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2010年8月21日 (土)

蜷川幸雄「音楽劇 ガラスの仮面~二人のヘレン~」

2008年に続き、彩の国さいたま芸術劇場にNINAGAWAガラスの仮面が登場だ。今回のタイトルは「音楽劇 ガラスの仮面~二人のヘレン~」。前回は見逃してしまったが、このタイトルに釣られないようでは姫川亜弓オタ、うんにゃガラスの仮面ファンとしては立つ瀬がない。序盤の大きな見せ場である「奇跡の人」を演じる北島マヤと姫川亜弓をリアルな舞台で観られるのは、想像するだけで興奮する。今回は万難を排してチケットを買い求めた。

観終わっての率直な感想。いやあ、面白かった。

蜷川幸雄の演出作品は過去にも何回か観ているが、いまひとつ好きになれなかった。ケレン味あふれるアバンギャルドな演出は嫌いではなく、むしろエンターテインメントとはこうあるべき、といつも感心するのだが、それがどこかで変化してゲージュツになろうとしてしまうのが気に入らなかったのだと思う。でも今回は違う。最後まで直球でエンターテインメントを貫き通している。逆説的だけど、これぞ芸術だと感じた。

実のところは、「彩の国ファミリーシアター」と銘打っているとおり、子供でも楽しめるよう甘口で作ってあるから、俺のような素人でも受け入れられただけなのかもしれない。これでもかというぐらいに客席を巻き込み、蜷川らしい裸火を使った派手な演出の一方で、ベタで分かりやすいギャグをそこかしこに散りばめた敷居の低さは、実に安心して観ていられた。

もちろん口あたりがよかっただけではない。原作の要素を丁寧に編みこんだ完成度の高い脚本、緊迫感ある劇中劇の演出、タイミングよく挿入される歌の数々など、観客の心をつかんで離さない、上質のミュージカルになっていると思う。

ガラスの仮面ファンをくすぐる要素も満載だ。北島マヤの「嵐が丘」や、姫川亜弓の「王子とこじき」など、印象深いエピソードを巧みに盛り込んでいるあたりが何とも心にくい。また原作にはないが、姫川亜弓が「テンペスト」で怪獣役を演じる場面が追加されている。あれ?このタイミングで原作では「美女と野獣」で使い魔を演じてたんでは・・・美女と野獣にしなかったのは、あえてなのか?「奇跡の人」の劇中劇は期待どおりの迫力で、以前シアターコクーンで観た大竹しのぶ主演(ヘレン役は鈴木杏だった)の実際の「奇跡の人」を思い出した。

役者陣もよかった。劇団○季にいそうな、庶民的なルックスのヒロイン(だがそれがいい)の大和田美帆と、昔の国生さゆりをほうふつとさせる美人の奥村佳恵は、マンガのイメージにとらわれないのびやかな演技で目を引いた。今回からの参加となる新納慎也の速水真澄は、なかなか本心を掴ませない何とも食えない男に仕上がっている。なんといっても圧巻は夏木マリの月影千草だ。テレビドラマ版における野際陽子の月影先生もいい加減すごかったが、これはまた、マンガからそのまま飛び出てきたような劇似っぷりである。演技にも鬼気迫るものがあり、ふと「紅天女」のセリフを口にしたときははっとさせられた。

蜷川幸雄はプログラムに掲載されたインタビューで「家族全員で観られる芝居を」と強調しているが、この作品はある意味で非常に戦略的である。実は、この舞台の主役は北島マヤでも姫川亜弓でもない。「演劇」が主役なのだ。演劇がどのように作られ、どのように支えられ、どのように面白く、どのように難しいのか。それを「ガラスの仮面」の登場人物とストーリーをモチーフにして伝えるのがこの「音楽劇 ガラスの仮面」だ。舞台セットが全くない素の状態を観客に見せ、その奥深さで驚かせたかと思うと、開演時間前から舞台上で役者がウォームアップをはじめ、その流れでいつのまにか物語が始まる――。前回を踏襲したというこの演出は、この作品のねらいを明確に宣言している。そして、度重なる客席を使った演出により、観客は物語の中の「観客」という役を与えられることになる。芝居を見ている、のではなく、芝居に参加する、ワークショップのような感覚を味わえるのだ。

蜷川の「家族全員で」という言葉は、子供も大人もターゲットとして想定している、と読み替えられるだろう。子供には、華やかな表舞台だけでなく、その裏側までも見せたうえで、演劇の世界に興味を持たせようとする。大人には、演劇とは「観客」があって初めて成立するものだということの意味を問い直してくる。インタビューの最後に「客席の成熟」に言及しているのは偶然ではない。

ともあれ、実に楽しかったのでぜ第3弾、第4弾もぜひお願いしたい。「女海賊ビアンカ」や「カーミラの肖像」も観たいが、ぜひこのキャスト・スタッフで「失われた荒野」をお願いしたい。もっともこのペースでやっていたら、そこまでたどり着くのに何年かかるかわからん。ここはひとつ、「コースト・オブ・ユートピア」のように通し上演で10時間とか、そういう実験的な試みも期待するところだ。
 

PR用のラッピングカー。

 

ガラスの仮面~二人のヘレン~ 特設サイト
http://www.saf.or.jp/arthall/event/event_detail/2010/glass/index.html

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2010年8月14日 (土)

映画「特攻野郎Aチーム THE MOVIE」駄作?珍作?だから何?

