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2009年2月22日 (日)

博多座「ミス・サイゴン」ソニン@キムやいかに

エンジニア 市村正親
キム ソニン
クリス 藤岡正明
ジョン 岸 祐二
エレン 鈴木ほのか
トゥイ 神田恭平
ジジ 池谷祐子

さて博多に来たのだ、何か1本観ていこう、ということに。田村圭ちゃん出演中のライオンキング博多ver.も捨てがたいが、ここは東京で見逃したミス・サイゴンに。ちょうど観たいと思っていたソニンがキム役で出演している。

直前に思い立ったので買えたのは2階席の端。通常のS席に当たるA席だが、価格が16000円って一体何の値段だよ。どういう金の流れになっているのか分からないが、東宝が制作して博多座に卸す形なんだろうか?まんまマージンを乗っけてチケット代に反映させるのもどうかと思う。まあ地方で公演をすればコストがかかるのは分かるが、四季の「全国一律価格」に慣れてしまうと、素直に受け入れられない。もっとも、地元の方々にしてみれば、オケや舞台装置をカットしてでもチケット代を据え置くより、多少高くなっても東京と同じ演出を見られたほうがいいのだろうか?

だが博多座はなかなか立派な劇場だ。座席は舞台から遠く、座席間は狭いという古い設計ではあるが、コスト重視の四季の劇場にはない華やいだ雰囲気の立派な内装は、サア芝居を見るぞという気にさせてくれる。舞台がえらく広く、天井も高い。巨大セットが売りのミス・サイゴンにはうってつけだ。真偽のほどは定かではないが、設計段階でこの演目の上演を考慮したのだという。

さて久しぶりのミス・サイゴン。明るくノウテンキな舞台が好きな自分にとっては、ハッピーエンドではないこの作品はどうしても足が遠のいてしまう。しかし、上演していればやはり観たくなる。不思議な縁を感じる作品だ。

どうもステレオタイプのアジア観に拒絶反応を示す人も多いかもしれない。確かにそれは否めない。だがよく見ると、この作品はそうした「守るべき小さなアジア人」という西洋人の固定観念を打ち崩し、強く凛としたアジア人を描こうとしている姿勢も見え隠れする。さらに、アメリカ人のお馬鹿さ加減も前面に出そうとしていることも分かる。

ただ、やはり暗い展開と、いまひとつ耳に残りにくい音楽で、なかなか世界中で大ヒット、というわけにはいかないようだ。俺の場合いちばん耳に残っている曲といったら♪ジョン聞いてーくれこの声ー♪だし。

注目のソニン@キムは、これまで見たどのキムとも違う。キムははかなさの中にも芯の強さを感じさせる女性だが、このソニン版キムは、全身からバイタリティーがあふれ出る、ワイルドさが魅力だ。最初は少女っぽさを出してそういう演技をしているのかと思ったがそうではなかった。周りの人に対し、好意なら好意、敵意なら敵意を200%ぶつけていく。そんな全力必死系のキムである。だから、怒った顔がちと怖い。俺がエレンなら、とてもまともに対峙できない。

そのエレンを演じるのは鈴木ほのか様。しかし何で今さらほのか様がエレン?初演以来のはずだ。しばらく干しといて、四季の「マンマ・ミーア!」ドナ役で知名度が上がったら無理やり役をつけて引き止めにかかるなんて、四季も四季だが東宝もやることが大人気ない。だいたい初演以来ってことは、年齢的に無理が生じるということだ。ほのか様は1965年生まれ。この日その夫となるクリスを演じた藤岡正明は1982年生まれ。最近はマリウスを好演している。そういえば、藤岡のちょっと前にマリウスを演じていた津田英佑は四季でスカイを演じた。年齢的にはドナとスカイのカップルか。んーそれはそれでリサ、いんやアリだとは思うが……。

もっとも、ほのか様はアイドル顔なので、年をとっても「昔のまま」を保っている。だから彼女のキャリアを知らない人にはさほど違和感はないだろうと思う。それに、以前のエントリーでも紹介したように、彼女はかなりのナイスバディだ。そしてエレンの衣装は結構体のラインがくっきり出る。胸元も広め。カーテンコールでおじぎをした瞬間、思わずオペラグラスに手が伸びた最低な客は俺だけではあるまい。

市村エンジニアは言うまでもなく素晴らしい。四季退団後、市村正親ここにあり、と世間に知らしめた当たり役。いくつになってもこの役を演じてほしいものだ。筧利夫のエンジニアも少し見たかったけどね。

博多座にも一度来てみたかったし、満足した観劇となった。

ひとつ、ずっとこのブログにしたためておこうと思って、まだ書いていなかったことがある。自分がミュージカルにのめりこんだのにはいくつか要因があるが、その中でも大きな比重を占めたのが、仕事でロンドンに行ったとき、この「ミス・サイゴン」を観たという経験だ。すでに学生時代からレ・ミゼラブルやジーザス・クライスト=スーパースターなどを観ていたものの、社会人になって少し演劇から遠ざかっていた。それをぐっと引き戻したのがあのロンドンでの観劇だった。

そのロンドン出張は自分にとって初めての海外で、右も左も分からず、とても観劇の手配などできる状態ではなかったのだが、一緒に行っていた会社の大先輩、Tさんが「せっかくロンドンに来ているのだから演劇ぐらい観て行こう」とチケットを手配してくれた。自分の直接の上司ではないが、物腰のやわらかく、温厚な面倒見のいい人で、とても頼りにしていた。このミス・サイゴンで「やっぱり本場のミュージカルはイイ!」とテンションを上げていたら、「じゃあ、明日も行こう」と、翌日の夜はダフ屋に駆け込んでチケットを購入し、2人で「オペラ座の怪人」に足を運んだ。

