« 2009年4月 | トップページ | 2009年6月 »

2009年5月16日 (土)

四季「春のめざめ」じょじょに微妙なキャス変

ベンドラ 林 香純
マルタ 勝間千明
テーア 岸本美香
アンナ 松田佑子
イルゼ 金平真弥
メルヒオール 柿澤勇人
モリッツ 厂原時也
ハンシェン 一和洋輔
エルンスト 竹内一樹
ゲオルグ 白瀬英典
オットー 加藤 迪
大人の女性 中野今日子
大人の男性 志村 要
女性アンサンブル 玉石まどか、有村弥希子
男性アンサンブル 玉井晴章、南 晶人

いいペースで3回目。そして待望の新キャスト、それもブロードウェーで観たときから期待していた厂原時也の投入である。

三雲モリッツも悪くはない、というかかなりいい。歌にはパンチがあるし、モリッツのダメさ加減が実にいい具合に出ている。あんなにダメなんだから、周囲の人ももうちょっとケアしとけよ、というレベルである。あのヌボッとした雰囲気は、モリッツのスタンダードなのだろうと思う。あっちで観たときのモリッツも、やはりそんな空気を醸し出していた。

しかし、厂原モリッツは少し毛色が違う。

ダメであることは確かだが、もうちょっとこう、なんというか、ギラギラした、刃物のような危うさがある。ある意味、非常にロックである。その演技を見ていて、ふとアリスの「狂った果実」を思い出した。年がばれちゃうけど。

表情や演技、歌い方が実に細やかで、自分なりのモリッツを200%表現しようという姿勢が前面に出ている。その意気やよし。作品によっては、あまり自分を出そうとすると壊れてしまう舞台もあるが、この「春のめざめ」は役者がガンガン前に出てもビクともしない。むしろそうしたエネルギーを吸い取ってより磨きがかかる作品だ。そもそもロックってそういうものじゃないのか。「春のめざめ」には「役者ではなく作品を見ろ」の論法は通用しない。役者を見ることと作品を見ることは、この際同義だ。

その存在感が冴え渡ったのは、2幕でイルゼと2人、観客の方を向いて語り、歌うBlue Windのシーンだ。もともとここは見せ所だが、今日は一段と深い感動を覚えた。2人とも生と死の境界線、光と闇の狭間に立ったことで互いの存在を強く認識し、一瞬引かれあう。そしてイルゼの「むき出しの生」に触れたモリッツは、次第に表情を和らげ、死の覚悟が揺らいでいく。しかし、結局モリッツは後ろ向きの生より前向きの死を選ぶ(実はその前後感覚は若さ特有の錯覚だ)。その葛藤が表情の変化で手に取るように分かる。涙をためたその瞳には、ハンシェンならずともドキドキしちゃうぜ。厂原モリッツ、一見の価値がある。

そしてもうひとり、岸本テーアにも注目だ。あのメガネがますます顔をまるっちく見せて、ちょっとおばちゃん顔になっているファニーなテーアである。話し方もどことなくおばちゃんっぽい。いるいる、こういう女学生。斉藤由貴主演の「恋する女たち」に出てきた小林聡美みたいな感じだ。逆説的だけど、そのおばちゃんっぽさが子供っぽさを増幅させている。さすが岸本、子供を演じることにかけては一日の長がある。

新キャスト投入で、ますます目が話せない「春のめざめ」。次はいよいよ新ベンドラか?

この日、客席やロビーで普通に谷口あかりや浦壁多恵、伊藤綾祐がいた。もちろん歌いだしたりはしないが。間近で見て、谷口ベンドラを早く見てみたい気持ちで一杯になった。

「春のめざめ」WEBサイト
http://www.shiki.gr.jp/applause/springawakening/index.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月 9日 (土)

四季「ウィキッド」ワンダフル!新エルフィー

グリンダ 沼尾みゆき
エルファバ 江畑晶慧
ネッサローズ 小粥真由美
マダム・モリブル 八重沢真美
フィエロ 北澤裕輔
ボック 金田 暢彦
ディラモンド教授 前田貞一郎
オズの魔法使い 飯野おさみ
男性アンサンブル 須永友裕、町田兼一、熊 剣、
松尾 篤、田井 啓、坂本 剛、
賀山祐介、清原卓海、内海雅智
女性アンサンブル 長島 祥、間尾 茜、真家瑠美子、
孫田智恵、今井美範、有美ミシェール、
花田菜美子、柴田桃子、遠藤珠生

