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2005年1月30日 (日)

チャウ・シンチー「カンフーハッスル」(ばれます)

吉田戦車の初期の傑作「戦え!軍人くん」の中に、こういうくだりがあった。

野戦病院で、今にも死を迎えようとする兵士が呻く。
「ううう・・・し、死ぬ前に ひと目 浅香 唯ちゃんに会いたかった」
それを聞いた戦友が、死にそうな兵士の首を締めて叫ぶ。
「唯ちゃんはおれのもんだって言ったろ! お前『C-girl』からのにわかファンだろうが。
 おれなんかスケバン刑事のときからファンなんだぞ!」
結局、その兵士の墓標には「工藤静香のファン、ここに眠る」と書かれることになる。

この漫画を読んでわかるのは、浅香唯のファンはC-Girl以降のファンとスケバン刑事Ⅲのときからのファンに分かれるということだ。しかし、そのスケバン刑事からのファンも、それ以前、つまり「ヤッパシ…H!」や「コンプレックスBANZAI!!」を歌っていたころからのファンから比べればにわかファン、ということになる。浅香唯のファンは、3層に分かれているのである。

香港の人気スター、チャウ・シンチーのファンも、おおむね3層に別れている。つまり「少林サッカー('01)」からのファン、「食神('96)」からのファン、それ以前からのファン、というように。

自分はこの真ん中に当たる、「食神」からのファンだ。この立ち位置は実に中途半端である。「チャウ・シンチーのファンです」と公言するとき、少林サッカーからのにわかファンだと思われはしないかという不安と、ディープな香港映画ファンに突っ込まれるのではないかという不安と、2つのスリルを同時に味わうことになるからだ。

ともかく、チャウ・シンチーが監督・主演を務めたこの「カンフーハッスル」、相変わらず香港映画の粋を極めて煮詰めて培養して核融合させたようなエネルギー満載の映画だ。

カンフー映画の醍醐味というのは、なるべくCGやワイヤーを使わず、生身の肉体をハイスピードでぶつけ合うことだと思っていたが、この作品では無駄なまでにCGを多用してカンフーを描いている。それでいて決してカンフーを馬鹿にした感じになっていないのが面白い。

それはあちこちのインタビューでチャウ・シンチーが語っている「カンフーにあこがれていて、一度カンフー映画を作ってみたかった」という言葉が、嘘でないことの証左だろう。

この映画には往年のカンフー映画全盛期にいくつかの作品に出演した、カンフーの心得のある役者が何人も出演している。彼らが極端にさえない(というか、薄汚い)中年親父の格好をさせられているのはチャウ・シンチーのいつもの演出だが、カンフーで戦うシーンになると、その中年親父が実に格好良く見えてくる。そこには「本物」があり、それを撮る側にも彼らや、カンフーに対する畏敬があるからだ。

ラストはお約束の、荒唐無稽なチャウ・シンチーの大活躍だ。その尊大なまでの存在感こそ、彼の映画に最も期待しているところなのは確かだが、今回はその尊大さの裏に、カンフーに対する尊敬の眼差しという、謙虚さが隠し味として効いている。

そして、尊敬を向けられているのはカンフーだけではない。多くの映画のパロディーというか、オマージュのような要素もふんだんに盛り込まれている。恐らく、自分が気付いた部分の数倍はあるだろう。そこには映画が好きでたまらない、というチャウ・シンチーの素顔がのぞく。気に入ったのは窮地に立った「斧頭会」の団員が花火を上げて援軍を乞うシーン。あれは「バットマン」のバットサインなわけだが、映像だけで十分それと分かるのに、わざわざダニー・エルフマン調のBGMをつけてくれるサービス精神。これぞ香港映画である。そして、伝説の刺客「火雲邪神」に会おうとその部屋の前に立つと、赤い血の洪水のようなイメージがよぎるシーン。あれは「シャイニング」だろう。そういう細かいパロディーが、これみよがしでなく、あちこちにさりげなく散りばめられている。

