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2007年10月28日 (日)

四季「キャッツ」荒川務キャプテン公演

グリザベラ 重水由紀
ジェリーロラム=グリドルボーン 遠山さやか
ジェニエニドッツ 高島田 薫
ランペルティーザ 磯谷美穂
ディミータ 有永美奈子
ボンバルリーナ 遠藤瑠美子
シラバブ 南 めぐみ
タントミール 河西伸子
ジェミマ 王 クン
ヴィクトリア 千堂百慧
カッサンドラ 井藤湊香
オールドデュトロノミー 種井静夫
アスパラガス=グロールタイガー/バストファージョーンズ 田島亨祐
マンカストラップ 荒川 務
ラム・タム・タガー 阿久津陽一郎
ミストフェリーズ 金子信弛
マンゴジェリー 武藤 寛
スキンブルシャンクス 岸 佳宏
コリコパット 入江航平
ランパスキャット 高城将一
カーバケッティ 松永隆志
ギルバート 龍澤虎太郎
マキャヴィティ 片山崇志
タンブルブルータス 岩崎晋也

この週末は突然キャストが大きく動いた。予告どおり、アイーダに渡辺正登場。おおっ(とりあえず)観てえ!
と思っていたらキャッツで驚天動地のミラクルキャスト変更。なんと荒川務がマンカストラップだ。今週は遠征する余裕もないし、とりあえずこっちを押さえよう!ということで前日予約でキャッツ・シアターへ。

それにしても正真正銘の70年代アイドル・荒川務がリーダー猫のマンカストラップに抜擢されるとは本当におどろきだ。年齢的には、今回の東京公演では恐らく最年長のリーダー誕生だろう。日本国政府同様、首班はやっぱり年長者というのが流行なのか?あのアイドルボイスがどう生かされるのか、大いに期待して開演を待つ。

そして、我々の前にさっそうと登場した荒川マンカストラップ。第一声「生まれたのか?」から、まがうことなき荒川務、あのアイドルボイスのままだ。にもかかわらず、そのセリフ回しや歌い方には、不思議に違和感がない。言葉を一音一音、実に丁寧に、そして力を込めて繰り出しているせいか、説得力がある。言霊がこもっている、と言ってもいい。なるほど、言葉でみんなをまとめるタイプのリーダーなのだな。オスカー・フォン・ロイエンタールは銀河帝国で最も美しく「マイン・カイザー」と発音するそうだが、荒川務はキャッツ史上最も美しく「オールドデュトロノミー」と発音している。

今回の東京公演で現在のところ最高のマンカストラップは、やはり福井晶一だと思う。しかしあらゆる面で、その福井マンカストラップとは対称的だった。

福井のイメージが強いせいか、マンカストラップの顔といえば四角くて大きい(ペヤングじゃない)と勝手に決めつけていたが、荒川マンカストラップは丸くて小顔のすっきりしたハンサム猫だ。一瞬、石丸謙二郎に見えてしまったのは内緒だが。

また、福井のごつごつした男性的な動き(だがそれがいい)にくらべ、荒川はあくまでしなやかで、軽やかな身のこなし。ジェニエニドッツとのタップ競争も、ボビー・チャイルドのようで楽しそうだ。

何といっても、福井が力で部下を屈服させる、近付きがたい武闘派なオーラを身にまとっているのに比べ、荒川のオーラはあくまでやわらかく、自然と部下が寄ってくるような、優しさに満ちている。黒鋼とファイ、ラオウとトキあたりを想像してもらえば解りやすくないとは思うが想像してほしい。

戦闘力は低めだから実戦には向かないが、頼りない感じはしない。マキャビティとの戦いは第一ラウンドはなすすべもなく敗退していたが、第二ラウンドではよく食い下がっていた。その姿を見たら、周りの猫も助太刀せずにはいられない。ちなみに、夜行列車のやくざな奴は、何事か高速で口にしており、やくざというよりクレーマーのようだった。

