« 2005年2月 | トップページ | 2005年4月 »

2005年3月28日 (月)

四季「夢から醒めた夢」
その7 トリプルヘッダー総括

※今回のシリーズは激しくネタバレしますのでご承知おきください。

今回の公演で登場した3人のピコは、それぞれに持ち味が違っていて楽しい。雰囲気を比べると、お転婆な樋口ピコに、おっちょこちょいの吉沢ピコ、ちょっと天然ボケの(ごめんなさい)花代ピコ、という感じ。印象に残る表情もそれぞれ異なっていて、樋口ピコは笑顔、吉沢ピコは怒った顔、花代ピコは困った顔だ。もっとも、これらすべての特徴を兼ね備えていたのが保坂ピコだったわけで、改めてその偉大さを感じずにはいられない。

しかしいずれにしても、どのピコが来ても十分に見応えはある。だから、キャスト表を見て「観に行く気がしなくなった」などとは思わないことだ。もし本当に観たくないなら俺に送ってくれ。全部俺が代わりに観てあげるから。

ピコ-マコの組み合わせを変えたバージョンも観たい。個人的には、花代ピコにめぐみマコ。うーん、分かりやすい趣味だなあ。

きょうのおみやげ

四季の会会員特典として、「夢から醒めた夢」では前々回の公演から、「ホワイトパスポート」のプレゼントを行っている。長野の演劇資料館で、白・黒・グレーのパスポートを観て狂喜した自分としてはぜひ入手したいアイテムだが、いつも会報に添付された引換券を忘れてしまい、悔しい思いをしていた。今回も、土曜日は忘れてしまったが日曜にぶじゲットした。スタンプは、赤を選択。3公演ぶんのスタンプをそろえると別のグッズがもらえるので、少なくともあと2回は観なくてはいけない。すっかり商売に乗せられていることには気付かないふりをしている。

200503280141000

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四季「夢から醒めた夢」
その6 夢の登場人物

※今回のシリーズは激しくネタバレしますのでご承知おきください。

ピコ、マコ以外の登場人物についてまとめておこう。

デビル役には不動の光枝明彦。これほどのベテランを、いまだにこういう役につけるところが、四季のすごいところでもあり、俳優が逃げ出す要因でもあるわけだが、しかしこの役は保坂ピコ以上に、ほかの役者では考えられないキャラクターだ。一挙手一投足が絵になり、雰囲気になり、笑いになる。四季の宝であると同時に日本演劇界の宝、光枝明彦先生、ずっと「もう疲れちゃったー」とは言わずにいてください。

26日のマチネでは、霊界空港に2人目の客(老婦人)が来たとき、それを伝えるランプが点灯しないハプニングがあった。しかしさすがベテラン、動じることなく、「なんで点灯しないのかしら」とばかりにランプをばしばしたたいてその場をクリアしていた。

部長役もおなじみ、広瀬明雄。昨年「スルース」で主役をはったことで、一層演技に重厚さが加わったような気がする。しかしロビーパフォーマンスで太鼓もたたく。こういうところが四季の・・・・。でもこれが結構かわいい。ところでこの部長が掃除の最中、チリトリからゴルフボールを取り出し、ほうきでパットをするシーンがあるが、一回で入るときとそうでないときは演技が細かく異なっている。見落としがちだが、ぜひ注目してほしい。

暴走族にはこれまで何回か観たことのある吉原光夫と、初見の西尾健治。暴走族というよりスポーツマンのような体つきをした吉原にくらべ、身のこなしは軽やかだが、どことなく凶暴性を秘めた西尾の演技はなかなか良かった。今後の伸びに期待だ。

エンジェルには、最近この役はずっとこの人で観ていた鈴木涼太と、前回公演から登場しているが自分としては初見の藤原大輔。鈴木涼太は好きな役者だが、アクの強い顔をしているのでちょっとエンジェルには向かないかな、と思っている。一方藤原大輔氏は誰さんも懐古していた古谷直通のエンジェルに通じる、高めのやわらかい声が特徴で、どちらかというとこちらのほうが好みである。ただ、藤原は身長が鈴木ほど高くないので、長身のデビルと並んだときにバランスが悪いという難点がある。

老人役では立岡晃、武見龍磨、維田修二と3人を観ることができて、地味に得した気分だ。おなじみの立岡晃は俳優歴50年ほどのベテランで、やはり味わいが深い。まだまだこの役を演じ続けてほしいと心から思う。武見、維田はともに俳優座出身の実力派で、最近の四季のストレートプレイには欠かせない実力派だ。その分、ファンタジーな舞台の中で、やや現実味を出してしまっている部分もあるが、それが舞台全体を引き締めている、と見ることもできる。

アンサンブルでは、女優の登竜門になっている霊界空港の子供たちに注目。「いもーとおとーとそしてかあーさん」のパートを歌った北井久美子が、今後来そうな予感がした。見た目の印象だけだけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四季「夢から醒めた夢」
その5 樋口麻美×木村花代

※今回のシリーズは激しくネタバレしますのでご承知おきください。

最後に3月27日(日)マチネ。キャストは以下の通り。

ピコ 樋口麻美
マコ 木村花代
マコの母 早水小夜子
メソ 有賀光一
デビル 光枝明彦
エンジェル 藤原大輔
ヤクザ 野中万寿夫
暴走族 吉原光夫
部長 広瀬明雄
老人 維田修二
老婦人 斉藤昭子
夢の配達人 下村尊則