海外でミュージカルを観る楽しさ、チケットは国内代理店を通さず手配すること、連日でも気にせず劇場へ行くという姿勢、考えてみれば今の自分の行動はTさんに大きな影響を受けているのだと思う。そういう意味では、Tさんは自分の恩師であり、この悪い遊びを教えてくれたイケナイ悪友でもある。

そのTさんは、昨年がんでこの世を去った。

Tさんが教えてくれたのは、観劇だけにとどまらず、もっと人生楽しんで過ごそう、という基本的な姿勢だったのかもしれない。困ったことに、この不肖の弟子はそれを完璧なまでに受け継いでいる。これからも、師匠があの世で「おいおいもうそのぐらいにしとけよ」と止めに入りたくなるほど、ガッツに楽しんでいきたいと思う。Tさん、ありがとうございました。

考えてみると、前回ミス・サイゴンを観たときは、市村氏と親交のあったある劇場関係者、Iさんを思い出した。Iさんも温厚な人で皆に好かれていたが、突然この世を去ってしまった。Iさんにも公私にわたりずいぶんとお世話になった。あらためて、感謝の気持ちを伝えたい。

ふと亡き人を思い出させてくれるミス・サイゴン。やっぱり、何か不思議な縁を感じる作品だ。

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ミス・サイゴン博多座公演のWEBサイト
http://www.hakataza.co.jp/miss_saigon/

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博多 相撲茶屋大塚の夕食

昨年食して脳天を破壊されるほどの衝撃を受けたアラをまた食いたいと思い、「相撲茶屋 大塚」へやってきた。

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何といってもハイライトはアラのしゃぶしゃぶだ。今回は切り身2枚にプラスしてはら身のつくコースをチョイスしたがこれがもう死ぬほど、いや死んでまた生き返るほどうまい。淡白な味わいのアラにこんな濃厚な部分があったなんて!

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しゃぶしゃぶの様子を動画で。

鍋はラッキーなことに目玉部分を出してくれた。一人客だったのが幸いしたか。これがまた濃厚で、コラーゲンの塊のような食感とあいまって、もうたまりません。

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鍋の煮えている様子を動画で。(あまり意味なかった)

アラは基本的にフグよりうまいと思うのだが、雑炊だけはフグに一歩譲るように思う。ダシを取るより、それ自体がうまいのがアラなのだろう。

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今回はちゃんとメロンも撮影。

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ところで、アラはなぜこんなにうまいのだろう。今回、その一端を垣間見ることができた。以下、たたんでおくので興味のある方はどうぞ。

※注意!このブログには暴力シーンやグロテスクな表現が含まれています。

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博多 稚加榮の昼食

博多へ移動。最近、福岡に来ると朝食を「おきよ食堂」で食べることが多いので、しばらくごぶさたしていた稚加榮のランチを久しぶりにいただく。

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あいかわらず、このボリュームで1200円。昔は豆腐があったが、この日はかわりにサンマ(だと思う)の煮たのが出てきた。今回はイカの活けづくりは頼まなかった。

生簀カウンターの様子を動画で。

稚加榮のホームページ

http://www.chikae.co.jp/ryotei/

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2009年2月21日 (土)

東峰村 伊東屋旅館の朝食

用事があって福岡県の東峰村というところに来た。陶器の小石原焼で有名な小石原村と、太古の昔に落下した隕石を祭った神社のあるパワースポットの宝珠山村とが合併してできた村だ。空気も水もすこぶるうまい、風光明媚な土地だ。博多から車で1時間半ほど、大分県との県境にある。

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村に数軒ある旅館のひとつ、伊東屋旅館に宿泊。

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夕飯は時間の関係で食べられなかったが、翌朝に清流の音を聞きながら朝食をいただいた。これがすばらしくおいしい。なんとも贅沢な朝食だった。

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しかし写真ではフナの甘露煮が隠れてしまい残念。

伊東屋旅館のホームページ
http://www.itouya-ryokan.jp/

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2009年2月14日 (土)

映画「20世紀少年-第二章-最後の希望」小泉響子まつり開催中

この週末は、14日のチームBバレンタイン公演も、15日のSKE48「手をつなぎながら」初日公演も抽選に外れてしまい、いきおい何もすることがなくなった。これでいいのか俺の人生。仕方ないので映画でも観てやろうと「20世紀少年第二章」に足を運ぶ。

エントリーは上げてなかったけど、第1章もちゃんと観ている。原作も読破した。原作を読んだのは、第一章の映画を観たあとだ。連載時、えらく面白いと聞いて、単行本を買おうと思ったが、完結してから一気に読んだほうがよさそうだと判断。完結したのでサア読もうと思ったが、映画になるというのでどっちを先にするか悩み、結局映画をまず観て、それから漫画を読んだ。結果的にこれは正解だったようだ。第1章は、おおむね原作の1巻~5巻を、そして今回の第二章は5巻~16巻を描いている。もし先に原作を読んでいたら前回の第一章は展開が遅くてじれったくなってしまっただろうし、原作を読んでいなかったら今回の第二章はテンポが速すぎて追い切れなかったと思う。

