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2005年6月26日 (日)

「スター・ウォーズ エピソード3 シスの復讐」
先々行オールナイト

先々行オールナイトを、有楽町マリオンの日劇1で鑑賞してきた。

まだ封切りされていないわけだから、ネタバレはもちろん、感想を詳細に書くことも避けなくてはいけないだろう。

なので一言だけ。

「この映画は、『スター・ウォーズ』である。」

これが、この映画に対する賛辞であり、評価であり、考察である。

スター・ウォーズに望まれること、スター・ウォーズが目指したものが全て入っている。そして、余計なものは何もない。

小学4年生のとき、父に連れられて水戸の映画館で第1作を観たときの感動。この年になって、そのみずみずしい感動をまた体験できたことを、ジョージ・ルーカスと彼を支えた人達に、深く感謝したい。

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FOXの公式ページ

http://www.foxjapan.com/movies/episode3/

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四季「キャッツ」 キヨミチ大暴れ

今回の東京公演で3回目、通算では何回目か分からない「キャッツ」鑑賞。参戦の理由は芝清道の演じる“つっぱり猫”、ラム・タム・タガーを観たかったからだ。

今回の公演で、タガーを芝が演じると聞いたときは「おもしろい冗談だ」と思った。芝は、渋い声でしかも声量があるという男らしい歌いっぷりが人気の俳優だ。しかし、ハンサムなタイプではなく、不精ヒゲの似合う極めて濃い口のおじさん顔である。そこにキャッツのメイクをした姿は、どうにも想像できない。

だが芝は、以前からこの役をかなりの回数演じていたようだ。自分が信じようが信じまいが、芝がキャッツに出ているという事実は厳然として存在する。真実に、目をそむけてはいけない。

というわけで始まったキャッツ。冒頭、出演者全員で歌うシーンが続くが、そこではタガーの顔をよく確認できなかった。ソロナンバーでじっくりと検証することにする。

タガーのソロは2番目だ。“おばさん猫”ジェニエニドッツのナンバーが終わるといよいよ出番である。

壁を勢いよく破って登場したのは・・・

芝 清道だった。

それ以外の何物でもない。猫のメイクぐらいではあの濃厚な顔はどうにも隠せないのだ。

早くも観客席から無言の笑い声が伝わってくる。

意味不明の奇声を発したあと、おもむろに

「みゃーお」

これは現実か? それとも夢か? 脳内にボヘミアン・ラプソディーが流れる。

変な格好をしたおじさんが、舞台上でふしぎなおどりをおどっている。しかし、歌声だけはほれぼれするほど美しい。

「♪触りたくても触らせないぜ~」

・・・イヤ、触りたくない。

タガーは間奏中に客席に降りてきて、女性客を1人舞台に連れ出して踊る、というパフォーマンスがある。しかし、すぐに声をかけるべき客を選ばなくてはいけないため、どの役者も一瞬だけ真顔になるのが普通だ。しかし芝タガーは違う。明らかに、自分の趣味に合う女性を捜している。目がエッチだ。

結局20代前半のOL風美女をセレクト。舞台に引っ張り出してひとしきり踊ったあと、また客席までエスコートする。座らせるかと思いきや、自分が席に座ってしまうのはお約束だが、そのあとさらにその女性を抱きしめ、おでこにチュー。

いいのか?

十数年前のこの事件を思い出す。

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東京・両国の劇場「シアターX(カイ)」で上演されている人気劇作家・つかこうへいさんの「熱海殺人事件」で、舞台から下りた男優がいきなり客席の女性にキスするという演出が、「強制わいせつ」と指摘する観客の抗議などにより、主催者側で急きょこのシーンをカットした。キスされた女性客が泣き出したり、ボーイフレンドが「彼女に失礼な」とどなり込んで来たりする騒ぎになったため。かつてはこうした“演出”を面白がる観客が少なくなかったが、演劇関係者からは「舞台と客席の一体感を求めるアングラ劇風の演出が理解される時代ではなくなった」と、客気質の様変わりを嘆く声も出ている。(1993年5月15日、読売新聞)
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“連れ去りタガー”が警察に連れ去られたりして・・・。ちなみに上の記事の「男優」とは、池田成志ね。

ラストの「ご無う~~~~~~用~」は、これぞ芝清道という張りのある歌声を堪能させてくれたが、何しろ見た目がアレなので、感動してよいものやら迷うところだ。しかもバシっと決まったと思ったらそのあと「へいへーい」とまた珍妙なかけ声。社員旅行のカラオケ大会でひとり酔っぱらう中間管理職の姿が見えた。

その後も、全編にわたって芝タガーの変人ぶりは炸裂。もちろん、“長老猫”オールドデュトロノミーや、“マジック猫”ミストフェリーズのナンバーや、ジェリクル舞踏会の「全く何にもしないのさ」は、さすがは芝という存在感を発揮していたが、“鉄道猫”スキンブルシャンクスのときの大ぼけぶりや、カーテンコール最後のモノマネ披露など、芸人、しかもいまはやりの若手お笑い芸人ではなく、お正月のテレビ番組でしか見ないような年季の入った芸人のようなパフォーマンスだった。

あれは、ジェリクル・キャットではない。ジェリクル・マスターになり損ねて、暗黒面に落ちた猫だ。

ほしよさんのエントリーに、芝タガーを適確に表現した奥方のコメントがあるので参照されたい。

さて、この日のマンカストラップ(全体のしきり役)はほしよさんご夫婦にも大好評の福井晶一。凛々しく、芝居がかった歌と表情、そしてよく通る声で、これは人気が出るのもうなずける。そして何かぎらぎらした、好戦的なムードのあるマンカストラップだ。