自分の出番以外でも、常にほかの猫たちの様子に気を配り、他の猫たちに小まめに声をかけたり、肩をぽんと叩いたり、ハイタッチしたり、とコミュニケーションを欠かさない。70年代の青春学園ドラマに出てくる、明るく爽やかな運動部のキャプテンのようだ。

やはり荒川務は荒川務だ。例えはよくないかもしれないけど、加山雄三や郷ひろみのような、年齢とは無関係な、絶対的な若さに満ちあふれている。巨人の原監督もそうだ。落合監督のほうが頭がいいとオーナーに言われたって、俺なら原監督についていく。ベイスターズファンだけど。そんな、皆で支えていきたくなるタイプのリーダー猫の誕生は、またひとつキャッツという作品の懐の深さを見せてくれた。

そればかりか、荒川の強烈な爽やかキャプテンぶりはカンパニー全体に影響を与え、作品全体が和やかで、暖かい雰囲気に仕上がった。終演後には「スウィングガールズ」とかの高校生映画を観た時のような清涼感が残った。かつて福井マンカストラップが芝タガーとともに大暴れしたとき観劇後に残った印象はまさに「仁義なき戦い・頂上作戦(菅原文太vs小林旭)」だったわけで、それとは正反対である。

これほど作品のムードを変えてしまうとは。マンカストラップは魁!男塾における富樫と虎丸のようなただの進行役だと思っていたが、その認識は改めねばなるまい。

そういえば、荒川務マンカストラップ誕生という衝撃の蔭で、しれっと阿久津陽一郎がタガーになっていた。おいおい、君は呼んでないぞ。マンハッタンに縛り付けられていると油断したのがよくなかった。まあ来ちまったものは仕方ない、大人しくしてろよ、と思っていたらこれがますます増長しており、ごむ~~~~ようは、松山千春の「長い夜」かよ、というぐらい引っ張るし、どうもトニー役で身につけたと思われる、顔をクシャッとつぶして九十九一のように笑うヘンな表情を乱発するし、観客を舞台に連れ去りながらろくにリードもせず混乱させるし、スキンブルシャンクスナンバーでは隣りのギルバートにもたれかかり、シラバブだけでなくカッサンドラまで寝室に入れなくしてしまうし、あげくの果てにはタガー締めを通常の3倍ぐらいやっていた。

だが、そんなどうしようもない阿久津タガーも、荒川キャプテンの下ではただのひょうきんな奴、という感じになる。「ちびまる子ちゃん」のハマジみたいなものだ。確かにそういう奴も、学園ドラマには欠かせない存在である。実際のところ、荒川マンカストラップと阿久津タガーの相性はなかなかだ。何かこう、ほっとさせる雰囲気のコンビになっていた。

荒川も寄る年波には勝てないのか、あるいは急な登板で準備不足だったか、激しいダンスのあと、肩で息をしている場面が何度も見られた。やはりキツイ役なのだろうか。だがもしできるのなら、体力的に無理のない範囲で、ときどきマンカストラップを演じてほしい。もう少し役になじんでくると、さらに荒川らしさが出てくることも期待できる。爽やかさだけでなく、明るく優しい上司だけど、実はジェミマと不倫してます、みたいなちょい悪な部分も出てくると、いっそう味わい深くなると思うんだけど、だめかなあ。

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大崎駅のイベント「しながわ 夢さん橋2007」に出展されたキャッツボール(28日まで)。中に入り、床に描かれた猫の足あとを踏むと、歴代ラム・タム・タガーの登場時のかけ声が聴ける。というような企画だったら面白かったのだが、どっかで合成したような妙な鳴き声がするだけだった。

「キャッツ」のホームページ
http://www.shiki.gr.jp/applause/cats/index.html

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2007年10月20日 (土)

映画「ヘアスプレー」トラボルタが気持ち悪い

ヘアスプレーである。自分にとっては昨年末のブロードウェー観劇今年の来日ツアー版観劇に続く映画版の鑑賞だ。もちろん、そのブロードウェー観劇の前にジョン・ウォーターズ版の映画「ヘアスプレー」(1988)は押さえている。

