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2006年10月 8日 (日)

映画「夜のピクニック」

映画「夜のピクニック」が映画化された。

原作は、「博士の愛した数式」「東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~」などを選出し、新たな文芸賞として注目を集めている「本屋大賞」の第2回受賞作だ。吉川英治文学新人賞も受賞している。

しかし、自分がこの映画を見に行く動機はほかにある。物語の舞台となるイベント「歩行祭」とは、自分の母校である水戸第一高等学校の伝統行事「歩く会」がモデルなのだ。

原作の作者である恩田陸もやはりOB。だから当然「歩行祭」の描写にはリアリティがある。それを、茨城オールロケで、コースも実際の「歩く会」のコースの1つ(コースは全部で3つある)をベースに組み立てて撮影、もちろんわが母校も登場、と聞けば、これは観にいかない訳にはいかない。個人的には、小説がそのモデルとなった舞台をリアルに描写する必要も、映画が原作に忠実である必要も感じていないのだが、この作品はどうもそのあたりに徹底して力を入れているようだ。

そして実際に上映を観た感想。

予想以上に、「歩く会」の映画だ。「歩行祭」をモチーフとして、高校生たちの心の機微を描いた作品かと思ったら、逆だった。高校生たちは、あくまで脇役。この映画の主役は「歩行祭」である。

とにかく、団体歩行の雰囲気や、小休止、大休止の様子、父兄や近所の方々の応援、実行委員会の活躍、各クラスの先頭の人が持つ「のぼり」や懐中電灯といった小道具まで、実にリアルに再現されている。もちろん、「ジャージの色がタマゴ色じゃない」「深夜の団体歩行は男女が分けられているハズ」と些細な違いはあるが、そんなマニアックな突っ込みを入れたくなるほど、リアルに描かれているのだ。

そして、オールロケだから茨城の風景もリアルだ。茨城には、袋田の滝を除けば、派手な観光名所はあまりない。この県の原風景は、日本全国どこにでもあるような田園風景(といっても、『見渡す限りの~』というほどでもなく、適度に住宅なんかも視野に入るようなもの)とか、小川やそこにかかる橋、鉄道、住宅地といった、何のへんてつもないものだ。それを、必要以上に美化せずにスクリーンに納めているのに好感を持った。それが「歩行祭」のリアルさを一層強調している。

映画の構成も、「歩行祭」のスタートに始まりゴールで終わっており、ストーリーの展開上必要な過去のシーンはすべて会話や回想の中で展開する。

この映画の監督は、堺雅人の演じる奇妙なサラリーマンが印象的だった「ココニイルコト」の長澤雅彦。彼は、一体どうしてここまで「歩行祭」を詳細に描くことに執着したのか。

恐らく、ただえんえんと、夜を通して歩くだけという酔狂の極みのような「歩く会」というイベントに、特殊性以外の何かを見いだしたからだろう。単に主人公たちの心理的動揺のきっかけとしてなら、のべ5000人ものエキストラを動員し、40日間にも及ぶロケを敢行するのは明らかに度を超えている。

その「何か」を観客が感じ取れるかどうかが、この映画のカギだ。残念ながら、自分を含め、「歩く会」にかかわった者はそれを知ってしまっているから、この映画の評価に加わるわけにはいかない。少しでも「歩行祭」に自分も参加したような気持ちを持ってもらえたら、モデルとなった高校の出身者としてはちょっと嬉しい。

主役は「歩行祭」だが、もちろんキャストの演技がつまらないわけではない。そのイベントの雰囲気を伝えるにあたり、もっとも重要な役割を占めるのが、ヒロインを演じた多部未華子を始め、出演者たちであることは言うまでもない。実際に60キロほど歩いてみてからロケに臨んだという彼女たちの表情は、まさしくリアルに「歩く会」の顔だった。

今にして思うと、「歩く会」は、実にキツい行事だった。45キロ歩き、25キロ走る(映画では合計80キロだが、実際には70キロ)という、もはや奇祭の域に達しているこのイベントのために、夏休み明けから体育の授業はすべてマラソン。受験を控えた3年生も例外ではなく、この期間は家に帰っても勉強どころではない。しかも10月のこの行事が終わってからようやく本腰を入れて受験に取り組む人も多いために、現役進学率を確実に押し下げているのだ。

自分の場合、あれが楽しい思い出か、つらい思い出かと問われば、迷うことなく「つらい思い出です」と答えるだろう。しかし、あってよかった思い出か、なくてもよかった思い出かと聞かれれば、それはあってよかった、というほうにマルをつける。