武闘派の切り込み隊長・マンカストラップと愚連隊あがりのラム・タム・タガー。さらにもう1人、顔の濃い奴がいる。蔡暁強の演じるミストフェリーズだ。マジックを使うこのクセ者は、いかにも盗聴や爆発物の設置が得意そうな工作員タイプだ。3人そろうと、これから「仁義なき闘い」でも始まりそうだ。

日本のキャッツはどちらかというとマンカストラップが1人で舞台を進行させていく感じだが、ロンドンでキャッツを観たときには、まさにこの3人が共同で全体を進めていく、という印象が強かった。その雰囲気が、3人のフェーズがそろったことで(オリジナルの精神は無視したそろい方だが)図らずも醸し出されたのは、面白い現象だ。

オールドデュトロノミーに種井静夫が登場。石井健三のデュトロノミーも好きだが、顔に愛嬌があり、どうもニャンコ先生のように見えてしまう。オペラ出身らしく、堂々と歌い上げる種井の姿にはジェリクル・リーダーらしい風格が感じられた。実は、こいつが暗黒面トリオの黒幕だったりして…。

女優陣についても触れておこう。意外に良かったのが王のランペルティーザ。この役は、ちっちゃくて声のかわいい役者がやるもの、というイメージがあったが、ハスキーなランペルティーザもちょっとはすっぱな不良の雰囲気で、なかなか味がある。山本貴永のシラバブは、なんだか落ち着きすぎて、「生まれたばかり」という雰囲気がしない。シラバブとジェリーロラムは姉妹のような演出が多いが、今回は姉妹というより女子校の悪友という印象だ。どうも、カンパニー全体が暗黒面に落ち始めている。やはり暗黒面の強力さは計り知れない。

 

カーテンコールの恒例、握手大会。なんだかんだいいながら、マンカストラップと握手してしまった。普通どの猫もかるく手を触る程度なのだが、こっちが野郎だったからか、ガッチリと熱い握手になった。最後まで武闘派だ。そういえばこの日は、キャッシアターに行く前に、たまたま12代目ミニスカポリス、今井叶美の撮影会に参加して握手もしていたので、2人目の握手。日本には握手の習慣がないので、1日に2人と握手するなんて珍しい。一番暗黒面に堕ちているのは実は自分だったという、ありがちなオチだ。

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2005年6月24日 (金)

堀内敬子が三谷幸喜「12人の優しい日本人」に出演

この人のエントリーで知ったが、PARCO劇場でこの冬に上演される三谷幸喜「12人の優しい日本人」に、なんと堀内敬子が出演する。

三谷作品の魅力は、ストーリーでもセリフでもない。ストーリーは極めて単純な場合が多く、セリフもひとつひとつを取ってみるとさほどおかしくもない。しかし人と人、言葉と言葉、時間と時間といった関係性を実に緻密に計算して、構造的な面白さを作り上げるのだ。その手腕には毎回頭が下がる。

だから新作がかかればいつも観に行きたいと思うのだが、いかんせんチケットが取りにくい。それで最近はご無沙汰しており、「オケピ!」再演以来三谷作品を舞台で観ていなかった。

しかし今年の「12人の優しい日本人」はぜひ観たいと思っていた。自分は映画版を観ただけだが、そこから伝わる緊迫感は舞台を観ているかのような傑作であり、これを生で観たらさぞや迫力があるだろうと感じていたからだ。

そしてそのキャストに、堀内敬子が名を連ねている。

俺がどんなに堀内敬子のことを好きだったか、みんな知らないだろう。そりゃそうだ。今日はそれについて小一時間語り聞かせてやろうじゃないか。

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2005年6月19日 (日)

「WE WILL ROCK YOU」日本公演

先月、ロンドンで観てきた「WE WILL ROCK YOU」の日本公演が先月から始まっている。来日公演としては異例の3カ月ロングランだ。

ネタバレを含むので、最初に結論を。

「興味あるけど、ツアー版はちょっとなあ・・・」という人がいたら、すぐにその考えを捨てて観に行ってください。大丈夫です。

ここから本文。

ミュージカルのツアー公演というのは、たいがい期待できない。アメリカのヒット作品だと、ブロードウェーで出ているのが一軍、西海岸で出ているのが二軍、米国内ツアーが三軍、ワールドツアーに出るのはその次、という程度なのだろうか。正確には知らないが、どうもそのぐらい、満足度は低いのである。「どうせあたしらドサまわりだしさ~」「日本人なんて、適当にやってりゃ喜ぶのよ~」という意識が見え隠れ、どころかありありと伝わってくることも少なくない。

最近だと「シカゴ」が代表的で、99年の来日公演はずいぶんがっかりさせるものだった。2003年の来日ではそれよりはだいぶましだったようにも思うが、とうていあの作品のブラックで乾いた笑いを表現しきれてはいなかった。なのに連日満員御礼、追加公演も決定。これでは日本の客がナメられても仕方がない。今年もやってくるが、果たしてその出来はどうか。

だから今回も、あまり期待はしていなかった。そのために、この日本公演があることを知りながら、わざわざロンドンで観ておいたのだ。

洋楽に詳しい友人と連れだって、会場の新宿コマ劇場へ。コマでミュージカル、というのは安達祐実の「オズの魔法使い」以来だ。

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まず目に入った、フレディ・マーキュリー像。ドミニオン劇場に飾られているものを模して作られているが、その第一印象は「げっ。しょぼ……」。嫌な予感は確信に変わって、ややうつむき加減に入場した。