この映画化では、比較的原作を忠実に映像化することに主眼を置いている。必ずしも原作とその映像化が同じである必要はない、というスタンスの自分だが、忠実な映像化というのもそれはそれで面白さを感じる。

特に、誰がこの役を演じるか、というのはそのダイゴ味のひとつであり、この作品はその期待に十分に応えるキャスティングをしてくれている。前回はまだ原作を読んでいなかったから、自分は今回からやっとその楽しみを味わえることになる。第二章から登場する重要なキャラクターといえば、まずサダキヨだ。それを劇場で確認したいと思い、この映画に関する情報は意図的にシャットダウンしていたおかげでずっとそのキャストを知らずに来たのだが、やっとこれを観る、というその日の昼間、うっかり「王様のブランチ」を観ていてそれがユースケ・サンタマリアだとバレてしまった。「少年メリケンサック」のプロモだと思って油断していたのがいけなかった。

しかし、実はそれ以上にどんな人が演じるのか興味津々だったキャラクターがいる。小泉響子だ。普通の女子高生だったのに、なぜか「ともだち」とレジスタンス勢力の争いにおいて重要な存在になってしまった、典型的な巻き込まれ型のヒロイン。実は彼女は、よく考えると主人公(少なくとも、ケンジが出ていない部分では)である遠藤カンナの分身といっていい。物理的に主人公が首を突っ込めないところに代わりに巻き込まれたり、カンナの表現しきれない感情を体現している存在でもある。ケンジという主役の不在を、2人で埋めているという構図は、さながら「デスノート」でLの不在をメロとニアが埋めているようなものだ。

そして、神がかった存在であるカンナに比べ、響子は実に人間らしく、その分大いに魅力的だ。このキャラクターをどんな人が演じるのかが自分にとってのこの映画に対する最大の興味だったといっても過言ではない。

そして、教室のシーンで登場した小泉響子。スクリーンに映った瞬間、これはヒットだと膝を打った。漫画から飛び出てきたような、そのまんまの小泉響子である。これはびっくりした。どこでこんな人材を見つけてきたのだろう。物語が進んでいっても、声、表情、全身から出る雰囲気、見れば見るほど小泉響子にソックリだ。もう「来ないねえ・・・ボーリングブーム!!」と言っている姿が目に浮かぶようだ。絶対あのシーンやっておくれよ、堤監督。

演じていたのは木南晴夏。自分はその名前を知らなかったが、ちょこちょこ見かけてはいたようだ。現在は「銭ゲバ」に出演中。24歳で、それなりにキャリアも積んでいる。実際、彼女の演技はなかなかのものだった。まあ小泉は「悪魔の毒々モンスター東京へ行く」の関根勤のように、たいていはビックリしている役なので、さほど演技の幅を見せる機会はないが、単に漫画に似ているというだけでなく、ひとつひとつの所作にメリハリがあって印象深い。

そんなわけで、ついつい小泉響子にばかり目が行ってしまったのだが、そういう人は多いのではないかと思う。ネット上でも彼女のソックリさ加減についてはだいぶ話題になっているようだ。

そのあおりを受けてしまっているのが、平愛梨が熱演した遠藤カンナだ。彼女のカンナ役については賛否両論あるようだが、自分は良かったと思う。もともと、浦沢直樹が本気で描いた女の子は、誰にも演じることなど不可能なのだ。それは、浅香唯の「YAWARA!」が不調に終わったことでも証明されている。だから、原作のイメージと若干異なっても、目に力があり、存在感のある平の起用は正解だったと思う。そして彼女の熱演は高く評価されていい。第三章での「氷の女王」が今から楽しみだ。

気の毒だったのは、ストーリーをかなり圧縮したために、本来主人公の分身として、別々に行動することの多かったカンナと響子が、一緒の場面に出る割合が多くなってしまったことだ。そうなると、原作を読んでいた人の目線は響子に行ってしまう。そして、作品全体としても、だいぶ無理して進行させているぶん、ひとりひとりのキャラクターの見せ場を十分に作ることができず、特にカンナは漫画における圧倒的な存在感を発揮する場面が大幅に削られてしまった。平カンナにはぜひ第三章で存分にその魅力を開花させてほしい。

映画全体としても、十分に面白かった。唯一食い足りない点があるとすれば、少年たちの「万博」への思いが、あまり強烈には伝わってこなかったということだ。子供のころの「万博」の印象は、単なる思い出ではない。限られた期間で終わってしまうからこそ、それは心の中でどんどん大きな存在に成長してしまう。だから「ともだち」が万博を再現しようとする気持ちは、実は痛いほどよく分かる。自分も、もし「何でも叶うから1秒以内に願いごとを言え」といわれたら、つい「つくば万博にもう一度行きたい」と言ってしまうと思う。2秒考える余裕があったら別のことを言うと思うが。

それにしても、第二章を観た感じで、「ともだち」についてはひょっとして第三章で原作とは異なる結論になるのかもしれないと思った。そういえば、この映画化プロジェクトは「20世紀少年」であって「21世紀少年」ではない。そのあたりのサプライズが仕掛けられるかどうか、楽しみである。

しかし、とにもかくにも、この映画は小泉響子である。ひとりの映画の登場人物でここまで心躍ったのは久しぶりだ。今からDVD化が待ち遠しくてしかたがない。

Tomodachi

「20世紀少年」公式サイト
http://www.20thboys.com/

筑波ばんぱくばんざい
http://kingdom.cocolog-nifty.com/dokimemo/2006/07/post_1.html

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2009年2月 8日 (日)