やはり最も安定感のあるのがこのコンビである。演技、歌、そして息もぴったりで、安心して楽しむことができる。

樋口ピコは、前回観たときは保坂の陰を追っている感じだったが、それを一歩突き抜けた感がある。話し方、歌い方ともだいぶ自分らしさが出てきた。3人のピコの中で、現段階ではやはり総合評価でトップに立つのはこの樋口ピコだろう。だが意地悪な見方をすれば、そつがなさすぎて、独特のオーラのある花代ピコやパワフルさが売りの吉沢ピコに押されがちなところもある。せっかく自分らしさが出てきたので、それをどう展開していくかが今後の課題だ。それはそのまま、今のところ四季の「娘役トップ」として、どういう女優に育っていくかということにつながる。

一方で、やはりマコ役のトップに立つのが花ちゃんだ。キャリアも十分なので、そろそろこの役は卒業、という時期かもしれないが、清楚で可憐ではかなげで、ちょっとだけ愛嬌のある花ちゃんマコは、たとえピコを当たり役にしてからもずっと見続けたい気がする。というのは身勝手なファンのわがままである。

そして、この2人の相乗効果ということも計算しなければいけない。この2人は同期で、恐らくライバル心もあるはずだ。それが舞台上でぶつかり合うことで互いの演技を2倍、3倍といいものにしている。ほかの作品でも、この対決を観たいものだ。自由劇場で「女版スルース」などどうだろう?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四季「夢から醒めた夢」
その4 吉沢梨絵×紗乃めぐみ 

※今回のシリーズは激しくネタバレしますのでご承知おきください。

続いて3月26日(土)ソワレ。キャストは以下の通り。

ピコ 吉沢梨絵
マコ 紗乃めぐみ
マコの母 早水小夜子
メソ 有賀光一
デビル 光枝明彦
エンジェル 鈴木涼太
ヤクザ 野中万寿夫
暴走族 吉原光夫
部長 広瀬明雄
老人 武見龍磨
老婦人 斉藤昭子
夢の配達人 下村尊則

さて、今回初登場となる吉沢ピコ。劇団ひまわり出身で、97年には歌手デビューし、それなりの実績を挙げた後、文学座を経て2003年四季に参加。マンマ・ミーアのソフィや、コーラスラインのディアナなど、“途中入社”組には厳しい四季にあって、重要な役を任されている。そして今回ピコに大抜擢だ。

発表されたときは賛否両論、どちらかというと否定派が多かった。自分は吉沢の記憶があまりなかったので賛とも否とも言えなかったが、最近花ちゃんと同じ役を演じることが多かったので、花ちゃん目当てでチケットを取って、キャスト表を見たら「吉沢梨絵」になっていてがっかり、ということが何回かあった。そのため、本人に対してはまこと失礼な話ではあるがネガティブイメージになっていたのは確かである。

だが、この吉沢ピコは良かった。

どうしても花ちゃんや樋口麻美は保坂ピコのイメージを追ってしまうきらいがある。しかし、このピコは出発点をそこに置いていないように見えた。もちろん参考にはしているだろうが、最初から自分なりのピコ像を目指して臨んでいる。

とにかく威勢のいいピコだ。威勢が良すぎて、なんだか江戸っ子のがらっぱちな雰囲気になっている部分もある。しかしこのパワフルな演技で、舞台全体を引っ張っていた。周囲のベテラン役者もそれに応え、実に楽しそうに、いつも以上に力の入った演技、歌を見せており、全体的に熱気あふれる公演となった。

笑いを取るセンスも抜群で、間の取り方が非常にいい。マコに「1日だけ入れ替わってほしい」と言われ、思わずうん、とうなずいた後、しばらく間をおいて「・・・え"」というシーン。ここで側で聞いていた夢の配達人が思わずくすっ、と笑う演技をするのだが、なんだかこの時は素で笑っているように見えた。

歌には若干の課題がある。心配されていたように高音ののびが足りないため、「二人の世界」や「愛をありがとう」といった重要な見せ場で、やや物足りない感触を残してしまう。だが逆に持ち味である低音の響きが十二分に生きたのが、「誰でもないあたし」。極限までコブシを回さなくてはいけない「あーっこがれていたのっよーん」の部分は、最高にコブシが効いていて、思わず声に出して笑ってしまった。この一点においては保坂を超えている。

そして一方の紗乃めぐみ。この女優自体初見だが、芸大声楽科出身の美少女タイプというなかなかの逸材だ。とにかくぱっと見の可憐さがあるので、マコ役には申し分ない。もちろん歌も合格だ。吉沢も、すでに若くはないが(すいません)どちらかというと可愛いタイプの顔なので、このコンビはビジュアル的には高得点である。

新鮮味も手伝って、このコンビが今回観た3公演の中では最も心に残るものとなった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年3月27日 (日)

四季「夢から醒めた夢」
その3 木村花代×花田えりか

※今回のシリーズは激しくネタバレしますのでご承知おきください。

まずは3月26日(土)マチネ。キャストは以下の通り。

ピコ 木村花代
マコ 花田えりか
マコの母 早水小夜子
メソ 有賀光一
デビル 光枝明彦
エンジェル 藤原大輔
ヤクザ 野中万寿夫
暴走族 西尾健治
部長 広瀬明雄
老人 立岡 晃
老婦人 斉藤昭子
夢の配達人 下村尊則

花ちゃんピコである。実は初見だ。

長らく保坂ピコとコンビを組んでいたからか、ピコとしての登板がまだ少ないからか、最も保坂の影響が色濃く感じられるピコである。もう少し、花ちゃんぽさを出してほしいところだ。しかし安定したのびやかな歌声と、マニアックなアイドルのオーラに近い独特の存在感は健在で、強烈な印象を残す。表情も豊かで(ややくどいかも)、内面的な優しさが一番感じられるピコかも知れない。

