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2010年12月28日 (火)

The Merchant of Venice(ベニスの商人)

28日 19時
Broadhurst Theatre

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この夏、セントラルパークの野外劇場で上演され、評判を呼んだという「ベニスの商人」。それが期間限定でブロードウェーに進出だ。主役は誰あろう天下の名優アル・パチーノ。近年、ブロードウェーにハリウッドスターが参加するケースは多く、前回ニューヨークに来たときもハリー・ポッターでおなじみダニエル・ラドクリフ主演の「エクウス」を観たりもしたが(同じこの劇場だった)、こんな超弩級スターの演技をライブで見られるのだから、見逃す手はない。

チケットを早目に手配したところ、1階の前から5列目あたりが買えそうだったのだが、何しろ英語のストレート・プレイだ。うっかり寝てしまったらマフィアに殺されるんじゃないかと思い、2階の前のほうの席を選んだ。

劇場に入ると檻をイメージさせる円形の「商人のオフィス」が舞台上に形作られている。その檻部分が移動し、さまざまな場面を展開していくのだ。

開幕前から、そのオフィスでは数名の「商人」たちが仕事をしている。電信機や、登場人物の衣装の雰囲気からして、1920年ごろのイメージだろうか?もちろん原作の「ヴェニスの商人」の舞台は中世のイタリアだから、時代設定は大胆に変更されている。

基本的なストーリーは原作と同じだが、何しろユダヤ人商人シャイロックを演じるのがアル・パチーノだから、当然舞台の核は「ヴェニスの商人」アントーニオではなく、シャイロックに移る。そして、ユダヤ人に対するいわれなき差別を強調し、シャイロックに同情的なトーンで描かれているのが今回の公演の特徴だ。

シャイロックに同情的、といえば日下武史主演の劇団四季版もそうだ。しかし、四季のヴェニスの商人は、ギリギリのところで喜劇の枠を崩すことなく、観終わった人が「面白かったけど、そういえばシャイロックもかわいそうだよね」と思わせるように設計されている。そこへ行くと、今回のアル・パチーノ版(そう言って差し支えあるまい)は、基本的にシャイロックの悲劇にかなりの力点が置かれており、喜劇の要素は二義的という構成だ。

シャイロックへの同情を自然に生みだすために、ヴェニスの商人たちをやや滑稽に描く手法も、四季と同じ。バサーニオに至っては、滑稽というよりただの馬鹿になっている。

アル・パチーノは、どちらかというと抑えた演技。そこから紡ぎだされるシャイロック像は、「自分」が何者であるかを、誰かに、何かに担保してもらいたいと心のどこかで常に考えている「弱い人間」であるように見えた。金にこだわるのも、つまりは自分を支えてくれるものが金だからだ。娘が金を持って駆け落ちしてしまったことは、そのアイデンティティーに大きな影を落とすことになる。それでますます意固地になった結果、肉1ポンドの裁判が起きる。つまり、シャイロックにとって、この裁判は怒りや憎しみというよりも(怒りや憎しみはもちろんあるが)、むしろ自分の存在を賭けたものだった。

そして裁判でコテンパンにされたシャイロック。そのあとに、強制的にキリスト教に改宗させるため、洗礼を浴びせる場面があった。そのときの表情が忘れられない。すべてを否定され、何もかも失った男の顔。自分がなぜこんな仕打ちを受けるのか、なぜ自分はここにいるのか、いや、もはや自分が誰なのかも分かっていないであろう、ヌケガラのような「何もない」表情。解脱してその域に達した正の意味の「無」ではなくて、全てをなくしたことで落ちる負の意味での「無」の表情。人にこんな表情があるなんて、初めて知った。

もちろん、これはベニスの商人をきちんと観たのが四季版ぐらいしかなく(恐れを知らぬ川上音二郎一座」の劇中劇は別)、シェイクスピアに関する造詣もなく、かつ英語が分からない自分が、相当な疲労感の中で観た感想だから、合っている自信はない。しかし、観てよかった、ということだけは自信を持って言える。

本来喜劇だが、今回はかなり悲劇の要素が濃く、しかも英語のストレートプレイ3時間というのは正直きつかったが、前述したようにバッサーニオが本当に馬鹿で、どうやって「3つの箱」をクリアするのかと思ったらクラシアーノの反則なヒントで正解を見つける、といった場面など爆笑する場面もある。また普通は聡明な女性として描かれるポーシャが、聡明は聡明だがかなりの肉食系女子で、その演技は目が離せない。

来年も、ハリウッドスターの舞台への登板がいくつも伝えられている。次にブロードウェーで出会えるのは誰だろう?ニューヨークの新しい楽しみ方のひとつができた。

ところで、米国の劇場と日本の劇場との決定的な違いは、男性用トイレの混み具合だ。日本ではほとんどガラガラなので、休憩時間にダッシュする必要もないのだが、米国では男女比が拮抗するのでそれなりに混む。そして、この日は男女比が7:3ぐらいで男性が多く、男性用トイレは行列だった。もう少しで2幕に間に合わないぐらい。やはり「ゴッドファーザー」世代の男性にとって、アル・パチーノの存在は不動なんだろう。もっとも日本人で、自分と同じ世代の人は、ゴッドファーザーよりも先に榊原郁恵の「アル・パシーノ+アラン・ドロン<あなた」で覚えてしまったケースが多いと思うが・・・

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