« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »

2009年6月27日 (土)

映画「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」

「逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ」

でもすいません、逃げます。

これほどの圧倒的な作品について、感想めいたものを述べられるほど俺は自信家じゃない。そして、それだけの知識も分析力も表現力もない。全然足りない。俺は今まで何をやってきたんだ、というぐらい、無力感を痛切に感じる。ただただ、すごかった。面白かった。楽しかった。そんなコドモみたいな言葉しか出ない。それが恥ずかしくて、結局沈黙するしかない。

「LCLの中」

途中、かなり救いのない展開にもなるが、この映画を観ている間、自分は妙な心地よさを感じていた。劇中、碇シンジがエントリープラグの中にいるとなぜか落ち着く、と口にするが、まさにその感覚だ。なぜかと言うと、ここには庵野秀明総監督が幼少のころから体験してきた、昭和40年代から平成20年代までのありとあらゆるアニメーションや特撮その他のポップカルチャーが生み出してきた文脈・文法を、これでもかとばかりに詰め込んでいるからだ。さながら日本オタク文化のアカシック・レコードである。もちろんそれらを知らなくてもこの映画を楽しむのに何の支障もないし、自分も2~3割ぐらいしか分かってないと思う。しかし、多少なりとも分かっている身にとっては、感動や興奮よりも、どこかホームタウンにいるような安心感が先に立つ。LCLの満たされたエントリープラグの中にいるように、これまで自分が愛し、自分を育んできたものに包みこまれているようだ。

「ありがとう」

いま、とにかく自分の中にあるのは感謝の言葉だ。もちろん、庵野総監督を始め、この作品を生み出してくれたスタッフ・キャストへの感謝もある。が、それだけじゃない。この日本に生まれてきたこと、そしてこの時代を生きられたことへの感謝。海外でも注目されることは間違いないだろうし、エヴァンゲリオンが今後歴史に残るものになることも確実だ。だがやはりこの映画を一番楽しめるのはこの国で、この時代を生きている自分たちにほかならない。だから本当に感謝したい。

「ポップカルチャーの域を超え、神話に近い存在に」

この「新劇場版」がエヴァの作りなおしにとどまらないことは、今回の「破」を見てみんなが納得したことだろう。庵野総監督らは、日本の40年間のポップカルチャーの集大成を作ろうとしているのだ。そこにできるものは、もはやポップカルチャーではないだろう。ジョージ・ルーカスがスター・ウォーズを「新たな神話を作る」としているのと同じレベルに立っている。今年、来年にはすぐに出来ないであろう続編が今から楽しみになるのも、スター・ウォーズと同様である。

とにもかくにも、エヴァを見たことがある人ならすぐに劇場に直行、見たことがない人はテレビシリーズと「序」を復習した上で劇場へ行くべし。日本の誇るエンターテインメントが、そこにある。

新キャラクターの真希波・マリ・イラストリアス。坂本真綾って偉大だわ

「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」公式ウェブサイト
http://www.evangelion.co.jp/index.html

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年6月20日 (土)

四季「春のめざめ」谷口ベンドラ いいんじゃなーい?

ベンドラ 谷口あかり
マルタ 撫佐仁美
テーア 岸本美香
アンナ 松田佑子
イルゼ 石塚智子
メルヒオール 柿澤勇人
モリッツ 三雲 肇
ハンシェン 一和洋輔
エルンスト 竹内一樹
ゲオルグ 白瀬英典
オットー 玉井晴章
大人の女性 都築香弥子
大人の男性 田代隆秀
女性アンサンブル 玉石まどか、勝間千明
男性アンサンブル 加藤 迪、南 晶人

開幕から1月以上経過し、ついに新ベンドラ登場だ。

「春のめざめ」四季版にはおおむね満足しているものの、初回に見たとき感じた「女優陣が弱い」という点は、なかなか改善されなかった。前回観たとき、岸本テーアの投入でちょっと雰囲気が変わったと感じたが、やはり問題はベンドラだ。林香純のベンドラは、歌はうまいが見た目の雰囲気がベンドラらしくない。何べんも言うけど、俺のベンドラ基準はこの子だからね。ハードルはむちゃくちゃ高いのだ。

