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2010年2月11日 (木)

劇場版「涼宮ハルヒの消失」

角川といったら、昔ハルキ、今ハルヒ。もはや角川グループの看板コンテンツになった「涼宮ハルヒ」シリーズがいよいよ映画に登場だ。

(ばれまくりなので、たたみます)

しかし、「消失」を映画でやる、と聞いたときは、期待半分、不安半分だった。

期待については言うまでもない。ハルヒが映画になるというだけで嬉しいし、「消失」は原作屈指の名作であり、またシリーズを通じて時間・空間が入り乱れるこの作品の中において、各エピソードの中継地点にもなっている重要な物語だ。

不安は、この「消失」エピソードが、あまりにも強烈に長門有希をフィーチャーしているということに起因している。

アニメーションを見ても、原作を読んでも、とにかく「ハルヒ」シリーズに触れると、特に男性の場合、例外なく有希が好きになってしまう。それも、のっけから一目ぼれするのではなく、何気なく見ているうちに、いつのまにかその吸引力に絡めとられ、気づいたときにはもう遅い、という、実に危険なハマり方だ。「長門は俺の嫁」は、もはやネットで合言葉になってしまっている(参考:Yahoo!知恵袋 「長門は誰の嫁ですか?」)。

SOS団(世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団)の無口キャラにして、実は人間ではなく(情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース)、非常識な力を持っており、涼宮ハルヒの引き起こした(本人が意識していない場合も含め)これまた非常識なシチュエーションによって生命の危険にさらされた主人公・キョンや他の団員たちを何度となく窮地から救っている。その力を日常生活に応用することで、パソコンや楽器演奏など、ありとあらゆることを超一流の腕前でこなすことができる。しかし、ほとんど感情を表に出すことがなく、話すときも単語だけ、という極端なキャラクターだ。それがなぜこんなに野郎どもの心をひきつけるのか、いろいろ理由は挙げられるだろうが、本当のところはさっぱりわからない。

小説を読んでみると、原作者もどんどん長門が好きになってきているのが分かる。アニメ制作スタッフもしかり。第一期の完全オリジナルストーリーである「サムデイ イン ザ レイン」では、言葉も表情も出さない長門の感情をどう表現するかに血道を上げていた。さらに第二期でスタッフの長門への思いは暴走し、有希の感じていた悠久の孤独を視聴者にも感じさせてやれ、とばかりに、8回にわたりまったく同じ話を繰り返すというアニメ史上かつてない問題作「エンドレス エイト」を生み出すことになる。

だから、不安だった。映画化、というのはひとつのイベントである。なのに、そこで原作者を含めたスタッフたちが総出で長門有希への思いを語りだしたら、そして自分を含めたファンたちもそれに呼応したら、なんだか目も当てられないことになるんじゃないか。そう感じていた。

だがそれは杞憂だったようだ。あふれんばかりの長門への思いを、スタッフは理性をもってぐっとこらえ、控え目なトーンでたんたんと物語を進めてくれた。その静かな演出と、2時間40分というふざけた長さの上演時間は、作品全体をぐっと落ち着いたものにした。そう、まるで長門有希の物腰を傍で観察しているような雰囲気の映画である。

これによって、原作にありながら、テレビではわずかしか描かれることのなかった、普通の高校生活の、平凡な日常の空気感をそこに漂わせることに成功している。これが良かった。ハルヒシリーズはあくまで日常生活の中で起きるとんでもない非日常を描くところに面白さがあるのだと思う。限られた時間でエピソードをまとめるテレビでは、どうしても「非日常」が優先されてしまうが(「サムデイ イン ザ レイン」は除く)、映画では「日常」の部分を丁寧に描くことで、これぞハルヒの世界観、というものをリアルに再現してみせている。

もっとも、ハイテンションで暴走するハルヒに大笑いしたかった人も多かっただろう。そういう人の目にははかなり物足りないものとして映ったに違いない。

また、やはり原作やテレビシリーズを見ていない人には、何がなんだかよく分らなかっただろうとも思う。自分も、どちらかというと劇場版は原作や背景を知らなくても分かるように作るのが基本姿勢だ、と考えている。しかし、「ロード・オブ・ザ・リング」が第3部が前作を見ていない人に全くケアをしなかったにもかかわらず世界中で大ヒットしたように、やはり圧倒的な作品というのは、予備知識の有無に関係なく評価を受けるのも確かだ。自分など1作目、2作目とも観ていたにもかかわらず、細かい登場人物を覚えていなかったためにほとんど理解できなかった。だが、面白かった。

この劇場版も、そのクオリティーたるや圧倒的だ。決して無用に盛り上げようとはしない静かな演出ながら、長い上映時間を感じさせるどころか、ずっと集中力を途切れさせずに最後まで観客をひきつけるテクニックは見事なものだし、作画においても多くのアニメファンが指摘しているように、当代最高のレベルである。自分は作画については詳しくないので、分かりやすいところしか分らないが、たとえば表情の描き方が実にいい。「消失」が起きてからの、登場人物のキョンに対する表情の変化がありありとわかる。朝比奈みくるのおびえた表情、それをかばう鶴屋さんの威圧感、古泉一樹の戸惑いと冷笑、そしてハルヒ(光陽園学院)のやや遠慮がちな好奇心。ひとつひとつの表情が、物語に説得力を与え、作品全体を豊かなものにしている。

確かに長いし、原作やDVD版を知らない人にとって敷居が高いのも事実だが、見ておいて損のない作品であることは間違いない。少なくとも、コアなファン、長門キャラ萌えの人しか楽しめない作品だ、という先入観は持たないでほしい。実際、そうでない自分が大いに楽しむことができたのだから。

最後に言っておく。長門は俺の嫁だ。

死刑はいやであります

 

涼宮ハルヒの憂鬱 特設ファンサイト

http://www.haruhi.tv/fanclub/

涼宮ハルヒの憂鬱 京アニサイト

http://www.kyotoanimation.co.jp/haruhi/index.html

SOS団 公式サイト

http://www.haruhi.tv/

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