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2010年12月26日 (日)

Spider-Man Turn Off the Dark(スパイダーマン)

26日 14時 Foxwoods Theatre

<注意!かなりネタばれします!>

発表されたのは3年前だろうか?遂に超大作ミュージカル「スパイダーマン」がお出ましだ。演出ジュリー・テイモア、音楽がU2のボノ&エッジという、ブロードウェイ最高とも言われる製作費をかけた話題の一作である。

延期に延期を重ね、やっと11月14日に初日が決まったというので即座にチケットを予約。しかしその後も、リハーサル中にスタントマンが2名、それぞれ両手・両足を骨折するという事故が発生、初日が30日にずれこむと同時に、多くの公演がキャンセルとなった。プレビュー初日には数回にわたりシステムが停止、何度もスパイダーマンが「宙づり」になってしまったという。そして開幕直後にも女優が脳震盪で一時降板。正式初日はプレビュー開始がずれこんだ時点で1月に伸びていたが、これを2月にする旨発表された。さらに自分が出国する数日前にも9mの高さから役者が転落するという事故が発生。そのあとの公演はキャンセルに。そんなわけで、チケットを持っていても果たして見られるかどうか不安だった。

しかしなんとか、自分の持っていた公演はキャンセルにはならず、ぶじ観ることができたのである。

そんなトラブル続きだが、チケットはもちろんソールドアウト。観客たちはプラチナ化したチケットを片手に、興奮して幕が上がるのを待った。その熱気は最高潮だ。

最初に、係員の女性がステージ上に現れ、注意事項を述べる。プレビューならではの光景だが、トラブル続きであることを踏まえ、不安を取り除く意味もあるのだろう。「この劇場には最新のシステムがあるから、カメラや携帯を使っていたら係員がクモの巣で移動して取りあげちゃうわよ」とのコメントはやや受けだった。

もう一度注意。ここから相当ネタばれです。予備知識なく観たい方は、読まないようにしてください。

幕が上がると、まずクライマックスシーンの「予告編」とも言える場面から始まる。音楽も、セットも、ライティングも、この作品が壮大なスケールであることを予感させ、震えがくるほど期待が高まる。

そしてジュリー・テイモアらしい不思議なシーンが展開。ここで、今回のヴィラン(悪役)、と言っていいのか分からないが、Arachne(アラクネ)が登場。このキャラクター、よく知らなかったので調べてみると、マーベル・コミックに登場するヴィランにこの名前があり、X-menやアベンジャーズとも戦っているようだ。しかし、この舞台に登場するアラクネはかなりそれとはイメージが異なり、神秘的な力を持つ、敵とも見方ともよく分からない謎めいた人物として描かれている。コミックのアラクネとどういう関係があるのかはいまひとつ定かでない。

一幕は、高校生ピーター・パーカーがスパイダーマンとして活躍し、グリーン・ゴブリンと戦うところまでを描く、映画版の1作目に近い物語。コミック好きのオタク青年たちを狂言回しにストーリーが進んでいく。正直、話の展開はかなり雑で、ピーターの苦悩やメリージェーン(MJ)との恋の悩みも、描き方はかなり薄っぺらい。

また演出も、アメコミをリアル化するというコンセプトに、ジュリー・テイモア調が炸裂。彼女の演出は、「おおっ」というところもあれば、かなり微妙なところもある。「ライオンキング」でも、ライオンが涙を流すところなど、失笑が漏れる場面が少なくない。

今回は、どちらかというと失笑気味な場面が多く、会場内もやや微妙な空気が流れ始めた。

しかし、そんな空気も、ワイヤーアクションでスパイダーマンとグリーン・ゴブリンが空を舞い、劇場内を自在に跳び始めると、一瞬で吹き飛んでしまった。これは確かにすごい。単にワイヤーで空に浮く、というのではなく、緻密に計算された動きによって表現される躍動感が見事、圧巻である。

が、この日もシステム不調のため、クライマックスの格闘シーンで止まってしまった。

まあ話には聞いていたし、観客も「ああ、やっぱり」という雰囲気で、さほどがっかり感は流れず、暖かい目で見守っていた。スパイダーマンがいったん天井から降ろされ、ひとりきりになったグリーン・ゴブリンが観客に愛想を振りまくと、拍手喝さいを呼んでいた。

ちょっと残念ではあったが、2幕への大きな期待を感じさせて休憩に入った。

そして2幕が始まる。ザコ悪役が立て続けに登場し、おお2幕はバトル・ロイヤルになるのかと思ったら、違った。謎の存在だったアラクネとスパイダーマンの関係が中心に描かれる。

最後までこのアラクネは謎のままなのだが、単なる悪役ではなく、どうも超人的な力を得たスパイダーマンの、欲望や誘惑を象徴するような存在として描かれているようだ。ちょっとそのあたりがわかりにくい。

この2幕がイマイチなのである。1幕で見せた大立ち回りも、2幕ではほとんど登場しない。映像も多用され、舞台としてのダイナミックな迫力をそいでしまっている。話がわけわからない上に、あらら、こりゃどうしたことだ。

もちろん見どころがないわけではない。たとえば、アラクネがこの舞台の狂言回しであるオタク青年たちを襲撃するシーン。オタク青年たちはあくまでコミックを楽しんでいたはずなのに、その登場人物が現実世界に出てくる、というシークエンスはかなり興味深い。これは、かつて筒井康隆が朝日新聞の小説「朝のガスパール」で試した手法だ。この現実と虚構の壁を突き抜ける、という脚本上の技法が、舞台のキャラクターが観客席に跳んでくる、という演出上の技法を重なってくる。心憎いテクニックだ。