ただオモシロイ映画として観てもいいし、カンフー映画として観てもなかなかだ。そして映画ファンのマニアックな作品としても楽しむことができる。香港映画界はこの20年以上、着実に進化を遂げてきた。その一端を示す傑作と言えるだろう。

ところで、自分が高校2年のとき、クラスの仲間で作った映画には、浅香唯が出演している。つくば万博会場内でロケをしたとき、「EXPOスクランブル」という夕方の番組に出演していた彼女が写りこんでいるのだ。軽く自慢。ならねえか。

kungfu

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北村龍平「ゴジラ ファイナルウォーズ」

ちょうどこの映画を見た日に、1984年の「ゴジラ」を監督した橋本幸治氏が亡くなった。

84年の「ゴジラ」は、75年の「メカゴジラの逆襲」以来、久しぶりに制作されるゴジラ映画ということで注目を浴び、興行的にはそれなりに成功した。しかし、ファンからはさんざんな評価を受けた。

自分はこの84年ゴジラが大好きだった。今でも傑作だと思っている。ゴジラの出現をモチーフに、科学者やジャーナリスト、自衛隊、政府といったそれぞれの立場の人間がどう動くかをどん欲に描いたのがこの作品だ。そこにはリアリティーの欠ける部分もあったし、沢口靖子の下手な演技というご愛嬌もあったが、この映画には自分が特撮映画に最も望んでいる、独特の高揚感、カタルシスにも似た感覚が満ちあふれていた。

しかしファンはこの作品を認めなかった。なぜだろう。もちろん批判する側にももっともな理由はある。しかし、怪獣映画は作られるたびに非難ごうごうだ。そこには、一種の嫉妬がある。特撮映画というのは、「作ってみたい」と思わせる要素が強い。だから特撮映画のファンは、新しい作品が出てくるたび「自分ならこう作るのに」という気持ちが前に出てしまう。だからネガティブな反応をしがちだ。

9年もの間待たされたファンの期待は大きく、それだけに嫉妬も強かった。その声に押しつぶされてしまった84年版ゴジラは、災難だったというほかはない。

しかしいま一度言う。あの作品は傑作だ。氏の冥福を心から祈りたい。

そして今回の「ファイナル ウォーズ」の監督をしたのが北村龍平である。

それを聞いたとき「なんで北村龍平に・・・」と思った。

北村龍平が嫌いだからではない。むしろ好きなほうである。しかしこの人は、はっきり言って図抜けた才能があるとは思えない。ただ映像制作に対する実に素直な姿勢というか、直球な感覚を評価している。

自分はこねくりまわした、アーティスティックでお高くとまった単館上映な感じの映画は大の苦手だ。その点北村の映画はいい。作品を観ていると、なんだか高校時代に8ミリで映画を作っていたころを思い出す。要するに、素人感覚がそのまま画面に出ているのだ。

だから、北村がゴジラを撮ったら、特撮ファンの嫉妬心に油を注ぐのは目に見えている。しかも北村のことだから、やりたいことをやるだろう。油の上にまた油だ。

結果は予想どおりだった。ファンは怒り狂った。しかし北村は、それをあえて挑発するかのように、本当に好き放題やってくれた。

キングギドラ、モスラ、ガイガンにラドン、アンギラスにキングシーサー、へドラにミニラにカマキラス、その他数々のスター怪獣を登場させ、それらをショッカー戦闘員並みの扱いで退場させる贅沢ぶり。メインタイトル(オープニング部分)を、ブラッド・ピット&モーガン・フリーマンの「セブン」のメインタイトルを担当し、これを独立したジャンルとして認めさせることになったカイル・クーパーが担当。音楽なんてキース・エマーソンだ。日本人にはもっぱら「幻魔大戦」の音楽で有名なあの人である。映画の構成も、中盤以降はバトルシーンしかないという潔さ。地球人対X星人、ゴジラ対怪獣軍団が交互にえんえんと続く。

北村はファンに対する配慮なんか全くなしに、怪獣映画を作れる幸福を満喫しまくっていた。

「悔しかったらお前らも監督になってみろ」と言わんばかりに。

なんだか84年版ゴジラの恨みを、少し晴らしてくれたような気がした。

final

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2005年1月29日 (土)