谷口あかりは、前回ロビーで目撃して、雰囲気はバッチリだなあ、と思っていた。しかしベンドラやその同級生の、ノーメーク(に見えるメーク)とあの古臭い衣装を着たときどう見えるかは未知数だった。

開幕とともに舞台に登場し、椅子に下着姿で立った谷口ベンドラ。

「ほおーう・・・」

俺だけでなく、客席全体からため息が漏れた(ように感じた)。いける。こいつはヒットだ。

正直なところ、女子高生に見えるかっつったらそりゃ疑問で、林同様ちょっと大人っぽい印象はある。しかし、顔つき、体つきがベンドラの危うさ、はかなさを伝えるのにぴったりだ。

舞台が進むにつれ、ついベンドラを視線で追ってしまう。そうそう、この感覚。男なら中学生ぐらいのとき、学校ではだいたいクラスの女子を目で追っていたと思うが、その感覚が蘇ってきた。まあ他の作品を見るときは当たり前なんだけどね、俺の場合。何しろ正常ではない観劇姿勢ですから。

歌は林に一歩譲る。意外に低音が響くので、歌い方はあまりベンドラっぽくないかもしれない。演技はまだ硬いが、序盤の母親とのやりとりではそれなりに笑いも取れていたので、今後の伸びは期待できそうだ。

ということは、今のところ評価すべきは見た目だけ、ということか?

あえて言おう。その通りである。そして、それはこの作品では重要なことなのだ。

この「春のめざめ」は、「A Rock & Roll Fable(ロックンロールの寓話)」だと思う。この言葉は、ウォルター・ヒル監督の1984年のヒット映画「ストリート・オブ・ファイヤー」の冒頭にかかげられる言葉だ。

この作品は寓話にすぎない。19世紀末時点では、これはリアリティーあふれる物語だったのかもしれない。しかし21世紀の今となっては、10代の性の目覚めであそこまで悩む子供も大人もいないだろう。児童虐待や若者の自殺には悲しいことに今もリアリティーがあるが、そこはこの作品の主たるテーマではない。

この作品のテーマはあくまで10代の性の悩みであり、そしてそれはもはや都市伝説化している。そう考えると、この作品にはそもそもテーマがない。あるのはただ、カッコよく歌い踊る若者たちだけだ。それを素直に楽しむのが、「春のめざめ」の正しい鑑賞法であると自分は考える。

四季は、記者会見や宣伝で「命の大切さを訴えるという意味では、『こころの劇場』と同じ」とか言っていた。大ウソだ。恐らく、この作品を上演したいと考えた劇団内の一派が、上層部を説得するためにでっちあげたものだろう。そしてそれがそのまま、エンターテインメントより芸術性・文学性を求める日本の演劇界に対する言い訳にもなる。

寓話である以上、その登場人物は見た目からして分かりやすいほうがいい。メルヒオールとベンドラは美男美女であるべきだ。モリッツはダメさ加減がにじみ出ているべきだし、ハンシェンは怪しくなくてはいけないのだ。

そういう意味で、今回の舞台はやっと「役者がそろった」という印象を受けた。舞台自体の吸引力が、さらに増したと感じた。いつもは途中ちょっと眠くなるシーンもないではないのだが、ずっと集中力を維持することができた。

ベンドラ以外にも初見キャストが。石塚イルゼはどうだろう。石塚智子って、昔「コーラスライン」とかに出てた石塚智子だろうか?さらに、昨年の「CHICAGO」日本人キャスト公演にもその名前があるけど、同一人物か?いずれにしても、あまり強い印象がないのである。この舞台では、歌もうまいし、演技にも熱が入っていた。しかし、やはり金平真弥があまりにも強烈すぎたため、どうも物足りない感が残ってしまう。金平の声と演技には、あばずれた中にも慈母の情が感じられ、それがモリッツとの最後の会話のシーンで観客の胸を打つのだ。

大人の女性は都築香弥子、大人の男性は田代隆秀にそれぞれ交代。中野今日子・志村要コンビ同様、ベテランの技が冴え渡る。田代は演じる役によって本当に別人のように見えた。さすがである。