チケット販売には苦労しているという噂で、土曜にもかかわらず空席が目立つ。ますます消沈している中、幕が上がった。

ところが、である。

どの役者も、非常によく声が出ている。演技もいい。またツアー版にありがちな、ばらばらな感じもなく、呼吸のあったやりとりがカンパニーとしてのまとまりを印象づける。そして何より、「日本人相手なんて、チャンチャラおかしくて真面目にやってられないわ~」といういい加減さが全くない。

ウエストエンドにはない客席を使った演出も盛り込まれ、楽しませてくれる。日本向けのギャグや日本版特別アンコールも用意されるなど、サービス精神にもあふれていた。

終わってみれば大満足の出来。ここまでのものが観られるなら、わざわざイギリスで観るまでもなかったと思うほどだ。この作品の脚本は緻密な構成よりもセリフ回しの面白さを重視しているため、日本語字幕でその面白さを味わうことができたということも大きかったが、それだけではない。ツアー版でこれほどのレベルの舞台を観られたことは、まったくの驚きである。

友人に、全編に散りばめられた洋楽ネタについて解説を受けて、さらに理解を深めていたところ、興味のある指摘が。

「英語がオーストラリアなまりだった。彼らはオーストラリアから来たのか?」

えっそうだったのか。さっそくパンフレットで確認したら、そのとおり。2003-2005年、足かけ3年のロングランをオーストラリアで実現したカンパニーが、そっくりそのまま来日していたのである。

つまり、この公演はツアー版ではなかった。

そうなれば、個々の俳優の実力も、全体のまとまりも、あって当然である。

なのに、この情報はほとんど公開されていない。公式サイトを見ても、そんな解説は見あたらない。ただ、キャストのプロフィールを見るとみなオーストラリア出身とか、ニュージーランド出身とある。パンフレットにも、この情報は正面からは書かれておらず、スタッフのインタビューの中ではさりげなく書かれているだけである。よく見ると、「後援」としてオーストラリア大使館の名前がある。

そこでオーストラリア大使館のサイトを訪ねてみると、ばっちりこのことが書いてあった。

http://www.arts.australia.or.jp/events/0505/wwry/

これですっきりした、とはいかない。ならばなぜその情報を宣伝の中で言わないのか。

これは、来日公演の集客における悪しき習慣である。あまりミュージカルを観たことのない人であれば、「ブロードウェーミュージカル日本公演」というと、ブロードウェーで演じている人達がやってくるのだと思うだろう。その勘違いを利用して集客するのである。もちろん中にはブロードウェーの舞台に立った人も多くいるかもしれないけど、実際には三軍、四軍なのだから、これはウソだ。ただ最近はだいぶ状況が変わってきている、という声もあるので、一概にツアー版はダメだとは言わないが、ツアー版とはそういうものだ、ということを説明しておく義務はあるのではないか。

今回も、わざわざ「オーストラリアから来た」と言って、ウエストエンドで演じている人達が来る、という夢をこわすことはない、という判断なのだろう。主催者の気持ちも分からないではないが、今や牛肉の産地を偽っても問題になるご時世だ。堂々と「オーストラリア産」を名乗ってチケットを販売するのが筋というものだろう。客にも、カンパニーにも失礼な話だ。

しかしツアー版、翻訳上演以外に、海外でロングランを達成したカンパニーをまるごと持ってくる、という輸入の仕方があることは初めて知った。これなら、オリジナル言語で、しかもある程度レベルの高い舞台を日本国内で観ることができる。ぜひ、今後もこうした試みを実現してほしいものだ。

そのためには、この公演がまずまずの成功を収めなくてはならない。先に書いたように、現在は苦戦を強いられているようだ。自分も最低もう一回は観にいく。まだ迷っている人もぜひ足を向けて欲しい。

WE WILL ROCK YOU日本公演のホームページ

http://www.wwry.jp/

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2005年6月15日 (水)

NHK「ファイト」及川以造再登場

「ファイト」である。

なんだか「DEATH NOTE」なみに予測不可能な展開になってきた。

主人公・優(本仮屋ユイカ)が引きこもり状態から立ち直ったと思ったら、弟・檀が家出。それも落ち着いて、ちょっとだれてきたかな、と思っていたところ今週から急展開である。

母・亜沙子(酒井法子)がいきなり浮気に走る気配。カラオケで熱唱していたのは松田聖子の「天使のウインク」だった。サンミュージックの先輩だからかな。どうせなら自分の持ち歌で「一億のスマイル」とか歌ってくれりゃいいのに。アルバムの曲だが「ファイト!」というのもあるぞ。

そしてもう出てこないと思っていた、ソフト部の新庄監督(及川以造)がびっくり仰天の再登場。なんと女性連れで駒乃館にお泊まり旅行だ。で、その相手が優の担任・真理先生(佐藤仁美)。この2人の対称的な構図が異常におかしい。監督は熱すぎるし、先生はクールすぎると感じていたが、ここへ至る伏線だったとは。恐るべし、NHK。まだまだ楽しませてくれそうだ。

ところで、及川以造といえばつかこうへいの舞台の常連で、自分も何回となくライブで観ている。シアターXの「熱海殺人事件『妹よ』」(93年)の部長刑事役が印象的だった。始めは主役だと思わせておいて、途中から実は脇役になるという微妙な役どころ。最近では広末涼子主演「飛龍伝」で学生運動家を演じていた。役名はまんま「及川」だったが、確かその通う大学は「高崎俳句大学」だった。優の通う高校も高崎市内という設定。ひょっとしてこの人・・・と思ったら山口県出身。ただの偶然だった。

