劇団四季にとっては新作だが、もはやクラッシックの域に達する名作ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」が4月11日、四季劇場「秋」で幕を開けた。
今回の公演は、「キャッツ」「オペラ座の怪人」などの作曲で知られるミュージカル界の巨匠、アンドリュー・ロイド=ウェバーが2006年にプロデュースしたリメイク版を四季が翻訳する形で実現した。ウェバー卿もすでに作曲家としては峠を越え、最近はプロデュース業での活躍が目立つ。2000年代はじめには、「ムトゥ 踊るマハラジャ」のA.R. ラフマーン作曲による「ボンベイ・ドリームス」を手がけた。これ、ものすごく見たかったのだが見逃した。
さて自分は「サウンド・オブ・ミュージック」についてはあまり縁がない。日本でもたびたび公演されているが、舞台では見たことがなく、映画はずいぶん前にテレビで見たっきりで、ストーリーもうすぼんやりとしか思い出せない。
さほど期待もせずに初日を待っていたが、開幕直前にビッグニュースが舞い込んできた。なんと、鈴木綜馬がトラップ大佐を演じるのだという。鈴木綜馬――またの名を、芥川英司。かつて四季の主役を張っていた男である。「美女と野獣」では、東京・大阪同時ロングランというとんでもない試みを山口祐一郎と2人で支える予定だったのが、初日を間近にして山口祐一郎が逃亡。以降、相当な回数をこなし、ビースト役はすっかり当たり役となった。今も、自分にとってビーストの声は芥川英司が基本なのだ。
退団後は鈴木綜馬と名を変え、東宝などいくつかの舞台に出演。「レ・ミゼラブル」のジャベールは最高だったが最近はキャスティングされていないし、他の作品でも彼の魅力が存分に発揮されているとはいいがたい。芥川ファンとしてはストレスがたまっていたところだ。
その芥川が、最高の形で四季に戻ってきた。出戻り、というネガティブなイメージは皆無だ。活躍の場を求めていた芥川、主役級の相次ぐ退団でこの層が薄くなりつつある四季、これは双方にとって合理的な解なのである。
映画の漠然とした印象しかないものの、トラップ大佐の役どころは彼にこの上なくぴったりのように思える。がぜん、テンションが上がってきた。
そして迎えた開幕。オープニングキャストは期待どおり。
マリア |
井上智恵 |
トラップ大佐 |
鈴木綜馬 |
修道院長 |
秋山知子 |
エルザ |
坂本里咲 |
マックス |
勅使瓦武志 |
シュミット |
大橋伸予 |
フランツ |
青山裕次 |
シスター・ベルテ |
佐和由梨 |
シスター・マルガレッタ |
矢野侑子 |
シスター・ソフィア |
あべゆき |
ロルフ |
飯田達郎 |
リーズル |
谷口あかり |
マリア先生には井上智恵。「ソング&ダンス」の「ドレミの歌」を歌っているから、これは予想されたキャスティングだ。役柄を考えても順当と言える。ただ、髪型とメイクのせいでちょっと年齢を感じてしまう。もうちっとごまかしようはなかったんだろうか。なので序盤の、修道院の問題児、といった演技にはやや無理があった。しかし、先生としてのマリア、そして母としてのマリアの演技は素晴らしい。序盤の違和感など吹き飛ばし、観客の記憶に強烈な印象を残してくれる。
そして鈴木綜馬。いやあ、予想以上にハマリ役である。カタブツの演技も板についているし、子どもたちの歌声にほだされてやさしい父親としての顔を取り戻してからは、内に秘めた強い信念と家族へのあふれんばかりの愛情を明確な形で描き出し、それを落ち着いた演技と歌声にのせて観客の心に運んでくる。ブラボーすぎる出来栄えだ。
他のキャストでは、長女・リーズルの谷口あかりがよかった。「春のめざめ」で同じベンドラを演じた林香純は、「ドリーミング」のチレット役でいい演技を見せたが、それに負けず劣らずいい味を出していた。ちょっとジャパニーズ・ツンデレの混じったセーラー服姿のオーストリア娘は、大いに萌えさせてくれる。