ここで説明しておくと、「ヘアスプレー」はもともとジョン・ウォーターズ監督による映画である。それも氏の出世作「ピンク・フラミンゴ」ほどではないものの、既存の価値観なんてぶっ飛ばせという過激なメッセージを含んだだいぶ悪趣味な映画だ。しかし物語では、それが結果的に人種差別の撤廃といういたって社会的なメッセージに収斂されたため、政治的に正しい映画と解釈することもできる。これを、ブロードウェーのプロデューサーが60年代音楽満載のミュージカル・コメディーに仕立て直して上演したところ、大ヒットとなり2003年のトニー賞を受賞。それをまた映画にしたのが本作、ということになる。

「ウェストサイド物語」の映画版と同じく、この作品も空撮から始まる。そして映し出されるボルチモアの町並み。それは数年前の出張で、ニューヨーク-ワシントン間を非人道的な身体検査を避けるために特急列車で移動したとき、車窓から見たボルチモアと何ら変わるところがない。あの時代が止まったような町並みは、その保守的な土地柄を象徴的に示しているものだ。

本作の出来だが、基本的には舞台に忠実に作られており、ミュージカル「ヘアスプレー」ファンにも大満足の出来となっている。そして初めて「ヘアスプレー」に触れる人にとっても、ユニークな登場人物とゴキゲンな音楽とで観客を力強く引っ張っていく、大いに楽しい一作だ。

チビでデブだけどダンスは抜群の嵐を呼ぶ娘、トレーシーにはオーディションで選ばれたニッキー・ブロンスキー。ブロードウェーのオーディションにも応募したが年齢的にまだ16歳ということで合格できなかったのだという。幼少時よりレッスンを積んでおり、その実力はかなりのもの。踊りだけでなく、歌もいい。これまで観たりCDで聴いたトレーシーは、ちょっとアニメ声がかったかわいい歌い方が多かったが、彼女の歌い方は本格的で、声量も十分。舞台にも出て、カルロッタとか演じてほしいほど。そしてもちろんチャーミングな、なんたって18歳だ。

そして力士のように太ったその母に、「グリース」以来29年ぶりのミュージカル映画出演となるジョン・トラボルタ。「サタデー・ナイト・フィーバー」の大スターから、鳴かず飛ばすの時期を経て、「パルプ・フィクション」で華麗に復活、個性派スターとして引っ張りだこになったと思いきや、新興宗教サイエントロジーの広告塔として「バトルフィールド・アース」という珍作を作っちまい、以来すっかりラズベリー賞の常連に。この人の人生は、映画以上に面白い。当然自分の大好きな役者だ。そのトラボルタが巨漢の女性に扮する。もうそれだけで期待にこちらの胸もふくらむというものだ。そしてスクリーンに登場したトラボルタは、ジョン・ウォーターズ版のディヴァインが明らかに男だったのに対し、驚いたことにきっちり女になりきっていた。それだけにかえってキモチ悪い。旧作がカラッした悪趣味なのに対し、これはねっとりした悪趣味だ。フィナーレでは微妙に「サタデー・ナイト・フィーバー」な動きや、「パルプ・フィクション」な動きもにじませつつ、キレがいいのか悪いのかよく分からないふしぎなおどりを披露。これは一見の価値があるのでぜひ劇場に足を運んでほしい。

トラボルタの夫役には「バットマン・リターンズ」でペンギンを操りバットマンと対峙した冷徹な悪役が印象的だったクリストファー・ウォーケンだ。「さえない男」のイメージがある同役には、ちょっと意外かつ豪華なキャスティングである。そしてそのクリストファー・ウォーケンを含むところあって誘惑しようとするテレビ局プロデューサーにミシェル・ファイファー。そう、「バットマン・リターンズ」でウォーケンに恋し、裏切られて殺されかかってキャットウーマンに転生したのが彼女だ。あの窓から突き落とすシーンは実に悲惨だっただけに、この2人のからむシーンを観ていると何となくほっとするのは俺だけではあるまい。ちなみに、元祖「さえない男」を旧作で演じたジェリー・スティラーはトレーシーをイメージキャラクターに起用するアパレル会社の社長として本作にも出演している。