佐藤仁美も好きなんである。ついこないだ、「バウンス koGALS」で女子高生を演じていたと思っていたのに・・・。しかしその妙に落ち着き払った存在感は健在。今後も応援していきたい女優のひとりだ。

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「ファイト」のホームページ

http://www.nhk.or.jp/asadora/index.html

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2005年6月13日 (月)

角川グループ60周年記念「戦国自衛隊1549」(ばれます)

原作のある映画やドラマを観るときには、全く別のものとしてとらえるようにしている。メディアが違えば、中身も違うのは当たり前だ。

だか続編やリメイクとなれば話が違ってくる。それらは前作と比較されることを前提に作られるわけだから、それを意識しないで観るのはかえって制作者に失礼だ。

というわけで「戦国自衛隊1549」。言うまでもなく1979年の「戦国自衛隊」の続編だ。旧作は日本の戦後SFの大家、半村良の同名小説を原作にしているが、今回はその半村版戦国自衛隊へのトリビュートとして「終戦のローレライ」「亡国のイージス」の福井晴俊が書き下ろした小説に基づいている。

1979年、当時小学生だった自分は兄らと一緒に劇場で「戦国自衛隊」を鑑賞した。その時の衝撃は今でも明確に思い出すことができる。派手な戦闘シーン、無意味なゲスト、とてつもなくいやらしいクーデターの場面、残酷な描写、印象的な挿入歌、悲しい結末と、何もかもが鮮烈だった。

それが25年ぶりに帰ってくるのだ。期待しすぎは良くない、と思いつつ、期待せずにはいられないというものだ。

だが、その出来映えはやや残念なものだった。

何が悪いというわけではない。脚本もシンプルながらうまくまとまっていたし、「ゴジラ」で釈由美子を起用し大いに面白い作品を撮ってくれた手塚昌明監督も、奇をてらうことなく堂々とした正攻法の演出を見せてくれた。俳優陣はみなすばらしく、江口洋介、鈴木京香、鹿賀丈史に伊武雅刀、生瀬勝久に嶋大輔に的場浩司、それぞれ持ち味を十二分に発揮していた。戦闘シーンやCGもそれなりによく出来ていた。途中でだれることもなく、いいテンポで最後まで一気に見せてくれたので眠気は全く感じなかった。

にもかかわらず、見終わった後の手応えが今ひとつなのである。何かこう、よくできたVシネマを観た、というぐらいの軽い印象しかない。

旧作の魅力は何といっても、大勢の武者たちに戦車やヘリコプターが立ち向かっていくという、ある意味滑稽な構図だった。滑稽ではあったが、エキストラの数が半端ではなく、妙に迫力があった。そしてその合戦シーンを、実に40分以上にもわたり見せられているうちに、すっかりその世界に引き込まれてしまった。新作にももちろん鎧武者対近代兵器の構図はあるものの、どうにも迫力不足だった。

前回は自衛隊の協力を得られず、戦車は自前で作り(その後「ぼくらの七日間戦争」でも使用された)、ヘリコプターは原作のバートルからシコルスキーに変更になった。その点、今回は陸上自衛隊の全面協力で、戦車や装甲車はもちろん、戦闘ヘリであるコブラまで本物が登場している。なのに、迫力不足なのはどうしてか。

そこに、「面白さ」というものの本質が隠されているような気がする。面白さというのは「面白くしよう」という工夫であり、心意気なのだ。本物を持ってきたから迫力が増す、というものではないのである。

今回のスタッフが、その工夫を怠っていたとは思えない。原作の福井は、「かつての角川映画が持っていた、わくわくするお祭りのような雰囲気を取り戻したい」と語っている。意気込みはあったのだ。手塚監督も、ゴジラ作品の演出においてゴジラという素材に頼り過ぎることなくカタルシスにあふれるシーンを創り上げてきた。それだけの手腕のある人だ。

あえて犯人捜しをするならば、これはプロデューサー、というか制作サイドの問題だろう。つまり予算をどこに使うか、ということを考えている人達だ。旧作のころには今やあっちの世界の人になってしまった(最近復活に向けて始動しているが)角川春樹が絶頂期だった。いろいろ問題はあったろうが、少なくともあのころの角川春樹は、どう金を使えば面白くなるのか、ということを知っていたように思う。ばかばかしいほどの大人数のエキストラを一度に出したり、戦車や潜水館を自前で調達してしまうといった奇抜な行動は、荒唐無稽とはいえ着実に映画に映画の中に面白さを吹き込んでいた。

日本映画に今決定的に欠けている人材。それは監督でも脚本家でもなく、プロデューサーなのかもしれない。

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戦国自衛隊1549のホームページ

http://www.sengoku1549.com/

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MONDO21「バトルヒロイン宣言!アイドルコロシアム」

低予算で制作・調達したマニアックな番組ばかりを流し続けるCS局「MONDO21」が、「バトルヒロイン宣言!アイドルコロシアム」の第2回イベントを実施するというので観覧してきた。

これはグラビアアイドルによるプロレスイベントを行い、その模様を番組化するというもの。昨年終了した「女闘美X」を復活させる形で今年から放送が始まった。3月に行われた第1回のイベントは、3部に分けて番組化され、現在放送している。スカイパーフェクTV、CATVのほか、楽天ショウタイムなど、動画コンテンツを配信しているサイトで視聴することもできる。

今回も8人のグラビアアイドルが出場、というか出演。女子プロレスのような本格的なものでも、キャットファイトのような猥褻なものでもない、カワイコちゃん(死語)どうしが異常にぬるい試合を繰り広げる。入場するときはコスプレで出てきて、それを試合前の「水着タイム」で脱ぎ捨てて水着姿になる。脱いだ衣装を自分でまとめてコーナーに引っ込むあたり、ものすごくストリップ劇場を思い出させる。