花ちゃんは去年、今年と「マンマ・ミーア」「キャッツ」「美女と野獣」「コーラスライン」ほか、実に多くの作品に起用され、それだけ四季内でも買われているということなのだろうが、下手をすれば器用貧乏になってしまう恐れもある。このあたりで一発「当たり役」を手にしたいところだ。花ちゃんとピコ役の親和性は高いと感じた。ぜひ、当たり役にするまで演じてほしい。

一方、マコはメインキャストに名を連ねるのは恐らく初めての花田えりか。最近まで、別の名前でアンサンブルとしていくつかの公演に参加していた。

声楽出身で高音が実にきれいに出る。演技のほうは、まだ固さが残っており、非常に几帳面に演じているという印象だ。マコという役は、この舞台の準主役でありながら、出番は非常に少ない。そのために短い時間でインパクトを与えなければいけないのだが、まだそこまでの域には達していないようだ。場数を踏んで練れてきたときにどういう演技をするかがポイントだ。

このマコを観て改めて気付いたが、マコというのは本当に可愛そうな子である。何を今さら、と言われるかもしれないが、これまで堀内敬子や花ちゃんといった、アイドル系の女優(何を勝手に・・・)が演じていたため、それにあまり気を取られずにいたのだ。だが、マコの悲しい運命に同情しすぎると、この舞台全体の印象が変わってきてしまう可能性がある。そういう意味では、マコに萌え系女優(何を勝手に・・・)を起用するのは、間違っていない。と思う。

花組として、萌えポイントを2点ほど指摘しておこう。

(1)デビルに「黒いパスポートを持っているんだろう」と疑われ、ぷーっとむくれるその顔が最高だった。

(2)カーテンコールの最後、ひとりで舞台に現れた花ちゃんが、舞台両袖に合図をして出演者全員を誘い出す。このときの「早くきてーっ」とばかりに足をばたばたする仕草がとってもステキ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四季「夢から醒めた夢」
その2 ロビーパフォーマンス

「夢から醒めた夢」は、夢の中の話である。そして、その「夢」とは、「舞台」のことを指している。

夢、そして舞台という非現実空間へ、観客をスムーズに誘導するために、この作品では演出を一新した2000年の福岡公演から、「ロビーパフォーマンス」を実施している。これは読んで字のごとく、出演者が開演前に劇場ロビーでパフォーマンスを繰り広げるというものだ。アンサンブルキャストだけでなく、メインキャストを務める俳優も何人か顔を出している。

今回は、このロビーパフォーマンスが大幅に強化され、ひとつの呼び物になっている。記念写真の撮影もOKだ。というわけで、いくつかその模様を携帯カメラに納めてきた。ロビーパフォーマンスでもびっくりしたい、という方はこの先は読まないほうがいいです。

続きを読む "四季「夢から醒めた夢」
その2 ロビーパフォーマンス"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年3月26日 (土)

四季「夢から醒めた夢」
その1 観劇前に小一時間

※今回のシリーズは激しくネタバレしますのでご承知おきください。

四季のオリジナル作品、「夢から醒めた夢」である。何回か書いたように、自分の一番好きなミュージカルだ。

好奇心おう盛な少女ピコは、交通事故でこの世を去った少女の幽霊、マコと出会う。事故以来、悲しみに打ちひしがれている母をなぐさめるため、1日だけ立場を替わってほしいというマコの願いを聞き入れたピコが、幽霊の世界でさまざまな出会いを経験していくさまを描きながら、生命や思いやりの大切さを暖かいタッチで歌い上げていく。

赤川次郎の童話を原作に、子供向けミュージカルとして87年に誕生。翌年、一般向け作品として仕立て直された。そのため児童文学っぽい雰囲気が残っている。その上ファンタジーときては、どう考えても大の男には抵抗感があるだろう。

しかし、一度観たら忘れられなくなる作品である。それは音楽の力によるところが大きい。スコアを書いたのは三木たかし。日本演歌界においてその名は燦然と輝いている。石川さゆり「津軽海峡冬景色」を筆頭に無数のヒット曲を持つ。猪俣公章の死去によって活動への影響が心配された坂本冬美を救った「夜桜お七」も彼の作だ。ポップスにおいても、岩崎宏美「思秋期」や伊藤咲子「君可愛いね」、キャンディーズ「哀愁のシンフォニー」など、記憶に残る曲を世に送り出している。いずれも日本人の心の琴線に触れる、一度聞いたら忘れないメロディーラインが特徴で、それがそのまま「夢から醒めた夢」の印象につながるのである。

そして口あたりこそやさしいが、テーマは意外に重い。「死」にどう向き合うか、ということを軸に、「生」とは何かを正面から問いかけてくる。さらに戦争や貧困、飢餓といった根本的な問題から、リストラに受験戦争といった身近な課題まで、数多くの苦悩がモチーフとして取り上げられる。それが三木の音楽と、巧みな脚本、そして初演からこの舞台を支えてきた保坂知寿や光枝明彦、野中満寿夫ら、芸達者な俳優が紡ぎ上げてきた演技によって、明るく楽しい作品になっているのである。だから観終わったあとも、ずっしりと腹の底に響くような後味が残る。

口あたりのよさと、重いテーマ。2つが同居しているところにこの作品の魅力がある。それを象徴しているのがラストシーンだ。このシーンには、ピコ1人しか登場しない。そればかりか、舞台装置も何もない、空虚なステージだ。こんなに寂しいフィナーレは、ミュージカルとしては異例だろう。これが「本質的に、人は孤独なもの」という現実を冷徹につきつける。しかし、その現実の中で歓喜に満ちあふれた表情をするピコ。観客の目には、彼女の周りに多くの登場人物の姿が見える。その笑顔と、存在しない登場人物を見せているのは、この作品が訴えかける「思いやり」だ。冷徹な現実と、暖かい思いやりを同時に見せるという、計算された構図がそこにできていることを見逃してはいけない。

