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2005年9月 4日 (日)

かつしか区民ミュージカル「うちの猫がいなくなった」

「みそしれる歌舞の会」の中の人が、今週は役者として別の公演に出るから来いというので出かける。(財)葛飾区文化国際財団主催のファミリーミュージカル「うちの猫がいなくなった」だ。この財団はもともと相当豊富な資金力があったらしく、コンサート施設「シンフォニーヒルズ」や劇場「かめありリリオホール」などを所有している。しかし最近は区の補助も削減されがちで、自主公演は減ってきているらしい。その一方で、区民の手作りによる公演などを企画しているようだ。窮余の策なのかもしれないが、人材育成、そしてすそ野を広げるという意味でこうした取り組みは評価していい。今回の公演もその一環であり、この財団が設置した「かつしかドラマスクール ミュージカルコース」の受講者が中心になっている。

会場はシンフォニーヒルズの「モーツァルトホール」。1階席、2階席合わせて1000席もある立派なホールに驚く。四季劇場「秋」より大きい。当然舞台も巨大である。さらにオーケストラピットに演奏者がいてびっくり。なんと生オケだ。見習え、四季。そしてその編成の大きいこと。オペラでもできそうだ。彼らは葛飾フィルハーモニー管弦楽団で、やはり財団がサポートしている。こんな立派なオーケストラのミュージカルなんて、ブロードウェーでもウエストエンドでも観たことがない。ついでに言えば、ミュージカルでオケピの演奏者が全員正装しているのも初めて観た。三谷幸喜の「オケピ!」でコンダクターが解説しているように、オケピの住人は、たいがいラフな格好をしているものである。

「うちの猫がいなくなった」は、ゴミ捨て場ではなく、下町の屋根の上に集まるキャッツたちを人間の視点でとらえながら、人と動物、人と人との心の交流を描くという作品である。この公演自体が文化政策の一環である以上、構成に制約も多かったものと想像するが、そうした制約をうまく脚本や演出の中に取り込んで、口当たりのいい作品に仕上げている。

外部からの客演として、和田圭市が参加。「五星戦隊ダイレンジャー」のリュウレンジャーである。ダイレンジャーは、5人全員が中国拳法の達人という設定で、気合いの入った登場人物と演出に特徴があった。熱さで言えば恐らくシリーズナンバーワンで、比較的評価も高い作品だ。その和田だが、最初はなんだか池田成志のようにうさんくさい雰囲気で登場したものの、長身と、スーツでは隠しきれない体格の良さで実に見栄えがする。しかも動きにはキレがあり、実に舞台映えする役者だ。演技も自然で説得力があり、歌声もよく伸びていた。まだまだ日本の演劇界も捨てたものではない。ぜひ、次の「レ・ミゼラブル」公演ではアンジョルラスに挑戦してほしい。今年、アンジョルラスにキャスティングされた岸祐二は「激走戦隊カーレンジャー」のレッドレーサーだ。さらに、日本の初代アンジョルラス、内田直哉は「電子戦隊デンジマン」のデンジグリーンだ。アンジョルラスは、スーパー戦隊枠なのである。

さて、「みそしれる歌舞の会」の中の人は、あつかましくも主役で登場。いきなりソロナンバーを披露して度胆を抜いた。だが歌声には十分な張りがあり、話すセリフもきれいに届く。母音法だけが発声ではないのだ。見習え、四季。小さい体でめいっぱい大きく演技して、舞台の大きさ、共演者の長身に負けていなかった。恐れ入りました。

愛猫トラのマジックで出現した豪華なプレゼントを目にするシーンでは、ちょっと「美女と野獣」のベルを思い出した。そういえば、沼尾みゆきがベルを演じているらしい。しかし来週以降、ダークサイドなイベントが続くので、今年2回目の福岡はもう少し先になりそうだ。

katsushika

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