Fuerzabruta(フエルサブルータ)
28日22時~23時
Daryl Roth Theatre
オフブロードウエーには午後10時過ぎからの深夜興行もある。多くは金曜、土曜だが、ホリデーシーズンはその他の曜日にも行われたりする。この日も日曜だが、特別に10時からの回が設けられた。しかも、この日は日曜で、ブロードウエーの劇場では通常午後8時からのソワレが1時間早く7時から始まる。という条件がそろったおかげで、「ソワレを観てからもう1本」が可能になった。
さすがにこの日4本目、となれば席に座った瞬間に寝てしまうかも……と不安になるが、このダリル・ロスシアターに関してはその気遣いがない。なぜなら、この劇場には座席がないからだ。
オフ・ブロードウエーでスタンディング、と聞けば、カンのいい人はアレを思い出すだろう。そう、これは前作「Villa Villa(ビーシャ・ビーシャ)」でニューヨークを震撼させたアルゼンチン出身のアバンギャルドなパフォーマンス集団「De La Guarda」の新作だ。場所も同じである。ここでVilla Villaを観たのは2000年の1月だったか。いきなり狭くて暗い空間にすべての観客が押し込まれ、スタッフの姿もない中で不安いっぱいの中で始まる不可思議なショー。そして観客を囲んでいた幕が取り払われると、巨大な空間がそこに広がり、天井から宙吊りになった男女が現れ、ダイナミックなパフォーマンスが始まる。スーツ姿の若い男女が宙吊りになったり(女性はパンツ丸出しだ)、観客の中に飛び込んだり、派手に水をかぶったり(観客も濡れる)、観客の中に入り込んで水浸しになったり、ヘンなダンスを始めたかと思えば妙な楽器を鳴らしたり、好き放題に暴れまわってア然としているうちにショーが終わる――まさに衝撃的だった。その後、日本公演も実施したから観た人も多いと思う。
2年前にニューヨークに来たときにはディズニーミュージカル「ターザン」を観たが(もう打ち切られた。残念!)、その宙吊りパフォーマンスを指導したのがこのDe La Guardaの中心メンバーだ。それ以来、またあの強烈なパフォーマンスを観たいと思っていたので、それが叶って実に嬉しい。
新作といっても、ニューヨークで始まったのは2007年。実は、もう2009年夏の日本公演が決まっている。それを待っていてもいいのだけれど、やはりあの銀行の地下を改造して作られた独特の雰囲気のあるダリル・ロスで観たいじゃないか、とミッドタウンから地下鉄に乗り、15丁目まで南下する。
劇場へ入ると、前回のような不安をあおる構造にはなっていない。最初から広大な空間であることが分かるようになっているし、スタッフの姿も見える。だがスモークがもうもうとしていて、全体像は把握できない。ここで感じるのは、不安ではなく、また何か面白そうなことをしてくれそうだ、という期待感。思う存分ワクワクしちゃってくれ!という自信の表れのようにも見える。
そして始まったショー、Fuerzabruta。それは、Villa Villaとは似て非なる、新たなパフォーマンスだった。
このチームの作品を言葉で表現するのは極めて難しい。開演前のアナウンスを聞いていると「フラッシュは炊くなよ」と言っている。ということは撮影OKだ。今回、大きなデジカメを持っていないので、暗い中の撮影はちょっと厳しいので、かろうじて納めてきた写真をいくつか貼っておくので、中身を想像していただきたい。ちなみにそのアナウンスでは「舞台はゆっくり移動するので、うまくよけながら観るように」とか、他では聞けない内容だったりする。
逆風に全力で立ち向かう男。
空中で水槽ごしに愛し合う男女。
壁を全力疾走する女。
今回も衣装は、およそ動きにくそうなもの。
観客も強制的に舞台へ。
観客に容赦なく放水しまくり。
今回の目玉、天井から降りてくる巨大な水槽と、その中の女性たち。
素顔は普通の若者たちだ。
たぶん、写真のまずさもあって何がなんだかさっぱり分からないだろうと思う。やはり、ここは日本公演をぜひご覧いただきたい。前回の日本公演もそうだったから、恐らくこのまんま持ってくると思う。手抜きは一切ないはずだ。だって手抜きしたら命が危ないから。Villa Villaの日本公演があると聞いたとき、安全性の問題で規制がかかるのではないかと懸念したが、そんなことはなかった。恐らく、日本の法律や条令の枠組みを逸脱しすぎていて、かえって規制がかからないのだろう。
今回は、宙吊りを最小限に抑え、新たな水を空中に浮かべる、という新たな手法を追求しているわけだが、宙吊りをもっと見たかった、というファンは多いと思う。しかし、過去の成功に満足しないのが彼らの基本姿勢なのだろう。FuerzabrutaとVilla Villa、共通するのは「重力への挑戦」だと思う。つまりDefying Gravityである。それは空に浮かんだり、何かを浮かべたり、という具体的な意味にとどまらない。常に「こうあるべきだ」という概念を拒絶し、挑戦を続ける。それが彼らにとってのDefying Gravityなのだ。
こんな破壊的なショーだが、この突破力こそ、全世界的な停滞ムードが漂う現在、人類に必要なものだろう。下品だけどな。
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