四季「ユタと不思議な仲間たち」ばれます
「ユタと不思議な仲間たち」の東京公演初日。実は初見だ。
1997年の暮れ、四季が大阪で「ウエストサイド物語」を上演する予定だったが、権利か何かの関係でもめて中止になり、急遽「ユタ」と「夢から醒めた夢」の連続上演になったことがあった。当時、どちらもまだ観ていなかった自分はどちらかに遠征しようと決意。いろいろ調べるうちに「なんでも保坂知寿と堀内敬子が小学生を演じているらしい」という微妙に間違った情報を入手し、「なんてマニアックかつアバンギャルドな作品なんだ」とさらに間違った推測をした自分は迷うことなく「夢から醒めた夢」をセレクト。事前の予想は間違っていたものの、その魅力にずぶずぶとはまり、それから10年、数え切れないほど、いや数えたくないほど「夢から醒めた夢」を観ることになった。あのとき「ユタ」を選んでいたなら、この10年の観劇記録は、だいぶ異なるものになっていたに違いない。
その「ユタ」をやっと観ることができた。この作品のあらすじはこうだ。東京から東北の山村に転向してきた少年・ユタが、地元の子供からいじめを受け、世の中に絶望する。そんな中で子供の姿をした不思議な力を持つ精霊・座敷わらし達と出会い、彼らと交流する中で次第に人間的成長を遂げ、地元の子供たちとも分かり合うようになる。
今回、四季のホームページやチラシを観ると「いじめの問題に真正面から取り組んだ作品」という宣伝がなされている。東京公演のあと1年がかりで全国公演も行うという。多勢の小学生を無料招待もするらしい。どうやらこの作品の上演によって、いじめ問題の解決に貢献しよう、ということのようだ。
例えそれがマーケティング戦略の一環であっても、実際にそれだけの行動を起こしている以上、文句を言うつもりはない。いや、正直素晴らしいことだと思う。
だが、この作品は決して「いじめ」がテーマではない。いじめに関するくだりは、テーマを語るにはあまりにも表面的で、薄っぺらい。これはひとつのモチーフにすぎないのだ。いじめられ、絶望している子供が、いじめられるより遙かに悲惨な過去 貧しさのために、生まれてすぐ親の手によって殺された を持つ座敷わらしたちに明るく励まされることで、この世界にはどうすることもできない不幸があること、そしてそれでもなお、生きることは尊いのだということを学ぶ。そこにこの作品のテーマがある。つまり、テーマは「生きること」だ。そういう意味では、「夢から醒めた夢」と共通していると考えていい。
もっとも、だからといってこの作品がいじめ問題の解決に貢献できないということではない。子供たちが、主人公ユタと同じように座敷わらしから何かを学ぶことができれば、いじめについても客観的に考えることができるようになり、それはいい結果をもたらすことになると思う。ただ言いたいのは、この作品に、いじめの実態や、その処方箋を期待してはいけないということだ。逆に言えば「なんだいじめのミュージカルか、観たくないな」と思っている人には、それは誤解だからぜひ観に行ってほしいと申し上げたい。
さて前置きが長くなったが、もう少し前置きを。
この作品の魅力は、何といっても「座敷わらし」というキャラクターだろう。
ご存知のように、座敷わらしは日本の妖怪の中でも際だってメジャーな存在だ。数々のマンガにも登場している。
最近で言えば、何といってもこの人、
CLAMP「xxxHOLiC」に登場する座敷童。
ただこの座敷わらしは「子供の姿をしている」「不幸な過去を持っている」「世の中の人に幸いをもたらす」といった基本属性をことごとく無視している。可愛いから許すけどな。
座敷わらしの基本をきっちり押さえたもので印象的なのは、「地獄先生ぬ~べ~」に登場した座敷童だろう。
この座敷わらしは、優しい心を持ちながら不幸な死を遂げたある子供の「せめて世の中の人には幸せになってほしい」と願う気持ちが妖怪となったもので、「ユタ」に登場する座敷わらし達と似た設定だ。ちなみにこの「第128話 座敷童の悲しい過去」は、佳作の多い「ぬ~べ~」の中でも屈指の傑作である。
「ユタ」に出てくる5人の座敷わらしたちは、想像もできない不幸な過去を持ち、しかも座敷わらしとして、救われることのない永遠の時間を生きなくてはならないという現在進行形の不幸を抱えているにもかかわらず、常に明るさを失わない。そして、その不幸を進んで口にしようとはしない。聞かれれば答えるが、それで同情を求めるようなことはしない。
そこに何か、強く「男」を感じるのである。格好いいのだ。ちなみに、この作品に登場する座敷わらしは女優も演じているが全員男という設定だ。