第三のエルファバ、今井美範がなかなか定着しないなあ、と思っているうちに第四のエルファバがゴールデンウィーク突入と同時に登場した。江畑晶慧である。

彼女は韓国出身とのことだが、以前「ライオンキング」のナラ役で観たとき、日本語のセリフにぜんぜん問題のない人だなあ、と思った記憶がある。歌も安定していて力があった。その後ソフィー役としてデビューしたが未見。まさかエルファバ役とはノーマークだった。

いったいどんなエルファバになったのだろう、と楽しみに海劇場へ。

沼尾みゆきの板についたグリンダ様の歌唱を堪能したのち、舞台に飛び出してきた江畑エルフィー。第一印象は、メガネがよく似合っていて、シズ大学の制服に違和感のない、フレッシュな感じのエルファバ。小粥ネッサと並ぶと、ネッサのほうが姉に見える。妹属性のエルファバなんて初めてみたぞ!

ライオンキングで感じたのと同様、セリフには全く問題がない。問題がないどころか、日本人ではないと思う人はほとんどいないのではないか、というレベルだ。その点について不安な人は、安心していいと思う。

一幕では、そのフレッシュな雰囲気を生かし、ちょっと上目づかいの娘っぽい表情が印象的だ。しかし、二幕では下目づかいで周囲を威圧したり、フィエロに対してはまっすぐに視線を送ったり、と表情を変えている。少女から大人へ、エルファバを演じ分けている。これはなかなかいい。

地声が低めでややハスキーということもあり、歌は低音が実に力強い。高い声の沼尾グリンダとも対照的だ。しかし高音もきれいに伸びる。

そりゃ濱田めぐみ、樋口麻美のエルファバに比べたら、歌のパンチ力も、演技の情感もまだまだ足りないのは確かだ。しかし、この2人のエルファバは、レベルが高すぎるのだと言っていい。もともと難役だったエルファバを、さらにハードルの高いものにしているのだ。自分がブロードウェーで観た2人のエルファバと比べたら、江畑エルフィーは全く遜色ない。まあイディーナ・メンゼルを観ていないからそんなことが言えるのだ、と言われるかもしれないが――。

ただ濱田エルフィーにも樋口エルフィーにもない、一幕のはつらつとした雰囲気は彼女の持ち味だと思う。二幕で、あえて“ウィキッド”の汚名を着たときとの落差がもっとも大きい。だがグリンダと対面したときに、ふっと少女時代の表情を覗かせる。まだ全体的には荒けずりな演技の中でも、そうした細やかさが垣間見えるのは重要なポイントだと思う。

さて、第4のエルファバが誕生したことで、いよいよ新グリンダの登場に注目が集まる。木村花代が「美女と野獣」を抜けたら、いよいよグリンダフラグが立つか?それとも、別の“花”が先に来てしまうのか?9月千秋楽へ向け、自分のモチベーションを大きく左右すると思われる新キャスト動向、しばらく目が離せそうにない。

幕間に「グリンダのソーダ」を飲んでみた。味はまあまあ。店員のお姉さんの「お次グリンダでーす」がツボにはまった

「ウィキッド」WEBサイト

http://www.shiki.gr.jp/applause/wicked/index.html

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ミュージカル「ザナドゥ」来日公演開幕

2007年にブロードウェーで開幕し、これはちょっと観たいなと思っていたが2008年末にニューヨークを訪れたときにはもう終了してしまっていた「ザナドゥ」。その来日公演が早くも実現した。ミュージカルの来日公演は「CHICAGO」がけん引役になって固定した市場を形成しつつあり、招聘の動きも活発だ。今年はヘアスプレー(再)、コーラスライン、ウェストサイド物語と、立て続けに大型来日公演が予定されている。

「四季や東宝の翻訳は観たくないが、来日版なら観たい」という人も多いようだ。個人的には、来日公演は4軍、5軍メンバーの寄せ集めで、モチベーションも低いというイメージがあり、あまり期待していない。しかし、近年は日本市場が次第に重視されるようになってきたのか、昔よりはクオリティーも上がってきている感じがする。また、数年前の「ウィー・ウィル・ロック・ユー」のように、ツアーではなく、オーストラリアのカンパニーがまるごとやってくる、というケースも出てきた。一昨年の「ヘアスプレー」もなかなかの完成度だった。そろそろツアーへの偏見は捨てなくてはいけないのかもしれない。

さて、今回の「ザナドゥ」はどうか。

この作品は、1980年に公開された、オリビア・ニュートン=ジョン主演の映画をベースにしている。そういう意味ではこの数年顕著な、ブロードウェーとハリウッドとのもたれあいの産物である。だが、今回はちょっと毛色が違う。実は80年に公開された映画「ザナドゥ」は、サウンドトラックが世界的にヒットしたものの、映画そのものへの評価は最低最悪で、栄えある第一回ゴールデン・ラズベリー賞の監督部門を受賞している。