それは、この映画の印象に重なると思う。面白かった映画か、そうでもなかったか、と聞かれれば、「そうでもない」と感じる人はかなりいるだろう。しかし観てよかったか、観なくてもよかったか、と聞かれれば、それは観てよかった、が多数派になるような気がする。

それで、この映画は成功なのだ。思い出というのは、きっとそんなものだろうから。

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「夜のピクニック」公式WEBサイト
http://www.yorupic.com/

水戸第一高等学校のWEBサイト
http://www.mito1-h.ed.jp/

Wikipediaで「水戸第一高等学校」を検索する

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コメント

 たぶん、原作者が実体験した東海コース(1980)も約80kmです。
 東海コースは私の在学中(1960年代後半)に生まれましたが、当時は約80kmでした。今年で58回になる歩く会、歴史のあるだけに様々な変化があります。最近の片道コースは、65kmと短くなっているようです。(母校ホームページ参照)
 私は大洗在住で、あの時の後輩たちの中に原作者が居たかと思うと、何となく時代を感じます。

投稿: Teddy K. | 2006年10月 8日 (日) 12時36分

先輩、コメントありがとうございます!お初にお目にかかります。

私のときは70kmでしたが、どんどん短くなっているのですか。それにしても70と80の差は大きいと思います。さすがです。

こうして映画やネット、さまざまなメディアを通じて、世代を超えた交流ができるのは素晴らしいと思います。
そのきっかけとなるのであれば、「伝統行事」というものもまんざら悪くはないですね。

今後ともご指導ご鞭撻を賜りますよう宜しくお願い申し上げます。

投稿: ヤボオ | 2006年10月 9日 (月) 02時32分

 距離は調査中ですが、私の経験したのは、東海+太田コースで約80kmです。「水戸一高百年史」によれば、その後の東海コースは70~75kmでした。となると、1980年頃は75km前後かもしれませんね。約80kmは、切りがよいからかもしれません。
 1年の時が77km、3年の時が76kmですから、私の学年の3年間のトータルは史上最長と思われます。
 最近の東海コースは基本的に約75kmですが、大洗をパスすると約70kmになります。残る2つの片道コースは、いずれも約65kmで組んでいるようです。
 距離の短縮は、交通事情の変化によると聞いています。

投稿: Teddy K. | 2006年10月15日 (日) 13時37分

コメント並びに解説ありがとうございます。
なるほど、思ったより距離は頻繁に変更しているんですね!

「水戸一高百年史」、水戸の実家にあるので今度帰省したときに私も引っ張り出して検証したいと思います。私は兄も水戸一高なので、確か2冊買ってしまった記憶が・・・。

投稿: ヤボオ | 2006年10月15日 (日) 22時11分

はじめまして。関野こなたと申します。
信長野ヤボ夫さん同様、水戸一高の卒業生でございます。

舞台挨拶をご覧になったとのことでうらやましいなぁと思う限りです。ディスカウントチケットにこだわらなければ良かっただけのハナシなんですけど。

>あれが楽しい思い出か、つらい思い出かと問われば、迷うことなく「つらい思い出です」と答えるだろう。しかし、あってよかった思い出か、なくてもよかった思い出かと聞かれれば、それはあってよかった、というほうにマルをつける。
「激しく同意」です。
しかも関野は主人公たちと同じく大子→筑波→東海のローテが当たったのですが、その肝心の3年生の歩く会は広浦過ぎたところで打ち切りになったので、今もって悔しいというか割り切れない思いを抱えています(この意味でも「つらい思い出」です)。そのせいかこの作品には過剰にイレ込んでおります。

もう上映期間も終わりを迎えようとしているんだと思いますが、少しでも多くの人に見てもらえたらと願ってやみません。

投稿: 関野こなた | 2006年10月20日 (金) 16時40分

OBの方にコメントいただけて嬉しいです。

東海コースは風光明媚さにかけては大子や筑波に一歩譲りますが、そのぶん生活感ある風景の中を歩くので、当時は印象薄かったものの、今は思い返すと一番懐かしいですね。

そういえば私も大子→筑波→東海ローテでした!一年目の大子が雨で、夜中はみんな無口になってました。あの疲労感を、この映画ではきちんと描いていて感心しました。

ほんと、卒業生、そして歩く会にかかわった人すべてに観てほしい映画です。

投稿: ヤボオ | 2006年10月20日 (金) 23時10分

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