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2010年10月24日 (日)

松本幸四郎「カエサル ―『ローマ人の物語』より―」

カエサル 松本幸四郎
ブルータス 小澤征悦
クレオパトラ 小島 聖
オクタヴィアヌス 小西遼生
ポンペイウス 瑳川哲朗
クラッスス 勝部演之
アリス 水野美紀
キケロ 渡辺いっけい
セルヴィーリア 高橋惠子

生で松本幸四郎を見るのは何年ぶりだろう?かなり前に「ラ・マンチャの男」を青山劇場で見て以来だ。しかしその存在感と衰えることのない演技力は圧倒的なものがある。

圧倒的、と言いつつも、今回の舞台は壮大な歴史叙事詩でありながら、過度に盛り上げる演出を施さず、原作・塩野七生のタッチをなぞったような淡々とした語り口で進んでいく。セリフも芝居がかったものでなく、あくまで口語体。重厚感を求める人には物足りないかもしれないが、肩の凝らない、口あたりのいい舞台になっている。

そうした原作、脚本、演出の意図を最も正確に受け止めていたのが松本幸四郎である。他のキャストが、どこか歴史上の人物を演じる「気負い」を感じさせるのに対し、幸四郎のカエサルはあくまで自然体。等身大ながら、老若男女にあまねく好かれるという魅力あふれるカエサルを軽妙洒脱に演じている。近年三谷幸喜の舞台で見せているような、名人芸級の笑いの間の取り方も健在だ。

「シアターガイド」のインタビューで、幸四郎はカエサルにも備わっていた「人に好かれる人物像」について、「甘え上手で、甘えさせ上手」と評している。今年は坂本龍馬が注目を集めたが、歴史を大きく動かすほどの人間的な魅力について、実に端的で、しかも正鵠を得た言葉だ。そしてそれが具体的にどのような人物であるかを、幸四郎は演技によって表現している。

その等身大な幸四郎カエサルが、唯一芝居がかって発する言葉が「ローマ」という言葉(最初にちょっと巻き舌が入る)。長きにわたり培われたローマ人の「ローマ」への思いは一様ではない。しかし、それが単なる地域の名、国家の名を超えた重みを持つものであることは今回の舞台だけでなく、多くの記録や小説に描かれている。

最近で言うと、「ローマ人」という言葉の響きを強烈な形で表現しているのが2010年日本マンガ大賞にも輝いたヤマザキマリの「テルマエ・ロマエ」だろう。

その主人公、ローマの公衆浴場設計技師であるルシウス・モデストゥスは、並はずれた聡明さの持ち主で、現代の日本にタイムスリップするという異常な状況下にあっても、冷静にその場を分析し、多少のずれはあってもほぼ正確に日本人の風呂文化を学習し、古代ローマに持ち帰っている。そのルシウスの頭脳の中で、根源的な価値観でもあり、同時に思考的限界となっているのが、この世界は「ローマ人」と奴隷で成り立っている、という発想である。それがまた強烈なおかしさを生んでいるわけだが、未読の方にはぜひお勧めしたい作品である。

そんなわけで自分はこの舞台のところどころで「テルマエ・ロマエ」を思い出し、ニヤニヤ笑いながら観ていた。さらに余談ではあるが、もうひとつ、この舞台を観ながら思い出していたのが「ウィキッド」だ。

オープニングが「ウィキッド」に似ているというのもあるが、それ以上に今回のカエサルについて思うところがあった。偉大でありながら等身大、博愛を指向しながら敵を作る、共和制を尊ぶあまり独裁に走る、といった矛盾の塊であるカエサル。しかし人間とは、社会とはそうした矛盾を根源的にはらんでいるものだ。そんなメッセージを最近どこかで観たよなア、と思ったらウィキッドである。

特に、ウィキッドに登場するオズの魔法使いのイメージが、カエサルとだぶる。四季のウィキッドでは、オズはどうも一見いい人そうだけど実は悪いヤツ、という雰囲気だが、ウィキッドという作品全体のテーマを考えると、本来は善と悪とが裏表の関係になっているのではなく、ひとつの生きる姿勢が、ある人にとっては善であり、別の人にとっては悪になる、というキャラクターなのではないか。「物事を違う角度で見れば別の真実が見えてくる」だ。ぜひ、四季の舞台でもそういうオズを見てみたいところだ。