そういう糞映画を原作にしているとことがミソだ。舞台の中では、映画の評価が低いことをさんざんネタにするとともに、そこに描かれる80年代の風俗を徹底的に笑いものにする。映画は正統派のロマンチック・ファンタジーなのに、舞台はどちらかというとおバカ作品なのだ。つまり、映画を原作としていると同時に、そのパロディーにもなっているという構造である。ネタ不足が深刻化しているブロードウェーミュージカルではあるが、そのアプローチ手法の柔軟さは健在だ。

そんな、ある意味ゆるい笑いに包まれた作品なので、肩に力を入れず気軽に楽しむことができる。もともとこういうバカ作品は好きなので、わくわくしながら観ていた。上演時間も一幕90分限りと、腰が痛くなる前に終わってしまう手軽さである。

夢を抱く青年の描いた絵から飛び出てきた女神がその青年と恋に落ち、夢をかなえていくという単純極まりないストーリーは、たとえ字幕がなくても理解できる。

ただ悲しかったのは、この作品に満ち溢れたパロディー精神が、英語に苦手な自分にはいまいち理解できなかった点だ。字幕ではフォローしきれない洒落や内輪ネタが相当なボリュームで残されていたように思う。

そのもどかしさを感じながら観ていると、あっという間に終わってしまって「えっもう終わり?」となってしまう。この来日公演の正しい見方としては(特に英語のニガ手な人用)、この作品の真髄であるパロディー部分は字幕で分かる範囲で素直に楽しみ、キラキラした80年代の輝きを多少のほろ苦さとともに味わう、というものでいいのだろう。

そういうライトな楽しみ方に、12000円の価値があるかどうか、というのはまた別の問題だが・・・

ミュージカル「ザナドゥ」WEBサイト(音が出ます)
http://www.xanadu2009.com/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月 5日 (火)

ミュージカル「シラノ」世界初演の初日

シラノ・ド・ベルジュラック 鹿賀丈史
ロクサーヌ 朝海ひかる
クリスチャン・ド・ヌーヴィレット 浦井健治
ル・ブレ 戸井勝海
ラグノー 光枝明彦
ド・ギッシュ伯爵 鈴木綜馬
観客/カルボン 佐山陽規
観客/修道士/青年隊 林アキラ
リニエール 大須賀ひでき
でしゃばり男/青年隊 中西勝之
モンフルーリー/士官/青年隊 金澤博
ロクサーヌの付き添い/修道女 岡田静

長年にわたり、さまざまな演出やストーリーで上演されてきた演劇界のスーパーヒーロー、シラノ・ド・ベルジュラック。映像化も何度もなされ、藤子不二雄の自伝マンガ「まんが道」では、映画「シラノ・ド・ベルジュラック」を観た満賀道雄(=安孫子 素雄)が西部劇版シラノを描いたりもした(あれは面白くなかった)。

そのシラノの新作ミュージカルが作られ、日本で初演を迎えるという。作はジキル&ハイドのレスリー・ブリッカスとフランク・ワイルドホーンのコンビ。日本の興行主が出資して新作を書かせた、というのが真相なのかもしれないが、いずれにせよ日本演劇界もたいしたものである。主演は「ジキル&ハイド」の縁で鹿賀丈史が務める。

企画も面白そうだし、助演も光枝明彦に鈴木綜馬(=芥川英司)と四季退団者が顔をそろえている。広い意味では鹿賀もそうだ。レ・ミゼラブルでおなじみの戸井勝海、林アキラ、大須賀ひできの名前もある。初演でジャベールを演じた佐山陽規もいる。これは観ておかんと、と初日に足を運んだ。

序盤はシラノの皮肉屋としての一面が強調される展開。派手な喧嘩のシーンから始まるものの、役者が何を言っているのかよくわからない。なんだかガチャガチャした芝居だなあ、と思いつつ観ていたが、シラノが自らの思いを隠し、ロクサーヌとクリスチャンの仲を取り持とうとするあたりからがぜん面白くなってくる。そして二幕は緊迫感のある戦場のシーンと、それと対称的に静かで優しさに満ちた修道院のシーンとで構成され、最後まで飽きさせず観客を魅了するいい作品に仕上がっていた。

パンフレットの中のインタビューにも語られているが、この作品は冒険活劇というよりも、シラノという男の心栄えを丁寧に描こうとしているのが特徴だ。しかし、喧嘩や戦場など、見せ場もふんだんに用意されており、笑いあり涙ありの活劇的要素も十分である。

