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2007年10月 6日 (土)

劇団四季「ウェストサイド物語」よくある異常な観劇態度

10月に入ったことだし劇場めぐりを再開したい。その最初を飾るにふさわしく「正常ではない観劇態度」を存分に発揮できる公演はないものかと物色していたところ、あるじゃないですか。9月に秋劇場で開幕した「ウェストサイド物語」。これがまたウホッないいキャストである。阿久津陽一郎に樋口麻美、加藤敬二先生もご出演。なんといっても今週から木村花代様の登場だ。「役者ではなく作品を見ろ」とさんざん言っておきながらこんないい役者をそろえてくるとはどういう風の吹き回しだ。何か魂胆でもあるのかと疑いたくなる。まあせっかくの良キャストだ。悪びれずに受け取っておくさ(ロイエンタール元帥)。

さてこの作品、自分にとっては初見である。12年前、日生劇場で公演があったことは覚えている。当日券でもあれば観ようかな、という軽い気持ちでいたところ、だいぶ人気があって結局行けなかった。その後、大阪公演も予定されてた。旅行ついでに観ようと計画していたら、何かの事情でこの公演が取りやめになり、急きょ「ユタと不思議な仲間たち」と「夢から醒めた夢」の連続上演に。そこで初めて観た「夢から醒めた夢」が、後に自分にとって一番好きな作品になったのだから、舞台との出会いというのも人との出会い同様におもしろい。微笑三太郎が、学校を間違えて見学に来たために横浜学院の正捕手でなく明訓高校の5番バッターになったようなものだ。

以前、映画化されたものを観ているとはいえ、初見の舞台というのはやはりわくわくする。これが四季の言うところの正常な観劇態度なのだと言われれば、ちょっと納得だ。客席が暗くなると、オーケストラピットからコンダクターが顔を出して一礼し、オーバーチュアの演奏が始まる。古き良きミュージカルのフォーマットだ。三谷幸喜の「オケピ!」にもこのシーンがある。何となく懐かしい気分になったところに、奏でられるこれまた古めかしい、どこか耳に覚えのある旋律。初めて観る高揚感とノスタルジックな雰囲気混じり合っていい気持ちになってきたところで幕が上がると、シンプルなセットひとつでそこがニューヨークであることを示している。映画ではマンハッタンの空撮をじっくり見せていたが、そんな手間をかけずとも説得力を備えてしまうのが舞台というメディアの強みだ。映画版では不良がいきなり街中でバレエを踊るシーンについていけなかったが、舞台だとそれも受け入れられてしまう。

始まってみると、何と言おうか、心地いい作品だ。確かに古くさい感じは否めないし、納得のいかない展開にもたつく舞台転換、とあげつらうことのできる要素は数多い。しかしそれらもひっくるめて、いや多少古めかしいからこそなのかもしれないが、全体的にリラックスして楽しむことができる。シンプルな物語と解りやすいセリフもそれを助けている。アンドリュー・ロイド=ウェバーの作品やディズニー作品のように、圧倒的な情報量でたたみかけてくる舞台もいいが、まるでショウを観るかのように、気軽に接することができる舞台もまたいいものだ。アメリカのエンターテインメント文化、その基本線を肌で感じることのできる作品だとも言えるだろう。ふんだんに盛り込まれたダンスシーンもパンチラ満載で迫力があってえらく楽しい気分になる。

ストーリーは映画を観ていたから知っていたが、決して明るい話ではない。そしてその根底にはアメリカを支えてきた移民の文化の暗黒面がくっきりと描き出されている。にもかかわらず、幕が閉じて席を立つときには、明るい気持ちで満たされている。これこそエンターテイメントの力だ。重いテーマと優れたエンターテイメントは共存できる。テーマが重いほど、エンターテイメントの巧みな文法を駆使できるし、エンターテイメントとして完成されているほど、重いテーマが無理なく人の心に伝わる。

そういう意味では、四季が戦争をテーマにしたミュージカルを創っていることも決して妙な方向性とは言えない。ただ、まだエンターテインメントとしての完成度が低いために、テーマ性が先走る印象になっており高い評価が得られないのだと思う。恐れず試行錯誤を繰り返すことで、いわゆる「昭和三部作」はもっといいものになる可能性があるのではないか。

以上が舞台全体の印象。ここから異常な態度に入っていく。

この日のキャストは以下のとおり。

ジェット団(The Jets)