新ベンドラを迎え、舞台全体が活性化していたように思えた。岸本テーアは子供おばちゃんぶりに磨きがかかり、ハンシェン・エルンストのディープキスはさらに激しさを増してきた。この日はほぼ満席だったが、平日は空席も多いと聞く。ぜひここでもう一度加速度をつけて、この自由劇場での公演を大成功させてほしいものだ。それが四季の未来を開くことになるはずだから。

200906201246000

春のめざめ ホームページ
http://www.shiki.gr.jp/applause/springawakening/index.html

| | コメント (14) | トラックバック (0)

2009年6月13日 (土)

四季「ソング&ダンス~55ステップス~」鈴木ほのか他1名登場

ヴォーカルパート 渡辺 正、村 俊英、李 涛、井上智恵、鈴木ほのか、
花田えりか
ダンスパート 川東優希、斎藤准一郎、松島勇気、徳永義満、加藤敬二、
成田蔵人、金久 烈、神谷 凌、前田順弘、
加加藤久美子、駅田郁美、杏奈、須田綾乃、柴田桃子、
柴田厚子、坂田加奈子、高倉恵美、今 彩乃、泉 春花

先週から名古屋の55ステップに鈴木ほのかが登場。これは朗報だ。鈴木ほのかの四季への参加が、マンマ・ミーア!だけで終わってしまったらさびしいと思っていた。しかも、ソング&ダンスへの出演、ということは、今後も四季の作品に出るという期待も大いに高まってくる。

こりゃ名古屋に行ったらぜひ観なくてはと思っていたら、今週さらに新キャスト。びっくり仰天の「渡辺正」ときたもんだ。こもった歌声で苦しそうに歌うことで、「マンマ・ミーア!」のサム役や「アイーダ」のラダメス役で悪評をほしいままにしてきた男である。それが「ヴォーカルパート」の筆頭に挙がっている。つまり、芝清道や阿久津陽一郎のパートだ。いったい何の冗談だろう。これはこれで観なくては、と、ほのか様とは微妙に異なる興味を抱いて名古屋ミュージカル劇場へ。

ほのか様は期待通り、いや、期待以上だった。美形とナイスバディはもちろんだが、その歌声の素晴らしさを四季ファンに強烈にアピールする結果となった。ほのか様の声は、デビュー当時はどちらかというとかわいらしい、細めの声だった。それが長年のキャリアと、おそらく本人の修練の結果、実にボリュームのある声へと生まれ変わった。しかし、デビュー当時の可憐な声も実はまだ健在なのである。それを示したのが「メモリー」だ。多くのグリザベラ役者は、張りのある太い声で歌い始めるが、ほのか様は最初シラバブかと思うほど、細い声で歌い始めた。そして次第にその年輪を感じさせる声に変えていき、また細い声に戻したり、と、曲の中で声のトーンを自在に変化させていた。まさに、それは鈴木ほのかという女優のこれまでの軌跡を象徴している歌声であり、同時にそのイメージがグリザベラの平坦ではなかったであろう人生(猫生?)とぴたりと重なる。グリザベラそのものがここにいる、と感じた。歌いあげる声量は、早水小夜子にはかなわないかもしれない。しかし、最後の「ほら、見て」の一言がずしんと胸に響いた。こんな経験は久しくなかったかもしれない。ほのかグリザベラ、何としても横浜で見たい。これは絶対に。

李香蘭の「二つの祖国」も良かった。やはりここでも、東宝と四季という、2つの世界を渡ろうとしている鈴木ほのかの存在が李香蘭のイメージにだぶる、というのはちょっと強引すぎかな。

一方の渡辺正。思わず渡辺正(笑)と書きたくなってしまうほど、自分の興味は「いかに笑わせてくれるか」だった。しかし、最初の曲「ようこそ劇場へ」は、本来彼のパートの曲なのに、村俊英が歌った。あれえ。同様に、二幕初めの「夢を配る」は李涛が。重要な曲を他のパートに任せてまで彼を登場させる四季の狙いって一体…。

