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2006年10月29日 (日)

河崎実×筒井康隆「日本以外全部沈没」

70年代、8mmで特撮映画を作るアマチュア監督として知られ、80年代にプロデビューしてからは「地球防衛少女イコちゃん」「電エース」などの特撮、「飛び出せ!全裸学園」といったお色気作品で鳴らし、近年は「いかレスラー」のヒットによってすっかりメジャーになった、河崎実。その才能があるんだかないんだか分からないカルトの名匠が、筒井康隆が1974年に書いたショート・ショート「日本以外全部沈没」を映画化した。

河崎の作風は、これだけキャリアが長いにもかかわらず、素人っぽさが抜けきらないところに特徴がある。意識的なものだとは思うが、「学園祭の映画にしてはよく出来ている」という雰囲気を20年も保ち続けるのは並の能力ではない。

今回も、原作の世界観~日本以外の国が沈没し、各国のVIPや難民たちで日本中にあふれかえる~をベースにしつつオリジナルストーリーを組み立て、河崎らしいどうでもいいくだらない映画に仕上がっている。全編に散りばめられた、外国人をネタにした毒のある、というより極めて有害なギャグも、爆笑を誘うというより、にやにやさせる程度の中途半端な笑いを提供するにとどまる。実に期待どおりだ。

ばかばかしい映画のファンにはオススメの秀作だが、反社会的なギャグの嫌いな人は避けたほうが無難。大川興業の「ウィーン電動こけし合唱団」とか好きな人には気に入っていただけるのではないか。

ところで、この原作「日本以外全部沈没」は、小松左京の「日本沈没」が超ベストセラーとなったときに、半ば冗談で書かれたものだが、その冗談を言ったのは、星真一なのだそうだ。日本のSF文化を築き上げた御三家、個人的にも大の親友として知られる3人のインスピレーションの結晶という意味では、貴重な作品だ。

考えてみると、彼らに加え豊田有恒、眉村卓といった先人達が切り開いてきた日本SFは、日本文学のメインストリームを外れた部分、パロディーやエログロ、ジュブナイルといったものを一手に引き受けてきたように思う。かつて筒井はエッセイの中で、作家のパーティーに行ってもSFの面々は隅のほうに集まり「あの人作家、俺たちSF」という雰囲気になる、と語っていたが、よく言えば在野精神、悪く言えばひねくれ根性が、日本SFの底流に流れている。それが何でもどん欲に取り込む、悪食的な性質をもたらしたのだろう。

しかし、それは現在世界的にも注目されている日本のサブカルチャーの形成において、極めて重要な役割を演じてきたのではないか。海外のコミックやアニメーションの素材やモチーフがきわめて貧相なのに比べ、日本のそれは何でもありの世界だ。また、その多くはSF(厳密には、ファンタジーと言うべきなのだろうが)である。「SFなら、何をやってもいい」という意識が、純粋なSFを愛する人達の意向に反して、日本には浸透している。また、もっと直接的な現象として、日本SF界の重鎮の作品で育ったクリエーターが、現在日本のコンテンツ産業を引っ張っていることも見過ごせない。「涼宮ハルヒの憂鬱」(小説・アニメ両方)の中で、主人公が唐突に「少年エスパー戦隊」と口にするシーンがある。言うまでもなく、1976年に豊田有恒が発表したSFジュブナイルの傑作だ。作者が子供のころそのファンだったことは疑いようもない。

SFジュブナイルのオタク文化の中での位置づけについては、また別の機会により深く考えてみたい。

Gat

「日本以外全部沈没」のWEBサイト
http://www.all-chinbotsu.com/

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