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2007年4月28日 (土)

東京ディズニーランド「スペースマウンテン」リニューアルオープン

東京ディズニーリゾートの混雑する時期といえば、夏休み、クリスマス、ゴールデンウイーク。特にゴールデンウイークは限られた期間ということでこっぴどく混む。

その連休初日になぜ俺がここに来たかというと、スペースマウンテンが半年に及ぶ長期メンテナンスを終え、装いも新たにきょうオープンするからだ。

そんなわけで朝6時から並んで入場。いつもは人の少ない右回りコースに多勢のゲストがなだれこむ。

さて、そのスペースマウンテンだが、外見は変わりない。だが夜のライトアップがだいぶ変わるという情報もある。

まず変わったのがロゴマーク。ちょっとカッコ良くなっている。

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コカコーラのCMを強制的に見せられるコーナーも派手になった。

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並んでいるときにモニターに映る説明映像も、CGなど使って現代的に。

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ぐっと雰囲気の変わったのが搭乗口。ブラックライトを使った照明はこれまでより暗く、ムードを盛り上げている。また、天井にあった宇宙ステーションのようなものが取り払われ、代わりに「実物大」という設定と思われる、巨大な宇宙船がつり下げられている。曲線を生かしたデザインは、「宇宙戦艦ヤマト」のガミラス軍の戦闘機のようでもあり、「インディペンデンス・デイ」でエイリアンが乗っていたようなものでもある。ブラックライトとあいまって、何となく悪役な雰囲気なのだ。

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宇宙船、後ろから。

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宇宙船、前から。

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筐体は2×3列の2両編成で、これまでと変わらない。色やデザインは変更されている。

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ここまで来て演出上のリニューアルの方向性が分かった。これまでのスペースマウンテンは、宇宙飛行士ゴードン・クーパーの実体験をもとに演出されており、「宇宙飛行を体験する」というコンセプトがあった。しかし、実際にはリアルさなど全くなく、あの赤い電球を「太陽」だと錯覚できるのは、それこそディズニーのクリエーターぐらいイマジネーションに満ちあふれた人ぐらいだったろう。今回のリニューアルで、それをばっさりと切り捨て、SF映画やアニメーションの世界の再現に舵を切ったのだ。

もはや、アメリカの航空宇宙産業は、さして夢のあるものではなくなった、ということか。そんなことを考えつつ、搭乗。肝心のコース内はどう変わったのか。

結論から言うと、暗くなっただけです。

しかし、これはこのアトラクションにとって重要なポイントだ。スペースマウンテンの面白さは、暗い中をジェットコースターで走り抜ける、という点にある。だがこれまでは、中途半端に鉄骨やレールが見えてしまい、かなり興ざめだったのだ。特に一番前に乗ると次にどう動くかはっきり分かってしまうため、普通のジェットコースターと異なり一番前はハズレ席になっていた。

新しくなったコースでは、照明の当たり方やレールの塗装などに工夫が施され、レールはほとんど見えない。鉄骨もたまに、というぐらいだ。一番前にも乗ってみたが(続けて2回搭乗)、全く気にならない。

がらっと変わることを期待した人から観れば肩すかしかもしれない。しかし考えてみれば半年ぐらいの時間でそれは無理だ。半年間で、演出面のコンセプト変更と、アトラクションとしての醍醐味のブラッシュアップを実現したことは、評価していいのではないか。

ただ、もともとスペースマウンテンは酔いやすいジェットコースターだったが、より暗くなったことでその酔いやすさもブラッシュアップされてしまった。スペースマウンテンはキモチ悪くなるから苦手、という人は避けたほうがいいでしょう。

目的を果たしたので飯でも食って帰ろうと思ったがレストランもたいてい10時からなので、仕方ないので「スターケード」でゼビウスに興じたり、シューティングギャラリーで射的を楽しんで時間をつぶす。オリエンタルランドのダークサイドもたまには役にたつ。

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それでも時間が余ったので「カントリーベア・シアター」へ。

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さすがに9時台からここに来る人は珍しく、人間より熊のほうが多かった。その中でキャストさんの手拍子の音だけが悲しくコダマしている。

