今回の東京公演で3回目、通算では何回目か分からない「キャッツ」鑑賞。参戦の理由は芝清道の演じる“つっぱり猫”、ラム・タム・タガーを観たかったからだ。
今回の公演で、タガーを芝が演じると聞いたときは「おもしろい冗談だ」と思った。芝は、渋い声でしかも声量があるという男らしい歌いっぷりが人気の俳優だ。しかし、ハンサムなタイプではなく、不精ヒゲの似合う極めて濃い口のおじさん顔である。そこにキャッツのメイクをした姿は、どうにも想像できない。
だが芝は、以前からこの役をかなりの回数演じていたようだ。自分が信じようが信じまいが、芝がキャッツに出ているという事実は厳然として存在する。真実に、目をそむけてはいけない。
というわけで始まったキャッツ。冒頭、出演者全員で歌うシーンが続くが、そこではタガーの顔をよく確認できなかった。ソロナンバーでじっくりと検証することにする。
タガーのソロは2番目だ。“おばさん猫”ジェニエニドッツのナンバーが終わるといよいよ出番である。
壁を勢いよく破って登場したのは・・・
芝 清道だった。
それ以外の何物でもない。猫のメイクぐらいではあの濃厚な顔はどうにも隠せないのだ。
早くも観客席から無言の笑い声が伝わってくる。
意味不明の奇声を発したあと、おもむろに
「みゃーお」
これは現実か? それとも夢か? 脳内にボヘミアン・ラプソディーが流れる。
変な格好をしたおじさんが、舞台上でふしぎなおどりをおどっている。しかし、歌声だけはほれぼれするほど美しい。
「♪触りたくても触らせないぜ~」
・・・イヤ、触りたくない。
タガーは間奏中に客席に降りてきて、女性客を1人舞台に連れ出して踊る、というパフォーマンスがある。しかし、すぐに声をかけるべき客を選ばなくてはいけないため、どの役者も一瞬だけ真顔になるのが普通だ。しかし芝タガーは違う。明らかに、自分の趣味に合う女性を捜している。目がエッチだ。
結局20代前半のOL風美女をセレクト。舞台に引っ張り出してひとしきり踊ったあと、また客席までエスコートする。座らせるかと思いきや、自分が席に座ってしまうのはお約束だが、そのあとさらにその女性を抱きしめ、おでこにチュー。
いいのか?
十数年前のこの事件を思い出す。
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東京・両国の劇場「シアターX(カイ)」で上演されている人気劇作家・つかこうへいさんの「熱海殺人事件」で、舞台から下りた男優がいきなり客席の女性にキスするという演出が、「強制わいせつ」と指摘する観客の抗議などにより、主催者側で急きょこのシーンをカットした。キスされた女性客が泣き出したり、ボーイフレンドが「彼女に失礼な」とどなり込んで来たりする騒ぎになったため。かつてはこうした“演出”を面白がる観客が少なくなかったが、演劇関係者からは「舞台と客席の一体感を求めるアングラ劇風の演出が理解される時代ではなくなった」と、客気質の様変わりを嘆く声も出ている。(1993年5月15日、読売新聞)
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“連れ去りタガー”が警察に連れ去られたりして・・・。ちなみに上の記事の「男優」とは、池田成志ね。
ラストの「ご無う~~~~~~用~」は、これぞ芝清道という張りのある歌声を堪能させてくれたが、何しろ見た目がアレなので、感動してよいものやら迷うところだ。しかもバシっと決まったと思ったらそのあと「へいへーい」とまた珍妙なかけ声。社員旅行のカラオケ大会でひとり酔っぱらう中間管理職の姿が見えた。
その後も、全編にわたって芝タガーの変人ぶりは炸裂。もちろん、“長老猫”オールドデュトロノミーや、“マジック猫”ミストフェリーズのナンバーや、ジェリクル舞踏会の「全く何にもしないのさ」は、さすがは芝という存在感を発揮していたが、“鉄道猫”スキンブルシャンクスのときの大ぼけぶりや、カーテンコール最後のモノマネ披露など、芸人、しかもいまはやりの若手お笑い芸人ではなく、お正月のテレビ番組でしか見ないような年季の入った芸人のようなパフォーマンスだった。
あれは、ジェリクル・キャットではない。ジェリクル・マスターになり損ねて、暗黒面に落ちた猫だ。
ほしよさんのエントリーに、芝タガーを適確に表現した奥方のコメントがあるので参照されたい。
さて、この日のマンカストラップ(全体のしきり役)はほしよさんご夫婦にも大好評の福井晶一。凛々しく、芝居がかった歌と表情、そしてよく通る声で、これは人気が出るのもうなずける。そして何かぎらぎらした、好戦的なムードのあるマンカストラップだ。
武闘派の切り込み隊長・マンカストラップと愚連隊あがりのラム・タム・タガー。さらにもう1人、顔の濃い奴がいる。蔡暁強の演じるミストフェリーズだ。マジックを使うこのクセ者は、いかにも盗聴や爆発物の設置が得意そうな工作員タイプだ。3人そろうと、これから「仁義なき闘い」でも始まりそうだ。
日本のキャッツはどちらかというとマンカストラップが1人で舞台を進行させていく感じだが、ロンドンでキャッツを観たときには、まさにこの3人が共同で全体を進めていく、という印象が強かった。その雰囲気が、3人のフェーズがそろったことで(オリジナルの精神は無視したそろい方だが)図らずも醸し出されたのは、面白い現象だ。
オールドデュトロノミーに種井静夫が登場。石井健三のデュトロノミーも好きだが、顔に愛嬌があり、どうもニャンコ先生のように見えてしまう。オペラ出身らしく、堂々と歌い上げる種井の姿にはジェリクル・リーダーらしい風格が感じられた。実は、こいつが暗黒面トリオの黒幕だったりして…。
女優陣についても触れておこう。意外に良かったのが王のランペルティーザ。この役は、ちっちゃくて声のかわいい役者がやるもの、というイメージがあったが、ハスキーなランペルティーザもちょっとはすっぱな不良の雰囲気で、なかなか味がある。山本貴永のシラバブは、なんだか落ち着きすぎて、「生まれたばかり」という雰囲気がしない。シラバブとジェリーロラムは姉妹のような演出が多いが、今回は姉妹というより女子校の悪友という印象だ。どうも、カンパニー全体が暗黒面に落ち始めている。やはり暗黒面の強力さは計り知れない。
カーテンコールの恒例、握手大会。なんだかんだいいながら、マンカストラップと握手してしまった。普通どの猫もかるく手を触る程度なのだが、こっちが野郎だったからか、ガッチリと熱い握手になった。最後まで武闘派だ。そういえばこの日は、キャッシアターに行く前に、たまたま12代目ミニスカポリス、今井叶美の撮影会に参加して握手もしていたので、2人目の握手。日本には握手の習慣がないので、1日に2人と握手するなんて珍しい。一番暗黒面に堕ちているのは実は自分だったという、ありがちなオチだ。
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