。これはいい。

そしてほどなく米倉のロキシーが出てくる。やや似合っていないカツラに、少々上滑りな演技で、あーこりゃ駄目かな、と直感した。しかし、その直感は外れた。舞台が進み、ロキシーがちやほやされて調子に乗ってくるにつれ演技もどんどん調子に乗ってきて、思わず手を差し伸べずにはいられない、ロキシーの特有存在感を強烈に発し始める。途中セリフを噛んだりもしたが、役に成りきっているからかあまり気にはならない。歌やダンスもなんとかこなしている。

そして出色の出来だったのが河村隆一のビリーだ。このキャストを聞いたときから、これは面白くなりそうだ、と期待していた。やることなすことすべてがインチキの悪徳弁護士。これまで観たビリーよりはちょっと若いけれど、河村隆一はその歌声も含め、非常にインチキなムードが漂っているからだ。そして、その期待に見事に応えてくれた。出てくるそばから華やかさとインチキなオーラ全開で、観客の目線を独り占めだ。そして、歌うときに歌詞をとても丁寧に発音する人だとは思っていたが、それはセリフも同じで、早口で大量の口上を述べ立てるときも非常にカツゼツが良く、とても聞き取りやすい。口八丁で新聞記者たちを手玉に取るビリーの見せ場「We both reached for the gun」は米倉のキュートなマリオネット演技もあり、最高に楽しい場面に仕上がった。

アンサンブルには森実友紀の名前が。彼女が出るならもっと前の席を確保するんだったと後悔。もう四季に戻ってアリを演じてはくれないだろうが、こういう注目作に出ることでどんどんステップアップしていってほしい。その友紀ちゃんを始め実力のある役者が集まったようで、ヴェルマたちが自分の悪行を自慢げに歌う「Cell Block Tango」は実に見応えがある。

全体として、自分にとっては大いに満足のできるものとなった。これなら大阪公演や凱旋公演も含めて、あと何回か観てみたいと感じた。歌やダンスといった技術に厳しい人なら、そこまでの評価はできないだろう。しかし、「CHICAGO」という作品の楽しさが十分に伝わってきたのが嬉しかった。ただ、その楽しさを支えるビターな味わいがもう少し加わると、全体としてもう少しコクが出てくるはずだ。

ブロードウェーやウエストエンドで観たものと比べたら、それはまだまだ比べ物にならない、と言うしかない。しかし、少なくとも、ひんぱんに来日するツアー版と比べたら、自分はだんぜんこの日本人キャスト公演を推す。ツアー版ももちろんいい。しかし、時として役者のやる気のなさが垣間見えることがある。最初にツアー版が来日した東京厚生年金会館での公演は自分にとっても思い出のあるものだが、そのあとしばらくして劇団四季の会報誌「ラ・アルプ」で当時四季の国際担当だった安部寧が「フォッシー・スタイルの何たるかを全く理解していない」と酷評していた。そこまで言わんでも、という気もしたが、専門家の目から見ればそういう面もあるのだろう。もちろん、この日本人公演でそれが出来ているとは言い切れないが、この作品の面白さ、魅力をキャストたちが十分に理解し、それを観客に伝えようという意気込みがはっきり伝わってきた。

ところで、この作品の主役は誰だろうか。映画版はロキシー視点で描かれていたから主役はロキシーだが、実は観たときの印象で、主役はヴェルマだったりロキシーだったりする。自分がこの作品を初めて観たのは、ロンドンで開幕した直後だった。ブロードウェーでの大ヒットを受け、鳴り物入りでスタートしたこのウエストエンド公演では、主役に歌手としても有名なウテ・レンパーを迎え、劇場には巨大な彼女の懸垂幕が掲げられた。そしてその期待に200%応えた彼女の演技はすさまじいもので、会場内は爆笑と拍手に包まれた。だから当然、自分はこの作品の主役はヴェルマだと思っていた。

しかし、同時期にこれをブロードウェーで観た友人に聞くと、主役はロキシーだという。そして来日ツアーを観るたび、主役はロキシーにもヴェルマにも見える。

つまり、この舞台では前に出たもの勝ちで主役になれるのだ。脇役も、あるいはバンドマン、指揮者までもが、とにかく前に前に出で視線を掠め取ろうとする。それがCHICAGOの魅力である。今回、ヴェルマとロキシーは見事に釣り合って、両方が主役に見えた。しかし、これは恐らく和央が米倉に合わせているのだ。ぜひ、和央ようかには周りを気にせず、全力でこの舞台を奪おうとしてほしい。今回見た限り、米倉涼子はそれをやすやすと許すタマではなさそうだ。その全力モードの和央を前に米倉が舞台女優として一段階カラを破ると、この公演はさらに充実したものになるに違いない。決して長い公演期間ではないが、その奇跡が起きることを心から願いたい。

「CHICAGO」のWEBサイト
http://www.chicago2008.jp/

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2008年8月10日 (日)