リフ 松島勇気
トニー 阿久津陽一郎
アクション 西尾健治
A-ラブ 大塚道人
ベイビー・ジョーン 厂原時也
グラジェラ 高倉恵美
エニイ・ボディズ 礒津ひろみ

シャーク団(The Sharks)

マリア 木村花代
アニタ 樋口麻美
ロザリア 鈴木由佳乃
ベルナルド 加藤敬二
チノ 中村 匠

おとなたち(The Adults)

ドック 立岡 晃
シュランク 牧野公昭
クラプキ 荒木 勝

何はともあれ花ちゃんマリア。今年は「ジーザス・クライスト=スーパースター」に続き2人目の「マリア」だ。

最初の登場シーンでは、下着姿に心の中でありがとうと言いながらも、「うっ、ちょっと微妙…」という違和感があったのも偽らざる事実だ。「ふたりのロッテ」における吉沢梨絵のスクールガールといい、次々にファンとしての度量が試されている。しかしそこは舞台の強み、すぐにその違和感は消し飛んでしまい、その可愛さにもうメロメロ(死語)ですよ。結婚式ごっこの名場面では、そのかわいさが200%炸裂して何だか涙が出てきそうになった。異常な観劇態度も、極めると正常な観劇態度とそんなにかわらない境地に達するのだ。

自分は声楽のことはよく分からないが、マリア役は相当にキーが高いらしく、かなり苦戦していたようだ。笠松はるのマリアは未見だが、そこは芸大の院卒、おそらく無難に歌いこなしていたに違いない。しかし、もちろんひいき目はあるが、花ちゃんの声はこの役に合っているように思う。特に作品は知らずともこの歌は知っている、という有名な「トゥナイト」は、ふしぎに日本人の琴線に響く旋律だ。その曲に、花ちゃんの、ちょっと歌のお姉さん(神崎ゆう子とか)っぽい優しい歌声が非常にマッチしていると感じたからだ。

そういえば大学生のとき(だから80年代末ごろ)、NHK「愉快にオンステージ」の公開録画を見学したことがある。その回は三宅裕司・小倉久寛はじめスーパー・エキセントリック・シアターの面々が、南野陽子をゲストに迎え和風ミュージカルの上演を試みるという今にして思えば豪華な企画だった。そこで演歌っぽいアレンジの「トゥナイト」も歌われていた。やっぱりあの曲は日本人好みじゃないのか。

話を戻し、花ちゃんのときめきトゥナイトは阿久津とのハーモニーも絶妙だ。阿久津のやや投げやりな歌い方と、花ちゃんの丁寧な歌い方とがいいバランスを保っている。この二人の歌はまた聴きたいものだ。アムネリスとか演じてくれないものかな。

さてその阿久津。映画のトニーは、少年と大人の狭間で揺れ動く危うさを秘めた青年だったが、阿久津が演じるとただのヘンな奴にしか見えない。さすがだ阿久津。期待どおりである。危うさというより、危なさがいっぱいのトニー。でもそんなヘンな奴だからこそ、決闘のシーンでああいう結果になっても何となく納得できる。これはこれでキャスティングの成功といえよう。

ミストフェリーズとしてキャッツシアターに現れては、いらん小芝居で正常ではない観客を大いに楽しませてくれる松島勇気だが、今回は真正面から演技のうまさを披露している。行動力と判断力を兼ね備え、リーダーの資質を感じさせながらも、トニーの前では人間的な魅力で一歩譲る、という難しい立ち位置の役を完璧に演じ抜いている。松島勇気はこの役で次のステップへの切符を手にしたと見ていいだろう。

その松島リフにまとわりつく美人は高倉恵美。タントミールが人間に転生した、という変な妄想を抱いてしまうが、すらりとした手足としなやかな身のこなしは、やっぱりジェリクルキャッツである。

加藤敬二の不良少年のリーダーを演じるというのも、舞台だからこそ許されるキャスティングだ。これ映像でやったらたちまち梅宮辰夫の「不良番長シリーズ」になっちまう。雰囲気的には、つかこうへいの「飛龍伝」で全共闘の学生を演じていた春田純一に似ている。分からないと思うが、実にそっくりだ。

主役級ぞろいの今回のキャストにあって、ひときわ輝いていたのは樋口麻美だ。一瞬樋口だと分からないほど、オトナの女の雰囲気を身にまとい(ちょっと寄せて上げている)、歌もダンスもそして演技もパワフルにこなしている。これには大いに感心した。これで樋口は完全に娘役ポジションから脱皮した。こうなるとがぜん樋口エルファバにも期待が高まってくる。ウィキッドを観るたび(エントリー2回しか上げてませんが、5回観てます)、濱田めぐみが休養したらどうなるんだろう、と不安を感じずにはいられなかったが、樋口がしっかり稽古を積んでいさえすれば、十分魅力的なエルファバになりそうだ。