鹿賀丈史の演技はさすが。シラノのせつなすぎる内面を、皮肉なセリフにたっぷりと乗せた情感と、全身の細やかな動きによって満員の観衆に伝えていた。惜しむらくは歌の場面で歌詞が聞き取りづらいことだが、演技でそれを十分にカバーしている。

もっとも四季の舞台に慣れてしまうと、歌詞が往々にして聞き取りづらく感じるものだ。最初、雑な印象を持ったのもそれが理由のひとつだった。しかし、この日は光枝・鈴木コンビはもちろん、戸井勝海や浦井健治も実にはきはきとした発声で非常に聞き取りやすかったため、全体としてはそういう印象を持たずに済んだ。

光枝は変幻自在の役どころで、笑わせるシーンが多い。ちょっとだけデビルな動きもまじえ、舞台の空気を大いに和ませていた。力のある美声も健在だ。鈴木も光枝とは違った、どちらかというと天然っぽい笑いのセンスを持っているが、それをいかんなく発揮。しかし決めるところはビシッとカッコよく決めてくれて、ファンにとっては嬉しい限りだ。

久しぶりに見た戸井勝海がこれまたいい男で、演技にも歌にもメリハリがあって強い存在感を発揮していた。そして恐らく初めて見た浦井健治が実に良かった。演技も発声も歌も申し分なく、スター性も十分だ。これからのミュージカル界を引っ張る逸材と感じた。ヒロイン・朝海ひかるは演技はやや単調だったものの、その美しさと歌声のきれいさでカバーしていた。

総じて、強烈な何かがあるわけではないが、重くない形で心に訴えかけるものを持ったいい舞台だと思う。うまく育てていけば、東宝の新しいレパートリーとして、長く愛される作品になるのではないか。鹿賀だけでなく、戸井や鈴木のシラノも見てみたいと思った。

初日ということで、終了後、演出家の山田和也や作曲のフランク・ワイルドホーンらによるあいさつもあった。海外でヒットして輸入されたものではなく、正真正銘世界で始めて上演された初日である。作品が誕生した瞬間に立ち会えるというのは、観客冥利につきるだというものだ。

Nissei0505

「シラノ」WEBサイト
http://www.tohostage.com/cyrano/index.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四季「春のめざめ」アンサンブルにも注目

※まだまだばれます。読む前に観ましょう。

ベンドラ 林 香純
マルタ 撫佐仁美
テーア 有村弥希子
アンナ 松田佑子
イルゼ 金平真弥
メルヒオール 柿澤勇人
モリッツ 三雲 肇
ハンシェン 一和洋輔
エルンスト 竹内一樹
ゲオルグ 白瀬英典
オットー 加藤 迪
大人の女性 中野今日子
大人の男性 志村 要
女性アンサンブル 岸本美香、浦壁多恵
男性アンサンブル

伊藤綾祐、玉井晴章

はやばやと2回目の「春のめざめ」。「ウィキッド」並みのペースだ。

劇場に向かおうと浜松町駅の改札を抜けたら、キレイな女性2人がいたのでつい目を奪われた。そして驚いた。AKB48チームAの佐藤亜美菜と高城亜樹だった。あみなはメガネをかけていたが一発でそれと分かる。あきちゃはメガネすらなく、そのまんま。無防備すぎだろ。おそらく、文化放送に向かう途中だったものと思われる。

幸せな気持ちで自由劇場へ。メインキャストは変わらず。アンサンブルが変わった。キャスト表をチェックせずに見ていたので、最初は変わったことに気づかなかったが、よく見るとボックが前回上手のステージシートに座っていたのが、下手側に移動している。それで変更があったことを知った。今回は2階席で見ていたので、舞台全体の動きがよく見えたのだ。

この作品のアンサンブルは、ステージシートの中に観客のフリをして座っており、突然舞台に参加するという立ち位置になっている。ステージシートの存在は、舞台と客席という壁を崩し、そこに一体感をもたらす効果があるが、この作品ではさらにそれを一歩進めているのだ。

もっとも、そうした手法は演劇の歴史をぐーんと遡れば、昔からあったものだということが分かる。ギリシャ悲劇における「コロス」は、舞台の上で芝居を眺めながら、必要に応じてその舞台に参加していた。日本でも、能舞台おける地謡が同じような役目を果たしている。

マイクパフォーマンスといい、この作品は「古さ」をうまく使って「新しさ」に結びつけて成功したといえるだろう。

話がそれたが、女性アンサンブルはメンバーが変わったことがすぐ分かった。岸本美香がいたからである。俳優としては短所であろう身長の低さを逆に利用し、「美女と野獣」のチップや「ユタと不思議な仲間たち」のモンゼなどを演じてきた個性派だ。彼女のパフォーマンスは素晴らしかった。「Totally Fucked」では、壁面によじのぼり、パンツが見えそうな勢いで(見えなかったけどね)小さな体を大きく動かしていた。彼女もテーア役に名前を連ねているが、ぜひメインキャストで見てみたい。テーアと言わず、ベンドラだって行けるんじゃないか?というのは主観的っつうか趣味に走ってますかね。