結果はもちろん決まっていて、本気で殴ったり投げ飛ばしたりするわけではないが、感心するのは試合中もちゃんと「てめー生意気なんだよ」「おばさん引退してください」といったセリフを述べている点である。日本のプロレスでも最近はマイクパフォーマンスが定着しているが、試合中にお互いに悪態をつきあうという光景はなかなか新鮮だ。

2001年にミスター高橋が「流血の魔術 最強の演技 ~すべてのプロレスはショーである」を著し、プロレスには「アングル」と呼ばれるストーリーがあること、そのアングルをめぐって団体幹部やマッチメイカー、そして選手やレフェリーがどれほどの苦労をしているかを赤裸々に語ったとき、ファンの意見は賛否両論だった。「賛」「否」とも、そんなことは先刻承知だったわけで、それを敢えて言わないという日本のプロレスの伝統を守るのか、それともWWFのようにそれを明らかにした上でエンターテインメントと割り切ったショーを行うのか、そのどちらを支持するのかという議論だ。しかしいずれにしても、「プロレスは素晴らしいエンターテインメントなのだから、その火を消してはならない」という氏の主張は正論に思えた。

真剣勝負の格闘技を否定するわけではない。だが肉体を駆使したエンターテインメントの面白さも、他には代え難いものがある。K-1もいいけど、やはりプロレスにも残ってほしいのである。

最近のプロレス人気の凋落ぶりはご存じの通りだ。ミスター高橋もそれを憂えて本を出したのだろうが、その方法論についてまでは提言しきれていない。

WWFの方法論をそっくり真似ても駄目なのは皆分かっている。DRAGON GATE(旧闘龍門)や、小川直也のハッスルシリーズといった取り組みは、WWFを横目で見ながら、日本でショーとしてのレスリングをどう浸透させていくか、工夫を重ねている。

この「アイドルコロシアム」は、プロレスをベースにしていないという点で上の2者とはだいぶ路線が異なるけれど、これもひとつの考え方だ。肉体エンターテインメントの基準がプロレスに限らないとなれば、そのバリエーションは無限に広がってくる。

ミスター高橋は、街頭テレビに人々が群がって力道山の勇姿を観戦した、あの頃の夢のあるプロレスに戻ってほしいと願っている。しかし自分はその時代を知らない。ただ日本のエンターテインメント復活の一翼を担ってほしいという思いから、プロレスや、プロレス的なものにもっと頑張って欲しいと考えている。

自分が今回のイベントに参加したのはそういう考えからで、単にグラビアアイドルの水着姿を間近に見たかったからというのでは決してない。そう、自分もミスター高橋同様、真剣に日本のショービジネスの将来を憂えているのだ。高橋、といえば、第1回の模様をテレビで見てすっかりファンになっていた高橋りかちゃんが帰りに出口付近で自筆のサイン入りポストカードを配っていたので大喜びでもらってきた。ついでに携帯カメラを向けたらポーズもしてくれた。えへへ。いや、こういうハイタッチなファンサービスこそショービジネスの顧客満足度を上げる要因だということを主張したいのであって。

きょうのおみやげ

来場者アンケートに答えるだけで、出演者全員の手書きサイン入りポスターをもらえた。こういう良心的なイベンターが増えると、もっとリアルエンターテインメントにみんな足を運んでくれるようになると思う。

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2005年6月 5日 (日)

四季「美女と野獣」 花をたずねて三千里

うまい料理を食って満足し、福岡空港へと向かう帰り道。

キャナルシティの前を通りかかったら「美女と野獣」の看板が目に入った。

一応キャストだけでも確認してみるか、と覗いてみると、ベルを木村花代が演じているではないか。

いやあ、知らなかったなあ。今回はあくまでイカを食べるのが目的だったのだが・・・。まあ仕方ない、せっかくだからついでに観ていくか。ヒマだからな!

すいません。嘘をつきました。

さて、「美女と野獣」は95年-98年の東京ロングラン以来だから、だいぶ久しぶりだ。キャッツやレ・ミゼラブルと並ぶ好きな作品でありながら、なかなか観る機会に恵まれなかった。京都にも何度となく行こうと思っていたのだが、どうせ観るなら花ちゃんベル、と決めていたので、うまくタイミングが合わなかったのだ。

その花ちゃんベル。

このキレイさは、奇跡だ。

とても言葉では表現できない。マコも、ジェリーロラム=グリドルボーンも、ディアナも、ソフィーも、エルコスも良かったけど、このベル役はまた格別の出来である。

前半の青いスカート姿は日本人がやるとどうにも違和感があるのだが、これかばっちり決まっている。どうも、花ちゃんのルックスは、こういうマンガな格好が似合うようだ。そして第二幕の舞踏会で披露するドレス姿は、本当にタメ息が出るほど美しい。ジェリーロラムのときはニヤけている自分に気付いたが、今回はそんな自覚をする余裕もないほど見とれていた。

もちろん見た目の話だけではない。比較的自分の解釈で演じるタイプなので、ある程度枠にはまった演技を強いられるベル役がどうなるか不安な部分もあったが、全くの杞憂に終わった。一幕では稟とした強さと、父の前でふと見せる弱さをメリハリのある演技で表現し、二幕では野獣の中に自分との共通点を見いだした瞬間から一気に心を開いていく一途な側面を強烈にアピールした。