そんなわけで、彼のソロがやっと聞けたのは「アイーダ」のナンバー「星のさだめ」。相変わらず苦しそうに歌うので、ちっともロマンチックじゃない。しかし、これは本番の舞台を観ているから、さほど驚かない。続く「ノートルダムの鐘」の「トプシー・ターヴィー」は、これは歌が歌だから、あまりそれが気にならない。そう、さかさま祭りだからね。歌のまずい人が(あっ言っちゃった)ミュージカルでソロを歌う、というのもありなのかも。これぞ「道化の祭り」だ。

二幕に入っても相変わらずで、「エビータ」の「飛躍に向かって」では、苦しそうな歌声にぎこちない動きがプラス。こんなチェ・ゲバラがいたら、キューバ革命は成功していなかったと思う。

最後の見せ場「スーパースター」は相当心配していたが、実はそれほど悪くもなかった。歌いだしはちょっとずっこけたが、ノってくるにつれて、それなりにサマになって見えてきたのだ。やはり「ジーザス・クライスト=スーパースター」はロックである。芝や阿久津がいかに歌がうまくても、彼らの歌い方はロックではない。じゃあ渡辺正の歌い方がロックかと言われれば、「ちゅらさん」のジョージ 我那覇に「それはケイタツ、ロックじゃナイよ」と言われてしまいそうだが、そもそも歌のまずい人が(また言ったな!代表にも言われたことないのに!)ミュージカルの舞台でソロを務めるという状況は、ある意味でロックである。だから、何となく受け入れられてしまったのかもしれない。

というわけで、出番が少なかったこともあり、期待していたほどのショックもダメージもなかったが、自分のようにハナから笑いにきている不謹慎な客はともかく、普通にこの作品を鑑賞したい人には、やはり不満は残ると思う。作品主義を尊重するなら、変えるべきだろう。個人的には渡辺正嫌いじゃないので、もっといろんな作品で観たいとは思うが、彼が立つべきはこの舞台ではないはずだ。

しかし、なんだかんだ言って公演自体はなかなか満足のいくものだった。村はやはりカッコいい。その歌声には男の色気というか、艶がある。それが数々のナンバーでいかんなく発揮され、改めてファンになった。スターライトエクスプレスもぜひ上演してほしいものだ。

松島勇気が参加したことで、細かい場面にシャープさとちょっとした笑いが添えられたことも大きい。加藤・松島のコンビはセリフや歌でなく「動き」で観客を魅了できるのが実にいい。高倉恵美もいつも通りキレイだ。

まあ、渡辺正そんなに嫌いじゃないよ、という人以外にはあまり強く勧められないが、鈴木ほのかが出ているうちに、ぜひ多くの人に見ていただきたいところではある。

「ソング&ダンス」WEBサイト

http://www.shiki.gr.jp/applause/songdance55/index.html

| | コメント (14) | トラックバック (0)

SKE48 チームKⅡ 1stStage「会いたかった」初日

SKE48が名古屋に誕生して以来半年あまり、早くも新チームが誕生。これに伴いすでに活動しているメンバーを「チームS」、新チームを「チームKⅡ」と呼称することになった。ⅡがついているのはもちろんAKBのチームKとかぶるからである。

昨年のチームSの初日は、当日現場での抽選入場というリスキーなものだったが、幸運にも参加することができた。そして今回は事前のメール抽選で当選。なんともありがたい。

SKEについては、昨年10月の「Partyが始まるよ」初日公演と、その東京公演についてエントリーしているが、Party公演はその後もういちどサンシャイン栄で見ている。ノースリーブスが飛び入り参加したときだ。だが2ndStage「手をつなぎながら」は栄で見たことがなく(初日に応募したが、さすがに落選)、先週の東京公演で初めて観た。SKEの充実ぶりを目の当たりにできたすばらしい内容だったが、エントリーを上げそびれた。

「手をつなぎながら」は、セットリストが明るく元気な曲が中心であり、当初は無理してキャラを作っている感じがあったメンバーも、いい意味で地の色が出てきていて、観ていて本当に楽しかった。ダンスやボーカルのスキルの高いメンバーもその力を発揮してきている。