作品全体としてはどうだったか。「ナチスとオーストリアの政治的背景をより強調している」という触れ込みだったが、自分としては映画とさほど変わらないようにも思える。トータル2時間40分ほどで、修道院のやりとりなど、1幕ではやや長さを感じる部分もあったが、トータルで見ればいまの時代に合わせたスピーディーな展開になっているようだ。
広い意味でのウェバー作品だから、四季も勘どころがあるのだろうか、初演とは思えないほどこなれた雰囲気がある。いや、これはむしろ、四季が数多くのファミリーミュージカルを手がけてきたことに起因しているのかもしれない。四季のファミリーミュージカルには家族をテーマにした佳作が多い。そういえば、舞台がザルツブルグということで、どことなく「ふたりのロッテ」を思い出させる。勅使瓦武志の役が微妙にかぶっているのが面白い。
そういう意味では、この作品は四季の得意とするところであり、代表がパンフレットで言及しているように、今後四季のレパートリーとして長く演じられていくことになるのではないか。
ところで、四季はなぜこの作品に手を出したのか。確かに、日本の客層にはファミリー向け作品のほうがウケがよいから、そう不思議ではないかもしれない。だが、新作といっても今さら感を持つ人が多いのも事実だろう。リアリー・ユースフル・グループ(RUG、ウェバー卿の会社)に大枚はたいて買い付けるほどのものだろうか?
そこで、この裏にはきっとビジネス上の何かがある、と考えたくなる。
ひとつ考えられる可能性としては、ロンドンで開幕したばかりの、「オペラ座の怪人」の続編「Love Never Dies」の日本公演の権利交渉の条件のひとつだった、という線だ。ウェバー作品をすべて四季が買っているわけではなく、「ウーマン・イン・ホワイト」のように四季以外のカンパニーが上演しているものもあるわけだが、この作品に関する限り、四季が手を出さないということは考えにくい。RUGとの条件交渉を横目でにらみながらこの作品の上演が決まった、という可能性はある。
そしてもうひとつ、ひょっとしてディズニーとRUGをてんびんにかけた結果なのではないか、という見方もあるのではないか。いま、ディズニーから買うべき作品といったらひとつしかない。「メリー・ポピンズ」である。「リトル・マーメイド」は失敗作だし、「ターザン」も興行的には厳しい結果となった(個人的には、好きである)。しかしメリー・ポピンズはディズニーとキャメロン・マッキントッシュ氏のコラボレーションであり、おそらく条件交渉は相当タフなものになるはずだ。ほぼ同じ時期に映画が公開され、主演は同じジュリー・アンドリュースというこの2作品。子役が中心という点も共通している。そして「キャッツ」「オペラ座の怪人」をともに生み出した間柄とはいえ、ウェバー卿とマッキントッシュ氏はビジネス的にはライバル関係にある。同時に交渉することで、有利な条件を引き出す考えだったのではないか。おそらくあちらのほうが高いだろうし、ランニングコストも膨大になりそうだから、こちらに決まったのは当然かもしれないが、四季劇場「夏」を作ったところを見ると、案外本気で取りにかかっていたのかも。ソング&ダンスの中にも入ってるし。すでにロンドン初演から3年以上が経過し、まだ日本公演の話がないということは、「メリー・ポピンズ」の日本上演はやはり厳しいか。
とにもかくにも四季に新しいレパートリーが加わった。綜馬トラップが完璧すぎるので、逆にこれを芝清道がどう演じるのか見たい気もする。笠松はる、沼尾みゆきのマリア先生はかなり見たい。また足を運ぶ日はそう遠くないだろう。
四季「サウンド・オブ・ミュージック」ウェブサイト
http://www.shiki.gr.jp/applause/sound/
最近のコメント