これまで、数多くの女優がこのベルを演じた。堀内敬子のベルは本当にかわいらしくて、会場の男性客はみんな自分同様口が半開きになっていた。だがそれだとベルよりも、敬子ちゃんの印象が残ってしまう。濱田めぐみはその天賦の才能をいかんなく発揮し、「ベルそのもの」を忠実に舞台上に現実化してみせた。しかし今度は逆に、濱田の個性が感じられず、インパクトに欠けた。

今回のベルは、いったんベルというキャラクターをアニメーションの中から抽出して、その要素を木村花代というフィールド上に再構築している。だから、ベルそのものでもあり、同時に花ちゃんの魅力も伝わってくるのだ。そしてその2つの相乗効果で、観客に衝撃的なまでの印象を残す。これは観ておいたほうがいい。花ちゃん萌えの野郎どもは、直ちに福岡に結集すべし。来週も出てるかどうか分からないが……。

柳瀬大輔のビーストも良かった。「ジーザス・クライスト=スーパースター」でイエス役を演じてから確実に一皮むけた感のある柳瀬。安定した歌声や笑いの取り方など、かつての芥川英司に勝るとも劣らない魅力的な野獣である。

拾いものだったのが道口瑞之のルミエール。「Be Our Guest」で最大の見せ場をリードするこのローソク人間は、「不良中年」のイメージが強い。初演では御大、光枝明彦が奮闘していた役だ。いっぽう道口は「夢から醒めた夢」メソ役の学生服姿が似合う若い役者。ちょっと合わないかな、と思っていたところとんでもない。器用で、口がうまくて、実は少し頑固なところもあり、そして何よりエッチなルミエールを好演した。笑いを取るところは確実に決めていたし、Be Our Guestは自分が今まで観た中で最高といえるぐらいに大いに盛り上がって、万雷の拍手を誘っていた。その演技スタイルは、確かに下村尊則を手本にしたものかもしれないが、道口も下村並みに器用な役者のようだ。さらに自分なりの演技を盛り込んでいけば、一層面白いルミエールがの誕生を期待できる。

田島雅彦のガストンも好印象。やや迫力には欠けるかもしれないが、その馬鹿っぷりには愛嬌があり、恨まれながらも町の人々がついてくる、ガキ大将キャラを表現することに成功した。そして二幕では、一点して凶悪な表情を見せた。その落差がガストン、そしてそのガストンをヒーローに祭り上げてしまう人々の中に潜む、深い闇を気付かせてくれる。

全体的に、若い役者がのびのびと演じている、という印象の公演だった。それでいて、カンパニーとしてのまとまりを感じさせたのは、やはり作品の世界観が明確だからだろう。97年末にブロードウェーで観たときは、どの役者も「ディズニー映画なんてカンケイないぜ」というように、自由にそれぞれの演技を楽しんでいた。それでもちゃんとまとまるのである。

また、以前のロングランでは、「ディズニーミュージカルを、四季が翻訳上演している」という雰囲気だったのが、もうこの作品は「キャッツ」や「ジーザス・クライスト=スーパースター」同様、すっかり四季のものになっている。翻訳上演をしながら、それを自分たちのものとして取り込んでしまう演劇界のリヴァイアサン、劇団四季。その上で飲み込んだものよりも優れたものを創造できるようになれるかどうかが、今試されている時期だと思う。それに失敗すれば、浅利慶太が劇団を去ったあとの四季は、空中分解してしまうはずだ。

そしてそれに成功すれば、野村萬斎の「自分は日本の演劇文化を海外に広げる『逆・劇団四季だ』」というコメントに、大人気なく激昂するようなこともなくなるだろうに。

きょうのおみやげ

福岡シティ劇場が通算上演回数2500回を越え、その記念品が四季の会会員に配布された。一辺5センチほどのガラスの立方体の中に、レーザー照射によって刻まれたビーストのシルエットが浮かび上がる。ずっ しりと重く、なかなか豪華な感じのする一品だ。2500

「美女と野獣」公式サイト
http://www.shiki.gr.jp/applause/bb/

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料亭「稚加榮」

うまいイカが食いたいと思い、福岡に来た。

福岡にはなんだかんだと理由をつけて毎年来ている。

昨年は、出張で。

おととしは、松浦亜弥コンサートツアー2003「あややヒットパレード」(&四季「オペラ座の怪人」)で。

3年前は、友人の結婚式で。

4年前は、四季「夢から醒めた夢」リニューアル公演で。

そして、福岡に来ると必ず訪れるのが大名にある「料亭 稚加榮」である。ここの名物はプール大の巨大な生け簀を取り囲むようにして並ぶ「生簀カウンター」だ。

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「美味しんぼ」で山岡士郎がさんざん指摘しているように、魚というのは締めてから少し時間が経たないとうま味が出てこない。そして生け簀の魚は餌を食べない状態が続くので、味が痩せてしまっている場合が多い。

そして、どちらかというとこの店は観光客に人気で、地元の通が通う店はほかにたくさんある。

にもかかわらず自分がこの店に足しげく通っているのは、巨大カウンターということで1人でも入りやすいこと、そしてこの馬鹿馬鹿しいほどでかい生け簀は、それだけで楽しさを味あわせてくれるからだ。

それに、もっとうまい店があるといっても、もともと福岡の食材は東京などで食べるのとはうまさ、安さにおいてケタ違いである。グルメを気取るのでなければ、この店で十分満足な体験ができる。

