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2005年1月30日 (日)

北村龍平「ゴジラ ファイナルウォーズ」

ちょうどこの映画を見た日に、1984年の「ゴジラ」を監督した橋本幸治氏が亡くなった。

84年の「ゴジラ」は、75年の「メカゴジラの逆襲」以来、久しぶりに制作されるゴジラ映画ということで注目を浴び、興行的にはそれなりに成功した。しかし、ファンからはさんざんな評価を受けた。

自分はこの84年ゴジラが大好きだった。今でも傑作だと思っている。ゴジラの出現をモチーフに、科学者やジャーナリスト、自衛隊、政府といったそれぞれの立場の人間がどう動くかをどん欲に描いたのがこの作品だ。そこにはリアリティーの欠ける部分もあったし、沢口靖子の下手な演技というご愛嬌もあったが、この映画には自分が特撮映画に最も望んでいる、独特の高揚感、カタルシスにも似た感覚が満ちあふれていた。

しかしファンはこの作品を認めなかった。なぜだろう。もちろん批判する側にももっともな理由はある。しかし、怪獣映画は作られるたびに非難ごうごうだ。そこには、一種の嫉妬がある。特撮映画というのは、「作ってみたい」と思わせる要素が強い。だから特撮映画のファンは、新しい作品が出てくるたび「自分ならこう作るのに」という気持ちが前に出てしまう。だからネガティブな反応をしがちだ。

9年もの間待たされたファンの期待は大きく、それだけに嫉妬も強かった。その声に押しつぶされてしまった84年版ゴジラは、災難だったというほかはない。

しかしいま一度言う。あの作品は傑作だ。氏の冥福を心から祈りたい。

そして今回の「ファイナル ウォーズ」の監督をしたのが北村龍平である。

それを聞いたとき「なんで北村龍平に・・・」と思った。

北村龍平が嫌いだからではない。むしろ好きなほうである。しかしこの人は、はっきり言って図抜けた才能があるとは思えない。ただ映像制作に対する実に素直な姿勢というか、直球な感覚を評価している。

自分はこねくりまわした、アーティスティックでお高くとまった単館上映な感じの映画は大の苦手だ。その点北村の映画はいい。作品を観ていると、なんだか高校時代に8ミリで映画を作っていたころを思い出す。要するに、素人感覚がそのまま画面に出ているのだ。

だから、北村がゴジラを撮ったら、特撮ファンの嫉妬心に油を注ぐのは目に見えている。しかも北村のことだから、やりたいことをやるだろう。油の上にまた油だ。

結果は予想どおりだった。ファンは怒り狂った。しかし北村は、それをあえて挑発するかのように、本当に好き放題やってくれた。

キングギドラ、モスラ、ガイガンにラドン、アンギラスにキングシーサー、へドラにミニラにカマキラス、その他数々のスター怪獣を登場させ、それらをショッカー戦闘員並みの扱いで退場させる贅沢ぶり。メインタイトル(オープニング部分)を、ブラッド・ピット&モーガン・フリーマンの「セブン」のメインタイトルを担当し、これを独立したジャンルとして認めさせることになったカイル・クーパーが担当。音楽なんてキース・エマーソンだ。日本人にはもっぱら「幻魔大戦」の音楽で有名なあの人である。映画の構成も、中盤以降はバトルシーンしかないという潔さ。地球人対X星人、ゴジラ対怪獣軍団が交互にえんえんと続く。

北村はファンに対する配慮なんか全くなしに、怪獣映画を作れる幸福を満喫しまくっていた。

「悔しかったらお前らも監督になってみろ」と言わんばかりに。

なんだか84年版ゴジラの恨みを、少し晴らしてくれたような気がした。

final

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コメント

ゴジラ、見たいのに、見てません。
私がゴジラ映画の監督になったら――。
一度死んだゴジラをよみがえらせようと悪の結社に雇われたメモリアル博士がゴジラ細胞を入手。培養する。
ところが生命力があまりに強く、ゴジラがどんどん増殖。地球に50億ものゴジラが誕生し、地球は放射能の惑星に。
着ぐるみもベースにするがCGを使ってゴジラをこれでもかと登場させる。
なんで1匹ずつしか出さないのかねえ。
イマジネーションないねえ。

投稿: フーテンの中 | 2005年2月11日 (金) 21時35分

無数のゴジラが、という切り口はローランド・エメリッヒ監督の米国版「GODZILLA」で少しだけありました。

ああいうのは邪道だ、とすぐファンは叫ぶわけですが、もっと自由に、新しい発想を取り入れていってほしいと思います。ゴジラのように強烈なモチーフは、ちょっとやそっとのことで揺るがないはずですから。

ゴジラ細胞、といえばゴジラVSビオランテ(89)ですかね。大森一樹監督の。あれもファンには怒られたけど、大傑作だったなあー。

投稿: ヤボオ | 2005年2月12日 (土) 11時13分

米国版「GODZILLA」はエイリアンみたいだったね。恐竜にしたつもりがエイリアンになってしまう。

本当はゴジラは一匹でほかに怪獣が出てこないのが一番好きです。

投稿: フーテンの中 | 2005年2月13日 (日) 13時24分

新宿界隈に倣って、ぐんぐんぐんま国際映画祭を企画しましょう。

投稿: ヤボオ | 2005年2月14日 (月) 00時09分

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