ほか、映画版「シカゴ」のママ・モートンも記憶に新しいクイーン・ラティファも参加しており、実に豪華な顔ぶれで大ヒットミュージカルの映画化したわけだが、無論この映画はそれだけではない。"Mama, I'm a Big Girl Now"を大胆にカットするなど多少曲の入れ替えも行っているし(その代わり、エンディングで流しているあたりはさすが)、展開も少し変えてテンポをよくしている。"I Can Hear the Bells"は舞台版がいかにも舞台的な演出だったので、ここは逆に映像ならではの手法で見せてきた。このシーンは見ていて本当に楽しかった。そしてラストにもサプライズなヒネリを加えてきた。舞台の魅力を忠実に再現しながら、独自色を発揮するのにも成功している。

トラボルタのキモチ悪さ以外は、「毒気」はさらに抜かれた印象もある。その一方で、人種差別というテーマ性はより強調された。それによってますます政治的に正しい雰囲気になってしまった点には、この作品の悪趣味さを買っているファンとしてはやや複雑な気持ちもある。だが決して説教くさくなく、歌って踊れば人生は最高だよ!というマンマ・ミーアなフィナーレはある意味とてつもなくノウテンキであり、その無責任さはジョン・ウォーターズのアナーキーな作風に通じる、という解釈ができないこともない。

とにかく、ひとことで言えば楽しい映画。音楽も実に丁寧に作り込んであるので、ぜひ音響施設の優れた劇場で観ることをお勧めしたい。

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このピニール製のPOP、ちょっと欲しい。

映画「ヘアスプレー」公式サイト(音が出ます)
http://hairspray.gyao.jp/

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2007年10月14日 (日)

沢木順「ソロミュージカル・YAKUMO」@大隈講堂

沢木順が2004年から断続的に上演している「YAKUMO」。波乱に満ちた小泉八雲ことラフカディオ・ハーンの生涯を、一人芝居のミュージカルで描くという野心的な試みだ。

そのYAKUMOを、八雲が最後に教鞭を執った早稲田の、大隈講堂で上演するという。早稲田は沢木順の母校であり、ついでに言えば自分の母校でもある。YAKUMOはいちど観たいと思っていたが、いつも1日限りの公演でなかなかその機会を得られなかった。この機会にと思い、いそいそと出かけていった。

卒業後も、大学にはときどき仕事や遊びで来ていたが、大隈講堂の中に入ったのはたぶん卒業式以来だ。在学中は、ここで映画上映会や、さまざまなイベントに参加したものだ。生稲晃子が歌っていたこともある。そういえば今、生稲晃子はNHK朝の連続テレビ小説「ちりとてちん」に出演している。教育テレビなどへの地道な貢献が認められたようだ。自慢じゃないが、俺は生稲晃子からファンレターの返事をもらったことがある。

このYAKUMOだが、もちろん出演者は沢木ひとり。演奏はピアノのみ。舞台上には3体の彫像とジョジョに出てくる石仮面のような仮面が配置されているだけだ。ここで、沢木が少年時代から晩年までの八雲と、さまざまな登場人物を変幻自在に演じ分ける。さすがは沢木、四季時代に、「日本でいちばん多くのブロードウェー・ミュージカルに出演した男」と自称し、ラ・アルプ上で別の役者に「どうもその中には『オペラ座の怪人』や『キャッツ』も含まれているらしい」とつっこまれていただけある。アルプにもそんな牧歌的な時代があったのだ。その沢木の、ころころ変わる表情と歌い方を堪能しているうちに、物語はどんどん進んでいく。八雲は常に困難に向き合い、深い悩みを抱えており、基本的には重苦しい内容だが、その重さをテンポの良さと沢木の軽快な持ち味によって相殺し、あっという間の2時間に仕上がっている。