メニューには一品料理、懐石コース、活け作りなどがある。自分はだいたい、一番安い懐石コース(4500円)を頼んで、ほかに活け作りを1-2品頼む。コースは品数で値段が決まっており、一番安いといっても11品も出てくる。活け作りは時価だが、イカだと2000円ぐらい。ヒラメや伊勢エビなどは7000円ぐらいするのでちょっと1人では頼みにくい。だが一人前にちょうどいい小ぶりの伊勢エビを2500円ぐらいで造ってくれる時もある。台風でイカが入荷していない時に訪れた際は、その伊勢エビとアジを頼んだところ、きれいに一皿に盛りつけてくれた。それを見たまわりの客が「私にもあの料理を」と次々に注文し、恥ずかしかった。

これまでは夜の時間帯に来ていたが、今回は昼の時間帯に入った。この時間は昼定食(1200円)を出している。せっかく来たのだからランチでは味気ない。聞けば通常メニューも出してくれるというので、いつもの懐石コースと活け作りを頼んだ。

すると、お姉さんが「それなら、昼の定食もそんなに変わらないですよ。定食にしたほうがいいんじゃないですか?」という。まあこの時間はほとんどの客が定食を頼むわけで、そのほうが厨房も楽ということもあるのだろうが、4500円の料理を頼もうとしている客に1200円の料理を勧める、というのは福岡でひんぱんに出会う接客マナーだ。ほかの料理店でも、あれこれ頼むと「それでは多いから少し減らしたほうがいい」とよく言われる。タクシーに乗って渋滞にはまると目的地を聞かれ、「それなら地下鉄に乗ったほうが安いし早いですよ」と近くの駅まで連れて行ってくれる。初めてこの地を訪れたときは宿泊案内所でホテルを探したが、頼んでもいないのにとにかく安い部屋を探そうとしてくれた。その時はそんなに自分がみすぼらしいなりをしているのかな、と思ったが、それがこの地方のスタイルなのだ。

しかも、その言い方が全く押しつけがましくない。あくまで客に無駄な金を使わせまいとする姿勢が感じられる。そしてそれが結果的に顧客満足度を高め、福岡全体の経済活性化に貢献していることも、本能的に知っているのだ。

さて、そうしたわけで今回のオーダーは「昼定食」と「イカの活け作り」。

まず昼定食。茶碗蒸し、汲み出し豆腐、煮物、刺身、天ぷら、かに汁にごはんとお新香がつく。これで1200円だから東京で中途半端な食事に高い金を払うのが馬鹿馬鹿しくなってくる。

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そしてイカがやってきた。ご覧の通り、ツマの紫蘇の葉がすけて見えるくらいに透明で、きらきら光っている。味はと言えばこれがとろけるように甘い。ワサビでも、ショウガでもおいしくいただくことができる(東府屋ファミ坊風)。

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最初、頭やげその部分も皿に盛ってきて、ぐにょぐにょと動く様子を目で楽しんだあと、いったん下げて天ぷらにしてくれる。活け作りの場合は1匹まるごと提供する、というのが原則なので、刺身にならない部分も何らかの方法で食べさせてくれるのだ。伊勢エビだったら頭の部分で赤だしを作るし、アジだったら背骨のまわりをせんべいにして出す。イカの場合は天ぷらがノーマルだが、頭やげそも全部刺身にしてくれ、というオーダーもできる。むこう半年ぐらいもうイカは食べたくない、というぐらいの満足度を味わいたければ、それもありだ。

これがげその天ぷら。この1皿食べるだけでも、実は十分おなかいっぱいである。

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存分に堪能して、お会計は1200円+2000円の3200円と消費税。飯を食うと高いうえに満足度も低い東京は、改めてヘンだと実感する。

料亭「稚加榮」のホームページ

http://www.chikae.co.jp/fukuokaten.html

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2005年6月 3日 (金)

東宝「レ・ミゼラブル」2000回記念公演

さて、今季2回目(本田美奈子が降板したために、当初3回観る予定だったのが2回になってしまった)、そして2000回記念キャスト公演の「レ・ミゼラブル」を先週末、楽前に鑑賞してきた。

まずはそのキャストを紹介しよう。

ジャン・バルジャン 今井清隆
ジャベール 鹿賀丈史
エポニーヌ 島田歌穂
ファンテーヌ 岩崎宏美
コゼット 知念里奈
マリウス 石川 禅
テナルディエ 斎藤晴彦
テナルディエの妻 森久美子
アンジョルラス 岡幸二郎

待ちに待った、初演以来の鹿賀丈史ジャベール復活である。

昨年の「レ・ミゼラブルコンサート」で久しぶりにそのジャベール姿を観て、ぜひとも復活を、と願ったのは記憶に新しい。

だが、コンサートでは初演そのままの冷徹なジャベールだったのが、今回の舞台ではだいぶ印象が違った。やはり演技がつくと年齢的な問題もあって表現力に制限がかかるのか?とも思ったが、どうもそうではないらしい。ジャベールの弱さや人間味といった、このキャラクターの陰に隠れた部分を出そうとしていたようだ。

初演の切れ味鋭いジャベール像を期待していた自分にとってはやや違和感があったものの、これだけのキャリアのある俳優が、久しぶりに演じる「当たり役」で、新たな挑戦をするというのは素晴らしい。まだこの役に意欲があることの証左でもあるわけだから、ぜひ次の公演でも登場願いたいところだ。

今回の復活キャストの中で、最も印象的だったのが、島田歌穂のエポニーヌだ。

レギュラーでこの役を演じていたころ、特に90年代後半以降の島田の演技は、実はあまり好きではなかった。なんだか貫禄がありすぎて、エポニーヌの背負った運命の悲しさが、伝わってこなかったからだ。