樋口麻美-木村花代の同期コンビを2005年の「夢から醒めた夢」以来、久しぶりに見られたのも四季の若手女優マニアとしては嬉しい限りだ。自分は花組だがあさみん(小田あさ美かよ)もたいそう好きで、両方とも応援している。これまで、役付きの面では樋口が一歩リードしているものの、実力的には互角、と考えていたが、この舞台を見る限り実力の面でも樋口が2、3歩リードしたようだ。だが花ちゃんもこの舞台で、これまでにない高いキーの歌にチャレンジしている。これをクリアすれば、見えてくるんじゃないか?次の役として、グリンダが…。もちろんベルもまた見たいけれど。

ところで、今回の公演は上にも書いたように生オケだった。他劇場ではどうなるか分からないが。シンプルな編成とは言え、翻訳ミュージカルを生オケで公演してチケット代が9450円というのは、いまの相場から言えばだいぶ安いと思う。こうしたところの四季の企業努力は以前から大いに評価しているし、それは今も変わらない。最近おちょくってばかりだから、ここでちょっとだけホメておくことにしよう。

「ウェストサイド物語」のホームページ
http://www.shiki.gr.jp/applause/wss/index.html

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コメント

こんばんは、ヤボヲさん!
正常ではない観劇スタイル、恐れ入ります。

私は、10/6(土)は夜公演に出撃していました。(ひょっとしてニアミスでしょうか?)
この日は、幕が上がる前に、観客席全体から厚い拍手が聞かれ、ファンの思いが大きいことを思い知らされました。
思うに、四季の会員達は徹底的にマゾなのだと思います。
金を払っているのに「正常ではない」と言われた劇団に足まで運んでいるから相当に阿呆です。
でも、私もヤボヲさんに負けないぐらいの阿呆になりたいと思っています。

私もWSSは初見でしたが、花代組で良かったと思いました。
でも、ヤボヲさんも指摘されているように、アサミンの脱皮にも注目しています。
これほどの成長をアサミンが見せてくれるなら、保坂千寿の休団以来空席になっていた「マンマ・ミーア!」のドナ役をやってもらってもいいと思います。週替わりで、娘役と母役をやり替えるなど変化も見てみたいです。

実を言うとヤボヲさんにはチッと怒っています。
いつも、的確な批評と四季ヲタぶりには、「それはオレも言いたかった!」と後追いばかりで悔しい思いをしています。
ぜひとも、これからも先達として道を切り拓いてください。そして、私にチッと言わせてください。

投稿: よしぼう | 2007年10月 9日 (火) 01時52分

こんにちは。

樋口ドナに、木村ロージー、ターニャには…佐渡さんとか?
そんなマンマ・ミーア!超観てえ。

でもそんな時が来て欲しいような、欲しくないような。

投稿: ヤボオ | 2007年10月 9日 (火) 23時09分

こんばんは、ヤボヲさん。久しぶりにコメさせていただきます。
私も先週10/5と先々週9/28と2週に渡って見に行ってしまいました(^o^)/
「WSS、まあ1回は見とくか。」とお気軽・思い立ったら当日券お昼休みでゲッチュモードで仕事帰りに行きました。
9/28の笠松マリア、団アニタ、鈴木涼太トニー。
正直感想としては「WSS、まあ1回見といたからいいか。」でした。
ちょっと個別に感想を述べさせていただきますと・・・
笠松マリア・・・歌は上手。しかし、全体の印象はちんまり豆狸。
涼太トニー・・・過去がないよートニー。明るく朗々と歌いすぎだよー。マリアの腰に手を廻して歌う姿はどうみてもラウルだよー(´Д`)
(鈴木涼太は好きな役者さんなのですが・・・)。
団アニタ・・・表情つけすぎです。怖い。(Contactのときもそうでしたが、この人の表情は苦手です(>_<))
笠松・涼太ともに育ちがいい感じがしちゃって、マンハッタンの下層感がないのが最大の違和感。

もう1回は見に行くことはないと思っていましたが、翌週花ちゃんマリアだったので、やはり当日券ゲッチュで行って見ると、
全然違うじゃないですか!!花マリア!!!

