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2005年6月 3日 (金)

東宝「レ・ミゼラブル」2000回記念公演

さて、今季2回目(本田美奈子が降板したために、当初3回観る予定だったのが2回になってしまった)、そして2000回記念キャスト公演の「レ・ミゼラブル」を先週末、楽前に鑑賞してきた。

まずはそのキャストを紹介しよう。

ジャン・バルジャン 今井清隆
ジャベール 鹿賀丈史
エポニーヌ 島田歌穂
ファンテーヌ 岩崎宏美
コゼット 知念里奈
マリウス 石川 禅
テナルディエ 斎藤晴彦
テナルディエの妻 森久美子
アンジョルラス 岡幸二郎

待ちに待った、初演以来の鹿賀丈史ジャベール復活である。

昨年の「レ・ミゼラブルコンサート」で久しぶりにそのジャベール姿を観て、ぜひとも復活を、と願ったのは記憶に新しい。

だが、コンサートでは初演そのままの冷徹なジャベールだったのが、今回の舞台ではだいぶ印象が違った。やはり演技がつくと年齢的な問題もあって表現力に制限がかかるのか?とも思ったが、どうもそうではないらしい。ジャベールの弱さや人間味といった、このキャラクターの陰に隠れた部分を出そうとしていたようだ。

初演の切れ味鋭いジャベール像を期待していた自分にとってはやや違和感があったものの、これだけのキャリアのある俳優が、久しぶりに演じる「当たり役」で、新たな挑戦をするというのは素晴らしい。まだこの役に意欲があることの証左でもあるわけだから、ぜひ次の公演でも登場願いたいところだ。

今回の復活キャストの中で、最も印象的だったのが、島田歌穂のエポニーヌだ。

レギュラーでこの役を演じていたころ、特に90年代後半以降の島田の演技は、実はあまり好きではなかった。なんだか貫禄がありすぎて、エポニーヌの背負った運命の悲しさが、伝わってこなかったからだ。

だが、数年の時を経て舞い戻ってきた島田は、全く違った。まず外見が違う。ぐっとウェイトを絞ったその姿は、まるでバンタム級に挑戦してきた力石徹のようだった。演技にもキレがある。

歌声は相変わらす美しいが、そこには力強さと切なさが同居し、激しく心に響いてきた。 なんだか、病床にある本田美奈子の魂が乗り移っているかのようだった。

そしてそれを受け止める、石川禅のマリウスがまた良かった。半分、というより3分の2ぐらいにやけたまま固まった顔が石川の特徴だが、昔はただしまりのないようにしか見えなかった。しかし今回はそのにやけた顔が、男としての器量の深さを感じさせていた。そしてその寛容さで、エポニーヌの悲痛な想いをきっちりと受け止めていた。

砦でエポニーヌにコゼットへの手紙を託すシーン。ここはマリウスの「純粋さ故の残酷さ」を表現するシーンだが、初めて「エポニーヌを戦場から遠ざけるために、口実として手紙を渡した」ように見えた。新鮮な感動である。

コゼットが知念里奈ということもあり、コゼット-マリウスよりも断然エポニーヌ-マリウスの関係が心に刻み込まれた舞台だった。こんな経験はかつてなかった。

岩崎宏美は、やはり初演の迫力には残念ながら及ばない。これは、97年に復帰したときから感じていたことだったが、この日はやや声の調子が悪かったようだ。しかしその分演技は磨きがかかっており、十分に見応えのあるファンティーヌである。

今井清隆は「現役」組だが、いいバルジャンになった。2年前の公演で、初めて彼のバルジャンを観たときは、だいぶ肩に力の入った荒削りさが目立ったが、その時も「きっと次の公演ぐらいには良くなるはず」と信じていた。「オペラ座の怪人」のときもそうだったが、今井は役に馴染むまで、時間のかかるタイプだということを知っていたからだ。そして、予想どおりにすばらしいジャン・バルジャンになってくれた。山口ほど華はないが、優しさと包容力を感じさせる、熱いバルジャンである。すでに山口・今井の主役コンビは、滝田・鹿賀のコンビに並ぶ存在になったと思う。

賛否両論のあった今回の記念キャストだったが、単なるお祭りに終わらず、いい舞台になった。これは俳優達がそれだけ真剣に役に向き合ったからだろう。そうした姿勢で臨んでくれる限り、こうした試みも続けていっていいかもしれない。

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