そんなわけでSKEへの期待が大いに高まる中での新チーム披露だ。わくわくしながら名古屋へやってきた。

初日に2度も当選するという恵まれすぎた状況にいるためか、入場順の抽選はいつも後ろのほうで、実はSKE公演は一度も座ってみたことがない。SUNSHINE STUDIOは立ち見だと非常にみづらい。初日のときなど、プレスのカメラが入っているため、会場にいながら事実上モニターで観戦していた。入れただけで幸運だったので不満はなかったが。

しかし、今回は驚きの7巡目入場。この段階ですでに座席は7割近く埋まっていたが、トイレ近くの通路際席という自分好みのポジションをゲットできた。

KⅡデビュー公演のセットリストは「会いたかった」。チームAの2ndStageとして作られ、チームBの2ndStageにも使われた。いきなりユニットから入るという異例の構成だが、「桜の花びらたち」「スカート、ひらり」「会いたかった」「Dear My Teacher」など初期の名曲が並び、さらに「嘆きのフィギュア」「ガラスの I Love You」など個人的に好きな曲も多く、大いに気に入っているセットリストだ。考えてみれば、自分が最初にAKBを観たのもBの「会いたかった」公演だった。

15時、ほぼオンタイムで公演スタート。開演前の影アナは古川愛李。オーバーチュアに続き、1曲目「嘆きのフィギュア」がスタート。前奏前に板付きのメンバー4人に順々にスポットライトが当たっていくが、通常はそこでそのメンバーへの声援が飛ぶ。しかし、今回はまだメンバーの顔と名前が一致しない。「おお」とか「だれー」とか、微妙な声が乱れ飛んでいた。AKB劇場では、この曲は照明をかなり落とし、ミステリアスな空気で演出されているが、今回は全体的に明るめ。また、AKB劇場名物のステージを分割して上下する仕組みもないため、若干迫力に欠けた。歌やダンスの実力は、まあこんなものだろうという感じだった。

続く「涙の湘南」。さほど好きな曲というわけではなかったが、印象が変わった。これは良かった。B2ndどころか、A1stも超えてしまったかもしれない。その原動力となったのは2人のメンバー。佐藤実絵子と古川愛李である。

佐藤実絵子はチームSに「最年長メンバー」として加入したが(現在22歳)、2ndStageでまさかの研究生落ち。年齢的に考えるとそのまま卒業してもおかしくなかったが、KⅡメンバーとして復活。見上げた根性の持ち主だ。歌のうまさはS時代から定評があり、その実力をこの曲は十分に引き出していた。そして古川。柏木由紀(チームB)や佐藤すみれ(研究生)と同様、モーニング娘。オーディション落選者である。その後、エイベックスのオーディションやアニソングランプリにも出ており、アイドルになりたい欲求は極めて高いようだ。そのおかげで、佐藤すみれ同様すでにアイドルのオーラが完成されており、ひときわ強い存在感を放っていた。しかも、歌が相当うまい。この佐藤実絵子、古川のボーカルによって、異様に力の入った「涙の湘南」となった。

その興奮冷めやらぬうちに「会いたかった」突入。いい流れができた。本来、この衣装は青いワンピースのはずだが、制服チックなものにかわっていた。どこかで見たような衣装だが、思い出せない。会場の雰囲気が最高潮に達したところで再びユニットへ。注目の「渚のCHERRY」黄色パート(前田敦子や渡辺麻友など、チームのエースポジション)は向田茉夏。なんとなく「うしろ髪ひかれ隊」の斉藤満喜子を思い出させる風貌だ。そういえばKⅡには「斉藤真木子」というメンバーもいて、彼女は℃-uteの萩原舞に似ている。わけわからん。

後半の全体曲、そしてもりだくさんなアンコールまで、一気に突っ走った90分。もともと勢いのあるセットリストだが、非常に充実したいい公演だった。

まだほとんどのメンバーの顔と名前が一致しないが、みな自己紹介MCもそつなくこなしており、チームSのときのような初々しさより、ある程度出来上がっている印象を受けた。たった2カ月でここまで成長できるものなのか。すでにAKBメソッドはマニュアル化されたと考えていい。