モーニング娘。×タカラヅカ「シンデレラ the ミュージカル」

シンデレラ 高橋 愛
王子 新垣 里沙
ポーシャ 亀井 絵里
妖精 他 道重 さゆみ
ジョイ 田中 れいな
伝令官 久住 小春
妖精 他 光井 愛佳
ページ ジュンジュン
ページ リンリン
女王様 光 あけみ
王様 箙 かおる
継母 愛華 みれ
妖精の女王 麻路 さき
仕立屋 他 舵 一晴
父親 他 鷹月 笙
仕立屋助手 他 東 三智
家臣 他 多彩 しゅん
執事 他 真山 葉瑠
コック 他 雅 景
紳士 他 北山 里奈
シェフ長 他 大洋 あゆ夢
青年 他 かず ゆうと
側近 他 光海 あきほ
女官長 他 妃宮 麗子
老婆 他 二葉 かれん
メイド長 他 真由華 れお
男の子 他 松本 菜穂
だらしない娘 他 陽色 萌
メイド 他 雪菜 つぐみ
若い娘 他 舞名 里音
幼いシンデレラ 他 綾花 ちか
悪い娘 他 草風 なな
控え目な娘 他 姿央 みやび

2006年の「リボンの騎士 ザ・ミュージカル」以来2回目となる、宝塚歌劇団とモーニング娘。のコラボレーション。舞台は同じ新宿コマ劇場だ。

「リボンの騎士」は本当にすばらしい舞台だった。前評判はいまいちで、チケット販売には苦戦していたこの作品。自分も半信半疑で、とりあえず見ておくか、という気持ちで劇場に向かったところ、あまりの面白さに衝撃を受け、3週連続で劇場に通ってしまった(1週目2週目3週目)。間違いなく、2006年のベストプレイだった。

なので、どうしてもそれと比べてしまいたくなるところだが、今回はだいぶ枠組みが違う。

まず、前回は宝塚の女優は専科の箙かおる一人しか参加していない。むしろ作・演出に木村信司を迎えたところが重要で、宝塚の「手法」と、モーニング娘。とを融合させた舞台だったのだ。そのマッチングが最高だったうえ、そこに手塚治虫の世界観と、甲斐正人の日本の情感あふれる音楽とが加わり、世界に誇るべき日本のオリジナル・ミュージカルを誕生させた。

それに比べると、今回は宝塚から専科の2人(箙かおる、光あけみ)と、元トップのOG2人(愛華みれ、麻路さき)が参加、さらにアンサンブルはすべて宝塚OGで固めるという、文字通りの「宝塚・モーニング娘。の競演」だ。そして、作品はオリジナルではなく、天下のオスカー・ハマースタインⅡ世&リチャード・ロジャースコンビによる伝統のファミリーミュージカルだ。演出に宝塚から酒井澄夫を迎えているとはいえ、前回ほどのオリジナル色は望めそうもない。

なのであくまで前回とは別もの、という視点で観劇したが、出来としては「豪華なファミリーミュージカル」の域を出ていない、というのが正直な感想である。

妖精の女王が歌う幻想的なオープニングは素晴らしかった。いっきに舞台に引き込まれたが、その後の演出は一様に凡庸で、古い作品だからか物語のテンポも悪い。現代の子供にはやや飽きられてしまうだろう。

舞台上のタカラジェンヌと娘。の面々も、どうもうまくかみあっておらず、互いの良さが出ていない。ジェンヌ側は客に、娘。側はジェンヌに遠慮している様子がありありと伝わってしまう。

娘。の配役もやや不満。高橋愛の実力は折り紙つきだし、新垣里沙の王子役は予想に反して実に凛々しかった。だが、やはり今回は、5期メンバーは一歩後に引いて主役は久住小春や光井愛佳に任せるべきだったのではないか。小春が今回演じた兵士は、抑えた演技ながらすさまじい存在感を放っていた。やはりこの子にはスターのオーラがある。そしてその年齢に不似合いな如才なさが持ち味の光井を、ここで見極めたかった思いもある。

田中れいなのいじわる姉はいいとしても、すっかり普通の人になってしまった今の亀井絵里では、そのれいなとつりあいが取れない。そして道重さゆみに至っては完全にアンサンブル扱いである。これはないだろう。ジュンジュン・リンリンだってもっと使い方があったと思う。

やはりモーニング娘。ミュージカルはオリジナルが基本だ。既存の脚本にあわせるとこういうことになってしまう。もちろん、作品として面白ければそれでもいいが、今回はそこまでの面白さがなく、不満だけが残ってしまった。

フィナーレは、モーニング娘。、タカラジェンヌそれぞれにたっぷりと時間をとった豪華なもので、これはなかなか楽しかった。娘。は「シンデレラコンプレックス」「シャボン玉」「リゾナント ブルー」「ザ☆ピ~ス!」の4曲を熱唱。しかしこういう展開なら、昔「エンタの神様」で娘。&宝塚を初めて実現させた「Mr.Moonlight 〜愛のビッグバンド〜」やってほしかったよ。盛り上がると思うんだけどなあ。

今回は我慢しました

「シンデレラ the ミュージカル」公式ブログ
http://www.koma-sta.co.jp/cinderella/

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