AKB48 チームB 4th公演「アイドルの夜明け」初日

先日の「セットリストベスト100」で「初日」が1位を獲得し、勢いに乗るチームBの新公演「アイドルの夜明け」が8日、初日を迎えた。

セットリスト100の結果にも現れているように、すこぶる評判の良かったB3rd公演「パジャマドライブ」の後だけに、どう出てくるか期待と不安の入り混じった初日公演。運よく当選し、しかも入場順も比較的前の方だったため、死角が少なく、全体のフォーメーションも確認しやすいポジションに座ることができた。ありがたい。

オーバーチュアとともに幕が開けられると、暗いステージにうっすらと光る金管楽器が見える。そう来たか!舞台全体が照らし出されると、どうやら使われている楽器は金管楽器やドラムなど。そして中央に飛び出してきてバトンで指揮をしているのは多田愛佳。そう、これはマーチングバンドなのだ。楽器を演奏するパターンは過去にもあったが、非常にインパクトの強い演出だ。

常に意表を突き、それによってネット上で話題を広げて注目を集めていくというのがAKBの基本戦略だ。なので何かを仕掛けてくるとは思っていたが、単なるビックリに留まらず、ニギヤカで楽しく、オープニングとしてはなかなかの出来ばえだ。楽器担当メンバーはみな必死の表情。らぶたんのバトンさばきもサマになっている。曲中にかなり長いMCが入る。この日担当したのは浦野一美。途中、用意していた言葉を忘れてしまったようで間が空いてしまった。あのプロ根性の座ったシンディでされ、セリフが飛んでしまうぐらい公演の初日というのは緊張するのだろう。

ショーというものは始めが肝心で、ライオンキングなどは全感動の8割を最初の10分間で消費すると言われている。このオープニングで、この公演の成功はもう約束されたようなものだ。

MC前の曲ではメンバー全員、サラシ姿に特攻服をはおるといういでたちで登場。その後も手をゆるめることなく、コスプレあり、小物あり、露出あり、きわどい歌詞あり、ハ○ー!プロジェクトのパクリありで、あらん限りの反則技を駆使してたたみかけてくる。

曲調としてはアップテンポな曲が多い。これは3rdから引き継がれている。Aは5th公演をミドルテンポの曲を中心にまとめたから、カラーの違いが鮮明になった。元気のいい曲と反則技によって、やんちゃな末っ子娘というBの位置づけがほぼ確立したと言っていいだろう。

注目のユニット編成は下記の通りだ。現在、チームBは15名しかおらず、佐伯美香がけがの治療のため休んでいるため、近野莉菜と内田眞由美の研究生2名が参加した。どこが佐伯ポジションなのかはいまひとつ分からない。恐らく、現在のA公演同様佐伯ポジションに他のメンバーが入り、その抜けたところに研究生が入っている、というスライド方式なのではないかと思う。

①渡辺麻友、中塚智実、内田眞由美
②柏木由紀、多田愛佳、平嶋夏海
③仁藤萌乃、米沢瑠美、近野莉菜
④小原春香、仲川遥香、仲谷明香、浦野一美
⑤指原莉乃、田名部生来、片山陽加

前回は人気メンバーをバランスよく編成した感じがありありだったが、今回はその色は若干薄まったのではないかと思う。しかし予想どおり仁藤・指原は前に出てきた。

仁藤、指原はB3途中からの加入だったが、代役っぽい扱いであり、いよいよ今回からレギュラーポジションを獲得した。そこにB3終了近くになって、小原・中塚の2名が加入。考えてみると相当に強力なメンバー構成となった。特に、小原の加入は大きい。研究生の中でも十分なキャリアと人気を誇る小原の存在感は予想以上だった。シュッとした美人顔というタイプは、考えてみたらBでは空席だったのだ。小原一人参加しただけで、チーム全体が華やいだ雰囲気になった。

あれだけ評価の高かったB3rを、やすやすとクリアしてしまった感のあるB4th。しかしメンバーにとっては楽器をひかなくてはいけないわ、曲中極端に長いMCがあるわ、何より運動量がB3rdとは比較にならないほど上がっており、もともと汗をかく体質らしいらぶたんは終始汗びっしょりで、伸ばし始めた髪が終盤ではぺたっとなってしまった。この厳しいセットリストが、Bにどのような波乱を起こすことになるのか。注目していきたい。

AKB公式サイト
http://www.akb48.co.jp/

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四季「夢から醒めた夢」苫田マコ比較検討

ピコ 吉沢梨絵
マコ 苫田亜沙子
マコの母 白木美貴子
メソ 飯村和也
デビル 川原洋一郎
エンジェル 藤原大輔
ヤクザ 野中万寿夫
暴走族 韓 盛治
部長 田中廣臣
老人 維田修二
老婦人 丹 靖子
夢の配達人 天野陽一

昨年東京公演で観たばかりなのに、終わってしまうとすぐに観たくなる「夢から醒めた夢」。その京都公演が1月20日に幕を開けたのですぐにでも行きたかったが、そこは俺も大人だ。ここはひとつ、マコが変わるのを待ってみようじゃないか、と余裕の構えを見せていた。そして今週、マコが 未見の苫田亜沙子にチェンジ。それを確認した瞬間に速攻でチケットを確保した。ぜんぜん大人じゃない。