話はそれたけど、重厚さを覚悟していったら、自分好みの楽しい舞台だった今回の「カエサル」。芝居というものが本質的にエンターテインメントであることを、とことん知りぬいているのが真の歌舞伎役者であることを改めて感じさせてくれた作品だった。

Photo

カエサル ―「ローマ人の物語」より― 公式ウェブサイト
http://play-caesar.jp/

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2010年10月11日 (月)

2010年劇団☆新感線30周年興行(秋)豊年漫作チャンピオン祭り「鋼鉄番長」

出演:橋本じゅん、坂井真紀、池田成志、高田聖子、粟根まこと、田辺誠一、古田新太ほか

<ネタばれします!これから観る人は読まないでください>

3年に一度のお楽しみ、新感線の「ネタもの」公演。しかしもっとも新感線らしさが味わえるのがこの「ネタもの」だ。3年前の「2007年夏休みチャンピオン祭り『犬顔家の一族の陰謀~金田真一耕助之介の事件です。ノート』」は見事だった。なぜDVD化してくれないのか本当に疑問だ。何か問題なところがあるのならそこをカットしてでも発売してほしい。もっとも問題だらけで、発売したら目黒のさんまのようになっているかもしれないが――。

今回のタイトルは「鋼鉄番長」。そして主演は橋本じゅん、と聞けば、何やら「ドラゴンロック~轟天」シリーズを思い起こさせる。不良のたむろする学校が舞台、とのことなので、「クローズZERO」や、それにインスパイアされた「マジすか学園」のような作品になるのかと予想していた。

しかし、ちょっと違った。ネタもとはずっとさかのぼった。「不良番長」まではさかのぼらない。80年代ジャストミート。東京公演も続いているし、大阪公演・福岡公演も控えているので、書くのやめようかと思ったけど、話が進まないから書いてしまおう。

メーンのネタは「スケバン刑事Ⅱ 少女鉄仮面伝説」である。

自分は知らないで観たのだが、途中でそれに気付いて小躍りしたくなるほど嬉しかった。自分がスケバン刑事をいかに好きだったかは話が長くなるので省略するが、まあそのぐらい好きだったのだ。

で、南野陽子の役を務めるのが坂井真紀。これがもう、普通に可愛い。笑っちゃうぐらい可愛い。これ見るだけで、ネタものとしては高額なチケット代ももとを取った気がする。

ほか、ネタものらしく70年代から2000年代まで幅広くさまざまなパロディーが炸裂する。かなり自分が試されている気がする。もちろんかなり分からないものもある。「犬顔家」では舞台のパロディーも多かったが、今回も「ヘアスプレー」などが取り入れられている。

笑いのインパクトと凝縮度は前回のほうがあったほうが強烈だったかもしれない。しかし陰謀渦巻く悪の学園、という設定は新感線にジャストフィットした世界観であり、見ていてずっーっとうすら笑いを浮かべながら安心して観ていられる作品だ。

ネタものを知らない新感線ファンも増えており、作品の評価は割れるだろう。いや、そもそも評価するべきものでもないのかもしれないし、いのうえひでのりも観客を引かせてなんぼだと思っている部分もあるだろう。

ただ、ネタもとが分からなかったので笑えなかった、というのは、あまり気にしなくていいのではないか。ネタもとが分かれば確かによりおかしいが、そうでなくても十分楽しいように作ってある。そもそも、評判のいい「轟天」シリーズだって、あれのネタもとが千葉真一のアクション映画だということを理解して観ている人はそう多くないハズである。

今回は、全般的に女優陣の活躍が目立ったように思う。高田聖子の制服姿は、坂井真紀のとは違った意味でこれだけでもとが取れた気がする。保坂エマは主役を食う存在感。中谷さとみもいい味を出している。村木よし子は本領発揮の怪演。山本カナコは久しぶりに持ち味の可愛いボイスを披露していた。今回、パンフレットに新感線に何年前から参加しているかが載っているが、保坂エマってまだ11年しか経っていないと知って驚いた。なんかもっと前からいたような気がしていたからである。ということは、劇団では中谷さとみのほうが先輩ってことか!

男優ゲストの田辺誠一はかなりいい。彼は実にうまい役者なので一度舞台で見たいと思っていたが、期待以上だった。

次に会えるのが3年後というのがほんとに寂しいネタものシリーズ。フルキャストそろわなくていいから、毎年やってくれないかなあ。

「鋼鉄番長」公式サイト(年齢制限あり)
http://www.ko-tetsu.jp/

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