チームKⅡで面白いのが年齢構成だ。初日時点での年齢構成はこうなる。

12歳
13歳 ●●●●
14歳 ●●
15歳 ●●
16歳  
17歳 ●●
18歳  
19歳
20歳  
21歳  
22歳 ●●●
23歳

アイドル年齢のスイートスポットである、16歳~18歳を見事に外している。若いメンバーが多いのはおそらく、1~2年後にピークを持ってこようという長期視点だろう。それは分かる。注目は22歳以上が4人もいることだ。チーム発足時にこれだけエルダーなメンバーがいたのはAKBの歴史から考えても異例のことではないか。

若いメンバーとのバランスをとる、という意味もあるのかもしれないが、年齢的に2つのグループを作って、チーム内に2つのカラーを作りだす作戦かもしれない。これはちょっと面白い展開になりそうだ。

最年長の前田栄子は、佐藤実絵子よりも年上だ。佐藤はSで「お姉さん」キャラだったが、その年齢を逆手に取るような器用さはなく、若干の痛々しさが感じられたむきもある。しかし、このチームでは最年長でなくなり、お姉さんという縛りを逃れて自分のよさをストレートに出す境遇を得た。そして、最年長になった前田は、自分の年齢をネタにして笑いを取れるキャラクターである。この公演でもさっそく年齢ギャグを展開していた。「リオの革命」で踊り狂う様はそこだけさながらジュリアナ東京のようだ。

チームKⅡ、かなり目の離せない存在である。チームSの「手をつなぎながら」もまた観たいし、今年は名古屋に泊まりで来て2日連続サンシャイン栄、というケースが増えそうだ。抽選当たればですけどね。それも含めて楽しみが増えた。

SKE48の公式WEBサイト

http://www.ske48.co.jp/

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年6月 6日 (土)

AKB48 シアターGロッソ公演「夢を死なせるわけにいかない」

AKB48の「第二劇場」として、東京ドームシティ内シアターGロッソでの公演が4日からスタートした。初日は平日なので、週末を待って参戦だ。

この2週間ほどいつもより余計に体調悪く、特に金曜朝は地下鉄の通路で前後不覚になり倒れこんでしまった。これは死ぬかもしれないと思い、携帯からブログに気のきいたことでも投稿して死のうと思ったが、いまいちいい文句が浮かばず、必死で考えているうちに回復した。あの集中力がなければ意識を失っていたかもしれないので、このブログも役にたったといえる。だが、最後の文句はあらかじめ考えておいたほうがよさそうだ。

さて、そんな状態から奇跡的に復活し、土曜夜の東京ドームシティへ。

前回「シンケンジャーショー」を観に来ているので、迷わずGロッソにたどりつく。座席は事前に決まっているので、開演10分ほど前に入場した。

この公演のセットリストは「夢を死なせるわけにいかない」。チームAとチームKの混成チーム、ひまわり組のセカンド公演のものだ。今回は特にひまわり組を名乗ってはおらず、チームA、チームK、チームB、チーム研究生から横断的にメンバーが参加する。

この日の参加メンバーは以下の通り。

チームA 板野友美、小嶋陽菜、篠田麻里子、高橋みなみ、藤江れいな
チームK 秋元才加、大島優子、小野恵令奈、河西智美、倉持明日香、
佐藤夏希、近野莉菜、野呂佳代、増田有華、松原夏海
チームB なし
チーム研究生 石田晴香

チームBからの参加がなく、AやKの新メンバーもひまわり組経験者ばかり。逆に言うとひまわり未見は石田晴香のみという状況で、ひまわり本公演時代にタイムスリップしたようだ。