「感動的な作品」であることは間違いない。しかし、この感動がもたらすものはさわやかな涙だけに止まらないことも心しておくべきだろう。

(注意!ここから長くなります。)

思えば自分とこの作品との出会いは97年の12月、大阪でのことだ。その前日はNHKホールで、オペラ「ワルキューレ」を鑑賞したのを覚えている。たまたま大阪に行く用事があり、ついでにMBS劇場(当時四季が大阪公演の拠点にしていた)で何か観てこようと思ってチケットを前日予約したのがこれだった。作品としては何でも良かったのである。確か、何か輸入ミュージカルを上演する予定だったのが急きょ中止になり、「夢から醒めた夢」と「ユタと不思議な仲間たち」の連続上演が決まったのだった。

チケットを取ってから、どんな作品なのか四季の会会報で調べた。なんでも保坂知寿が小学生を演じるらしい。なんだかマニアックそうな舞台だな。しかし堀内敬子ちゃんも出るじゃないか。こりゃ楽しみだ。といういいかげんな気持ちで臨んだ。

始まってみるとなかなか面白い。保坂知寿の小学生ってのはどう考えても無理があるわけだが、それもだんだん気にならなくなってくる。終わって新大阪に向かう頭の中では「愛をありがとう」がリフレインしていた。魂が浄化され、「明日からは他人に優しくしよう」とか本気で考えていた。もっとも新幹線が東京に着くころには「あんなエッチな体つきの小学生がいてたまるものかい」とか思っていたので、すでに浄化作用は薄れていたが。

続く98年の首都圏公演は松戸、東京、ひたちなかで鑑賞。思い出深いのは東京の日本青年館だ。起伏のない自分の人生において珍しく特筆すべき日になったが、その話はさらに小一時間を要するから割愛する。

2000年には福岡公演に遠征。キャナルシティにある福岡シティ劇場に行ったのは「オペラ座の怪人」以来2回目だ。このときはすでに敬子ちゃんが四季を去っており、保坂ピコ&鈴木京子マコというベテランコンビだった。このときに演出、衣装を一新、曲の一部も手直しがなされた。開幕前のロビーパフォーマンスもこのときから始まった。霊界空港や部長の歌などは前のほうが良かったな、とも思ったが、エンターテインメント性が前面に出て、この作品にかける四季の意気込みが伝わってきた。

その新演出が東京に上陸したのは同じ年の10月。ここで木村花代マコの誕生だ。「エルリック・コスモス」以来気になっていた花ちゃんとの再会に、敬子ちゃんショックが完全に払拭された。

2001-2年の全国公演、名古屋公演には参戦せず。この間に樋口麻美ピコ誕生。2003年の東京公演では木村花代ピコも誕生し、樋口・木村の同期対決がマニアックな評判を呼んだ(自分の中で)。残念ながらこの時には花ピコは観ていない。

そして迎えた今年の公演。キャストは初日まで隠されていたが、最初の週でいきなり3パターンのピコ-マコがキャスト表に並んだ。

・ピコ 樋口麻美 - マコ 木村花代
・ピコ 木村花代 - マコ 花田えりか
・ピコ 吉沢梨絵 - マコ 紗乃めぐみ

花ちゃんはピコを演じた翌日にマコも演じる。まるで、レ・ミゼラブルの初演で滝田栄と鹿賀丈史がジャン・バルジャンとジャベールを交互に演じていたみたいだ。

こりゃ、全部観るしかないな。

というわけで、3月26・27日の2日間で3公演を観ることにした。誰も読まないと思うが、きっちりレポートさせてもらう。

200503270123000 

「夢から醒めた夢」のホームページ
http://www.shiki.gr.jp/applause/yume/index.html

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年3月20日 (日)

神田正輝「ラーメン刑事~ラーメン刑事vsさぬきうどん・美人婦警は敵か味方か? 龍鉄平最大の危機!」

待ちに待った神田正輝主演「ラーメン刑事」の第5弾。「赤かぶ検事」や「タクシードライバーの推理日誌」など、数々の人気シリーズを擁する土曜ワイド劇場の中でも、比較的新しいシリーズのひとつだ。作風としては、「元祖!混浴露天風呂連続殺人」や「お祭り弁護士・澤田吾朗」のような、ややおポンチ系のカテゴリーに分類される。

2000年から毎年1作ずつ放送されてきたが、昨年は新作がなかった。もう作らないのかと残念だったが、約1年半ぶりに復活してくれた。

全国の県警を渡り歩く警視正・龍鉄平が、ラーメンの評論をしながら難事件を解き明かす、というとてつもなくばかばかしい設定と、神田正輝のどうしようもなく下手な演技がベストマッチした、何とも複雑な味わいのシリーズである。

今回の作品も、徳島県警に転勤が決まった鉄平が、徳島ラーメンを食べられると喜んでいるところに、徳島県警の欠員がなくなってしまったので急きょ香川県警に配属になり、うどん王国高松でラーメンが食べられず苦労するというまことおおざっぱな始まり方で大いに期待させた。

そして期待を裏切らず、お約束のギャグにぬるい展開、ラーメンに加えてうどんを食べるシーン満載と、実に楽しい2時間だった。しかし、数奇な運命にほんろうされた母と娘の悲痛な生き様や、長い時間をかけて和解する父と子の情愛には心を打たれた。容疑者・高橋和也を拘束する刑事が前田耕陽というのも心にくい演出だった。