メインキャストでは、男優陣はうまく固さが取れてきた。それが、もっとのびやかな演技につながっていってほしい。この作品は、完成度の高い世界観を持っているが、俳優たちの自由な演技を許容する懐の深さも兼ね備えているように思う。もっともっと弾けてもいいはずだ。それが突き抜けたカッコ良さを生み出してくれるに違いない。

女優陣は、予想どおり全く同じ演技。それぞれの役者のパフォーマンスは、もう完成してしまっている。恐らくこれ以上は変わらない。だから、早めにメンバーチェンジして刺激を与えていかないと、ダイナミックさが売りのこの作品にスタティックさを与えてしまう。新キャスト投入、期待してまずぜ。

それにしても、自由劇場はこの作品にピッタリの空間だ。客席と舞台との一体感をこれほど感じられる劇場もほかにあるまい。つくづく、四季が上演してくれて良かったと思う。そうでなければ、ツアー版がやってきて、Bunkamuraとか厚生年金会館とかActシアターとか、どでかい箱で上演していただろうから。恐らくそれではこの作品の魅力は伝わらない。このぜいたくな演劇空間は、体験してみるだけの価値がある。

そもそも自由劇場は、実験的なワークショップの場になってほしいとかねがね思っていた。それが近年は懐古趣味的な作品や、ファミリーミュージカルの劇場になってしまっていた。それらが悪いというつもりはさらさらないが、それだけではもったいない。春のめざめ終了後も、野心的な取り組みの基地として活躍してほしいものだ。

さて、約束どおり2階席で見てきたので、アレに関するレポート。ちゃんと露出してました。でも一瞬。出してすぐひっこめる、みたいな。ジャネット・ジャクソンのポロリレベルだ。ブロードウェーではかなり長時間露出してたので、差は大きい。これなら無理して出すことなかったんじゃ、とも思うが、オリジナル演出と、日本的倫理観の落としどころがここ、ということなのだろう。がんばった成果なのなら、それにいちゃもんをつけるものではない。むしろ、あの場面はいろんな意味で「ドキッ」とさせることが重要なのに、正直なところ今のベンドラでは「ドキッ」としないことのほうが問題である

昭和初期に上演されたときのポスター。日本演劇って開明的だったんだな。

「春のめざめ」ウェブサイト
http://www.shiki.gr.jp/applause/springawakening/index.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月 3日 (日)

「池沢早人師・サーキットの狼ミュージアム」オープン

茨城にまたひとつ、素晴らしい観光名所が誕生した。

その名も「池沢早人師 サーキットの狼ミュージアム」。もうこの名前だけで説明は不要だろう。あの70年代のスーパーカーブームを彩った名車たちがずらりと並んだ私設博物館だ。クルマ好きにはもちろん、マンガ「サーキットの狼」に心躍らせていた世代、そしてマンガは読まずとも「スーパーカークイズ」に熱い視線を注いでいた人たちにとって、これほど心引かれる名前の私設もないだろう。

場所はカシマスタジアムで全国的に知られる鹿嶋市にほど近い、神栖市。池沢早人師(池沢さとし、という旧ペンネームのほうが馴染みがあるかもしれないが)は千葉県野田市の出身だが、この施設のオーナー、スーパーカーのコレクターとして知られる八幡正毅氏の創業の地がこの神栖市とのことだ。そしてお隣りの潮来市には、マンガの中に「潮来のオックス」として登場する、池沢氏の旧友・関根英輔氏も在住している。

茨城県出身者として、そしてサーキットの狼ファンとして、スーパーカーブームに踊らされまくった身として、これは行かなくてはならんだろう。そう思い、オープン初日に駆けつけた。

俺の自宅は千葉の柏市で、ここから神栖までは利根川沿いをまっすぐ行って1時間半ぐらいの距離。しかしゴールデンウイークということもあって渋滞しており、2時間ほどかけて市内に入る。

当然ナビにはまだ登録されていないので、地図を頼りに車を走らせていると、心躍る看板が目に入った。

Muse01

駐車場は広く、初日ということもあって多数の来館者が詰めかけていたが、すぐに車を入れることができた。ここから写真とくどいテキストが並ぶのでたたんでおきます。付いてこられる人だけ付いてきてください。