単純に遊園地のスパイダーマン・ショウにしたくなかったジュリー・テイモア氏らが、本当にやりたかったことを実現したのが2幕だったのではと思う。その姿勢は理解できる。残念なのは、おそらくは製作予算や時間の関係で、この2幕の演出がかなりあっさりしたものになってしまったことだ。もし、ジュリー・テイモアが心行くまで2幕を作りこんだのなら、1幕とは違った感動を観客に与えることができただろうと思うと、非常に残念である。

終演後、あれほどの熱気で開演したにもかかわらず、誰ひとりとしてスタンディング・オベーションしようとしていなかったのが、この作品への評価を端的に示している。

多くの人は「1幕のテイストで2幕もやってくれたら」と感じることだろう。それを「遊園地のショウのようだ」とけなす用意は自分にはない。なぜなら、物理的な制約のある「劇場」という空間でそれを実現するのは、それだけで大いに意義のあることだと思うからだ。

かつて、ロンドンで「スターライト・エクスプレス」を観たとき、歴史ある古い劇場の中を、ローラースケートで疾走する役者たちの姿を観て、自分はとてつもなく興奮した記憶がある。遊園地や、横浜アリーナのようなイベント会場でなく、劇場でそんなことが実現できるというのに驚いたし、まさにそれは今回の作品が狙った「虚構と現実の境目をあいまいにする」というテーマをものの見事に突いていたのだ。

1幕で、演出主導でそれを実現し、2幕は、脚本重視でそれを追う。これが制作サイドの意図だったのではないかと自分は感じている。しかし、1幕が強烈すぎただけに、2幕のパワーダウンが大きく目立ってしまい、結果残念な感じで終わってしまうのは何とも悲しい。

ただこれが失敗作かと言われれば、そうとも言えない。ここまでわくわくしながら見られるミュージカルはそうそう出会えるものではない。ボノ&エッジの音楽は最高にカッコよく、スパイダーマンのクールな世界観を支えている。

惜しい。ただただ惜しい。自分が観ちゃったから言うわけではないが、できればグランドオープン前に特に2幕を手直ししてほしい。一義的には、もっとジュリー・テイモアに徹底的にやりたいことをやらせるべきだ。それが予算と時間の関係でそれができないのであれば、1幕のテイストを2幕に持ち込み、最後にスパイダーマンと悪役の格闘を存分に見せてくれたら、と思う。基本的には味を重視したいが、それが無理ならせめてお腹いっぱいになりたい。それが観る側のささやかな望みだからだ。

いろいろ批判的なことを書いてしまったが、2幕はもっと自分に英語力があれば感じ方も変わってくるかもしれないし、なにしろまだプレビュー中だ。グランドオープンしたら、ぜひもう1度観に来たいと思う。迫力ある空中格闘だけでもニューヨークに足を運ぶ価値は十分にある。

Sp1140572 吹雪の中、スパイダーマンは跳び続けられるか?

公式ウェブサイト

http://spidermanonbroadway.marvel.com/

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コメント

とにかくキャンセルにならなくてよかった、良かった!

投稿: みやばやし | 2010年12月28日 (火) 10時23分

ニューヨークは大雪とニュース言っていますがヤボオさん寒くないですか?
秋口あたりから、なかなか更新が無かったので
どうしたのかな。と思っていたらニューヨークだったのですね。

ワンコを飼い始めてから
海外いや飛行機使うこともなくなり
ヤボオサンの沖縄に続きニューヨーク旅行記も楽しみにしています。

風邪などひかないように
ミュージカルに観光に楽しんできて下さいね。

投稿: もことんとん | 2010年12月28日 (火) 19時15分

みやばやしさんこんにちは。

そうなのです。これは観られただけで大ラッキー。もう1回ぐらい観たかったですね。ロングランしていただかないと。

投稿: ヤボオ | 2010年12月28日 (火) 21時14分

もことんとんさんこんにちは。

私はいつでも旅行に行けるように、ペットも飼わないし友達もいないのです。嘘です。

投稿: ヤボオ | 2010年12月28日 (火) 21時17分

はじめまして!
偶然同じ時期にNYに旅行してまして、ほぼ同じ演目を観て、そして、この回のスパイダーマンを観ていたので(^^;)すごく楽しく読ませていただきました。
ヤボ夫さんが書かれた「ここまでわくわくしながら見られるミュージカルはそうそう出会えるものではない」というお言葉に大賛成です!!
欠点はいっぱいあるんだけど、すごく心惹かれます。お金かかってるんだけど、テイストがB級なところとか・・。
ぜひ手直ししてロングランしてほしいものです!!

投稿: PONKO | 2011年1月 1日 (土) 16時09分

PONKOさんこんにちは。

ややっそうでありましたか。会場の熱気や微妙な空気が伝わってくる不思議な公演でした。

2幕は、いっそテイモア節全開のわけわからん展開にしちゃってもいいと思うんですが、中途半端なんですよね。いずれにしても、また観てみたいとは思わせる作品だと思います。

ロングランして、いつかは日本にも!

投稿: ヤボオ | 2011年1月 2日 (日) 03時55分

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