10時と同時にクリスタル・パレスレストランに入って飯を食い、せっかくだから「リロ&スティッチのフリフリ大騒動」のスペシャルパレード「フリフリ・オハナ・バッシュ」を見物して帰ることに。

ハワイが舞台ということで、露出の多めのカワイイ衣裳に身を包んだダンサーさんたちが多数登場する楽しいパレードだった。って見るとこ間違ってますかね。

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2007年4月27日 (金)

カレッタ汐留「エメラルド ファンタジー」点灯式見学

「電通四季劇場・海」のあるカレッタ汐留で、「ウィキッド」公演とのタイアップイベント、「エメラルド ファンタジー」が27日から始まる。

前日の26日19時には点灯式があるが、そこに出演者が参加するとWEBサイトで発表された。こりゃ行きたい。

ちょうど、たまたま汐留で仕事があったので(75%ぐらい本当)、終了後いそいそとカレッタ前の広場へ。

すでにかなりの人垣が出来ている。ビル風の吹く中じっと待ち、19時と同時に点灯式開始。ナレーションのあと、「さあ、ウィキッド出演者のお二人です!」。

これで阿久津陽一郎と栗原英雄だったら笑うな、と思ったが、おおかたの予想通り、そして期待どおりの濱田めぐみに沼尾みゆきだ!

ステージ前にはプレス関係者が陣取っているので、高い位置に立って手を上に伸ばし、やっと望遠で拾った写真がこれ。何で仕事帰りなのに望遠を持っているかは疑問を持たない方向でお願いしたい。

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司会者が、米国でウィキッドを観た感想を聞くと、濱田は「テーマがとても複雑なんです。真実と言われているものが本当にそうなのか。ウィキッドなものは、生まれつくのか背負うのか。そして善が悪に、悪が善にもなる、『価値観』というものを考えさせてくれる舞台ですね」と真剣に答える。

沼尾は「劇場に入ったらもう魔法の世界なんですよ。グリンダみたいなスカートをはいた女の子や、緑のカーディガンを着た人もいて、リピーターが多いみたいです。」とさりげなく複数回鑑賞を要求。ええ、何度でも行きますとも。

そのあと点灯式。演台上のへんな球状物質に向かい、2人が「レ・ミゼラブル」のラストシーンのように手を伸ばすと周囲の照明が落ちて、イルミネーションが始まる、という演出。

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オーバーチュア、One Short Day、Defying Gravityと続く曲に乗せて、10分弱も続くイルミネーション・ショーはなかなかの規模。エメラルドグリーンのLEDを中心に、青やその他、色とりどりに点滅を繰り返し、ビルの中にもイルミネーションがあるわ、ビルの壁面にアレの影が投影されるわ、グリンダ様登場には不可欠のアレも出てくるわ、想像していたよりもずっと面白かった。

そのあと、さらに司会者と受け答え。作品への意気込みを聞かれ、濱田は「この作品の世界を貫き通すために、日々稽古に精進したいと思います」と、昇進した力士のようなまじめなあいさつ。沼尾は「がんばってるので、応援してください!」と要求。ええええ、応援しますとも。

短い時間だったが、2人の素の声が聞けてよかった。濱田は、はきはきと、しかも多くの表現を交えて丁寧に答えていて、好感度がさらにアップ。10年近く前の福岡キャナルシティで行われたトークショー(「美女と野獣」プロモーション。堀内敬子も一緒だった!)でも如才ない受け答えをしていたが、そこに落ち着いた大人の魅力(?)が加わり、なんだか神々しいほどのオーラをまとっていた。それはまさしく王女の風格だ。アイーダを演じたことは、濱田にとって大きなプラスになったのだと思う。

沼尾のほうはといえば、本当にふつうのお嬢さん。普段は地味でも舞台上であれだけ輝くのだから舞台女優というのは不思議なものだ。意外に地声が低くてびっくりしたが、愛きょうのあるタヌキ顔はなかなかグッドである。かなり自然体な受け答えで、広報的に大丈夫なんかいな、と心配になるほどだったが、わりと素でグリンダ行けるかもよ?

