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2009年2月 1日 (日)

映画「禅‐ZEN‐」

曹洞宗の開祖、道元の生涯を描いた「禅‐ZEN‐」。中村勘太郎や藤原竜也といった若い俳優がこの地味な映画にどう取り組んでいるのかちょっと興味があり、劇場に足を運んだ。

特に禅宗に造詣が深いわけでもなく、曹洞宗の道元、といわれても日本史の教科書と用語集に書いてある程度の知識しかなかったが、伝えられている著名なエピソードを追う形で綴られる展開のため、予備知識がなくても全く問題はない。そして、禅宗の教えそのもについても、この映画を観れば基本的なことを学ぶことができる。

必要以上にドラマチックに描くわけでもなく、またあえて「普通の悩める若者」として描こうとするのでもなく、また仏教の映画だから多少は説教くさくなっても、それが過剰になることなく、極力ありのままに、その生涯と人物像を伝えようとしている姿勢には好感を持てる。

そして、その制作姿勢はこの映画のテーマにもつながり、それが禅宗の教えをなぞるような格好になっている。

「春は花、夏ほととぎす、秋は月、冬雪さえてすずしかりけり」

あたりまえのことを、あるがままに受け入れて生きよ、ということこそが、この映画のテーマである。

本作では、日本の四季おりおりの風景が描きこまれており、それがひとつの魅力にもなっている。しかしその風景は、ことさら雄大なものでもなく、かといって市川崑の「細雪」のような耽美なものでもなく、どちらかというと「男はつらいよ」に出てくるような、普段着姿の日本の原風景だ。宇崎竜童らの手による音楽も、決して前に出すぎずに心に深く沁みる。

観終わった後も、深い感動に胸を揺さぶられるわけではない。ただいい映画を観た、という淡々とした感想のみが残る。観終わったあと「何も残らない」ことがいい映画の条件、というのは、以前何度かエンターテインメントを共に鑑賞した、私の尊敬している人の言葉である。「何も残らない」映画にはこういうタイプの作品もあったのだ。

このように、ほとんど味付けのされていない精進料理のような映画にもかかわらず、観客を飽きさせずに最後までスクリーンに引き付けることに成功しているのは、やはり主役の中村勘太郎の演技に尽きるだろう。淡々と演じているように見えるが、内に秘めた道元の心の強さが確かに伝わってくるその演技は、不思議なまでに目が離せない。

もっとも、精進料理とはいっても最低限の味付けはしてあり、それが業深き象徴として描かれる内田有紀とのエピソードや、藤原竜也演じる北条時頼との邂逅などのシーンだ。この2人の瑞々しい演技が絶妙の調味料になっている。厳しい見方をする人はこれらもいらない、と言うかもしれない。だが、それではもはやエンターテインメントとして成立しなくなってしまい、本当に修行のような映画になってしまう。そのぎりぎりのさじ加減が、監督の力量を示している。

その監督は、かつて問題作を連発したATG作品の中でも、ひときわ印象的な「TATOO<刺青>あり」の高橋伴明。誰もが知っている凄惨な銀行強盗事件を題材にしながら、その強盗のシーンは全くなく、犯人の生涯を追うという、ギラギラした野心あふれる作品を撮った高橋監督も、もう還暦を過ぎた。そのとんがった過去と、深く刻んだ年輪とが、この静かな作品を生み出したのかと思うと感慨深い。

恐らく、テレビやDVDで観ると集中力が持たないと思うので、興味のある人には劇場での鑑賞をお勧めしたい。

Zen

「禅‐ZEN‐」のWEBサイト(音が出ます)
http://www.zen.sh/

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