四季「思い出を売る男」(ばれます)
92年の初演、2003年の再演、ともに見逃していたストレートプレイ「思い出を売る男」を自由劇場で上演するというので出かけていった。
主役は違いの分かる男、石丸幹二。共演にも下村尊則、芝 清道、五東由衣、そして日下武史と、主役級をずらりとそろえた。浅利慶太や日下武史ら、劇団四季創設メンバーの恩師にあたる加藤道夫の作品ということで、力の入りようがうかがえる。
戦後の混乱期、「思い出を売る」という奇妙な商売を始めた青年と、クセのある登場人物との軽快なセリフのやりとりを通じて描き出す人間模様。1時間20分ほどの小品で、あっという間に終わってしまうが、そのぶん強烈に印象に残る作品だ。
セリフや主人公以外の人物設定は極めて具体的で、抽象的な部分は少ない。しかし見方によってそのテーマも、主人公の設定も、そしてこれがリアリティーを追求したものなのかファンタジーなのか、というジャンルまでも、様々な解釈ができる。そして何も考えずに、短編ドラマとして観ても十分に楽しい。四季が「珠玉の作品」と胸を張るだけのことはある。
だがそれだけに納得がいかないのは、冒頭の日下武史の「口上」だ。スーツ姿で登場し、加藤道夫と四季の関係や、この脚本が書かれた背景などをとうとうと語る。知って欲しいという気持ちは分かるが、本来その気持ちは作品の中で表現すべきことだろう。スピーチで片づけてしまうのは、反則技である。
日下がはけたあと、本当のオープニングシーンでは、軍服に身を包んだ石丸が、サックスを吹きながら客席の中をゆっくりと舞台に向かって歩いていく。自由劇場という演劇専用空間と、よくできた舞台装置ともあいまって、観客を一気に戦後の混乱期にタイムスリップさせる、力のあるオープニングになっている。これがあれば、口上など不要だ。
四季は今後もこの作品を記念碑的に上演していくのだろう。しかし、そういうセレモニーにしてしまうには惜しい作品だ。もっと脚本に手を入れればより多くの人に刺激と感動を与えられるだろうし、あるいは映像化などしても面白いかもしれない。そうしても、この作品のもつ世界観は揺らぐことはないだろう。
大事にしすぎるあまり「角を矯めて牛を殺す」ことにならないようにしてほしい。自分はこの作品を、もっと観たい。
きょうのおみやげ
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思い出を売る男 公式サイト
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