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2013年1月 6日 (日)

映画「レ・ミゼラブル」は「アマデウス」以来の傑作だ

前評判どおりの傑作である。

近年相次いでいるヒットミュージカルの映画化は、おおむね出来がよく、あまりがっかりした記憶がない。「オペラ座の怪人」「シカゴ」「ヘアスプレー」「マンマ・ミーア」・・・どれもそれなりによく出来ていた。しかし、舞台版を超える感動をもたらす作品になったのは久しぶりだ。ミュージカルではないが、舞台の映画化としては「アマデウス」以来の快挙かもしれない。

盛大にネタばれになるので、とくに舞台を観たことがあって、これから映画を観る人はここから先は読まないでください。

まずヒュー・ジャックマンがいい。ブロードウェイ経験もあるから歌えるのは知っていたし、昨年末、結局渡航を断念したため見逃したが、「Hugh Jackman, Back on Broadway」のチケットも持っていたぐらいだから、彼のエンターテイナーとしてのポテンシャルは十分に理解していたつもりだ。しかし、いきなり「独白」をオリジナルキーで歌ったところで度肝を抜かれた。もちろん「彼を帰して」も。演技と歌の両面でここまで魅了できる俳優は、いま世界中で彼しかいないんじゃないかと思えるほどだ。

ジャベールのラッセル・クロウは歌はヒュー・ジャックマンに及ぶべくもないが、その表情、雰囲気、さすがの貫録。ジャベールは演じる人によって、冷徹さが前面に出る場合と、職務への忠実さが前面に出る場合があるが、彼のジャベールは冷徹さを押し出しながらも、その影に言い知れぬ「怒り」を感じさせる。劇中、ひとことだけ過去に触れている(「対決」の中で、牢獄で生まれたことを明かしている)が、そのエピソードの延長にある、社会へのどうしようもない憤りが伝わってくるのだ。

アン・ハサウェイもアマンダ・セイフライドも、そして25周年コンサートに出ていたサマンサ・バークスも、みな素晴らしいのだけれど、最終的にこの映画を成功に導いたのはやはり監督・トム・フーパーだろう。

ユーゴーの大河小説「レ・ミゼラブル」は、人間模様を縦軸にしながら、フランス革命以降のフランスの歴史、そしてパリという大都市の生態を描いた作品だといわれている。舞台では、その歴史と都市の部分をごっそり削って、人情劇の部分だけを取り出している。そのため、あれだけ原作が長いわりには、実はストーリー的にはあまり省略がないのだ。かつて奇才漫画家・上野 顕太郎が「夜は千の目を持つ」の中でレ・ミゼラブルを1ページで描くという離れ業を演じることができたのも、そういう事情がある。トム・フーパーは、映像化にあたり、この舞台が捨て去った部分をていねいに拾い上げ、そのエッセンスを加えることで、この映画をよりリアルに、深みのあるものにすることに成功した。

また脚本の面では、舞台版では語られていないエピソードや描写も盛り込んでいる。ガブローシュが「バスティーユの象」に住んでいること、下水道の中をマリウスを抱えて歩くバルジャンが溺れかけること、といった細かいエピソードから、コゼットをテナルディエ夫妻から引き取ったあと、ジャベールに追われて修道院に身をひそめるといった重要なエピソードがまでが書き加えられた。ヒュー・ジャックマンはインタビューの中で「どうしても舞台には『ストーリーの穴』ができてしまうが、監督はその穴をうまくふさいだ」と話しているが、おそらくこの修道院のあたりを指しているものと思われる。舞台と映画の両方を知る彼ならではの言葉だ。

さらに、穴をふさいだだけではない。修道院のくだりには、唯一の新曲「Suddenly」が添えられた。これが実に名曲で、これによってバルジャンのコゼットへの思いが実に明確に描かれることになる。

舞台版と比較すると、いくつか曲順の変更があったり、このシーンに出るべき人が出ていなかったり、という演出上の違いがある。しかし、そのすべてに意味がある。そして、そのすべてが狙い通りに決まっていて、実に小気味いい。プログラムの中で、萩尾瞳氏がエポニーヌの扱いに異を唱えているが、これも監督の計算内で、最終的にエポニーヌというキャラクターから受ける感動は、決して小さなものにはなっていないと思う。

