内田けんじ「アフタースクール」
三谷幸喜の「マジックアワー」が封切りになったが、いったんスルーして今週はすこぶる評判のいい「アフタースクール」を観た。
なるほど、こりゃあ面白い。ネタバレがこわいので、今後観る予定のある人は絶対この先読まないでください。観ようかどうしようか迷っている人は迷っていないで劇場へどうぞ。
脚本・監督の内田けんじはPFFの出身の新鋭だが、米国留学して映画の技法を学んできた本格派だ。才能だけでなく、セオリーをふまえて緻密に作品を創り上げるその姿勢は、どこか三谷幸喜に通じるものがある。
この映画の魅力は、内田けんじ自身がプログラムのインタビューで語っているように「面白く見せるための展開」と「伝えたい想い」とのバランスが絶妙にとれている点だ。
まずその展開について。突然姿を消した友人を案じている男のもとへ現れた探偵。この3人の男を中心に、複雑に絡んだ人間関係を描きつつ、それを丁寧に解きほぐしていくというこの映画。どういう方向に進んでいくのか解らない面白さ、といえば昨年の日本映画の傑作「キサラギ」を思い出す。だが「キサラギ」のように連続して変化が起きるわけではなく、この映画では2回ほどの劇的すぎる大きな変化が用意されている。次々とコーナーを曲がって楽しませるスペースマウンテンと、ためにためて急激な落差を体験させるスプラッシュマウンテンの違いを想像してもらえれば。
より変化の大きさを感じさせるためには、観客に内容をミスリードさせる必要がある。そのミスリードのさせ方が実に巧みだ。観客は、ミスリードしていたことを気づかされたとき、悔しさを感じる。しかしその悔しさ以上に、そうか、あのシーンはそういうことだったのか、と気づいて爽快感を感じる。悔しさより爽快感が勝らなければ、後味は非常に悪い。しかしこの映画は悔しさの何倍もの爽快感を感じさせてくれる。
そのために、後で振り返りやすいような工夫が施してある。この映画では随所に、違和感のあるセリフや演技をわざとこれみよがしに用意しておき「さあ、ここ何かありますよー」とばかりに印象づける。そうして観客の脳にそのシーンを鮮明に焼き付けておき、変化が起きたときにすぐそれらのシーンを脳内再生して違和感を解消し、爽快感を味わえるようになっている。ナイト・シャマランが得意とする技法だ。その脚本のテクニックがずばずばと決まる終盤は実に小気味よく、ああ、映画とはこんなに面白いものかと幸せな気持ちに浸ることができる。
そして「伝えたい想い」の部分。この映画は、中年にさしかかった男達が主役ではあるが、タイトルどおりまさしく「学園ドラマ」になっている。見終わったあとに残る感覚は、自分の大好きな「高校生映画」~たとえば「青春デンデケデケデケ」や「ウォーターボーイズ」、最近で言えば「うた魂」(エントリー上げそびれました。初々しさをなくした夏帆がいい感じにハナにつく高校生を演じた良作)のような、人が死んだり妊娠したりはしない、さわやかにみずみずしく若者たちを描いた映画~のそれに近い。実はこの映画に出てくる男3人は、それぞれどこか子供っぽさを残している。だから常に自分より大きな権威に甘えているきらいがある。大人になりきることなく大人になってしまった男たちが、それぞれの心の中にある学園生活に「決着をつける」過程を、優しいまなざしで見つめたファンタジーなのだ。
「キサラギ」は、込められた「想い」がアイドルを応援するファン心理、という、一部の人(俺を含む)以外の人にはやや受け入れがたいものだっただけに、その展開のキレ味が逆に強調される結果となった。しかし、この「アフタースクール」は「想い」も大いに共感を呼ぶものだ。それだけに、展開と「想い」とのバランスをどうとるか、というのは本当に難しいサジ加減だったのだろう。その絶妙さは職人芸である。こんな素晴らしい人材が活躍していければ、日本映画界の未来も大いに明るい。
さて、今回の主演3人は大泉洋、佐々木蔵之介、堺雅人。佐々木、堺の演技の見事さは言うに及ばないので、今回は大泉洋に賞賛を送りたい。教師であると同時に、どこか「生徒」の面も垣間見せるその演技はまさしくこの映画の「想い」そのものだった。後半に散りばめられたいくつかの美しいセリフ、「お前がつまんないのは、お前のせいだ」「一緒に帰ろう」といったある意味ベタなセリフが、自然に、そして感動的に聞こえるのは、彼の演技が学園ドラマの空気感を漂わせているからに違いない。
職人芸と青臭さが共存するクリエーター、内田けんじの仕事ぶりに、今後も大いに注目していきたいと思う。
「アフタースクール」のWEBサイト
http://www.after-school.jp/index.html
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コメント
いつも楽しく拝見しております。
私も週末に観覧してきまして、
「学校なんでどうでもいいんだ・・・」
のくだりは、身震いさえしました。
彼の演技力は、すごいですよね。
また、四季ネタ他、楽しみにしております。
投稿: けん | 2008年6月 9日 (月) 15時29分
けんさん、こんにちは!
確かにあのシーンは素晴らしかったです!
一見唐突に見えるセリフですが、振り返ってみるとあれにつながるやりとりがあったんですよね。
それは脚本のうまさかも知れませんが、それ以上に、彼の演技が作品のテーマを完璧に理解したものだったからこそ、あのセリフが大いに効いたのだと思います。
また観たくなってきました!
投稿: ヤボオ | 2008年6月 9日 (月) 22時11分