しかしルックスは微妙に変わっていて、いや、変わっていないのはタカミナぐらいで、多くのメンバーの雰囲気がだいぶ変わっている。注目はやはり麻里子様。ひまわりセカンド時代は髪を伸ばしていたので、A加入当時のショートに戻した麻里子様が露出度高めのひまわり衣装を着る、というのは想像しただけで鼻血が出そうだ。そしてステージに現れた麻里子様は妄想どおり抜きん出て美しく、ショートに戻したことでますます顔がちっちゃく見え、8.5頭身のスレンダーボディーが炸裂していた。曲の中でやはり8頭身のスーパーガール藤江れいにゃんと並ぶと、もうそこだけ美少女マンガから飛び出してきたような異次元世界になっていた。

あと、変わったことといえば、「となりのバナナ」で読んでいた英字新聞が、ひまわり時代は「Daily Yomiuri」だったと思うが「Japan Times」に変わっていた。また、えれぴょんのアンコール衣装の色が変わっていた。ほかの人はみなひまわりの時と同じ色を着ていたので、なんらかの事情があったのだろうか。

シンケンジャーショーを観たとき、この舞台をどう使うのか疑問だったが、舞台の枠組み(飛び降りるための高い位置にステージがあったり、とか)はそのままで、ショーのセットだけを取り除いたような格好だ。シンケンジャーショーもさほど凝った舞台装置があるわけではないので、昼はシンケンジャー、夜はAKBという二毛作のような利用が可能になったわけだ。とはいえ、照明の設置などそれなりに手間もかかるだろうに、スタッフはさぞ大変だろうと思う。

シンケンジャーショーでは、メインのステージと、飛び降りるための高いステージの2レベルで展開するが、さすがにAKBは高いステージは使わず、メインステージと、あと客席のレベルに降りてきてパフォーマンスをするという2レベルを活用する。このため、客席は前3列が使われない形になっている。

このため、秋葉原の劇場にはない縦の動きが加わり、ステージングには多少広がりが出たものの、基本的には同じである。客席数にして3倍のキャパシティーがある劇場を盛り上げるためには、やや迫力不足かもしれない。宙吊りまではしないにしても、客席通路を走り回るぐらいぐらいの演出は欲しい。

まあ入場料も劇場と同じ3000円だし、多くを期待してはいけないのは分かるが、どうも物足りない感じは残ってしまうのは、やはりステージとの距離を意識してしまうからだ。実際、メインステージにメンバーがいる状態だと、最前列でも秋葉原の劇場の一番後ろの列ぐらいの距離がありそうである。

AKB公演の圧倒的な満足感は、やはりあの小さな空間が大きく影響していたのだということを痛烈に感じた。ぎゅうぎゅうに詰め込んで定員250人、しかも大きな柱が2本もある狭い空間。地下劇場、というよりストリップ小屋のような、それも元グラビアアイドルが出演して話題になっている浅草ロック座のような立派な箱ではなく、渋谷道頓堀劇場やシアター上野のような文字通り地下の小屋を思い出させる怪しげな空間。そこで16人ものアイドルが毎日公演をしている、という非常識な面白さ。それがAKB公演の魅力である。

エンターテインメントとしてのAKBと、アイドルとしてのAKBは、テレビで知名度が格段にアップしてきてから、少しずつアンバンドル化が進んでいる、と見える。このGロッソ公演は、完全にアイドルとしてのAKBの文脈だ。テレビで見たアイドルをライブで見せるための箱として用意されたものである。それはそれでいい。しかし、自分はエンターテインメントとしてのAKB、つまり高密度な空間で、アイドルが毎日ライブを行うというその面白さも、一方で追求していって欲しいと願わずにはいられない。

そういいつつ、アイドルとしてのAKBも大好きなわけで、今後もGロッソに通うのは間違いない。

最後にもうひとつ、やはり峯岸みなみがいないのはさびしかった。ダンスの難易度が高いひまわり組公演では、みいちゃんの存在感は圧倒的だ。ファンクラブ先行発売でチケットを買うと出演者が分からないので、次回は一般発売でキャストを確認してから買うようにしたい。

エスカレーター上のプロジェクター映像もAKBバージョンに。

AKB48公式サイト
http://www.akb48.co.jp/

Gロッソ公演スケジュール、チケット購入方法
http://www.akb48.co.jp/grosso/

| | コメント (0) | トラックバック (1)

« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »