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2007年1月14日 (日)

新感線×市川染五郎「朧の森に棲む鬼」

ライ 市川染五郎
キンタ 阿部サダヲ
ツナ 秋山菜津子
シュテン 真木よう子
シキブ 高田聖子
ウラベ 粟根まこと
サダミツ 小須田康人
イチノオオキミ 田山涼成
マダレ 古田 新太

新感線の数あるバリエーションの中でもメインストリームである「いのうえ歌舞伎」の新作。そしてこれが5作目となる、市川染五郎を迎えての通称「新感染」公演だ。シェイクスピアの「リチャード三世」から主役の人物像を、日本の「酒呑童子」伝説からキャラクターの名前や設定を吸収しているが、基本的にはオリジナルストーリーである。染五郎が悪のヒーローを演じるとあって話題を集めており、これは観なくてはと新橋演舞場に足を運んだ。

この作品、何といっても役者の力量が強烈な印象を残す。まず主演の市川染五郎。映画にもなった「阿修羅城の瞳」の出雲も良かったが、今にして思えばあの役は日本のヒーローにはありがちな設定、つまり飄々としながら実は剣豪、軽薄そうに見えて心に闇を持つ、という人物像だった。歌舞伎役者にとってはお手のものだったのではないか。

しかし今回は舞台俳優なら誰もが憧れてやまない、世界演劇史上人気ナンバーワンの悪役・リチャード三世だ。リチャード三世はマクベスのような少し人間味のある悪役ではなく、純粋な悪党である。しかし、純粋な悪というものは、それがなぜかはよく分からないが、そこに滑稽さを感じさせるものだ。「DEATH NOTE」の夜神月がそうであるように。リチャード三世には人間味のカケラもないが、どこかユーモラスな風格を持ち合わせているために、芝居全体の雰囲気が重苦しくならず、むしろそのガッツな悪知恵ぶりに観客は拍手かっさいするのだ。かつて、と言っても1980年代末だからずいぶん昔だが、パルコ劇場で山崎努の演じるリチャード三世を観たことがある。そこで自分は、ぞくぞくするような恐怖を感じさせながら、客席から笑いを取るという、舞台俳優の名人芸を初めて目の当たりにした。

今回染五郎は、そうした難しさの要求される「純粋な悪」を見事に演じてのけた。悪でありながら愛嬌十分、もちろん色気もたっぷりだ。かといって観客がそこに感情移入することはきっぱりと拒絶する。どっかのビールのキャッチコピーのように、コクとキレが共存している。新感線は、どんなシリアスな場面でも平気で笑いを挿入し、しかも芝居を崩すことなく進めていくことに長けた劇団だ。この染五郎演じる悪役は、まさしく「新感染」の真骨頂とも言えるだろう。

そして、この主人公は常に野心をぎらつかせてはいるが、最初から純粋な悪なのではなく、物語が進むごとにずぶずぶと悪そのものになっていく。染五郎が、その過程をエッジを聞かせた演技で明確に表現しているのが実にいい。今回は俳優・染五郎の技術を存分に披露してくれている。

もう一人、主役の相棒を演じた阿部サダヲがまた素晴らしい。舞台上の阿部サダヲがいかにスーパースターであるかは観たことのある人なら誰でも知っていることだが、今回もまたそれを再認識させられた。基本的には馬鹿な役だが、徹底的な馬鹿というのは、悪とは逆に、悲しさを感じさせる。北島マヤが学園祭の舞台で端役の馬鹿娘を演じ、観客の涙を誘ったことを思い出してほしい。その馬鹿さ加減、そしてその悲しさ、もう演劇界で彼以上にこの役をこなせる人は他にはいないだろう。

そして彼らの側には秋山菜津子や真木よう子ら美しいヒロインがおり、その周りを古田新太・高田聖子ら新感線の豪腕メンバーが固める。いい役者をこれほど観られるとは何とも贅沢であり、その意味では新春にふさわしい公演だった。話がそれるが真木よう子はびっくりするぐらいかわいい。映画やテレビで観たことはあるけれど、これほど光る素材だったとは。彼女の舞台はぜひまた観たい。

芝居全体としてはどうか。

いのうえは、「髑髏城の七人」の2004年公演で「いのうえ歌舞伎」にいったん区切りを打ち、2005年の「吉原御免状」からを「いのうえ歌舞伎・第二章」と位置づけている。それはより人間ドラマに重きを置いた上でエンターテイメントを構築する、ということのようだ。エンターテインメントを否定するものではないのがいのうえらしく、また新感線ファンとしては嬉しい限りだ。

脚本の中島かずきがその意志をきっちりと受け止め、以前の伝奇性、SF性の強さを少し薄め、その分人物の描写を濃くしている。しかし決して説明的にならず、物語の展開や人物関係の構図、そして最終的には役者の演技でそれを観客に伝えようとするテクニックが鮮やかだ。恐らく「第二章」初めてのオリジナルストーリー、しかも新感線の前回公演がすさましい完成度を誇った宮藤官九郎脚本による「メタルマクベス」だったことで、座付き作家としては相当プレッシャーがあったに違いない。しかし心配していたほど肩に力が入りすぎた印象もなく、中島のスタイルを守りながら、新しい方向性に進もうとしている姿勢がいい形で脚本に現れていたと思う。

また、舞台美術においても大量の水を使った幻想的な演出など、アグレッシブな取り組みがあり、「第二章」にかけるスタッフの意気込みが伝わってくる。

ただ全体の印象としては、いのうえ歌舞伎が劇的に変わった、というほどではない。もはや作り手の発想の変化だけでは簡単に変われないほど、新感線の世界は確立してしまっているということなのだろう。しかしそれでいい。作り手の疾走するスピードで、観客やファンは走れない。これからも、我々を置き去りにしない程度に、次々と新しい世界を見せてほしいものだ。

年末ブロードウェイで日米の差をまざまざと見せつけられていたので、どうも年が明けてから舞台を観る気が減退していた。しかし、この作品を観てよかった。

日本には、新感線がある。

もはや日本演劇会の中心となった以上、彼らはコアなファンだけのものではない。なのに、この夏はきちんと「ネタもの」(馬鹿馬鹿しい設定とくだらないギャグだけで綴る爆笑劇)の新作を出してくるという。その驚異的な懐の深さは一体何なのだ。個人的には、ネタものが一番好きだから単純に喜んでますけど。

新感線のWEBサイト
http://www.vi-shinkansen.co.jp/

Some_1

終演後、ロビーで松竹の社員らしい人にぺこぺこ頭を下げている腰の低いサラリーマン風の人を見かけた。よく見たら三谷好喜だ。意外に背が高いなあ。その隣に上品な雰囲気の女性が寄り添っている。あれはきっと三谷の奥さんだな。…ん?三谷の奥さん?小林聡美だよ。とってもキレイな人でした。

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