ロンドンのオリジナル・キャストであるコルム・ウィルキンソンが出演することは早い段階で明らかにされていたが、これもファンへのプレゼント、というレベルのカメオ出演ではない。その起用に、あんな意図があったとは!もう脱帽するしかない。

しかし、そのトム・フーパー監督が、自分より4歳も若いと知って愕然。「英国王のスピーチ」などの作風から、「巨匠」と呼ばれるにふさわしい年齢かと勘違いしていた。

とにかく、これはかならず劇場で、できれば音響のいい映画館で観ておくべき作品。だけど、デートで観るのはやめたほうがいいだろう。男性はみっともない泣き顔をさらすことになるリスクが高いし、女性はメイクが崩れる可能性大だから。

ふだん、あまり映画で感動することのない自分も、小学生のとき「ドラえもん のび太の恐竜」を観たとき以来、久しぶりに泣きそうになった。

舞台版を観ている人のほうが、感動は大きいかもしれない。舞台での感動を思い出しながら、さらに新たな感動がそこに加わるからだ。

そしてもうひとつ。日本のミュージカル「レ・ミゼラブル」ファンの多くがそうだと思うが、本田美奈子さんが天国へ旅立って以来、エポニーヌのエピソードは冷静に観ることができなくなった。この映画でも、サマンサ・バークスの丁寧な演技を、ふと彼女を思い出しながら見つめていた。出演がかなわなかった2005年の帝劇公演ではファンティーヌを演じる予定だったが、美奈子さんのファンティーヌはどんなだったろう。これからは、舞台だけでなく、この映画を観る度ごとにも彼女を思い出すことになる。それでいい。

今年は新演出で幕を開ける帝劇のレ・ミゼラブル。映画が生んだ新たな観客も劇場に足を運ぶことになる。その期待に、新キャストが応えることができるか。新演出が受け入れられるかはやや不安もあるが、その不安を吹き飛ばす力強いパフォーマンスに期待したい。

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2013年1月 1日 (火)

ニューヨーク2012のまとめ

今回は全般的にたいへん順調で、大きなハプニングもなくのんびりとした旅行になった。途中、現地の友人に案内していただいたことも大きかったし、無理に予定を詰め込まなかったのもよかったのだろう。4日間で観たショウは10本。さらに念願のウィキッドバックステージツアーにも参加できて、充実感は大きい。

今回は新作をあまり見なかったが、やはり新作をチェックしていくにはもう少し短い間隔でこの街を訪れなくては、と強く感じる。毎回そう思うのだが、なかなか実践できていない。

2013年シーズンは、1月から「オペラ座の怪人」にシエラ・ボーゲスがクリスティーヌとして復活。「リトル・マーメイド」の主役であり、クリスティーヌとして昨年のオペラ座の怪人25周年記念コンサートにも出演している。そして春にはウエストエンドで大評判の「マチルダ」がスタート。トム・ハンクスの舞台も控えている。

以前はブロードウェイで舞台を見る、というだけでわくわくしたのだが、最近は「この俳優で」という欲も出てきた。正常ではない観劇姿勢がいよいよ首をもたげてきたわけだが、これは今後ますますのめりこむ兆候である。そろそろニューヨーク観劇ツアーも飽きるかな、と考えていたが、とんでもない。むしろエスカレートしそうである。

コンスタントにこの街を訪れるためにも、体力の維持を財政の健全化を図らなくては、と心に決めるのも毎回のこと。あとは実践できるかどうかだ。

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帰りの飛行機で、CAさんが「新年あけましておめでとうございます」と言って、オレンジジュースとペリエをブレンドしたスペシャルドリンクを出してくれた。なんだか今年はいいことがありそうだ。と、これも毎年思うんだけどね。

特にまとめにもなっておらず、オチもないので、ラジオシティミュージックホールで購入した、OH!モーレツなロケッツグッズの動画でも貼っておこう。


今年もよろしくお願いします!

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