だが、数年の時を経て舞い戻ってきた島田は、全く違った。まず外見が違う。ぐっとウェイトを絞ったその姿は、まるでバンタム級に挑戦してきた力石徹のようだった。演技にもキレがある。

歌声は相変わらす美しいが、そこには力強さと切なさが同居し、激しく心に響いてきた。 なんだか、病床にある本田美奈子の魂が乗り移っているかのようだった。

そしてそれを受け止める、石川禅のマリウスがまた良かった。半分、というより3分の2ぐらいにやけたまま固まった顔が石川の特徴だが、昔はただしまりのないようにしか見えなかった。しかし今回はそのにやけた顔が、男としての器量の深さを感じさせていた。そしてその寛容さで、エポニーヌの悲痛な想いをきっちりと受け止めていた。

砦でエポニーヌにコゼットへの手紙を託すシーン。ここはマリウスの「純粋さ故の残酷さ」を表現するシーンだが、初めて「エポニーヌを戦場から遠ざけるために、口実として手紙を渡した」ように見えた。新鮮な感動である。

コゼットが知念里奈ということもあり、コゼット-マリウスよりも断然エポニーヌ-マリウスの関係が心に刻み込まれた舞台だった。こんな経験はかつてなかった。

岩崎宏美は、やはり初演の迫力には残念ながら及ばない。これは、97年に復帰したときから感じていたことだったが、この日はやや声の調子が悪かったようだ。しかしその分演技は磨きがかかっており、十分に見応えのあるファンティーヌである。

今井清隆は「現役」組だが、いいバルジャンになった。2年前の公演で、初めて彼のバルジャンを観たときは、だいぶ肩に力の入った荒削りさが目立ったが、その時も「きっと次の公演ぐらいには良くなるはず」と信じていた。「オペラ座の怪人」のときもそうだったが、今井は役に馴染むまで、時間のかかるタイプだということを知っていたからだ。そして、予想どおりにすばらしいジャン・バルジャンになってくれた。山口ほど華はないが、優しさと包容力を感じさせる、熱いバルジャンである。すでに山口・今井の主役コンビは、滝田・鹿賀のコンビに並ぶ存在になったと思う。

賛否両論のあった今回の記念キャストだったが、単なるお祭りに終わらず、いい舞台になった。これは俳優達がそれだけ真剣に役に向き合ったからだろう。そうした姿勢で臨んでくれる限り、こうした試みも続けていっていいかもしれない。

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2005年6月 2日 (木)

四季「夢から醒めた夢」
その10 樋口麻美再降臨

※今回のシリーズは激しくネタバレしますのでご承知おきください。

ピコ 樋口麻美
マコ 紗乃めぐみ
マコの母 重水由紀
メソ 有賀光一
デビル 光枝明彦
エンジェル 藤原大輔
ヤクザ 野中万寿夫
暴走族 西尾健治
部長 田中廣臣
老人 維田修二
老婦人 斉藤昭子
夢の配達人 北澤裕輔

先週は開幕以来、久しぶりに樋口麻美ピコが登場したのでいそいそと四季劇場へ。結果的に1週間だけの顔見せ興行だったから行っておいてよかった。

この間、彼女は四季で初めてとなるストレートプレイに出演(「オンディーヌ」のベルタ役)していた訳だが、それも早々に切り上げて夢から醒めた夢に復帰、そして1週間で引っ込む。娘役トップの座を守るためには試練も多いようだ。

そんなわけでやや疲れは見えたものの、相変わらずキレイに伸びる声とキレイに伸びる手足が印象的な、極めてソツのないピコである。個性がない、とも言えるが、その分ストレートに作品の良さが伝わる。それは決して下手なのではない。下手な役者は、作品をぶちこわす。作品の良さをそのまま伝えられるのは、うまい証拠である。そのレベルに達している役者は、四季に限らず日本中でも実は一握りしかいない。

しかし、である。

現在、水曜深夜に放送しているアニメ版「ガラスの仮面」では、劇団つきかげが全国演劇コンクールの地区予選をめざし「たけくらべ」の稽古の真っ最中である。同じたけくらべでつきかげを潰しにかかった劇団オンディーヌの姫川亜弓が演じる、完璧な美登利役を前に自信を失った北島マヤに、月影千草は言い放つ。

「亜弓さんはたしかにすばらしい天分を持っています。完璧な美登利を演じるでしょう。原作の中から生まれ出たような美登利そのものを………

完璧な美登利。それが天才の才能の限界です。けっしてそれ以外のものではありえないのです」

結果的に、観客により強い印象を与えたのは、月影先生とマヤが創りだした、「まったく違う美登利」だった。

もちろん、姫川亜弓の存在も希有だ。それを否定するつもりは全くないし、作品の良さを純粋に伝えられるピコ役、ということで、初めてこの舞台を観る人にはぜひ樋口ピコをお勧めしたい。しかし、もともと保坂知寿という、脚本に書かれているキャラクターとは全く違う雰囲気を創り出す名人が当たり役にしていたピコである。そのインパクトを越えるには、脚本とも、そして保坂ピコとも異なる存在を生み出さなくてはならない。まだ3人のピコともそのゴールには達していないが、頭ひとつ抜けているのはやはり吉沢梨絵なのである。

というわけで、現段階での吉沢ピコ最強説を確信する結果となった。

さて今回の「樋口麻美×紗乃めぐみ」という組み合わせは初見だったが、紗乃の調子がいまいちだったせいか、しっくりいかなかった。前回観たとき「前に出すぎ」と感じた演技は、少し引いたものになっていたのだが、歌声まで引いてしまったのはいただけない。どうした、紗乃!

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