それは原作を読むと、より明確になる。原作のペドロは、情には厚いがあまりウェットな関係を好まず、どこかあっさりとした物言いをする。ラストの、座敷わらしたちとユタとの別れは、舞台では情感あふれる「友だちはいいもんだ」の歌で観客の涙を誘うが、原作では「あばよ、達者でな」と言い残しさっさとユタのもとを去ってしまう。しかしその眼には涙が浮かんでいるのだ。そこにはダンディズムと表現したくなるほどの、男の魅力が漂っている。
共通した「生きる」というテーマに対し、女の視点で描かれたのが「夢から醒めた夢」であり、男の視点で描かれたのが「ユタと不思議な仲間たち」である、という解釈が成り立たないだろうか。あくまで結果的に、ということではあるが。昭和三部作が登場するまで、長く四季オリジナルミュージカルの両輪として劇団に、そしてファンに愛されてきた理由は、そんなところにもあるのかもしれない。
さてさて、長すぎる前置きはこのへんにして、初日のレポートを。
キャストは下記の通り。
ペドロ | 田代隆秀 |
ダンジャ | 増本 藍 |
ゴンゾ | 芝 清道 |
モンゼ | 青山弥生 |
ヒノデロ | 劉 昌明 |
ユタ | 田邊真也 |
小夜子 | 笠松はる |
寅吉 | 吉谷昭雄 |
ユタの母 | 菅本烈子 |
クルミ先生 | 丹 靖子 |
大作 | 菊池 正 |
一郎 | 遊佐真一 |
新太 | 小川善太郎 |
たま子 | 礒津ひろみ |
ハラ子 | 佐藤夏木 |
桃子 | 石栗絵理 |
パンフレットにはペドロ役でしか掲載されていない芝がゴンゾに。どうもぎりぎりでキャスト変更があった模様だ。芝は笑いのツボを押さえた演技で、客席を大いに沸かせてくれる。最初の「俺たつはお化けだぞ、こわくねえのが!」というセリフ、普通のセリフだが芝が言うとギャグになってしまう。二幕の写生シーンでのクルミ先生とのやりとりなど、もはや名人芸だ。しかしその歌声も相変わらず素晴らしい。座敷わらし5人で歌うシーンではほとんど芝の声しか聞こえない、というのはちと問題があるが。ペドロ親分もぜひ観たいものだ。
そのペドロ親分を演じたのが田代隆秀。「南十字星」の島村中将のイメージぐらいしかないのだが、味のある演技に好感を持った。歌にやや不安があるものの、長くこの役を演じてきた光枝明彦をほうふつとさせる張りのある声で、セリフがよく届く。彼のようにベテランになってから参加してくる役者がいることも、四季の強みのひとつだ。
四季の「小さな女帝」青山弥生のモンゼ、演技とは思えないほどピッタリ役にはまっている丹靖子のクルミ先生といったあたりも含め、全体的にベテラン勢の安定した演技が光っていた。
対する若手ではやはりユタの田邊真也が出色の出来だ。せっかく「クレイジー・フォー・ユー」のボビー役を手に入れたのだから、この役は後輩に譲っても、という気もするが、外見の弱々しさと、芯の強さをエッジを効かせた演技で見事に表現しており、さすがである。まあキャスティング表に上がっている望月龍平、藤原大輔のユタも観たい気がするが。
小夜子を演じた笠松はるは、芸大を卒業して最近四季に参加したようだ。紗乃めぐみの後任、といったところか。歌は抜群にうまく、演技も固さはあるがソツがない。紗乃のタヌキ顔のような愛嬌はないが、なかなかの美人だ。今後の活躍に期待しよう。
今回、最もビックリだったのはヒノデロを演じた「劉 昌明」。誰あろう、「キャッツ」のスキンブルシャンクスで大顰蹙を買った(少なくとも俺には)、ユ・チャンミンである。
女郎の子であるヒノデロは、女装しており女言葉を話す、下村尊則の当たり役だ。何しろキャッツの記憶があるので、どうなることやらと思っていたが、これが意外にもなかなか良かった。長身と端正な顔立ちが生き、十分に妖しい雰囲気を出している。やや危なっかしい日本語も、ヒノデロの中途半端な花魁言葉に紛れて気にならない。下村にはまだまだ及ばないが、彼なりのヒノデロを創り上げていけばいいと思う。
キャッツでは、「夜行列車の旅は素敵~♪」のときに、思わずジェリクル・ギャラリーからドロップキックを食らわしてやりたいほど腹が立ったことを考えれば、これは飛躍的な進歩である。韓国ライオンキングの出演が俳優としての成長を促したのかもしれないし、たまたま今回の役に合っただけなのかもしれない。しかし本人も相当な努力をしたんだろう。努力をしても、役になりきれなければそれは評価に値しない。だから、キャッツのときも頑張っているのは分かったが、評価する気には全くなれなかった。だが今回はきっちりとヒノデロという役をこなしている。だから、その努力に惜しみない拍手を送りたい。