続きを読む "「池沢早人師・サーキットの狼ミュージアム」オープン"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月 2日 (土)

四季「春のめざめ」初日 デブ男の歌がうますぎる

※かなりばれます。

ベンドラ 林 香純
マルタ 撫佐仁美
テーア 有村弥希子
アンナ 松田佑子
イルゼ 金平真弥
メルヒオール 柿澤勇人
モリッツ 三雲 肇
ハンシェン 一和洋輔
エルンスト 竹内一樹
ゲオルグ 白瀬英典
オットー 加藤 迪
大人の女性 中野今日子
大人の男性 志村 要
女性アンサンブル 玉石まどか、勝間千明
男性アンサンブル 伊藤綾祐、南 晶人

何かと物議を醸したい感ありありながら、いまいち醸し出せずにいるままで初日を迎えた「春のめざめ」。教育再生会議のメンバーとか、政治家に頼んで「上演中止要請」でも出させて論争にするとか、そういう猿芝居でもあればちょっと面白いのにな、と思っていたが、さすがにそんなことはできなかったか。

とにもかくにも、昨年末にあっちで観たとき、しまったもっと前から観とくんだったと歯ぎしりした快作が日本上陸だ。トニー賞独占とはいえ、およそファミリー層からは縁遠い「若者たちの性の目覚め」を描くロック・ミュージカルとあってさすがの四季もメガヒットにはならないと判断したか、自由劇場での公演というずいぶん控えめな選択をした。

この作品の魅力はスタイリッシュさ。その一言につきる。洗練された音楽と、意表を突いたパフォーマンスとがあいまって作り出す圧倒的なカッコ良さ。それが「春のめざめ」のすべてと言っていい。

自分のように音楽に詳しい人でなくても、この作品の音楽が魅力にあふれたものであることは分かる。ミュージカルの音楽の場合、ノリのいい曲、耳に残る旋律でなくても「イイ!」と素直に言えるケースは少ないからだ。いつのまにか繰り返し聞きたくなってしまう、蠱惑的なその響きは、何とも形容しがたい思春期の心情を見事に観客の中に再現してくれる。

そしてあちこちで伝えられているように、自分もエントリーでレポートしたが、極めて特徴的なマイクパフォーマンス。あえてハンドマイクやスタンドマイクなど、形としてのマイクを登場させ、その持ち方、取り出し方、渡し方で登場人物の心理状態を表現するという、誰でもやりそうなのに、誰も考え付かなかったという斬新な演出手法だ。

性の問題、自殺、同性愛、世代間対立といった重苦しい問題を描きながらも、音楽とパフォーマンスのパワーによってその重力部分を吹き飛ばしてしまい、後には何も残らない。あえて言えば、爽やかな観後感(そんな言葉あるんかいな)だけが観客の心に残るのだ。

だから、この作品はある意味、「感動させて」しまったら失敗なのだと思う。日本の観客の中には「泣ける」ことを期待して劇場に向かう人も多い。しかし、泣いてしまったら、この作品の真価を味わうことはできないのだ。

四季の実力なら、音楽やパフォーマンスをオリジナルどおりに再現することは十分にできるだろう。不安なのは、それが重さを吹き飛ばすほどの風力をもったカッコ良さに昇華できるかどうか、である。

期待半分、不安半分で自由劇場に到着。ロビーに入って、さっそくひとつ安心した。案内などのスタッフが、そろいの作品ロゴの入ったTシャツを着ていたからだ。実は、これはオリジナルの劇場でもやっていたことなのだ。ブロードウェーの劇場でスタッフがTシャツを着ていることは珍しく、それがまた実に決まっていた。ロゴもかっこいいからね。物腰も他の劇場とはちょっと違って、よりフレンドリーな印象だった。なんだかアップルストアのように、スタッフひとりひとりが作品の世界観、ブランドを体現しているのだ。「これは他の作品とは違うな」とまず感じた記憶がある。自由劇場のスタッフは、中身はいつもと変わらないけれど、形から入るのが日本人だ。大いに結構じゃないか。

そして劇場内に足を踏み入れると、客席の雰囲気もオリジナルとそっくりだ。緞帳はなく、ステージはそのまま見えている。舞台装置はほとんどなく、昔の教室をイメージした高い壁と、数々の楽器と、ステージシートが用意されているだけ。劇場というより、ちょっと大きなライブハウスに入った感覚だ。うーん、わくわくしてきた。

そして開演。細かいところで変更点もあったようだが(正確には把握できてません。すいません)、ほぼオリジナルどおりだ。日本の文化に合わせて変更、などという情報もあったが、それはセリフをどう訳すか、という問題に収斂されたのだろう。訳については他の輸入作品同様、賛否両論があるだろうが、そんなに違和感を感じたところもなかった。

