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2015年5月17日 (日)

山本耕史&堀北真希「嵐が丘」 これは観ないと損

キャサリン 堀北真希
ヒースクリフ 山本耕史
ヒンドリー 高橋和也
エドガー 伊礼彼方
ヘアトン 矢崎  広
ジョウゼフ 小林勝也
イザベラ ソ ニ ン
ネリー 戸田恵子
   

自分は「ケータイ刑事(銭形舞)」や「逆境ナイン」のころからのヘビーな堀北真希ファンである。近年、舞台に挑戦しているので、いつも見たいと思いながら実現できていなかった。そして山本耕史の舞台俳優としての力量はよく分かっているつもりだったが、考えたら2003年のレ・ミゼラブル以来見ていなかった。

その2人が共演、となればこれは足を向けないわけにはいかない。しかも、演目は「嵐が丘」。「ガラスの仮面」で読んだのと、松田優作主演の映画でぐらいしか予備知識がなかったが、いつか劇場で観たいと思っていた。数年前、松たか子主演で上演されたときも、チケットを買ったが行けなかった。

しかし、特に松田優作主演の映画で、重ーい話というイメージがあったので、ちょっと不安でもあった。このところ寝不足気味だったし、寝ちゃうだろうなあと。

ところが、一睡どころか、眠いとすら感じなかった。最初から最後までずっと舞台に引き込まれ、実に幸せな観劇の時間を過ごすことができた。

大きな理由は2つ。ひとつは俳優たちの演技の心地よさだ。

山本耕史が見せるスゴ味と、その奥に覗かせる人間味は、ヒースクリフの深い闇と愛の深さを余すことなく伝えてくる。無駄な演技は何ひとつなく、すべてが表現となって観客の心に響く。

堀北真希の演技は一挙手一投足がすべて演技の基本に忠実な、折り目正しいものだった。しかし、なぜかあまり「演劇的」ではない。だがそれがいい。キャサリンの純粋さ、純粋すぎて罪になってしまうその性根が全身から漂う。

高橋和也の役どころは悪役といえば悪役だが、どこか憎めない、心の弱さを前面に出した演技が印象的だった。ソニンを舞台で観るのは久しぶりだったが、相変わらずの存在感で、舞台に大きなアクセントを添えていた。

小林勝也のひょうひょうとした演技は決して笑いを取るものではないが、どうにもおかしい。「君となら」の演技を思い出してしまうとなおさらだ。

そして語り部となるネリーの戸田恵子は、もはや名人芸の域。淡々とした語り口で観客の興味をぐっと引き付ける。

これら各様の演技を楽しんでいると、あまりに楽しすぎてとても眠くなんてならない。

そしてもう一つ、G2氏の職人的な演出が見事にハマっている。つい先日、博多座の「めんたいぴりり」が千秋楽を迎えたばかりだが、その直後にこれだけの仕事をするのだからまさに職人という言葉がふさわしい。「めんたいぴりり」もとても評判がよく、ぜひ観たかったのだがかなわなかった。

原作のセリフを重んじ、正面から向き合い、決して奇をてらうことなく、一方で大胆にエピソードを取捨選択し、冗長にならずテンポよく物語を進めていく。それだけでも眠くならない要因になるが、今回の演出で最も素晴らしかったのは、登場人物ひとりひとりに向けられた眼差しがとても温かい。この物語に出てくる人物はみなそれぞれに悲しい。だがその悲しい生き様を見ながら、不思議に温かな気持ちになるのは、演出の勝利だ。だから観劇後、決して暗い気持ちにならずに劇場をあとにできた。

ストレートプレイを観てこんなに豊かな、満たされた気持ちになったのは何年ぶりだろう。これは観ないと公開する傑作と言える。あー楽しかった!なんて言葉が「嵐が丘」を観て出てくるなんて!

Sdsc_2190

「嵐が丘」公演情報ページ

http://www.shochiku.co.jp/play/others/schedule/2015/5/post_203.php

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