待ちきれなくて先行上映で観てきた。

これだよこれこれ。こういう馬鹿映画を俺は求めていたのだ。

そもそも「Aチーム」を21世紀の現代に映画化する、という発想がまず馬鹿でいい。邦題にきちんと「特攻野郎」とつけているところがまたいい。吹き替えが羽佐間道夫だったらもっとよかったが、年齢も年齢だしそれはあきらめよう。でもちょっと参加してくれたようだ。自分が観たのは字幕版だったが。

単純明快、どちらかというとお子様向けなAチーム。それだけに、何ともいえない愛着というか懐かしさを感じさせてくれるシリーズだ。今回の映画版は、そのシリーズへのリスペクトに満ち溢れている。

リーアム・ニーソン演じるハンニバルは、ちょっとオリジナルのジョージ・ペパードに比べ真面目すぎてお茶目さに欠けるし、フェイスマンはやさ男というよりちょいマッチョだ。しかし、それはそれで魅力的である。コングとクレイジー・モンキーはかなりオリジナルのイメージに近い。

映画としても、最初から最後まで、ほぼノンストップで大掛かりなアクションの連続。じっくりと人間ドラマを見せるなんていう余計な場面は全くない。でもいいのだ。マンガチックなアクションの中で暴れまわる男たちは、それだけで「友情」「絆」といったこのシリーズの分かりやすいテーマを体現しているのだから。

それにしても、こういう海外ドラマにおける吹き替えの役割は本当に重要なのだと再認識した。日本のファンにとって、ハンニバルはジョージ・ペパードというよりも羽佐間道夫なのではないか。今回の映画が、オリジナルの雰囲気を忠実に再現していればいるほど、自分の耳が羽佐間ボイスを求めているのに気付いた。もちろん、モンキーの声は富山敬でな!

無理やり彼らの声を今回の映像に合わせたらどうなるだろう、と思っていたら、いたいた、作ってる人。これ、映画を観たあとでも全く違和感なく受け入れられるのでびっくり。こういう素晴らしいMADを作れる人は本当に尊敬に値する。

 

関連で、ブラックですがこの動画にも笑わせてもらいました。

http://www.youtube.com/watch?v=XHzMVWLqiNs

  

Ateam

パンフレットにもAチームへの愛があふれているぞ!

「特攻野郎Aチーム THE MOVIE」のウェブサイト
http://movies.foxjapan.com/ateam/

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2010年8月 6日 (金)

つかこうへい「広島に原爆を落とす日」初日

つかこうへい氏が7月10日、この世を去った。

演劇界の巨星墜つ――メディアがこぞってこのニュースを取り上げ、多くの関係者が弔意を示した。

それはそうだろう。竹熊健太郎はかつて「サルでも描けるまんが教室(サルまん)」の中で、「戦後のストーリーまんがは、その手法において全て手塚治虫氏の“パクリ”だからだ」と述べている。それと同じように、70年代後半以降に作られた演劇作品のほとんどは、つかこうへいの影響を直接・間接に受けていると言ってもいい。と俺は考えている。

とはいっても、自分がつか作品を見始めたのは、そのブームが去ってずっとあと、90年代の北区つかこうへい劇団設立と相前後してのことである。だから、三浦洋一や平田満、風間杜夫らと演劇界を席巻していた時代は知らない。自分が大学に入るころには「つかこうへい事務所」はすでに閉じられていた。もし、時間と妄想にはこと欠かない学生時代にその舞台に触れていたなら、自分は別の人生を歩んだかもしれない。

その程度のにわかファンである自分ですら、その訃報に接し大きな衝撃を受けた。古くから彼の作品に親しんできた人々の嘆き悲しみはいかばかりだろう。不思議にそんなことが気になった。

そのつかこうへいの死から約1カ月で、つか芝居の幕が上がる。「広島に原爆を落とす日」。長く上演されていなかったこの作品が、再び脚光を浴びたのは97年。つか自身ではなく、劇団☆新感線のいのうえひでのりの演出、主演は稲垣吾朗だった。翌年に再演、広島でも上演された。インドとパキスタンの核実験競争が起き、核問題に世界が揺れているときだった。

いのうえの演出はもとより大好きだし、フレッシュな役者陣の奮闘ぶりもあって印象的な舞台だった。それだけに、つか自身の演出でも見たいものだ、と思っていたが、それは叶うことがなかった。