終演後、出演者たちがロビーで観客を送り出すというサービスがあった。自分は真っ先にユ、いや劉昌明のところに向かった。一方的に「歴史的な和解」を宣言したかったのだ。握手をしながら、大きな声で「良かったよ!」と声をかけた。するとあの評判の悪かった、スキンブルの寝起きびっくり顔に。駄目じゃねえか、その表情に戻っちゃ。
続いて芝・青山コンビのもとへ。間近で観ると青山弥生は一段と小さい。この小さい体で、あのパワフルな「マンマ・ミーア!」のロージーを演じ続けているなんて信じられないほどだ。取り囲んだ観客から求められ握手をするのはもちろん、さらに自分から手を伸ばして積極的に観客に握手を求めるその姿にプロ根性を見た。芝との握手はキャッツ以来2回目。「素晴らしかったです」と声をかけると、「いやあ…。」と照れたように笑っていた。いいヤツだ。
実に満足度の高い、いい公演だった。東京公演は5月27日までだが、また行ってしまいそうだ。前日予約発動のためのフラグは恐らくこの2本。①芝ペドロの登場。これは遠からずありそうだ。②村岡萌絵ちゃん小夜子の登場。キャスト表の4番目なので、出てくるとしても全国か?いずれにしても、またリピートしなくてはない演目が増えたことは、嬉しいような、苦しいような………。
おまけ1
初日ということで招待客多数。布施明がいた。しかも横通路に面した16列の通路際というよく目立つ席。だが休み時間も普通にその席に座っていた。大人物だ。
おまけ2
劇団員も多数。大徳朋子とすれ違う。顔がちっちゃくて可愛い!大徳モンゼも発動フラグに追加だな。
おまけ3
いじめっこ達の高齢ぶりに絶句。なんだか梅宮辰夫主演の「不良番長」シリーズみたいだ。大作のあの生え際は、ソリコミを入れている設定か?「ハゲてるんじゃない、剃ってるんだ」って「コータローまかりとおる!」かよ。
「ユタと不思議な仲間たち」のホームページ
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コメント
私は東京公演の最終日にとりましたが、出演者との握手は羨ましいです!!
東京公演の最後だからってそういうことはしませんよね、きっと…。
芝ペドロだといいなー。
投稿: 凛 | 2007年4月16日 (月) 18時16分
今週のレポートが出ないことには何とも言えませんが、握手はずっとあるんじゃないですかね?子供たちを励ますのが今回の公演の趣旨のようですし。でもまあ、もっぱら励まされているのはイイ大人たちでしたが。
同時に、マーケティング効果も狙っているんでしょう。握手で客を呼ぶなんで、ヒーローショーじゃないんだから。
ぜひテレビCMを放送して、芝に
「四季劇場で、僕と握手!」
ってゆってほしいです。
投稿: ヤボオ | 2007年4月16日 (月) 22時59分
はじめまして。
座敷童を調べていてこちらにたどり着きました。
わたしも四季は大好きで、10年くらい観ています。
ブログを参考やら共感やらで読ませていただきました。
芝氏ネタでは、うんうんと思い・・・
なかでも、ユキンボのヒノデロネタには、その成長ぶりにわたしまで嬉しくなってしまいましたw
またちょくちょく読ませていただきたいと思います。
突然のコメントで失礼しました。
投稿: こえり | 2007年5月15日 (火) 11時04分
こえり様、ようこそ。
ユキンボ(って呼んでる時点でアレ確定ですが)は、使い方を間違わなければいい役者になるんじゃないでしょうかねえ。期待したいです。
芝キヨミチのようなおもしろい(いろんな意味で)役者がもっとたくさん出てきてほしいんですが、今の四季では難しいのかなあ。
今後ともよろしく、お願いいたします。
投稿: ヤボオ | 2007年5月16日 (水) 00時39分
お返事ありがとうございます。
ご指摘通り、アチラの世界に生存していた過去がありますw
(そして、wを使ってしまうあたり・・・)
現在では、某ソーシャルネットワークに出入りしてますが。
ベテラン勢がごっそり退団された今、芝氏は本当に貴重な存在ですね(いろんな意味で)。
エビータの稽古見学の時に、熱くダメ出しする芝氏を見ることができ、ますます辞めないでほしいと思いました。。。
ウィキッドは一切チケットをとっていないので、ヤボオさんのレポを楽しみにしております。
投稿: こえり | 2007年5月16日 (水) 10時17分
エビータのリハーサル見学ですか!まだそういうイベントに参加したことないんですが、一度行ってみたいです。
投稿: ヤボオ | 2007年5月16日 (水) 23時32分