オープニングは、かなりの確率でこの2人と見た。ますます楽しみだ。

「エメラルド ファンタジー」の紹介ページ

http://www.shiki.gr.jp/navi/news/000757.html

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2007年4月22日 (日)

三谷幸喜「コンフィダント・絆」

ジョルジュ・スーラ 中井貴一
ポール・ゴーギャン 寺脇康文
クロード・エミール・シュフネッケル 相島一之
ルイーズ・ブーランジェ 堀内敬子
フィンセント・ファン・ゴッホ 生瀬勝久

(少しばれます。これから観る人は読まないほうがいいでしょう)

三谷幸喜が当代随一の劇作家であることは、今さら言うまでもないことだ。本人自ら「理数系のコメディ」と表現する、緻密な計算に基づく構造美を追究した芝居づくりの姿勢は常に一環しており、ぶれることがない。同時に、常に新しい表現手法、テーマに取り組むアグレッシブさがある。この2つが同居しているところに、三谷の偉大さがあると思う。

そしてこの「コンフィダント・絆」でも、その偉大さをまざまざと見せつけられることになった。

スーラ、ゴッホ、ゴーギャン、シュフネッケル。19世紀末に生きた4人の画家が、1つのアトリエを共同で借りていたというのがこの物語の設定だ。そのアトリエに、モデルとして雇われたルイーズが足を踏み入れたときから、男たち4人の関係が、少しずつ微妙なものになっていく。観客は、ぎこちない男同士のやりとりに爆笑しつつも、時々刻々と変わっていく4人+1人の関係をはらはらしながら見守ることになる。

熱い友情、というほどではないにしても、それなりに仲が良かった4人。第一幕では、男としての感情によって、それぞれの間にすきま風が吹くようになる様子が描かれる。

続く第二幕では、芸術家としての感情が、そのすきまを埋め、もとのそれなりに仲の良い4人になっていく様が描かれる。

その2つの展開は完全なシンメトリーを形成しており、まさに三谷らしい美しい巧緻さが冴え渡る。さながら一幕と二幕は、同じキャンパスに描かれた2つの絵だ。それらが、スーラが劇中で言うところの「光と影」として融合し、1枚の重厚な絵画を織りなすのだ。

しかし舞台の終盤で、三谷はその完成した美しい絵を、観客の目の前でびりびりと破いてみせる。その絵は、破かれるために描かれたものだったのだ。

そして、破いたあとに残されたもの、すなわちこの舞台上にあって「非・芸術的なもの」が、この作品のテーマ「コンフィダント」だったのだと観客は知る。その衝撃の大きさは計り知れない。同時に、目の前で美しい絵画が引き裂かれたことに、とてつもない悲しみを覚える。衝撃と、悲しさのスパイラルが、圧倒的な力で涙を誘う。

そこに追い打ちをかけるようにラストシーン。ばらばらになった絵画の断片は、もう二度と絵画にはなれないことを人は知っている。しかしどうしても、それをつむぎ合わせようとしてしまうのも人の性だ。そしてやはり戻すことはできない、という現実を前にして、観客はさらに深い悲しみへと突き落とされて、幕は降りる。

4人が元通りになったところで終わったとしても、傑作の部類に入るすばらしい作品だったはずだ。正直に言えば、自分はそこで終わるのだと思っていた。その時点でだいたい上に書いたようなことを頭の中でまとめ、なんとなく客として「勝った気」になっていた。しかしその先にダイナミックな仕掛けが用意されていたのだ。まんまとその計算にはまった自分は、終演後完全に言葉を失った。

その計算の見事さもさることながら、内容的にも感じ入るところが大きい。第一幕では「男の嫉妬」を、第二幕では「芸術家の嫉妬」を描いているが、その2つは等価になっている。つまり三谷幸喜の世界では「芸術」すらも至高のものではない。芸術とか、欲望とか、さまざまな感情とか、物理的・精神的すべてひっくるめたところの、その上にあるもの、「人間」あるいは「生きること」への冷静な眼差しが三谷の目からは感じられる。あのラストシーンが実に悲しいものであるにもかかわらず、どこかそこに温かい気持ちを持てるのは、そこに人間そのものを、観客自身も含めた人の生というものを見いだすからではないのか。