しかし、今回の公演について知ったとき(まだつか氏は存命中だった)、これは期待できそうだと直感した。主演が筧利夫だったからである。テレビのバラエティー番組で見せるアホな一面しか知らない人は信じられないかもしれないが、舞台上の筧利夫はすさまじい。人智を超えた存在感を発揮するのだ。筧利夫とつかこうへい、と言えばそう、「飛龍伝」である。「熱海殺人事件」と並んで大好きなこの作品に欠かせない筧が「広島に原爆を落とす日」に主演する。興奮するなといっても無理な話である。

今回の公演は、8月6日という、この作品にとって、そしてすべての日本人にとって重要きわまりない日に幕を開けた。これは演劇界にとって記憶されるべき日になるに違いない。そう思った自分は、体調が最悪なのもかまわず初日の席に着いた。

他のつか作品同様、「広島に原爆を落とす日」にも複数のバージョンがあり、ストーリーや人物設定が大きく異なる。今回は、初演後につかが書き下ろした小説版に近い。主役は白系ロシア人・ディープ山崎ではなく、朝鮮人・犬子恨一郎である。

卓越した作戦能力と指揮官としての力量を持ち、誰よりも強く日本への愛国心を持ちながら、その出自ゆえに決して報われることのない男、犬子恨一郎。そして卑しい身分と蔑まれる一族に生まれ、第一級の工作員として養成された百合子。2人の愛が、戦火を交える日本、アメリカ、ドイツ、さらには世界中の行く末を大きく変えていく。

いのうえ版では休憩を挟んで2時間半を超えていたと思うが、今回は休憩なしの1時間50分。また、「誰が原爆投下のスイッチを押したのか」「なぜスイッチを押したのか」「誰がそうさせたのか」という背景は、あくまで人間同士のドラマチックなやりとりの背景・モチーフに過ぎないという印象があったが、この舞台ではその謎解きが重要な要素となっている。これらのことから、全体的にエンターテインメント色がより強くなった。そのかわり、つか作品独特で、いのうえ版ではさらに加速していたくだらないギャグの数々はやや抑え気味ではある。

そして、つか作品に共通していることではあるが、セリフひとつひとつが実に美しく、そして重く、心につきささる。筧利夫はもちろん、ヒロインに大抜擢の仲間リサ、「モンテカルロ・イリュージョン」以来つか作品常連の山本亨らが、早口ながらも実に丁寧に、そうした珠玉のセリフを繰り出してくる。それはつかの発した言葉ではない。つかが、役者の中から引き出した言葉だ。だからこそ、心に響くのだ。もうすっかり自分の中では過去の人になっていたリア・ディゾンまでがいい演技をしていたのに驚いた。もしつか先生のもとで性根を鍛えられたら、素晴らしい役者になったかもしれない。今後に期待だ。

つか作品の魅力や、そこに流れるメッセージについては、多くの人が無数の解釈を語っている。だから今さら自分の考えを述べても意味はないのかもしれないが、あえてここに記録しておくと、やはりつか作品の基本的な姿勢は「力強さ」にあると思う。

差別や戦争を憎みながら、それらに「反対」するのではなく、それらを正面から直視し、その上で蹴散らそうとする力強さ。愛情も憎悪も、全力を通り越して、その力は世界規模、宇宙規模に広がっていく。そしてそれをも超えると、その力は自らの、内なるものへと帰ってくる。これによって、つか作品を象徴するキーワード「前向きのマゾヒズム」が完成する。

舞台上の役者も常に全力だ。力があふれ出ることで、いつしかその動きはダンスになり、その声は歌となる。それがまた観客を楽しませる。ミュージカルでもないのに、と初めて見る人は驚くが、つか作品には歌とダンスがつきものだ。今回、会場で販売されていたプログラムには、多くの俳優がつか先生との思いでをつづっているが、その中で池田成志は、つかの「役者ってのはF−1カーみたいなものだ」という言葉を引用している。速さを競うだけに特化し、公道では決して走れない車がフルスロットルで走るのを見て観客は興奮し、舞台を見てくれるのだ、という意味だそうだ。このエピソードを聞くと、つかこうへいという人が、いかにエンターテインメントをよく理解していたか、しみじみと伝わってくる。

この日も、全力で演じきった役者たちの表情は充実感にあふれていた。リア・ディゾンは泣いていた。そして何度かカーテンコールを繰り返した後、筧利夫があいさつをした。

 

「最後にひとことだけ、言わせてください。『つかさん、初日の幕あいたよ!』」

 

筧らしい、そしてつか作品にふさわしい、飾らないが心に響く言葉だと思った。

 

ロビーにはこれまでのつか作品のポスターが展示されていた。

「広島に原爆を落とす日」ホームページ
http://hiroshima2010.com/index.html

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