死を間近にして早稲田に赴任し、「親愛なる早稲田の諸君」と学生たちに呼びかけるシーン。実際、この日は客席に多くの学生がおり、一瞬自分も学生時代に戻ったかのような錯覚に陥って強い感動を覚えた。

それにしても、やはり沢木は歌によって演技ができる、得難い役者だ。彼のオペラ座の怪人は、クリスティーヌへの想いがひしひしと伝わってくるかと思えば、震え上がるほどの恐怖を感じさせるという、実に見応えのあるものだった。今の村・高井・佐野というファントム勢も、歌はみな沢木を凌駕しているし、それぞれにいい存在感を持っていて大好きだが、演技のテクニック、という面においてはやはり沢木には二歩も三歩も譲る。退団後、久しぶりに四季への出演となった「アイーダ」のゾーザー役は、短期間の参加にとどまってしまい残念だが、ぜひ一度観たいものだ。

沢木は今年、バレエ公演「くるみ割り人形」にも参加するのだという。年齢を重ねてなお、新しいことに次々チャレンジするその姿勢には本当に頭が下がる。小規模の公演を中心に活動しているが、ぜひときには大舞台にも顔を出してほしい。いずれにしても、今後もその活躍はウォッチしていきたいと思う。

沢木順「公認」ホームページ
http://sawaki.net/

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2007年10月 6日 (土)

劇団四季「ウェストサイド物語」よくある異常な観劇態度

10月に入ったことだし劇場めぐりを再開したい。その最初を飾るにふさわしく「正常ではない観劇態度」を存分に発揮できる公演はないものかと物色していたところ、あるじゃないですか。9月に秋劇場で開幕した「ウェストサイド物語」。これがまたウホッないいキャストである。阿久津陽一郎に樋口麻美、加藤敬二先生もご出演。なんといっても今週から木村花代様の登場だ。「役者ではなく作品を見ろ」とさんざん言っておきながらこんないい役者をそろえてくるとはどういう風の吹き回しだ。何か魂胆でもあるのかと疑いたくなる。まあせっかくの良キャストだ。悪びれずに受け取っておくさ(ロイエンタール元帥)。

さてこの作品、自分にとっては初見である。12年前、日生劇場で公演があったことは覚えている。当日券でもあれば観ようかな、という軽い気持ちでいたところ、だいぶ人気があって結局行けなかった。その後、大阪公演も予定されてた。旅行ついでに観ようと計画していたら、何かの事情でこの公演が取りやめになり、急きょ「ユタと不思議な仲間たち」と「夢から醒めた夢」の連続上演に。そこで初めて観た「夢から醒めた夢」が、後に自分にとって一番好きな作品になったのだから、舞台との出会いというのも人との出会い同様におもしろい。微笑三太郎が、学校を間違えて見学に来たために横浜学院の正捕手でなく明訓高校の5番バッターになったようなものだ。

以前、映画化されたものを観ているとはいえ、初見の舞台というのはやはりわくわくする。これが四季の言うところの正常な観劇態度なのだと言われれば、ちょっと納得だ。客席が暗くなると、オーケストラピットからコンダクターが顔を出して一礼し、オーバーチュアの演奏が始まる。古き良きミュージカルのフォーマットだ。三谷幸喜の「オケピ!」にもこのシーンがある。何となく懐かしい気分になったところに、奏でられるこれまた古めかしい、どこか耳に覚えのある旋律。初めて観る高揚感とノスタルジックな雰囲気混じり合っていい気持ちになってきたところで幕が上がると、シンプルなセットひとつでそこがニューヨークであることを示している。映画ではマンハッタンの空撮をじっくり見せていたが、そんな手間をかけずとも説得力を備えてしまうのが舞台というメディアの強みだ。映画版では不良がいきなり街中でバレエを踊るシーンについていけなかったが、舞台だとそれも受け入れられてしまう。