今から、次の作品が待ち遠しい。

deka

土曜ワイド劇場のホームページ
http://www.tv-asahi.co.jp/dwide/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東宝「レ・ミゼラブル」3/19マチネ

3月8日から「レ・ミゼラブル」の本公演が帝国劇場で始まった。今回のキャスティングについては以前まとめた通りだ。自分としては、本田美奈子のファンテーヌで1回、山口祐一郎×鈴木綜馬(芥川英司)+井料瑠美の元四季トリオで1回、20周年記念スペシャルキャストで1回、と予定していたが、本田美奈子が病気のため降板。なので今回の参戦は2回になる見込みだ(今のところ)。その第1回目を19日の昼に果たしてきた。

自分の中で「レ・ミゼラブル」「キャッツ」「オペラ座の怪人」「美女と野獣」はほぼ同格になっている。なので一番好きなミュージカルは何ですか、と聞かれた時にはちょっと毛色の違う「夢から醒めた夢」と答えることにしている。今年前半はこの5作品のうち4作品が東京にそろうという幸せな状況だ。美女と野獣もキャスト次第で京都、福岡に遠征予定である。

しかし観た数でいったら「レ・ミゼラブル」がダントツの1位だろう。ほかはそれぞれ何回観たか、おおよその数は把握できるが、これだけは全く数えられない。東宝の巧み、というより露骨なダブルキャスト、トリプルキャスト戦術にまんまとはまった結果でもあるが、やはり自分はそれだけこの作品が好きなのだろうと思う。

今回の公演期間中、この作品の公演回数は2000回を越える。間もなく6000回に達しようという「キャッツ」には遠く及ばないが、その愛され方で言えば決して引けを取らないものだ。むしろ、「キャッツ」や「ライオンキング」などに比べれば、ずっと日本人のマインドに合ったものではないか。どちらかといえばナニワブシの人情劇だし、音楽的にも日本人の心の琴線に触れやすいようなメロディーだ。

3時間を越える大作とはいえ、原作であるヴィクトル・ユゴーの「Les Miserable」は、新潮文庫版で5冊に及ぶ大河小説だ。1本のミュージカルにまとめるのは無理があるのではないか、という声もあるだろうが、実はそうでもない。小説「レ・ミゼラブル」は、ジャン・バルジャンやジャベールといった貧困や犯罪の蔓延した社会でひたむきに生きる者たちの人間模様をタテ糸にして、ナポレオンの登場からウイーン体制、7月革命に至る時期のフランスにおける社会的混乱と、パリという都市の下水道を始めとした特色ある構造について詳細につづったものである。そこから、歴史の部分と都市学の部分をごそっと取り払うと、あとに残るドラマ部分はおおよそこの作品に描かれている部分ぐらいなのだ。日本人の多くが子供のときに読んだ「ああ無情」も、だいたいその部分にあたるから、こちらのほうが馴染みやすいという側面もある。

もちろん急ぎ足であることは否めず、また今世紀に入りブロードウェー公演(すでに終了)が俳優組合との関係で3時間半から3時間ちょっとぐらいに短縮し、日本公演もそれにならったことでますますダイジェストな感じが強まってしまった。これはぜひ前に戻してほしいところだ。

キャッツやオペラ座の怪人が、エキセントリックな趣向やスペクタクルな演出で目を引くのに比べれば、あくまで直球勝負の作品である。それが20年の長きにわたり愛されていることは、日本人とミュージカルとの親和性を示すものであると信じたい。

歌声のバランスでまとまりのある舞台に

さて、今回観劇したキャストは以下の通り。

ジャン・バルジャン 山口祐一郎
ジャベール 鈴木綜馬
エポニーヌ 新妻聖子
ファンテーヌ 井料瑠美
コゼット 剱持たまき
マリウス 藤岡正明
テナルディエ 徳井優
テナルディエの妻 森久美子
アンジョルラス 小鈴まさ記

すっかりこの作品の顔になった山口。持ち味である声量豊かなボーカルは、四季時代に比べると非常に安定感が出てきた。いっぽう演技については毎公演変えてくるので新鮮味もある。正直あまりうまい演技とも言えないが、それだけ本人がこの役に「挑む」気持ちを持ち続けていることの証で、好感が持てる。安心して、しかも楽しみに見られるバルジャンである。

2001年の公演以来、久しぶりに復活した鈴木。こちらも細かい演技で見せるタイプではないが、ノーブルなバリトンを発するやや無表情なジャベールは、どうにもつかみどころのない雰囲気だ。ミュージカルの中では少ししか触れられないが、ジャベールというのは牢獄で産み落とされたという生い立ちを持っており、単純な冷血漢と言うよりは、かなり屈折した複雑な人間だ。そういう意味では原作のイメージに近い。「スター」独唱では存分に歌声で魅了し、自殺の場面では、悩みぬいてぼろぼろになった抜け殻のような演技という、ほかのジャベール役者とはやや異なる印象で舞台を去った。カーテンコールでは、本編中の無表情さとは対称的に、屈託のない笑顔と、進んでほかの役者(アンサンブル含む)と肩を組んだり、山口のボケに突っ込みを入れたりというナイスガイぶりを披露した。やはりこの人は日本のミュージカル界には欠かせない至宝の1人だ。