演出も良かった。「12人の優しい日本人」で完璧なまでに繰り広げられた、役者の立ち位置によって感情的な距離感を表現するその手法は今回もうまく用いられている。特に終盤の「3人+1人」になるシーンは、その位置関係がすさまじい説得力を演技に与えている。

今回、歌を効果的に使ったことも特筆すべきだろう。ミュージカルのトップ女優である堀内敬子の心に響く歌声は、複雑な計算式のようなこの芝居をしっとりと包み、味わい、というより心地よい食感を与えている。

役者については、もう全く文句のつけようがない。堀内のほか、中井貴一、寺脇康文、生瀬勝久、相島一之と、実に贅沢なキャスティングだが、その贅沢さに加え、それぞれが脚本で与えられた人格を120%理解し、200%ぐらいで演じていた。

何もかもが最高の、素晴らしい舞台。このような作品をリアルタイムで観られることの幸せを、存分に噛みしめたい。演劇を観ていて良かった。そう思わせてくれる作品である。

コンフィダント・絆の公演情報

http://www.parco-play.com/web/page/information/les/

「コンフィダント・絆」の感想を探していた方、こんな拙いエントリーをお読みいただき、ありがとうございました。この先を読むと気を悪くされるかもしれないので、ここからご退出ください。よろしければ、またこのブログでお会いしましょう。

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このブログにそんな感想文は似合わない、もっと言いたいことがあるはずだ、という酔狂な方々のみ「決して気を悪くしない」ということに同意した上で、続きをお読みください。

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2007年4月21日 (土)

「ウィキッド」チケット到着

Tickets

『認めたくないものだな。自分自身の、若さゆえの過ちというものを・・・。』

そしてもう若くないということも・・・。

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2007年4月15日 (日)

四季「ユタと不思議な仲間たち」ばれます

「ユタと不思議な仲間たち」の東京公演初日。実は初見だ。

1997年の暮れ、四季が大阪で「ウエストサイド物語」を上演する予定だったが、権利か何かの関係でもめて中止になり、急遽「ユタ」と「夢から醒めた夢」の連続上演になったことがあった。当時、どちらもまだ観ていなかった自分はどちらかに遠征しようと決意。いろいろ調べるうちに「なんでも保坂知寿と堀内敬子が小学生を演じているらしい」という微妙に間違った情報を入手し、「なんてマニアックかつアバンギャルドな作品なんだ」とさらに間違った推測をした自分は迷うことなく「夢から醒めた夢」をセレクト。事前の予想は間違っていたものの、その魅力にずぶずぶとはまり、それから10年、数え切れないほど、いや数えたくないほど「夢から醒めた夢」を観ることになった。あのとき「ユタ」を選んでいたなら、この10年の観劇記録は、だいぶ異なるものになっていたに違いない。

その「ユタ」をやっと観ることができた。この作品のあらすじはこうだ。東京から東北の山村に転向してきた少年・ユタが、地元の子供からいじめを受け、世の中に絶望する。そんな中で子供の姿をした不思議な力を持つ精霊・座敷わらし達と出会い、彼らと交流する中で次第に人間的成長を遂げ、地元の子供たちとも分かり合うようになる。

今回、四季のホームページやチラシを観ると「いじめの問題に真正面から取り組んだ作品」という宣伝がなされている。東京公演のあと1年がかりで全国公演も行うという。多勢の小学生を無料招待もするらしい。どうやらこの作品の上演によって、いじめ問題の解決に貢献しよう、ということのようだ。

例えそれがマーケティング戦略の一環であっても、実際にそれだけの行動を起こしている以上、文句を言うつもりはない。いや、正直素晴らしいことだと思う。

だが、この作品は決して「いじめ」がテーマではない。いじめに関するくだりは、テーマを語るにはあまりにも表面的で、薄っぺらい。これはひとつのモチーフにすぎないのだ。いじめられ、絶望している子供が、いじめられるより遙かに悲惨な過去  貧しさのために、生まれてすぐ親の手によって殺された  を持つ座敷わらしたちに明るく励まされることで、この世界にはどうすることもできない不幸があること、そしてそれでもなお、生きることは尊いのだということを学ぶ。そこにこの作品のテーマがある。つまり、テーマは「生きること」だ。そういう意味では、「夢から醒めた夢」と共通していると考えていい。