出演者については、全般的に男性陣の熱演ぶりが目立った。主役・メルヒオールの柿澤勇人。文句なしのハンサムさんだ。会見の映像では仮面ライダーカブトとかメイちゃんの執事の人みたいな雰囲気かな、と思ったが、実際に見るとアンジャッシュの人みたいだった。でもかっこいい。メリハリの効いた演技で、頭脳の明晰さと精神的な不安定さが同居するメルヒオールの危うさをうまく表現できていたと思う。歌も合格点だ。エルンストの竹内一樹とハンシェンの一和洋輔は、90年代に日本テレビで放送された「同窓会」を思い出させる同性愛シーンに体当たり。キモチ悪いほどのガチホモっぷりで、観客がさあーっと引いていくのが分かったほどだ。

ダメ男くんのモリッツを演じたのは韓国出身の三雲肇。ブログのエントリーは上げていないものの、彼が「ライオンキング」でシンバデビューを果たした舞台を実は観ている。そのときは「あちゃー」というぐらい日本語の発音が全くできておらず、比較的外国人俳優の発音には寛容な自分もさすがに許せなかった。しかし、この舞台では全く問題ないと感じた。ダメダメな演技もなかなか堂に入っていたと思う。

そして出色の出来は、太ったメガネの男、ゲオルグを演じた白瀬英典の無駄に素晴らしい歌声だ。パンフレットの写真を見ると本当は太っているわけではないようだが、髪型や衣装で藤子不二雄のまんがに出てくるような太った少年になりきっている。その見た目のインパクトは相当なもので、少年たちのシーンではまずそこに目が行ってしまうほどなのだが、その見た目からは想像できない、低音ながらクリアーな美しい声で「どうしても 揉みたい あのオッパイを♪」とか歌う。もう二重三重に面白い。面白いだけでなく、それがちゃんとカッコいい。これは重要なポイントだ。

対して女性陣は低調だ。ベンドラはじめ、みな思春期っぽさがない。なんだかみな大人びていて、大人びた上に子供の演技を重ねているようで、いまひとつ説得力がないのだ。この男性陣との差は何なのだろう。頭の中がエロでいっぱい、という時期は男だとみな一様に体験しているので、演技がしやすいのだろうか。女性の場合、そういう時期があってももう少し複雑で、一人ひとり異なるものなのかもしれない。

実年齢とか、見た目の問題ももちろんある。しかし、そこは演技でカバーできる部分だと思う。オリジナルだって、ティーンエイジャーの俳優ばかりが演じていたわけではない。まあ確かに自分が観たときのベンドラはリアル18歳の超絶美少女だったけれど。極端な話、芝清道がメルヒオール、荒川務がモリッツを演じたって、作品としては成立するはずだ。面白すぎて別の作品になってしまう恐れはあるが。

ただ、一人だけ、ひときわ輝いていた女優がいた。イルゼ役の金平真弥だ。彼女は良かった。二幕から唐突に出てくる(原作でもそう))メルヒオールやモリッツの幼馴染み、イルゼ。彼女は、ほかの娘たちと違いちょっとあばずれていて、その分少し大人っぽいキャラだから演技しやすい部分もあるのだろうが、その表情にはせつなさがあふれ、その歌声には慈愛の情が満ちている。正直、オリジナルを観たときにイルゼの印象はあまり強くなかった。金平の実力によってこの役が引き立ったのだ。

全体的には、十分満足のいくものだった。しかし、まだカッコ良さが重苦しさを吹き飛ばしきれていない。客席には涙を浮かべている人もいた。繰り返すが、この作品は泣かせては失敗なのだ。もっともっとカッコ良くしなくてはいけない。男性陣はまだ固さもあったので、それがほぐれてくればさらなるブラッシュアップが可能だと思う。控えにまわった厂原時也の登場も楽しみだ。問題は女優で、相当なテコ入れが必要になるだろう。こちらは固さも多少あったかもしれないが、どちらかといとそれぞれの役者レベルではもう完成してしまっているような気がする。だから、対応策としては総取り替えしか道はないかもしれない。「ふたりのロッテ」を観たときには、女学生っぽい女優さんがたくさんいるじゃないか、と思ったが、あれは制服に騙されていただけなのか?

