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2011年3月13日 (日)

3月11日~13日 千葉県北西部から茨城県南部の模様

今回の大震災の映像を見て、何かコメントする資格も語彙も自分にあるとは思えない。いや、言葉を失うのが普通だろう。

だから、自分の覚え書きとして、身の回りに起こったことだけをブログに記録しておきたい。

11日は翌朝まで会社にいた。動き出したJR常磐線に乗って自宅のある北柏に戻ったのは昼前。普通に営業を開始した食堂で、朝食だか昼食だか前日の夕食だかよくわからない飯を食った。コンビニに寄ると、弁当やサンドイッチなどが何もなかった。物流が混乱しているせいだろう。まだこの時点では、飲食店が普通に営業しているのにコンビニから食糧が消える、ということの違和感に気付いていなかった。

マンションに入ると、エレベーターホールに壁の塗料と思われるクズが散乱している。激しく揺れたのだろう。

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マンションの8階にある自室に入ると、いろいろ倒れている。千葉県北西部に位置する柏市の震度は5強と伝えられていたから、これは覚悟していた。室内灯のカサはすべて傾き、ホコリを撒き散らしていた。普段から見えないところも掃除しとかなきゃな、とくだらないことを反省。

本棚から飛び出していたのは入りきらずに平置きにしていた数冊だけだったので少し安心したが、居間に入るとカラーボックスに毛が生えたような組み立て式本棚が、それぞれ数十センチ前に出たり横に移動したりしていた。それ自体は倒れていなかったが、中に入っていたものはだいぶ派手にばらまかれていた。小さなダイニングテーブルもナナメになっている。どうやらぎっちり中身の詰まった重い本棚はどっしりと腰を据えていたが、軽い家具はここでダンスを踊っていたようだ。

そして、昨年購入したばかりの東芝REGZAが床に突っ伏して居眠りしていた。

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おいおいこういうときこそ君の出番だろ、と抱え起こすと、液晶画面は無事で映像の受信にも問題ない。フレームの一角が破損しただけで済んだ。どうやら近々ゴミ捨て場に持っていこうと思って縛ってテレビの前に置いた古雑誌がクッションになったようだ。ありがとう、山田太郎。

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まず風呂に入ろうと思ったが、給湯システムが作動しない。一瞬ガスが途絶えたかと思ったが、単にマイコンメーターが自動的にロックされただけだった。手順に従って復旧。

仮眠をとって、近所のスーパーに車で向かった。途中ガソリンを入れようとスタンドに立ち寄ると、数台が並んでいたがすぐに順番が回ってきた。聞けば20リッターまでしか売れないという。満タンにはならなかった。

夕食に、スーパーに近い「幸楽苑」でラーメンを食べる。いつもどおりの味である。

スーパーは、普段どおりの品ぞろえのように見えたが、カップラーメンとミネラルウォーターだけがきれいになくなっている。菓子やお茶、ジュースなどはいつも通りにあるのに、そこだけないというのがちょっと奇妙に思えた。そして近所で暖かいラーメンが食べられるのに、その近所でカップラーメンが品切れしているという状況もヘンといえばヘンだ。

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つまり、食糧がないのではなく、みな非常時に備えて備蓄を始めたということである。激しい揺れを体験し、余震も続き、ひっきりなしにテレビで悲惨な映像を見ているのだから、そういう心理が働くのは無理からぬことである。

コンビニにも寄ってみたが、同じような状況だった。

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翌13日。自分は茨城に向かった。自分の本家は茨城空港の近くにある。天井の崩落する様子が繰り返し放送された、あの茨城空港である。11日はこの空港の1周年セレモニーだったため、テレビカメラが入っていたのだろう。

家族の安否については、地震の2時間後ぐらいに母親から「大丈夫」というひとことがメールで送られてきた。しかしその後は電話もかからず、どういう状況か分からず不安だった。兄が水戸にいるので、様子を見に行ったところ無事と分かったが、まだ停電が続いているという。自分も様子を見に行くことにしたのだ。

茨城空港は、県の中部より少し南の小美玉市にある。千葉県北西部の柏から向かうには常磐自動車道で行くのが普通だが、この高速道路は緊急車両専用になっており、一般車両は入れない。そこで国道6号で北上する。

普段から渋滞の激しい道だが、この日は尋常でない混みようである。常磐高速だけでなく、JR常磐線も不通なので、南北の移動はこの国道に頼らざるを得ないのだ。

しかも、途中ガソリンスタンドに長蛇の列ができている。満タンにならずとも、前の晩に入れておいたのは正解だった。そして、そのガソリン待ち列がまた渋滞を引き起こしている。ガソリンスタンドは、どれも長蛇の列か、すでに売り切れで閉店となっていた。

途中、牛久駅のあたりで線路修復工事をしているのが見えた。土浦あたりまでは早期に復旧するかもしれない。

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4時間ほど走ったが、目的地にたどり着かない。ふだんなら2時間ほどで着くはずだが、まだ半分ぐらいの地点である。給油もままならない以上、これ以上行くのは不安だ。兄の話では特に急を要するほどでもないようなので、引き返すことに決めた。

帰り道になると、もうほとんどのガソリンスタンドが閉まっていた。

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茨城を抜けて、千葉県に戻ると、営業中のガソリンスタンドがちらほら出てきた。俺も給油していこうかな、と思ったら、前を走っている車が突然止まった。運転手が降りてきて「すいません、ガス欠で動かないので、脇に寄せるのを手伝ってもらえませんか」。

その人にハンドルを握ってもらい、自分が押す。ちょっと上り坂でランドクルーザーを押すのはなかなかの重労働である。なんとか脇に寄せ、幸いガソリンスタンドが目前だったのでそこに救援を求め、事なきを得た。

家にたどり着くと、電池充電で携帯を復活させた父母から連絡が入った。水道とガスが使えるので、電気がなくても何とかなるという。近所には水が出なくなった家も多く、我が家がちょっとした給水所として活躍しているそうだ。スーパーから食糧は消えたが、米は十分に備えがあり、土鍋で炊いているらしい。野菜はほぼ自家栽培でまかなえるので、しばらく問題ないとのことだった。

母「これぐらいで困ってるなんて言ってられないよ」
父「もともとそんなに文明的な暮らしもしてないしな」

この両親から生まれたことを、自分は誇りに思う。

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