もっとも、だからといってこの作品がいじめ問題の解決に貢献できないということではない。子供たちが、主人公ユタと同じように座敷わらしから何かを学ぶことができれば、いじめについても客観的に考えることができるようになり、それはいい結果をもたらすことになると思う。ただ言いたいのは、この作品に、いじめの実態や、その処方箋を期待してはいけないということだ。逆に言えば「なんだいじめのミュージカルか、観たくないな」と思っている人には、それは誤解だからぜひ観に行ってほしいと申し上げたい。

さて前置きが長くなったが、もう少し前置きを。

この作品の魅力は、何といっても「座敷わらし」というキャラクターだろう。

ご存知のように、座敷わらしは日本の妖怪の中でも際だってメジャーな存在だ。数々のマンガにも登場している。

最近で言えば、何といってもこの人、

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CLAMP「xxxHOLiC」に登場する座敷童。

ただこの座敷わらしは「子供の姿をしている」「不幸な過去を持っている」「世の中の人に幸いをもたらす」といった基本属性をことごとく無視している。可愛いから許すけどな。

座敷わらしの基本をきっちり押さえたもので印象的なのは、「地獄先生ぬ~べ~」に登場した座敷童だろう。

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この座敷わらしは、優しい心を持ちながら不幸な死を遂げたある子供の「せめて世の中の人には幸せになってほしい」と願う気持ちが妖怪となったもので、「ユタ」に登場する座敷わらし達と似た設定だ。ちなみにこの「第128話 座敷童の悲しい過去」は、佳作の多い「ぬ~べ~」の中でも屈指の傑作である。

「ユタ」に出てくる5人の座敷わらしたちは、想像もできない不幸な過去を持ち、しかも座敷わらしとして、救われることのない永遠の時間を生きなくてはならないという現在進行形の不幸を抱えているにもかかわらず、常に明るさを失わない。そして、その不幸を進んで口にしようとはしない。聞かれれば答えるが、それで同情を求めるようなことはしない。

そこに何か、強く「男」を感じるのである。格好いいのだ。ちなみに、この作品に登場する座敷わらしは女優も演じているが全員男という設定だ。

それは原作を読むと、より明確になる。原作のペドロは、情には厚いがあまりウェットな関係を好まず、どこかあっさりとした物言いをする。ラストの、座敷わらしたちとユタとの別れは、舞台では情感あふれる「友だちはいいもんだ」の歌で観客の涙を誘うが、原作では「あばよ、達者でな」と言い残しさっさとユタのもとを去ってしまう。しかしその眼には涙が浮かんでいるのだ。そこにはダンディズムと表現したくなるほどの、男の魅力が漂っている。

共通した「生きる」というテーマに対し、女の視点で描かれたのが「夢から醒めた夢」であり、男の視点で描かれたのが「ユタと不思議な仲間たち」である、という解釈が成り立たないだろうか。あくまで結果的に、ということではあるが。昭和三部作が登場するまで、長く四季オリジナルミュージカルの両輪として劇団に、そしてファンに愛されてきた理由は、そんなところにもあるのかもしれない。

さてさて、長すぎる前置きはこのへんにして、初日のレポートを。

キャストは下記の通り。

ペドロ 田代隆秀
ダンジャ 増本 藍
ゴンゾ 芝 清道
モンゼ 青山弥生
ヒノデロ 劉 昌明
ユタ 田邊真也
小夜子 笠松はる
寅吉 吉谷昭雄
ユタの母 菅本烈子
クルミ先生 丹 靖子
大作 菊池 正
一郎 遊佐真一
新太 小川善太郎
たま子 礒津ひろみ
ハラ子 佐藤夏木
桃子 石栗絵理

パンフレットにはペドロ役でしか掲載されていない芝がゴンゾに。どうもぎりぎりでキャスト変更があった模様だ。芝は笑いのツボを押さえた演技で、客席を大いに沸かせてくれる。最初の「俺たはお化けだぞ、こわくねえのが!」というセリフ、普通のセリフだが芝が言うとギャグになってしまう。二幕の写生シーンでのクルミ先生とのやりとりなど、もはや名人芸だ。しかしその歌声も相変わらず素晴らしい。座敷わらし5人で歌うシーンではほとんど芝の声しか聞こえない、というのはちと問題があるが。ペドロ親分もぜひ観たいものだ。