井料は、歌もうまく美人で、演技もそつがないので個人的には大好きだ。ファンテーヌ役としてももちろん申し分ないのだけれど、どうもこの人には弱点がある。それは、小さい声で歌えない、ということである。声楽については素人なので、とんちんかんな指摘だったら謝るが、例えば絶命のシーンなどはもう少しか細い声で、と思いたくなるし、他の役者と声のボリュームをそろえなければいけない場面で、どうも井料の声だけ響くことが多い。もちろん、小さい声で歌うことほど難しいのだろう。かつてオペラでエディタ・グルヴェローバの歌を聴いたとき、声の高さを全く変えずに、声の大きさだけをアンプのボリューム調整つまみを回すように自在に変えていて仰天したことを思い出す。そこまではいかずとも、岩崎宏美や島田歌穂はそれに近いことができていた。それがあってこそ、彼女たちはこの作品で不動の位置を確立できたのである。

良かったのはこの3人の声のバランスが非常に整っていたことだ。やはりミュージカルは演技の呼吸だけでなく、歌の呼吸も合っていたほうが美しい。前述のように、井料の声はバランスを崩す要因になるが、そこはつきあいの長い山口、鈴木で、実にうまく合わせていた。二人が全く違う歌詞を同時に歌う「対決」の場面も、2001年にはお互いに声を張り上げるような形だったが、今回はそれぞれの声を確認するようにしながら丁寧に作り上げていた。

バランスがいいと言えば、エポニーヌ役の新妻聖子、コゼット役の剱持たまき、そしてマリウス役の藤岡正明の3人も、きれいに歌声がそろっていた。特にASAYANボーカルオーディション出身の藤岡は、今回がレ・ミゼラブルどころかミュージカルに初参加ということでやや不安もあったが、歌は全く問題がなく、演技も熱意あふれるなかなかのものだった。その藤岡と、前回公演から参加している新妻、剱持は、年齢やキャリアが近いこともあるのか、呼吸の合ったところを見せていた。

山口-鈴木-井料と、新妻-剱持-藤岡、という2つのバランスのとれたグループによって、全体的に非常にまとまりのある舞台となった。ただ、この2つのラインがクロスする、たとえばラストでバルジャンの「お迎え」にエポニーヌが登場するような場面だと、バランスが突然狂い始める。これは少し残念だった。

バランスといえば、森久美子と徳井優のアンバランスさも、重要なバランスだった。見た目のアンバランスさももちろんだが、オペラで培った実力で、余裕を感じさせながら歌う森と、一生懸命、譜面通りに歌おうとする徳井。どうして、いいコンビだ。テナルディエが一生懸命さを感じさせていいのか、という批判はあるだろうが。

山本耕史アンジョルラスを切望

今回、アンジョルラスを演じたのは小鈴まさ記。アンサンブル出身だ。歌唱力に難ありという前評判だったが、きちんと歌えており、演技も十分に合格点のものだった。坂元健児も好きだが、こちらのほうがよりアンジョルラスらしい気がする。岸祐二、東山義久は未見。

だが、やはりアンジョルラスは、冷静な指揮官であると同時に学生を、民衆を率いるカリスマでもある。もう少し強烈な印象が欲しいのも事実だ。特に、岡幸二郎が華のあるアンジョルラスを演じてからは、どうも普通の演技では満足できなくなってしまった。

そこで望まれるのが、かつて子役時代にガブローシュを演じ、2003年の公演ではマリウスを演じた、山本耕史のこの役での復活である。今回のキャスト表が発表になったとき、マリウス役にその名前がなかったのは本当に残念だった。しかし、今はマリウスではなくぜひアンジョルラスで、という気持ちが強い。「新選組!」土方歳三役で身につけたものを、この役に生かすことができれば、それは初演の内田直哉も、岡もしのぐ圧倒的なアンジョルラス像ができあがるはずだ。東宝も、その交渉はしたのかもしれない。今回、アンジョルラスが4人もいて、変則的なキャスティングになっているのはその影響なのではないか。とにかく、次回公演ではぜひ山本アンジョルラスを実現してほしい。

きょうのおみやげ

きょうは、OMCカード会員の貸し切り公演だったので、出演者のサイン色紙などが当たる抽選会があった。

なぜか、ありがたいことに自分は劇場ではとても運がいい。

レ・ミゼラブルでは、カーテンコールのときに、スタッフが舞台に向かって投げた花束を、役者が拾って客席に投げ返すという趣向が定着しているのだが、かつて、村井国夫の投げた花束が自分に向かって一直線に飛んできたことがある。

また、パルコ劇場に「笑の大学」再演を観に行ったときには、「客席にランダムにプレゼント引換券が置いてある」と聞いて、入場したら自分の席にばっちり置いてあった。プレゼントは、西村雅彦特製カレンダーだった。

どちらも女優さんがらみではなく、おやじがらみであるという共通点がある。今回の抽選では何が当たるのかと聞けば、山口祐一郎サイン色紙か、鈴木綜馬サイン色紙だという。何か予感がした。

というわけで、

souma

当たりました、鈴木綜馬サイン色紙。
ありがとうございます。



レ・ミゼラブルのホームページ
http://www.toho.co.jp/stage/lesmis/welcome-j.html

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年3月17日 (木)

深田恭子「富豪刑事」

「富豪刑事」(テレビ朝日)が最終回を迎えた。

深田恭子がかわいい、という以外に全く見るべき点のない番組だったが、その恭子りんかわいさに毎回録画して観ていたのだから世話がない。

脇を固める役者陣には西岡徳馬に山下真司、升毅、相島一之、寺島進と芸達者をずらりとそろえ、デカレッドのオマケまでついていた。ゲストも毎回豪華で、古田新太や及川光博など、きら星のごとく並んでいたがそのあたりはこの人の解説に任せる