引きこもり生活

バイオリズムというものがあるなら、今がその底だろう。

相変わらず心身ともに不健康で、休みの日も柏シティーと北柏タウンに引きこもっている。

引きこもっているとどんどん人間が腐っていくものだ。いや、もともと腐ってはいるのだけれど。

気が付くと、1階の本屋(自宅マンションの1階が本屋)で「いちご100%」を大人買いして読んでいる自分に気が付く。

デンジャラスな展開だ。

社会性を保つために、引きこもりながらも映画だけは多少観ているので、そのことをアップしておくことにした。

話は変わるが現在の冷蔵庫の状況。

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水分を多く摂取せよ、というので楽天で「バヤリース 丸搾りグレープ100」と「Cherry Coke」をまとめ買いして格納してある。医者に言ったらそういう意味じゃないと怒られた。一番上にあるのが痛み止めの座薬。

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2005年1月16日 (日)

「民明書房大全」

体の具合がすぐれないと、いつもより余計に鬱になる。こういうときこそ外で元気に遊ぶべきだが、あいにくの天気だ。仕方がないので家でおとなしく本でも読むことにする。

久しぶりに学術書に目を通すことにした。選んだのはこの1冊

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「民明書房大全」。

民明書房は、中国に古代から伝わる武術の研究書を中心に、専門的な学術書を多数発行している出版社だ。1926年設立と歴史は深く、今年その創業社長である大河内民明丸氏が百歳を迎えたことを記念してこの本が上梓されたという。

漫画家の宮下あきら氏がその作品「魁!男塾」の中で、同社の書籍から多数の引用をしたことで民明書房はその名を知られるようになった。この本は、そのように引用された文献を、宮下氏の添えた挿絵とともにまとめたものである。

自分も宮下氏の漫画にはすべて目を通しており、この本に掲載された内容はどれも一度は読んでいる。改めて振り返ってみて、初めてその知識に触れたときの驚きや感動がよみがえってきた。

様々な拳法や武器、闘技形式などの紹介も非常に興味深いが、やはりもっとも驚かされるのは、それらの名残が現代にも伝わっていることだろう。

1950年代末に日本で大流行した「ホッピング」の名称が、バネと体重による反発力を応用した武器「鉄騎宙弾」の発明者・宝 浜具(ほう びんぐ)に由来していることや、スポーツのスカッシュが、明代に考案された室内戦用の武器「趨滑襲(すうかっしゅう)」を原型としたものであることなど、宮下氏の引用によって初めて知った。当時自分は大学生だったが、よくこれらについて狭いアパートで学友たちと語り合ったものだ。

先日、中国の人口が13億人に達したというニュースが流れた。今や世界の5人に1人は中国人であり、今後各国における中国の経済的、文化的な影響力が増していくことは確実だ。そうした中で、このように中国のあまり知られていない歴史を詳しく解説した数々の書籍に親しむことは非常に意義深いことだといえる。

なお民明書房や、その関連会社「曙蓬莱新聞社」「ミュンヒハウゼン出版」などの出版物は、学術書ということもあり「世界の怪拳・奇拳」「医学的見地より考察した中国拳法」「世界史にみる現代兵器の源泉」など、固いタイトルが多いが、中には「泳げ!騎馬民族」「バットマンかく語りき」「撃って候 早くてゴメン」など、ファンキーなタイトルのものも見受けられる。ぜひ引用されている部分以外も読みたいと思うのだが、残念ながらアマゾンでは取り扱いがないようだ。

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2005年1月10日 (月)

四季「コーラスライン」

年は開けたが、体調は悪い。もっともこの数年体調が良かったことなんてほとんどないのだから、これが普通と言えば普通だ。

年末年始も家に閉じこもって消化のよいモチばかり食べてテレビを見ていた。今年は例年にも増してつまらない番組ばかりだった。NHKの紅白歌合戦にいたっては、視聴率を見るまでもなく、この10年ほどで最低の出来だった。本当に、観るべきところがマツケンサンバしかなかった。