この日は前日大阪に泊まっていた。かつては、京都公演でマチネのときにはグランヴィア京都の中のおばんざいの店で飯を食っていたのだが、それがなくなってしまってからいまいちあの近辺でお気に入りの昼飯が見つからない。なので大阪で軽くたこ焼きでも食ってから行こう、と思い店に飛び込んだら、そこは自分で焼くタイプの店だった。知っている人も多いと思うが、たこ焼きを自分で作るのはかなり難しく、また時間がかかる。しかしどんな状況であろうとも与えられた機会には全力で取り組むのがこのブログのルールだ。店員さんに助けてもらいながら、うまく丸くなるまでじっくりと丹精こめて作り上げていたら、すっかり大阪を出遅れてしまった。うまかったけどな。

そんなわけで到着したときにはすでにハンドベル隊が始まっていたが、なんとか間に合ってよかった。これを見ないと自分の中で「夢から醒めた夢」が始まらない。もう萌絵ちゃんのことは思い出さないようにした。言ってるそばから思い出してるよ。

さて、これまでなかなかお目にかかれなかった苫田マコ。アレの話はひとまず横に置いて、期待どおりの素敵なマコだ。グリンダ役を経ていっそう演技にも磨きがかかったようにも思うが、彼女の魅力はやはり胸、じゃなかった歌声である。はい、ちゃんと横に置きます。

花田えりかのマコが苦手なのは、その歌い方が一本調子だからだ。苫田マコは声量も豊かだが、きちんと「歌で演技をする」ことができている。丁寧にメリハリをつけて歌うその姿勢から、マコという子の優しさ、真面目さが伝わってくるようだ。そして、ピコと歌うとき、母と歌うとき、それぞれ相手の歌い方に合わせて声の強さやトーンをきちんと調整している。だから「二人の世界」も「素晴らしい一日」も、いつも以上の感動を覚えた。やはりいい歌い手というものは曲の価値を最大限に引き出してくれる。

そして、今回興味深い初見キャストが2人いた。ひとりは、マコの母親役の白木美貴子だ。以前は東宝ミュージカルを中心に活動していた人で、だいぶ昔「レ・ミゼラブル」で彼女のエポニーヌを観たことがある。あのエポニーヌも、もうこんな大きな娘がいる年齢になったのか。俺も年取ったわけだよ。基本的に人材の流動化はいいことだと思うし、実力ある中堅俳優が減っている今、四季にとって外部人材の積極的な登用は不可欠だ。ベテランのみならず、若手も入ってくるとなおいいんだけど。特に女優さんとか。剣持たまきとかいいクリスティーヌになると思うだけどなあ。その白木マコ母、声楽系のマコ母が続いたからか、とてもナチュラルな感じがして非常によかった。今後も四季の舞台に立ってくれるのだろうか。活躍に期待したい。

もう一人、最近では「ユタと不思議な仲間たち」のクルミ先生を怪演してその存在感を遺憾なく発揮していた丹靖子が老婦人として登場。最近佐和さんとか若い老婦人(日本語としておかしい)が続いていたこともあり、実年齢的にも上の丹にこの役はぴったりだが、それ以上にその確かな演技力により、一見地味な役を極めて高い完成度で仕上げていた。話し方、表情、すべてが年老いた人のそれでありながら、セリフの心はきちんと客席に届く。これがベテランの技というものか。最強の老婦人登場だ。

続投組では、天野陽一の配達人が予想外に良くなっていた。夢の配達人は、演じる人によって全くテイストが異なるという、個性で勝負しなくてはならない役だ。前回観たときは、まだ天野はどういう配達人になればいいのか全く決めかねている様子だった。しかし、今回は違う。自分なりの配達人像を発見したようだ。それは、いっこく堂とか林家いっ平とか言われている濃いめの顔を生かした、何となく男くさい、暑苦しい感じの配達人である。四季独特の発声法を愚直に守っているところを逆手にとって、それを配達人の個性にしてしまった。これはこれでアリだと思う。デンジャラスな下村配達人、ひょうひょうとした味方配達人、インチキくさい荒川配達人、ミステリアスな北澤配達人。そこにまた新しい配達人像が加わったことに、この作品のファンとして喜びを感じる。

川原デビルも、前回の京都公演以来だが、あのときと比べると自分なりのデビルに手ごたえを感じ始めているようだ。あまりオカマキャラに固執せず、自由に演じている。だからオカマというよりテンションの高いおじさんに見えるが、これもまたアリだ。

吉沢ピコの安定感は変わっていない。ピコにアンにと大忙しだったからか、また一段と痩せているように見えた。ファンとしては心配だし、この役にとってもあまりスリムになりすぎるのはマイナスな気がする。あと、ラストの歌い方を少し変えてきた。当初から声をもっと伸ばせとかいろいろ言われてきたところだ。同じ歌い方をするとどうしても以前演じた人と比較してしまうのが人情なので、歌い方を変えるのはいいアイデアのような気がする。

さて、本題のアレの話。前回東京で南マコを見たときに、「これは苫田マコと比較せねば!」と思ったのでそれを実現できてよかった。で、感想としては、やっぱり苫ちゃんはすごいや、ってことで。この衣装はアレを強調しないというか、むしろ強調されないような造りになっているのだが、それでも隠せないナイスバディ。マコの髪型は、ストレートに落とした髪を左右とも前後に振り分けて垂らしており、その前に垂らした髪は、定位置としては肩のあたりにある。その部分が、首を動かしたことで中央のほうに移動すると、胸の谷間にひっかかって定位置に戻らない。