私も樋口エルファバどうなんだろうと思っていたクチでしたが、マリアとアニタのデュエットを見ながら、
花ちゃんグリンダ&樋口エルファバいいじゃないかぁ!!
と妄想モードでした。
しかし、何といっても(前週と比較すれば)この舞台を花ちゃんがひっぱってると思ったのはファンの思い込みでしょうか。
カーテンコールでニコニコしながらでてきた笠松さん。
明るくニッコリバイバイするような幕切れではないのに、切替早!
カーテンコールも冷ややかに(?)1回きりで観客はそそくさと立ち去りました。
それに対し、カーテンコールで泣いてでてきた花ちゃん。
役者の姿勢に観客も打たれたのでしょうか、アンコールに次ぐアンコール。
5回目ぐらいに最後はトニーと抱擁して、ニッコリ。やられました(´∀`*)。

ところで、お昼休みに当日券を買いに行いった際、劇場前の駐車場に入ってきた車からからちょっと普通とは違う雰囲気の人が。
よく見ると刑事じゃないですか!
コンビニ弁当片手に颯爽と劇場に入って行く姿はもう既にベルナルドでした(^.^)
長文&駄文コメントすいませんでした。

投稿: にょん | 2007年10月11日 (木) 19時46分

こんにちはー

なるほどなるほど、笠松マリアそんな感じだったんですね。興味深いレポありがとうございます。
まあ将来楽しみな人ではあります。早めに大きな役につけて育成していくんでしょうね。

ベルナルド番長は、確かに舞台を降りても存在感すごいんですよね。いちど京都劇場の客席で観たことありますが、近寄りがたいオーラばりばりでした。でも勇気を出して近付いたファンとにこやかに握手してて、ナイスガイだと思いました。

投稿: ヤボオ | 2007年10月11日 (木) 23時01分

ヤボヲさん、こんにちは。

またまたニヤニヤしながら、的確かつおもしろさ満載のレポを読ませていただきました。

WSSは幼少の頃から映画好きの父の影響で大好きでした。
(親が起きると言いながら、歌い出しちゃうところとか)
高校の時に、宝塚でWSS舞台初体験。
映画と違うじゃん!とビックリした記憶があります。
(COOLとクラプキンの歌が逆とか・・・)

花まり(花總まりにあらず)とアーニタのコンビは最強ですね。
役者のイメージもピッタリだし、裏切らない組み合わせだと思います。
あっくんに対するツッコミとか、すみません、思いっきり肯定したいですw

オールドファッションの舞台。
大事にしていってもらいたいですね。
宝塚から舞台生活がはじまったので、
客席が暗くなり、指揮者にライト当たり、拍手、演奏始まる、というスタイルが好きです。
あー始まるなーってワクワクします。

今回もチケットを取っていないので、
四季の感想でなくてすみません。

長文失礼しました。

投稿: こえり | 2007年10月12日 (金) 11時36分

こんにちは。

花總まりがマリアなら、やはりアニータは野村玲子?
そんな女帝対決、見たくないような、見たくないような…。

阿久津トニーは基本線タガーと同じで、ヒジョーに絡みづらそうな奴でした。

投稿: ヤボオ | 2007年10月13日 (土) 01時45分

こんばんわ!
実は今度ウエストサイド見に行きます。
実はちょっと楽しみです。35ステップスを最近になってやっと買ったからです。
やはり保坂さんの歌声で聞きたかったなあと思うことしきり…

それより最近気になるのは、石丸幹二さん。
お名前どころか、更新されるHPからどんどん石丸さんがいなくなっている気がします。
ちょうど変わり目なのでしょうか???
進化とは…なんだか寂しいものです。

投稿: tizu | 2007年10月21日 (日) 18時35分

こんにちは。

ウェストサイド物語、楽しいといいですね。

石丸幹二は決定的でしょう。残念ですが。10年前から彼のファントムが見たかったので、その意味でも残念です。

もっとも退団して、新しい役柄に取り組んでくれるならそれはそれで楽しみです。とりあえずジャベール希望します。

投稿: ヤボオ | 2007年10月22日 (月) 00時41分

こんばんはー。正常じゃない観客のための正常じゃない観劇による正常じゃない舞台って感じで楽しそうですね。そのうち見に行きたいです。毎週水曜日に山手線の中でWSSの予告を見ながらそう思ってます。

投稿: popon-x | 2007年10月23日 (火) 00時33分

こんにちはです。

なんで水曜限定?それにしても田邊選手は恐れ…うんにゃ予想どおり鹿鳴館行き。WSSに出てほしいのです。

投稿: ヤボオ | 2007年10月24日 (水) 00時04分

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