始まってみると、何と言おうか、心地いい作品だ。確かに古くさい感じは否めないし、納得のいかない展開にもたつく舞台転換、とあげつらうことのできる要素は数多い。しかしそれらもひっくるめて、いや多少古めかしいからこそなのかもしれないが、全体的にリラックスして楽しむことができる。シンプルな物語と解りやすいセリフもそれを助けている。アンドリュー・ロイド=ウェバーの作品やディズニー作品のように、圧倒的な情報量でたたみかけてくる舞台もいいが、まるでショウを観るかのように、気軽に接することができる舞台もまたいいものだ。アメリカのエンターテインメント文化、その基本線を肌で感じることのできる作品だとも言えるだろう。ふんだんに盛り込まれたダンスシーンもパンチラ満載で迫力があってえらく楽しい気分になる。

ストーリーは映画を観ていたから知っていたが、決して明るい話ではない。そしてその根底にはアメリカを支えてきた移民の文化の暗黒面がくっきりと描き出されている。にもかかわらず、幕が閉じて席を立つときには、明るい気持ちで満たされている。これこそエンターテイメントの力だ。重いテーマと優れたエンターテイメントは共存できる。テーマが重いほど、エンターテイメントの巧みな文法を駆使できるし、エンターテイメントとして完成されているほど、重いテーマが無理なく人の心に伝わる。

そういう意味では、四季が戦争をテーマにしたミュージカルを創っていることも決して妙な方向性とは言えない。ただ、まだエンターテインメントとしての完成度が低いために、テーマ性が先走る印象になっており高い評価が得られないのだと思う。恐れず試行錯誤を繰り返すことで、いわゆる「昭和三部作」はもっといいものになる可能性があるのではないか。

以上が舞台全体の印象。ここから異常な態度に入っていく。

この日のキャストは以下のとおり。

ジェット団(The Jets)

リフ 松島勇気
トニー 阿久津陽一郎
アクション 西尾健治
A-ラブ 大塚道人
ベイビー・ジョーン 厂原時也
グラジェラ 高倉恵美
エニイ・ボディズ 礒津ひろみ

シャーク団(The Sharks)

マリア 木村花代
アニタ 樋口麻美
ロザリア 鈴木由佳乃
ベルナルド 加藤敬二
チノ 中村 匠

おとなたち(The Adults)

ドック 立岡 晃
シュランク 牧野公昭
クラプキ 荒木 勝

何はともあれ花ちゃんマリア。今年は「ジーザス・クライスト=スーパースター」に続き2人目の「マリア」だ。

最初の登場シーンでは、下着姿に心の中でありがとうと言いながらも、「うっ、ちょっと微妙…」という違和感があったのも偽らざる事実だ。「ふたりのロッテ」における吉沢梨絵のスクールガールといい、次々にファンとしての度量が試されている。しかしそこは舞台の強み、すぐにその違和感は消し飛んでしまい、その可愛さにもうメロメロ(死語)ですよ。結婚式ごっこの名場面では、そのかわいさが200%炸裂して何だか涙が出てきそうになった。異常な観劇態度も、極めると正常な観劇態度とそんなにかわらない境地に達するのだ。

自分は声楽のことはよく分からないが、マリア役は相当にキーが高いらしく、かなり苦戦していたようだ。笠松はるのマリアは未見だが、そこは芸大の院卒、おそらく無難に歌いこなしていたに違いない。しかし、もちろんひいき目はあるが、花ちゃんの声はこの役に合っているように思う。特に作品は知らずともこの歌は知っている、という有名な「トゥナイト」は、ふしぎに日本人の琴線に響く旋律だ。その曲に、花ちゃんの、ちょっと歌のお姉さん(神崎ゆう子とか)っぽい優しい歌声が非常にマッチしていると感じたからだ。