で、南マコとの勝負だが、恐らくあのときは、衣装のサイズが合っていなかったために大きく見えていたということもあったのではないかと想像している。だがそれを差し引いても、恐らく容積としては南マコのほうが勝っているような印象だ。だが南の場合、体全体的に容積率が高いということもある。苫田も声楽家だからある程度のボリュームはあるが、グリンダ役でも分かったように、締まるところは締まっている。「BLEACH」に倣って盛りで表現するなら、同じ特盛でもご飯すくなめの「アタマの特盛り」にしたほうが、肉の量は多く見える、ということで、個人的には苫田に軍配を上げておきたい。槙原の150キロより、江川の130キロのほうがバッターにとっては打ちにくいという。つまりは、そういうことだ。

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もちろん南めぐみも好きだけどね。

夢から醒めた夢 ホームページ
http://www.shiki.gr.jp/applause/yume/index.html

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宝塚歌劇 宙組バウホール公演「逆転裁判 蘇る真実」

フェニックス・ライト(成歩堂 龍一) 蘭寿 とむ
ミラー・アーサー 寿 つかさ
ロッタ・ハート(大沢木 ナツミ) 美風 舞良
裁判長(裁判長) 風莉 じん
レオナ・クライド 美羽 あさひ
マイルズ・エッジワース(御剣 怜侍) 七帆 ひかる
ディック・ガムシュー(糸鋸 圭介) 春風 弥里
ラリー・バッツ(矢張 政志) 鳳翔 大
モニカ・クライド 純矢 ちとせ
モエノ・クリステル 萌野 りりあ
ロバート 風羽 玲亜
サラ・シェリー 綾瀬 あきな
マヤ・フェイ(綾里 真宵) すみれ乃 麗
ルイス 蒼羽 りく
ネウス・インビット 瀬音 リサ

※カッコ内はゲームでの名前

宝塚とカプコンという異色のコラボレーションで実現した、法廷アドベンチャーゲーム「逆転裁判」の舞台版が5日、宝塚バウホールで幕を開けた。

宝塚歌劇団は、結構「えっ」と驚くような原作に果敢に取り組んでいる。例えば94年には宝塚市立手塚治虫記念館の開館に合わせ、「ブラック・ジャック」を舞台化した。これは噂を聞いて観たいなあ、と思ったが結局行けずじまい。また、その2年後にはつかこうへいの「蒲田行進曲」をタカラヅカ風にアレンジした「銀ちゃんの恋」も上演された。この作品は昨年も日本青年館で上演されていたので、チケットを確保したが体調悪く行けなかった。

タカラヅカのコラボレーション作品といえば、モーニング娘。ミュージカルも忘れてはならない。昨年の「シンデレラ」はちょっとイマイチだったが、2006年の「リボンの騎士」は歴史に残る素晴らしい出来栄えだった。だから、モーニング娘。に限らず、またそうした試みがあればまた足を運びたいと考えていた。

そこに入ってきた「逆転裁判」のニュース。「えっ」どころではない衝撃度だ。なんでも宝塚歌劇がゲームを題材にするのは初めてなのだそうだが、何でまた「逆転」なのか。「アンジェリーク」とかなら想像もつくし、もうちょっとファンタジーな作品ならまだしも、逆転裁判は魔法も妖精も登場しない推理アドベンチャーゲームである。強いて言えば霊媒師は登場するが・・・。その世界観とタカラヅカ、あるいはミュージカルという組み合わせは、想像の域を超越しまくりだ。

だからその報に接したとき、これは観なくてはと思った。その後、忘れてしまっていたのだが、初日の模様は宝塚の異色作、ということでテレビなどにも取り上げられ、思い出させてくれた。東京公演もあるが、一日も早く見たかったのと、ちょうど関西に出向く用事ができたのとで、ここはひとつ宝塚の本拠地に乗り込むことにした。チケットは完売しているので、Yahoo!オークションで確保。

そんなわけで、やってきました宝塚大劇場。

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宝塚駅から劇場までは10分ほど歩くが、劇場の雰囲気に合わせた街づくりがなされているので苦にならない。むしろ舞台を観るぞ、という気分がどんどん高まってくる。

今回「逆転裁判」が上演されるのは、大劇場と隣接している小劇場「バウホール」。小劇場といっても500以上のキャパシティーがあり、公式ホームページによれば「『時代の先端を行く作品を作り出していきたい』という思いを込め、1978年に開場した」とある。なるほどこういう実験的な取り組みも視野に入れた劇場というわけか。

場内に入ると、緞帳に大きく「逆転裁判」のロゴマーク。みんな平気で写真を撮っているので、公演中でなければいいのだろう、と思い俺も1枚。

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そしていよいよ幕が上がる。始まってすぐ分かったが、舞台はアメリカに置き換えられており、主人公の名前も「成歩堂龍一」ではなく「フェニックス・ライト」になっている。この時点で、なんだか「ハリウッド版北斗の拳」のような妙ちくりんなものになるのでは、という嫌な(半分楽しみな)予感がした。

だが、その予感は大きくはずれた。続々登場してくる「逆転」の登場人物たちは、衣装や髪型、言葉遣いにいたるまで、極めてゲームに忠実だ。成歩堂や御剣怜侍の、三次元では表現不可能と思われた髪形も、ちゃんと再現されている。違っているのは裁判長がハゲていないということぐらいか。しかしその裁判長は、厳格に見えるが人情家な側面もあり、ときどきすっとぼけたことを言う、というキャラクターを見事に受け継いでおり、ゲームで音声はなかったはずなのに「そうそう、こんなしゃべり方だったな」と錯覚させるほどソックリな雰囲気だった。