だがこれ以上汚い部屋に閉じこもって過ごしていると、なんだか死にたくなってくるので、無理にでも外に出ることにした。部屋を片づけるという選択肢は、ない。もちろん会社に行くためには外出するが、それはもとより生きている時間ではない。

それで「コーラスライン」だ。また四季かよ、という批判は甘んじて受けるとして、この作品は決して新年にふさわしいものとは言えない。舞台装置はシンプル。まっすぐに引かれた白い線(コーラスライン)以外には何もない。音楽にしても、「ONE」や「WHAT I DID FOR LOVE」は耳に覚えのある有名な曲だけど、さほど印象的ではない。それにテーマは「漠然とした不安」だ。およそ晴れ晴れとした気分にさせてくれる要素はこれっぽっちもない。

にもかかわらず、この作品を選んだのには理由がある。しかしそれを語ることは今はやめておこう(木村花代ちゃんが出ているからに決まっている)

このミュージカルもキャッツと同様、ストーリーらしきものはない。1人の演出家が、オーディションに集まったダンサーたちに質問を投げかける。前半は、自分たちの過去についての質問。ダンサーたちはそれぞれに生い立ちやこの世界に入ったきっかけ、これまでの苦労などを語る。家庭不和や容姿が劣っていること、マイノリティーであること、ゲイであることなど、それなりに本人たちには深刻な悩みではあるが、さほどドラマチックでもない話が次々に披露される。後半、1人のダンサーが足の痛みを訴えて退場すると、演出家は今度は将来について聞く。「今、踊れなくなったらどうするか?」するとダンサーたちは、また口々に心配やそれに対する気持ちの持ち方を語り始める。

全体を通じて、作品を覆い尽くしているのは漠然とした不安感である。それは過去に起因するものなのか、将来に対するものなのか、現在の状況についてなのか、よく分からない。それを探るために演出家は質問を投げかけているようにも見えるが、結局その不安の原因は突き止められることがなく、そして解決策も示されることなく、とりあえず何となく前に進んでいこうや、というアイマイな結論だけ出して幕を閉じる。

この作品がブロードウェーで幕を開けたのは1975年。ベトナム戦争が終結した年だ。この舞台に描かれている不安は、敗戦という現実を前にし、自信を失ったアメリカに広まっていたそれである。原案・振付・演出のマイケル・ベネットはその不安に対して向き合うためにこの作品を作ったという。しかしその不安とはすべての人が生きていく上で常に抱えている性質のものであり、よほど調子のいいときだけ、それを忘れることができるのにすぎない。だから、この作品はロングランに成功したのだろう。セリフの中には、この不安をアメリカのショウビジネスがロンドン勢のミュージカルに押されて自信を失いかけているという状況になぞらえているものもあるが、これは後に付け足されたものなのか、よく分からない。

いずれにしても、アメリカが自信を取り戻し始める90年代に入って、コーラスラインのロングランは終了した。今、アメリカは最高に調子づいている。そんな今こそ、日本はこの作品をかみしめるべきだろう。別に救いにはならないが、しかし少なくとも不安を抱えながら生きている自分たちの姿を確認することはできる。そこが何らかのスタートラインになるはずだ。

この作品に、ドラマはない。オーディションといういかにもドラマのありそうな素材を扱いながら、である。運を掴み、人に選ばれて、というのは結局毎日の生活の中で普通に行われていることだ。だからオーディションという側面だけを切り取ってみても、そこにはビジネスがあるだけで、人生などない。

そう、オーディションだとか面接だとかいうのは、茶番にすぎないのである。

自分がこの舞台を観た日、モーニング娘。の第7期メンバーオーディションの結果が発表になった。

結果は「該当者なし」。この用意された結末のために振り回され、怒られた6人の最終候補者には気の毒というほかはないが、この茶番性こそオーディションなのである。

やはり7期には、Berryz工房から嗣永と(以下略)

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「コーラスライン」のホームページ
http://www.shiki.gr.jp/applause/chorusline/index.html

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