これだけのキャスティングをしながら全く生かしきれていなかった。こんな脚本俺でも書ける、と思った人は自分をはじめゴマンといただろう。演出も何もかも安っぽくて、あばれはっちゃくじゃないけど情けなくて涙が出そうだった。最終回に近づいてくると、もう作品の完成度を上げようという気構えを放棄し、なかばやけくそというか、開き直った感が漂い始めた。それはそれでちょっと面白かったけど。

あえてほめるべきところを挙げれば、夏八木勲の演技。映像化された作品が、原作の面影を残すものである必要はないと思うが、夏八木演じる主人公の祖父は、小説に描かれていたイメージにあまりにもぴったりで、20ウン年前に読んだ記憶を鮮明に呼び起こしてくれた。

もともとこの「富豪刑事」は、主人公(男性)が事件解決のために引き起こす、馬鹿馬鹿しいほどの無駄遣いが痛快な小説だ。

今回のドラマ化にあたっては、恭子りんのかわいさだけで貴重なアナログ地上波の周波数帯を長時間にわたって占有するという、壮大な無駄遣いを成し遂げることで、その痛快さを表現しようとしたのだろうか?

最終回の、主人公が金をばらまいて難を逃れるシーン。あれは原作では、ドラマ第4話に出てくるべきエピソードなのだが、その回では描かれなかった。原作の中で最も印象的な場面だったのに、どうしてだろうと不思議だったが、ここで使うために残しておいたとは。この演出だけは納得だ。日本中を、そして世界を舞い散る一万円札。それは今後確実に岐路に立たされるであろうテレビメディアが、最後に咲かせたあだ花なのかもしれない。

200503172302001

「富豪刑事」のホームページ
http://www.tv-asahi.co.jp/fugoh/

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年3月12日 (土)

ジョエル・シュマッカー「オペラ座の怪人」
~A・L・ウェバーチャンピオンまつり その4~

これは傑作だ。

なぜアカデミー賞の作品賞にノミネートされなかったのか?なんてことはどうでもいいと思えるほど面白い。天晴れなり、ジョエル・シュマッカー。

ミュージカル「オペラ座の怪人」を、ハロルド・プリンスが施した演出も踏まえながら映画化した。だいぶ前に企画され、主演は一時はアントニオ・バンデラスで決まりいう噂も流れたが、二転三転したのちやっと実現。しかしウェバーは監督については当初からシュマッカーで決めていたのだという。

シュマッカーと言えば比較的好き、嫌いの分かれる監督だ。自分は支持派。理屈ぬきに面白い映画を作ってくれるからだ。シュワルツェネッガーが悪役に扮した「バットマン&ロビン」は、この作品から完全に名前を消したティム・バートン監督の残像を求めるファンからは総スカンを食ったが、コミック調で痛快な一作だった。

そのシュマッカーが監督すると聞けば、嫌が応にも期待は高まる。そしてその期待に十二分に応えてくれた。

ところで、この映画はジャンルで言うと「高校生映画」だと思う。

これは自分が勝手にそう呼んでいるジャンルなので耳慣れないはずだ。「青春映画」より絞り込んだ概念で、エッチなシーンとかはもちろん、それが暗示的に描かれることもなく、人間的な成長が描かれ、効果的に音楽を使っており、見終わった後に清涼感の残る映画のことを言う。その最高傑作は大林宣彦の「青春デンデケデケデケ」であり、最近のヒットは矢口史靖の「ウォーターボーイズ」だ。菊池桃子主演の「パンツの穴」はちょっと違ってて、少女隊主演の「クララ白書」はその範疇に入る。なんとなくおわかりいただけただろうか。

なぜこのジャンルに位置づけたのかというと、主役3人(ファントム、ファントムに懸想されたクリスティーヌ、クリスティーヌに岡惚れているラウル)が、みな子供として描かれているからだ。

ファントムは、奇形であるために見せ物小屋で少年期を過ごし、そこを逃げ出して以来ずっとオペラ座の地下室で暮らしてきた。彼にとってオペラ座の中が世界の全てだ。そこでは精神的な成長など望むべくもなく、子供の心のまま、体だけが大人になっている。

恋敵となるラウルは、子爵家という裕福な家庭で、何不自由なく育ったために、ファントムとは正反対の境遇ながら、これも子供のまま大人になってしまった。

クリスティーヌは実際に子供なのだが、これも父親べったりで育ったためか精神的にはお子サマだ。

この中でも、やはりファントムの幼児性は群を抜いている。クリスティーヌをラウルに取られそうになると、感情を激発させて殺人まで起こしてしまう。とばっちりで殺された大道具係には気の毒だが、基本は子供っぽい行動だ。

「ガラスの仮面」で「嵐が丘」の出演が決まった北島マヤは、ヒースクリフから引き離されるキャサリンの心情を掴みきれずに苦心していた。それを、ふだん遊び相手のいない子供が、偶然出会って遊んでくれたマヤと分かれたくない、と泣き叫ぶ姿から読み取ったのである。

↓このシーン。
maya1

「素朴で、自分の感情に正直で、だからこそわがままで…………激しい!」

これこそ、ファントムの心情そのものではないか。

そしてこの映画のクライマックスは、3人の誰が先に大人になるか、という競争だ。最初に抜けるのはクリスティーヌ。やはり女性のほうが精神的な成熟が早いのか。ファントムの思いを受け入れる決心をすることで、少女は大人の女に変わる。そしてファントムにキスをするわけだが、このキスの衝撃が、ファントムを一気に大人にしてしまう。それはさながら、北島マヤが「奇跡の人」で「ウオータアアアア」と叫ぶシーンのヒントになった、顔面で水ヨーヨーが破裂したような感覚だったのだろう。

