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2009年7月25日 (土)

イッセー尾形の一人芝居「わたしの大手町」

イッセー尾形の一人芝居といえば、学生時代「都市生活カタログ」が大人気で、いつもチケットが取れなかった。NHKで放送もされ、ビデオもレンタルで観たりしたが、いちどライブで見たいと思いつつ、なかなか実現できなかった。やっとその夢がかなったのは、20世紀も終わりを迎えたころ、原宿クエストホールの公演だ。相変わらずチケットは取りにくかったが、友人が確保してくれたのだ。持つべきものは友達である。

そしてそれから約10年ぶりに、彼の一人芝居を見るチャンスが訪れた。前述の友人の力によるものだ。もう足を向けて寝られないと思った。

今回は会場が大手町ということでこのタイトル。テーマは「あの頃のサラリーマンは今もサラリーマンだ」。サラリーマン、東京、年月といったモチーフを含むネタが新作を交えて披露された。

さて、自分とイッセー尾形について少し語らねばなるまい。最近記憶がどんどんなくなってくるので、覚えていることはなるべくこのブログに記録しておきたいからだ。

自分がその存在を知ったのは、日本テレビで土曜の昼に放送されていた「お笑いスター誕生」を見てのことだ。司会は山田康雄と中尾ミエ、審査員は桂米丸、タモリ、赤塚不二夫、京唄子、鳳啓助、東八郎、三波伸介ほか、とてつもない豪華な番組だった。

番組は1980年から始まっており、すでにB&Bなどのスターを輩出していたが、たまたま自分が初めて視聴したのは1981年。そこに彼が出演していた。当時自分は小学校高学年だったが、その印象は鮮烈に覚えている。ネタは、ふつうのサラリーマンのお父さんが、不似合いな高級レストランに家族を連れてきてしまい、ボーイとの間で珍妙なやりとりを繰り広げるというもの。つまみにピーナッツを頼み、ないと言われて「ないの?ピーナッツだよ!」と答えるその姿。すでに一人芝居のスタイルは確立されていた。当時はいわゆるMANZAIブームだったが、漫才とも、漫談とも、コントとも違う、初めて見る斬新な芸風に、衝撃を受けた。審査員も口々に賞賛していた。この番組は、タレント事務所の新人芸人たちがチャレンジするのがほとんどだったので、そうではない、演出家森田雄三と二人きりでじっくりと公演を続けていた彼の存在は、審査員たちの目にも異色な存在と映っていたのだろう。

ちなみにその回に、九十九一も出演していた。彼の芸風もまた衝撃的で、やはり一人芝居に近いものだった。しかしリアルをデフォルメしていくイッセーとは対照的に、九十九の場合は完全なフィクション、それも常識的な思考では考えつかない、ワープ感のある虚構の世界を形づくる。MANZAIブームにいまひとつ乗り切れない自分だったが、この2人の天才によって日本のお笑いの可能性に目ざめ、以降毎週欠かさず、土曜に学校から帰ってくるとこの番組を視聴するようになった。そうしてでんでんやミスター梅介といった、今もしぶとく活躍を続けているすばらしい芸人たちと出会うことができた。

イッセー尾形は結局10週勝ち抜きの「グランプリ」までは到達せず、8週勝ち抜きの「金賞」で終わったが、グランプリに再チャレンジすることはなかった。恐らく、自分の方向性が「お笑い」ではないと感じていたのかもしれない。しかし、これによって彼の名前と実力は世間が知ることになり、ドラマや映画、CMに次々と出演を果たすようになる。「男はつらいよ」にも準レギュラーのように参加していたから、山田洋次もその実力を買っていたようだ。これに伴って、「本業」である一人芝居もぐんぐん人気が高まり、チケットの取れない人気公演になっていったわけだ。

というわけで、実に自分はイッセー尾形の30年近いファン、と自称している。ライブをそんなに見ていないから、コアなファンから見ればライトすぎるかもしれないが、長さだけは多くのファンに負けていない。

さて。前置きが長くなったがこの日の公演。最初のネタは、退職しているにもかかわらず会社の周りをうろついているOB。リタイアしているのに、会社というコミュニティーとのつながりを確認したくて、かつての部下をつかまえて話し込むその姿に、サラリーマン社会の悲哀がくっきりと浮かび上がる。続いて満員の地下鉄内のサラリーマン、接待の相手を駐車場で待つ営業マン、大企業との取引をなんとかつなぎとめようとする中小企業の社長、家族を温泉旅行に連れてきたお父さん、東京にあこがれる高校生、疲れたサラリーマンを癒そうとする超熟女ホステスなどをノンストップで次々に演じた。最後のネタではお約束の楽曲サービスも。

徹底的な人間観察に基づく、揺るぎのないリアリティー。それを踏まえたうえで、極端にデフォルメしていく。その2つの要素の化学反応によって爆笑を生み出していく。

30年間、そのスタイルは変わることがない。しかしその完成度、芸の冴えはますます磨きがかかり、イッセー尾形が舞台に立った瞬間、ステージだけでなく、会場全体の空気が変わる。これはすさまじい。「ガラスの仮面」で北島マヤは、一人芝居によって高校の体育倉庫という空間をを大海原にも、ふつうの家庭にも自在に変えて見せた。しかしこちらは600人も入るホールをまるごと変えてしまうのだ。まるで「涼宮ハルヒの憂鬱」で長門ユキが部屋まるごと時間を止めて、3年の時間を飛び越えて見せたような荒業である。

演出の森田雄三、そしてイッセー尾形の「ふつうの人」に向ける視線は、時に冷徹で、時に暖かく、時に密着して、時に距離を置く。それは見る人によっても異なるだろう。しかし、その全ては笑いへとつながっていく。これが不思議なところだ。いや、その視線は善悪とか好悪とかいった主観的な価値判断を超越した、もはや仏教的な悟りの境地に達しているのかもしれない。

本当に素晴らしいものを見た。感謝の気持ちで一杯だ。イッセーはドイツやイギリスなどでも公演を行っているが、まさしく日本の誇る文化を現在進行形で作り上げている。今後は自分も本気でチケット争奪戦に参加し、また見る機会を持ちたいと思う。

イッセー尾形WEBサイト
http://www.issey-ogata.net/

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