そのペドロ親分を演じたのが田代隆秀。「南十字星」の島村中将のイメージぐらいしかないのだが、味のある演技に好感を持った。歌にやや不安があるものの、長くこの役を演じてきた光枝明彦をほうふつとさせる張りのある声で、セリフがよく届く。彼のようにベテランになってから参加してくる役者がいることも、四季の強みのひとつだ。

四季の「小さな女帝」青山弥生のモンゼ、演技とは思えないほどピッタリ役にはまっている丹靖子のクルミ先生といったあたりも含め、全体的にベテラン勢の安定した演技が光っていた。

対する若手ではやはりユタの田邊真也が出色の出来だ。せっかく「クレイジー・フォー・ユー」のボビー役を手に入れたのだから、この役は後輩に譲っても、という気もするが、外見の弱々しさと、芯の強さをエッジを効かせた演技で見事に表現しており、さすがである。まあキャスティング表に上がっている望月龍平、藤原大輔のユタも観たい気がするが。

小夜子を演じた笠松はるは、芸大を卒業して最近四季に参加したようだ。紗乃めぐみの後任、といったところか。歌は抜群にうまく、演技も固さはあるがソツがない。紗乃のタヌキ顔のような愛嬌はないが、なかなかの美人だ。今後の活躍に期待しよう。

今回、最もビックリだったのはヒノデロを演じた「劉 昌明」。誰あろう、「キャッツ」のスキンブルシャンクスで大顰蹙を買った(少なくとも俺には)、ユ・チャンミンである。

女郎の子であるヒノデロは、女装しており女言葉を話す、下村尊則の当たり役だ。何しろキャッツの記憶があるので、どうなることやらと思っていたが、これが意外にもなかなか良かった。長身と端正な顔立ちが生き、十分に妖しい雰囲気を出している。やや危なっかしい日本語も、ヒノデロの中途半端な花魁言葉に紛れて気にならない。下村にはまだまだ及ばないが、彼なりのヒノデロを創り上げていけばいいと思う。

キャッツでは、「夜行列車の旅は素敵~♪」のときに、思わずジェリクル・ギャラリーからドロップキックを食らわしてやりたいほど腹が立ったことを考えれば、これは飛躍的な進歩である。韓国ライオンキングの出演が俳優としての成長を促したのかもしれないし、たまたま今回の役に合っただけなのかもしれない。しかし本人も相当な努力をしたんだろう。努力をしても、役になりきれなければそれは評価に値しない。だから、キャッツのときも頑張っているのは分かったが、評価する気には全くなれなかった。だが今回はきっちりとヒノデロという役をこなしている。だから、その努力に惜しみない拍手を送りたい。

終演後、出演者たちがロビーで観客を送り出すというサービスがあった。自分は真っ先にユ、いや劉昌明のところに向かった。一方的に「歴史的な和解」を宣言したかったのだ。握手をしながら、大きな声で「良かったよ!」と声をかけた。するとあの評判の悪かった、スキンブルの寝起きびっくり顔に。駄目じゃねえか、その表情に戻っちゃ。

続いて芝・青山コンビのもとへ。間近で観ると青山弥生は一段と小さい。この小さい体で、あのパワフルな「マンマ・ミーア!」のロージーを演じ続けているなんて信じられないほどだ。取り囲んだ観客から求められ握手をするのはもちろん、さらに自分から手を伸ばして積極的に観客に握手を求めるその姿にプロ根性を見た。芝との握手はキャッツ以来2回目。「素晴らしかったです」と声をかけると、「いやあ…。」と照れたように笑っていた。いいヤツだ。

実に満足度の高い、いい公演だった。東京公演は5月27日までだが、また行ってしまいそうだ。前日予約発動のためのフラグは恐らくこの2本。①芝ペドロの登場。これは遠からずありそうだ。②村岡萌絵ちゃん小夜子の登場。キャスト表の4番目なので、出てくるとしても全国か?いずれにしても、またリピートしなくてはない演目が増えたことは、嬉しいような、苦しいような………。