しばらくは、女優の変化を期待しつつ、男優の進化を見守るという形でリピートすることになりそうだ。

最後に、一部の人は気になっているであろうアレのシーン。「エクウス」のように暗くしたり、という演出はなかったのでよかった。しかし、ベンドラの衣服のはだけ方が実に控えめで、1階席ではどこまで見えたのか判別不能だった。次は2階席でチェックする予定だが(最低)、おそらくあまりたいしたものは見えないのではないか。実に残念だ。メルヒオールのほうは、オリジナル同様、ちょっと半ケツが見える程度。柿澤ファンの人は上手側から狙おう

200905021248000

「春のめざめ」WEBサイト
http://www.shiki.gr.jp/applause/springawakening/index.html

| | コメント (4) | トラックバック (2)

四季「キャッツ」東京公演千秋楽前日

グリザベラ 早水小夜子
ジェリーロラム=グリドルボーン 秋 夢子
ジェニエニドッツ 小松陽子
ランペルティーザ チェ ウンヘ
ディミータ 有永美奈子
ボンバルリーナ 西村麗子
シラバブ 南 めぐみ
タントミール 八鳥仁美
ジェミマ 王 クン
ヴィクトリア 千堂百慧
カッサンドラ 井藤湊香
オールドデュトロノミー チェ ソンジェ
アスパラガス=グロールタイガー/バストファージョーンズ 村 俊英
マンカストラップ 芝 清道
ラム・タム・タガー 荒川 務
ミストフェリーズ 金子信弛
マンゴジェリー 百々義則
スキンブルシャンクス 劉 昌明
コリコパット 花沢 翼
ランパスキャット ユ ホンチョル
カーバケッティ 齊藤太一
ギルバート 入江航平
マキャヴィティ 青山祐士
タンブルブルータス 川野 翔

千秋楽の抽選ははずれ、千秋楽移動に伴う発売分も入手できず、楽前日に参戦を決めた。村、芝、荒川とナイスミドル(?)がそろい踏み、青山マキャビティなんていう贅沢キャストも。もちろんグリザベラは早水小夜子だ。(みんな辞めちゃったし…)

だがひとり、非常に不安なキャストが。スキンブルシャンクスの劉 昌明だ。彼がまだユ・チャンミンと本名を名乗っていた3年前、スキンブルシャンクスとしてデビューしたばかりの時に観劇した。あれはひどかった。日本語の発音は多少割り引いて考えるにしても、歌も演技も最低で、大好きなスキンブルシャンクスのナンバーを台無しにされたことに怒りを感じた。それ以来、名前だけで避けていたほどだったが、2007年、「ユタと不思議な仲間たち」で実にいい演技をしていたため、勝手に自分の中で彼とは和解していた。

とはいえ、スキンブルを演じるとなるとやはり不安だ。和解の条文の中に、スキンブルだけは演じない、という項目を入れておけばよかった。

しかし、この日の彼のスキンブルシャンクスは素晴らしかった。昔は口を開けた間の抜けた表情が鼻についたが、今はいろんな表情を見せるようになった。時おり間の抜けた顔に戻るが、それがひとつの個性にも感じられた。ほかの役者が演じる優等生っぽいスキンブルシャンクスとはだいぶ印象は異なるものの、これはこれでアリだと感じた。そして、歌については高音が実にきれいに伸びる。「♪夜行列車の 旅は素敵~」のくだりは、実は結構みんな苦しそうに歌っている。それを実にのびやかに歌い上げていて、素直に感動した。いいスキンブルシャンクスになってくれた。今回の東京公演最大のわだかまりが、千秋楽前日にして解決できたのは何とも嬉しかった。

そうなると、もうあとはお祭り騒ぎである。実力派ぞろいのキャストなので、見ていて何の不安もない。そもそも観客が不安を感じる、ということはおかしいのだが、この1年ぐらいはそんなキャストばかりで、観てもエントリーを上げないことが続いていたのだ。

心なしか、役者たちもいつも以上に楽しんでこのキャッツを演じているような、何かいい意味で余裕のようなものが感じられた。それがこの作品の楽しさを、改めて心に深く感じさせてくれたように思う。スキンブルがすべってこけそうになったり、秋夢子のジェリーロラムが歌詞を間違えて村俊英のアスパラガスが微妙にずっこけたり、といったこともあったが、すべてご愛嬌だ。

終演後は簡単な特別カーテンコールも行われ、荒川務の名人芸によるタガー締めまで、10分近く拍手をしていたように思う。いつまでもこの空間を共有していたいと感じていた。本当に楽しい公演だった。

4年6カ月におよぶ東京公演。自分はさっぱり人間的に成長していないけど、年齢だけは着実に重ねている。そろそろ真剣に人生に向き合うべきだとは思うが、まあ横浜公演が終わったらということにしておこう。

200905021642000 バイバイ!次は横浜で会おう

「キャッツ」のWEBサイト
http://www.shiki.gr.jp/applause/cats/main.html

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2009年4月 | トップページ | 2009年6月 »