↓ちなみにこれ。
maya2

そして大人になったファントムはあっさりと身を引く。これを見て、クリスティーヌは女から母へと二段階変身を遂げる。サナギマンからイナズマンへ、超力招来だ。母になると、こんどは大人のファントムよりいまだ子供のラウルに関心が向く。だからクリスティーヌはラウルのそばにいようと考えたのだ。

ラウルはその後もずっと子供であり続け、年老いていく。しかし、さびれたオペラ座のオークションで若かりしころの三角関係を思い出し、その記憶をたどることでやっとクリスティーヌの、そして恐らくファントムの心情を理解することになる。このとき、初めてラウルは大人になったのだ。この映画は、全体としてラウルが大人になる課程を描く、という構図になっている。

3人がめでたく大人になったところでジ・エンド。決してハッピーエンドではないけれど、実にさわやかだ。まさしく高校生映画の後味である。

これは、基本線としてはミュージカル「オペラ座の怪人」と同じだと思う。キャラクター設定や人物関係をジョエル・シュマッカーなりにぐっと明確にした結果がこうなのだろう。

しかしそんなにさわやかでは、肝心な雰囲気が違うではないか、と言われるかもしれない。ミュージカルではもっと官能的な雰囲気が漂っている、と。

違わないのである。高校生映画は、十分に官能的だからだ。

エッチなシーンなんかなくても、頭の中はエッチなことで一杯なんだろうな、という年代の若者が、それを感じ取られないようにぐっとこらえている様子を見るだけで、観客側にはエッチな雰囲気が十分伝わってくる。官能的なムードを出したいのなら、むしろエッチなシーンは邪魔になるのだ。

ハロルド・プリンスはミュージカルの演出にあたり、障害を持つ人たちの性生活について調査研究したと言われている。そして、そこには実に豊かな性の世界が存在していることを知ったのだという。逆に考えれば、性を無駄に消費している人間には、真に官能的な世界は味わえないのだろう。

みうらじゅんも「正しい保健体育」(理論社刊)で「20歳になるまでセックスは禁止」と繰り返し強調している。若いうちから性をぞんざいに扱っていると、官能的な世界を味わうために必要な感受性が発達しないからだ。

ファントムについてシュマッカーは、インタビューの中で「生まれから一度もキスをしたことがない男だ」と明言している。ファントムが何歳なのか知らないが、その内部には極大化した甘美な世界への憧れが充満していたはずだ。ジェラルド・バトラーはそれを正確な演技によって表現することで、映画全体にセクシーなムードを漂わせることに成功した。

さわやかで、官能的。

映画版「オペラ座の怪人」は、ほとんどの人が高校生当時に味わい、そして大人になるにつれて忘れてしまったその感覚を思い出させてくれる。もっとも自分は日頃からその感覚を失わないために、モテないようにしているから思い出すまでもなかった。

「オペラ座の怪人」のホームページ
http://www.opera-movie.jp/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年3月10日 (木)

芝山努「がんばれ!!タブチくん!!」

CATVで視聴しているチャンネルNECOが、今月シリーズ3作品を一挙放送している。

第1弾の「がんばれ!!タブチくん!!」は1979年公開。もう25年も前の作品だ。

これを劇場で観たときは、小学生。俺にもそんな時代があったのだ。

兄に教えられ、ブームが来る前に原作の単行本を読破していた。青年誌出身のいしいひさいちの漫画は、当時の自分には衝撃的な面白さだった。

原作を読んでいたせいか、劇場ではあまり笑えなかった記憶がある。しかし今改めて観てみると、けっこうおかしい。考えてみれば4コマ漫画をいきなり劇場用映画にするなど、簡単な仕事ではない。ひとつひとつのネタを丹念につなぎ合わせて、丁寧に漫画の世界観をアニメーションに仕立て直した芝山努の手腕には感服する。

その後、芝山は劇場版「ドラえもん」の監督として不動の地位を確立した。しかし彼のベストワークは、ドラえもんを任される前の81年に監督した「21エモン 宇宙へいらっしゃい!」ではないかと思う。21エモン独特の不気味さをうまく生かしつつ、シンプルかつ濃厚な冒険活劇に仕上がっていた。

エモンで思い出した。

「がんばれ!!タブチくん!!」には重要なキャラクターとして、さきごろ逮捕された西武帝国の堤氏が「ツツミオーナー」として出てくる。

200503100057001

オーナー特別席で観戦し、観客がいなければ3万人のエキストラを雇い、タブチの引退試合を5試合もやり、それが飽きられると西武解散試合を命じ、キャッチャーフライを巨大な扇風機でホームランにする。金の力でなんでもできると思っている、それがツツミオーナーだ。

実に正確なキャラクター設定だったわけだ。そして、驚くのはそのとんでもないキャラクターを、この人は25年も演じていたのか、ということだ。ホリエモンが球団買収に成功していれば、いい後継者になれたろうに。

「がんばれ!!タブチくん!!」の中で活躍している田淵や安田らの選手はみなとうの昔に現役を引退し、別所毅彦や根本陸夫はもはやこの世にいない。そんな中でオーナーだけはついさっきまで現役でいたことになる。

恐るべきバイタリティー。それはスクリーンの「ツツミオーナー」にも、十二分に表現されている。圧倒的なパワーが、子供ながらに印象的だった。

ただし、声は肝付兼太(スネ夫)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年3月 2日 (水)

たてもの探訪

仕事でホワイトハウスの近くまで来た。

確かに白い建物だった。

200503020433000.jpg

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2005年2月 | トップページ | 2005年4月 »