おまけ1
初日ということで招待客多数。布施明がいた。しかも横通路に面した16列の通路際というよく目立つ席。だが休み時間も普通にその席に座っていた。大人物だ。

おまけ2
劇団員も多数。大徳朋子とすれ違う。顔がちっちゃくて可愛い!大徳モンゼも発動フラグに追加だな。

おまけ3
いじめっこ達の高齢ぶりに絶句。なんだか梅宮辰夫主演の「不良番長」シリーズみたいだ。大作のあの生え際は、ソリコミを入れている設定か?「ハゲてるんじゃない、剃ってるんだ」って「コータローまかりとおる!」かよ。

「ユタと不思議な仲間たち」のホームページ

http://www.shiki.gr.jp/applause/yuta/index2.html

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2007年4月 8日 (日)

四季「キャッツ」花は桜木、女は花代

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東京の桜もピークを過ぎて、だいぶ葉桜になりかけているこの週末、キャッツシアターに「花見」シーズンが到来だ。木村花代のジェリーロラム=グリドルボーン登場である。

先週の関西遠征は空振りに終わってしまったが、「江戸の敵を長崎で」ならぬ「京の敵を大崎で」というわけで、いそいそと出かけていくことに。いや、別にカタキじゃないんだけど。

グリザベラ 奥田久美子
ジェリーロラム=グリドルボーン 木村花代
ジェニエニドッツ 高島田 薫
ランペルティーザ 王 クン
ディミータ 遠藤瑠美子
ボンバルリーナ 松下沙樹
シラバブ 南 めぐみ
タントミール 高倉恵美
ジェミマ 熊本亜記
ヴィクトリア 宮内麻衣
カッサンドラ 永木 藍
オールドデュトロノミー 石井健三
アスパラガス=グロールタイガー/バストファージョーンズ 村 俊英
マンカストラップ 青山祐士
ラム・タム・タガー キムスンラ
ミストフェリーズ 松島勇気
マンゴジェリー 百々義則
スキンブルシャンクス 岸 佳宏
コリコパット 牛 俊杰
ランパスキャット 永野亮彦
カーバケッティ 劉 志
ギルバート 范 虎
マキャヴィティ 赤瀬賢二
タンブルブルータス 塚下兼吾

自分にとって花ちゃんジェリーロラムは何と2005年の2月以来。2年も観てなかったのかと我ながら驚きだ。その後「美女と野獣」ベル、「異国の丘」愛玲、「コーラスライン」ヴァル、「壁抜け男」イザベル、そして「クレイジー・フォー・ユー」のポリーと、様々な役を演じてきた木村花代の存在感は、四季の中でますます大きくなりつつある。だからもうちょっと長く出てほしいと思っているのは俺だけではないはずだ。ひょっとして固定ファンのいるこの女優をちょこちょこ出すと営業的にうま味があると四季は考えているのだろうか。あるいは単にヲタの右往左往する様を面白がっているか。上等じゃねえか、踊らされてやるぜ!

この日は親切な方のおかげで回転席最上手という絶好の花見ポジションを確保できた。「ネーミングオブキャッツ」の「ジェリクルキャッツを知っているか?」を、ジェリーロラムの肉声で聞ける位置である。ジェリーロラムはその途中で2階に行ってしまうが、視線はホーミングモードで自動追尾。いい加減首が痛くなって正面を向いたら目の前にオールドデュトロノミーが憮然とした表情で座っていた。こりゃ俺はただ一匹の猫には選んでもらえないな。

さらにこのポジションが生きるのはバストファージョーンズのナンバーだ。手が届きそうなところにある階段にジェリーロラムは腰を下ろす。最初は前にいるシラバブの毛繕いなどしながらおとなしくジェニエニドッツらの歌を聴いているが、バストファージョーンズが歌い出すと大あくびをして寝てしまう。うわ、可愛い。ほどなく階段下にいたジェミマにちょっかいを出されて飛び起きるが、ジェミマと分かりニッコリ。それがちょうど「♪毎晩宴会~」のあたりだが、この日は自ら料理をねだることはせず、「アンタ、もらって来なさいよ!」とばかりにシラバブの後頭部を2、3度こずく。しかし南めぐみのシラバブは意思表示が控えめすぎるのか、お皿が廻ってくることはなく、やや不満気味の表情でナンバー終了。いつもはジェリーロラムの妹に見えるシラバブだが、この日は妹というより、妹分?