あとで知ったのだが、「フェニックス・ライト」などの役名は、「逆転裁判」海外版で使われていたものなのだそうだ。

ストーリーはオリジナルで、成歩堂がかつての恋人の嫌疑を晴らすために奔走するというもの。自分は「逆転」のゲームはシリーズ3作目の途中でつっかかってそのままになっているので、それ以降にこういうエピソードがあったのかと思って観ていた。それほど、違和感のないストーリー展開だったのだ。

そして、法廷シーンでは「異議あり!」の応酬、捜査時点で得た証拠の写真を「くらえ!」とつきつけるなど、「逆転」そのままの雰囲気で進行する。

原作となったゲームを全く知らなくても問題はないが、尋問の際に「サイコ・ロック」の効果音が使われたり、マヨイちゃんがさりげなく原作に登場するキャラクターの名前を口にしたり、と、プレーしたことのある人を軽くくすぐる仕掛けは用意されている。

音楽も、ゲームのBGMがアレンジされて使われている。「逆転」のBGMは、オーケストラバージョンのコンサートが行われたこともあるそうで、評価も高いようだ。そういえば確かに、BGMが印象的だったように記憶している。

こうして忠実に3次元化された「逆転裁判」だが、もちろんそれだけではない。タカラヅカらしく恋愛ドラマの要素が高い比重で盛り込まれているし、ミュージカルシーンは圧倒的な歌とダンスで魅了する。そしてそれがゲームの世界観を壊すことなく、むしろ強調するような形で相乗効果を生んでいるのが素晴らしい。御剣怜侍がミツルギダンサーズを従えて登場してきたときには思わずひざを打った。展開ももたつかず、観客を引き込んだまま一気にクライマックスになだれこんでいくテンポの良さもあり、実に楽しい2時間半となった。

「リボンの騎士」を見たときは、タカラヅカをメソッドとしてとらえ、それが本体から分離可能であることを知ったが、この「逆転裁判」を観て感じたのは、タカラヅカがプラットフォームとして機能している、ということだ。タカラヅカというプラットフォームに乗せることで、どんな非現実的なものも実体化される。「女が男を演じる」という、ある意味究極のウソを内在する世界では、どんなウソもまかり通ってしまうのだ。それはある意味で、東京ディズニーリゾートが、誰がどう見てもぬいぐるみなのに「中に人などいない!」と強弁することで、「非現実感」を麻痺させてしまうのにも似ている。タカラヅカプラットフォームの上で、「逆転」特有の、デフォルメされ過ぎ感のあるキャラクターがいきいきと動き始めるのだ。

「タカラヅカというプラットフォームと、ゲームのコンテンツ」という垂直方向のレイヤー間融合も見事だが、「推理アドベンチャーというゲームのコンテンツと、ラブロマンスというタカラヅカのコンテンツ」という水平方向のコンテンツ融合もそこにある。この立体的な融合構造によって、今回のコラボレーションが成功に導かれているのだ。もっとも、推理と恋愛、という融合はちょっと消化不良だったかもしれない。しかしそれはこの試みが実験的であることの証左でもある。

宝塚歌劇というと、歴史と伝統を重んじる保守的なカンパニー、という印象を持っている人も多いと思う。しかし、一方でこうした野心的な取り組みを繰り返すことによって、その生命力が維持され、高められているのだということを、本作は感じさせてくれる。この作品自体、このあと東京公演があるのでまた観たいと思うが、今後もタカラヅカの挑戦には注目していきたい。

それにしても、実験の舞台としてバウホールという専用空間を持っていることは素晴らしい。どっかの劇団のように「自由劇場」というたいそうな名前の専用劇場を造りながら、実際には懐古趣味の場にしてしまっているのとは大違いだ。ちったあ見習ってほしいものである。

「逆転裁判」宝塚歌劇団ホームページ
http://www.capcom.co.jp/gyakutensaiban/takarazuka_index.html

カプコン特設ページ
http://www.capcom.co.jp/gyakutensaiban/takarazuka_index.html

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宝塚市立手塚治虫記念館

宝塚大劇場のほど近くに、この町で育った手塚治虫の功績を後世に伝える「手塚治虫記念館」がある。

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入場料は大人500円。中に入ると、貴重な生原稿や「新宝島」など稀覯本の数々が所狭しと並んでいる。

興奮して思わず写真に撮りたくなったが、監視カメラがずらりと並んでいたのに臆してやめる。

2階の企画コーナーに、生誕80年を記念した記念撮影コーナー的なオブジェがあったのでそこでパチリ。

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これだけ見ると各地にある「手塚治虫ワールド」みたいだが、ここは市立ということもあり、その生涯を丹念に追ったなかなか骨のある施設だ。ファンなら一度は訪れる価値が十分にある。

映像ホールや、デジタルアニメ体験コーナーなどもあるので、家族連れで行ってみてもいいと思う。

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玄関前の石畳には手塚作品の登場人物たちが足跡を残している。ヒョウタンツギの足跡って、こうなっていたのか。

宝塚市立手塚治虫記念館 公式WEBサイト

http://www.city.takarazuka.hyogo.jp/tezuka/

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2009年2月 7日 (土)