そういえば大学生のとき(だから80年代末ごろ)、NHK「愉快にオンステージ」の公開録画を見学したことがある。その回は三宅裕司・小倉久寛はじめスーパー・エキセントリック・シアターの面々が、南野陽子をゲストに迎え和風ミュージカルの上演を試みるという今にして思えば豪華な企画だった。そこで演歌っぽいアレンジの「トゥナイト」も歌われていた。やっぱりあの曲は日本人好みじゃないのか。

話を戻し、花ちゃんのときめきトゥナイトは阿久津とのハーモニーも絶妙だ。阿久津のやや投げやりな歌い方と、花ちゃんの丁寧な歌い方とがいいバランスを保っている。この二人の歌はまた聴きたいものだ。アムネリスとか演じてくれないものかな。

さてその阿久津。映画のトニーは、少年と大人の狭間で揺れ動く危うさを秘めた青年だったが、阿久津が演じるとただのヘンな奴にしか見えない。さすがだ阿久津。期待どおりである。危うさというより、危なさがいっぱいのトニー。でもそんなヘンな奴だからこそ、決闘のシーンでああいう結果になっても何となく納得できる。これはこれでキャスティングの成功といえよう。

ミストフェリーズとしてキャッツシアターに現れては、いらん小芝居で正常ではない観客を大いに楽しませてくれる松島勇気だが、今回は真正面から演技のうまさを披露している。行動力と判断力を兼ね備え、リーダーの資質を感じさせながらも、トニーの前では人間的な魅力で一歩譲る、という難しい立ち位置の役を完璧に演じ抜いている。松島勇気はこの役で次のステップへの切符を手にしたと見ていいだろう。

その松島リフにまとわりつく美人は高倉恵美。タントミールが人間に転生した、という変な妄想を抱いてしまうが、すらりとした手足としなやかな身のこなしは、やっぱりジェリクルキャッツである。

加藤敬二の不良少年のリーダーを演じるというのも、舞台だからこそ許されるキャスティングだ。これ映像でやったらたちまち梅宮辰夫の「不良番長シリーズ」になっちまう。雰囲気的には、つかこうへいの「飛龍伝」で全共闘の学生を演じていた春田純一に似ている。分からないと思うが、実にそっくりだ。

主役級ぞろいの今回のキャストにあって、ひときわ輝いていたのは樋口麻美だ。一瞬樋口だと分からないほど、オトナの女の雰囲気を身にまとい(ちょっと寄せて上げている)、歌もダンスもそして演技もパワフルにこなしている。これには大いに感心した。これで樋口は完全に娘役ポジションから脱皮した。こうなるとがぜん樋口エルファバにも期待が高まってくる。ウィキッドを観るたび(エントリー2回しか上げてませんが、5回観てます)、濱田めぐみが休養したらどうなるんだろう、と不安を感じずにはいられなかったが、樋口がしっかり稽古を積んでいさえすれば、十分魅力的なエルファバになりそうだ。

樋口麻美-木村花代の同期コンビを2005年の「夢から醒めた夢」以来、久しぶりに見られたのも四季の若手女優マニアとしては嬉しい限りだ。自分は花組だがあさみん(小田あさ美かよ)もたいそう好きで、両方とも応援している。これまで、役付きの面では樋口が一歩リードしているものの、実力的には互角、と考えていたが、この舞台を見る限り実力の面でも樋口が2、3歩リードしたようだ。だが花ちゃんもこの舞台で、これまでにない高いキーの歌にチャレンジしている。これをクリアすれば、見えてくるんじゃないか?次の役として、グリンダが…。もちろんベルもまた見たいけれど。

ところで、今回の公演は上にも書いたように生オケだった。他劇場ではどうなるか分からないが。シンプルな編成とは言え、翻訳ミュージカルを生オケで公演してチケット代が9450円というのは、いまの相場から言えばだいぶ安いと思う。こうしたところの四季の企業努力は以前から大いに評価しているし、それは今も変わらない。最近おちょくってばかりだから、ここでちょっとだけホメておくことにしよう。

「ウェストサイド物語」のホームページ
http://www.shiki.gr.jp/applause/wss/index.html

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