アスパラガスのナンバーでは、タガーのようなオーバーアクションで観客から拍手を求めるなど、落ち着いたナンバーの中でアクセントをつけた演技を披露。そしてグリドルボーンとしての登場では、ソノクイがだいぶ伸びるようになっていた。ちょうど自分の席からはグロールタイガーに尻尾を踏みつけられて悶絶する表情の一部始終を正面から見ることができたが、思わず声に出して笑ってしまうほどナイスなリアクションだった。そして以前観たときより、だいぶ悪女度がアップしている。ろくでもない女に引っかかって人生を棒に振るという野望を持っている自分としては、喜んで惑わされてみたくなる小悪魔ぶりだ。

キリがないからこのへんにしておくが、全体的に、この2年間演じてきた数々の役が着実に体内に吸収されている印象を強く受けた。直近のポリーの演技は特に色濃く反映しており、コミカルな動作が板に付いている。なぜグリンダにキャスティングしないのか理解に苦しむ。ってまだ言ってるよ。大丈夫、いずれ絶対演じることになるから。

それにしても、ジェリーロラムという猫はシラバブだけでなくみんなと仲がいい。特に仲良しなのはどうやらジェミマであるようだが、タントミールやランペルティーザとも笑い合う場面が多いし、雄猫たちとも平等に(ここ重要)親しくしている。人気者でしっかり者の学級委員タイプ、という「涼宮ハルヒの憂鬱」における朝倉凉子のようなキャラクターだ。ただ、どうも無口キャラのヴィクトリアだけは苦手にしているようだ。長門ユキと対立関係にある朝倉が、無口キャラを嫌うのは当然か?

この日はほかにも、韓国ライオンキングから舞い戻ったキムスンラがタガー、現在キャスティングされている中ではもっとも安定感のある松島勇気がミストフェリーズと、なかなか魅力的な顔ぶれだった。

キムスンラという俳優は、同じ茨城県出身ということで贔屓目もあるかもしれないが、好きな俳優のひとりだ。鋭い目線と荒川務級のアイドルボイスのアンバランスさがいい。そして全身で漂わせる不思議な色気がある。彼の演じるタガーは、芝タガーや阿久津タガーとは対称的な、あくまで二の線で行くタガーだ。韓国のライオンキングでスカーを演じてきたことで、何かまた違った雰囲気、うまく言えないが大人っぽさ(年齢的には十分大人だが)が加わったように思う。少し笑わせ方にオジサンが入ったような気も・・・。君はキヨミチの真似はしなくていいんだからね!

松島ミストは相変わらずキレのいい動きで楽しませてくれる。どうやら松島が演じるミストフェリーズが演じるグロールタイガーの子分は相当グリドルボーンが好きらしく、ソノクイ後には「でへへへへ」というマイクが拾わない笑い声を発していた。グロールタイガーが二人きりになろうとしているのに、なかなかグリドルボーンの側を離れようとせず、蹴りを入れられてやっと引っ込む場面も。チャレンジャーだな。

全体的に、どの役も安定した、そして花ならぬ華のある役者がそろったことで、心から楽しかったと思えるいい公演になった。ぜひこのレベルをキープしてほしいが、今後四季はアイーダにオペラ座の怪人にマンマ・ミーア!にウィキッドと開幕ラッシュを迎える。割を食うのは必至の情勢だ。できれば去年の阿久津タガーのように、アッと驚く新キャストをときどき投入してほしいものである。

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シアターに向かう途中の橋が、桜の花びらを集めるかのように放水していた。ちょっと虹もかかっている。

キャッツのホームページ

http://www.shiki.gr.jp/applause/cats/index.html

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2007年4月 1日 (日)

今日は、ワタヌキ!

毎年、4月1日にしかエントリーを上げないブログを更新しました。

http://kingdom.cocolog-nifty.com/dark_side_annex/

すいません、眠いので1本だけ。

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