四季「オペラ座の怪人」千秋楽へラストスパート

オペラ座の怪人 高井 治
クリスティーヌ・ダーエ 高木美果
ラウル・シャニュイ子爵 鈴木涼太
カルロッタ・ジュディチェルリ 諸 英希
メグ・ジリー 荒井香織
マダム・ジリー 秋山知子
ムッシュー・アンドレ 増田守人
ムッシュー・フィルマン 青木 朗
ウバルド・ピアンジ 半場俊一郎
ジョセフ・ブケー 平良交一

半年ぶりの大阪四季劇場と高井ファントム。1年ぶりの涼太ラウル。そして3年ぶりの高木クリスティーヌだ。

一時期、のどの調子を悪くしていた高井治だが、完全復活とはいかないまでも、かなりのところまで回復してきたようだ。ところどころ辛そうなところはあるが、あまりはらはらすることなく、安心して観ていられる。そして、声の調子の悪さを演技面でカバーしてきたことで、結果的にファントム役としてさらに一皮むけたようにも感じた。

涼太ラウルのお坊ちゃんぶりも健在。今のラウルの中ではいちばんしっくりくる。

高木クリスティーヌは、非常にスタンダードなクリスティーヌだ。歌にも演技にもソツがなく、そのぶんつかみどころのないちょっと不思議ちゃんな感じがまたクリスティーヌらしい。まだ全盛期ほどではない高井、しばらく戦線離脱していた涼太に合わせてか、のびのある歌声は少しセーブ気味だったような気がする。

この日は全体として非常にまとまりのある舞台で、改めて「オペラ座の怪人」が本来持つ作品の魅力をしみじみと感じ取ることができた。高井の不調、木村花代クリスティーヌ投入、新ラウル賛否両論など、何かと話題が多く、荒れた印象の大阪ロングランだったが、千秋楽を前にやっと落ち着いてきたということか。あるいはまだ最後にひと波乱あるのか。できれば新ファントムとか期待したいところだが――。

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「オペラ座の怪人」ホームページ
http://www.shiki.gr.jp/applause/operaza/index.html

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2009年2月 1日 (日)

映画「禅‐ZEN‐」

曹洞宗の開祖、道元の生涯を描いた「禅‐ZEN‐」。中村勘太郎や藤原竜也といった若い俳優がこの地味な映画にどう取り組んでいるのかちょっと興味があり、劇場に足を運んだ。

特に禅宗に造詣が深いわけでもなく、曹洞宗の道元、といわれても日本史の教科書と用語集に書いてある程度の知識しかなかったが、伝えられている著名なエピソードを追う形で綴られる展開のため、予備知識がなくても全く問題はない。そして、禅宗の教えそのもについても、この映画を観れば基本的なことを学ぶことができる。

必要以上にドラマチックに描くわけでもなく、またあえて「普通の悩める若者」として描こうとするのでもなく、また仏教の映画だから多少は説教くさくなっても、それが過剰になることなく、極力ありのままに、その生涯と人物像を伝えようとしている姿勢には好感を持てる。

そして、その制作姿勢はこの映画のテーマにもつながり、それが禅宗の教えをなぞるような格好になっている。

「春は花、夏ほととぎす、秋は月、冬雪さえてすずしかりけり」

あたりまえのことを、あるがままに受け入れて生きよ、ということこそが、この映画のテーマである。

本作では、日本の四季おりおりの風景が描きこまれており、それがひとつの魅力にもなっている。しかしその風景は、ことさら雄大なものでもなく、かといって市川崑の「細雪」のような耽美なものでもなく、どちらかというと「男はつらいよ」に出てくるような、普段着姿の日本の原風景だ。宇崎竜童らの手による音楽も、決して前に出すぎずに心に深く沁みる。

観終わった後も、深い感動に胸を揺さぶられるわけではない。ただいい映画を観た、という淡々とした感想のみが残る。観終わったあと「何も残らない」ことがいい映画の条件、というのは、以前何度かエンターテインメントを共に鑑賞した、私の尊敬している人の言葉である。「何も残らない」映画にはこういうタイプの作品もあったのだ。

このように、ほとんど味付けのされていない精進料理のような映画にもかかわらず、観客を飽きさせずに最後までスクリーンに引き付けることに成功しているのは、やはり主役の中村勘太郎の演技に尽きるだろう。淡々と演じているように見えるが、内に秘めた道元の心の強さが確かに伝わってくるその演技は、不思議なまでに目が離せない。

もっとも、精進料理とはいっても最低限の味付けはしてあり、それが業深き象徴として描かれる内田有紀とのエピソードや、藤原竜也演じる北条時頼との邂逅などのシーンだ。この2人の瑞々しい演技が絶妙の調味料になっている。厳しい見方をする人はこれらもいらない、と言うかもしれない。だが、それではもはやエンターテインメントとして成立しなくなってしまい、本当に修行のような映画になってしまう。そのぎりぎりのさじ加減が、監督の力量を示している。

その監督は、かつて問題作を連発したATG作品の中でも、ひときわ印象的な「TATOO<刺青>あり」の高橋伴明。誰もが知っている凄惨な銀行強盗事件を題材にしながら、その強盗のシーンは全くなく、犯人の生涯を追うという、ギラギラした野心あふれる作品を撮った高橋監督も、もう還暦を過ぎた。そのとんがった過去と、深く刻んだ年輪とが、この静かな作品を生み出したのかと思うと感慨深い。

恐らく、テレビやDVDで観ると集中力が持たないと思うので、興味のある人には劇場での鑑賞をお勧めしたい。

Zen

「禅‐ZEN‐」のWEBサイト(音が出ます)
http://www.zen.sh/

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