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2004年7月 4日 (日)

劇団四季「ジーザス・クライスト=スーパースター」(エルサレム・バージョン)

四季ミュージカルの原点にして、アンドリュー・ロイド・ウェーバーとの出会いの作品。キリスト最後の7日間をロックに乗せて描く、ロック・オペラだ。

日本初演は1973年。舞台装置は大八車のみ、白塗りに隈取りの歌舞伎メークというエキセントリックな演出だった。しかし昭和40年代の日本はまだそれを受け入れるほどミュージカルに対して広い心を持っていなかったようで、新聞の劇評ではこっぴどくたたかれたという。3年後、演出をオーソドックスなものにして、再演に打って出る。こんどはメディアにも大好評で、ここから四季のミュージカル路線が始まるのである。

結局、初演は味つけが濃すぎて素材のうま味が伝わらなかったということか。もっともその初演版も後に再評価され、80年代後半になって「江戸版」と称して上演された。90年以降は、再演版を「エルサレム・バージョン」、初演版を「ジャポネスク・バージョン」としゃれた名前にして交互に上演している。

自分にとって、エルサレム・バージョンはほぼ10年ぶりだ。日生劇場以来である。なんでそんなに観ていなかったかというと、どうもこのバージョンは演出がオーソドックスすぎてつまらない、という印象があったから。

しかし、今回久しぶりに観て、ちょっと認識を改めた。

「エルサレム・バージョン」の特徴は、シンプルだが美しい舞台美術にある。舞台奥から手前に向かって、パレスチナの大地をイメージした急斜面が広がっている。このただひとつの舞台装置の上ですべてのシーンが展開されるのだ。その造形は今は亡き舞台美術家の金森馨によるもので、当時からその高い芸術性は評価されていた。

その舞台をより美しく見せるのが照明の技術である。この10年で、照明はコンピューター化が飛躍的に進み、それまでの技術では考えられないような微妙な色彩を再現できるようになった。そのため、今回久しぶりに再会したこの舞台は、格段にその美しさを向上させていた。すべてのシーンが、さながら1枚1枚の絵画のようである。

98年の3月、20年以上ぶりに本場ロンドンでジーザスがかかるというので観に行ったことがある。役者の個人技はやはり日本の及ぶところではなかったが、舞台全体の完成度は、確実にこちらのほうが上だ。

8月には「ジャポネスク・バージョン」も上演されることが急きょ決定した。こちらも楽しみだ。もともと、自分がミュージカルを見るようになったのは、87年にこのバージョンのジーザスと帝劇の「レ・ミゼラブル」を続けて観たあたりからだ。自分にとっても、この作品は原点なんである。

さて、今回自分が観た公演では、悪役三人衆の演技が際だっていた。キリストの最後の7日間を描く物語で、悪役といったら当時のユダヤの民衆を苦しめていた三重支配のトップたちである。ユダヤ教の大司教カヤパ、ローマ総督ピラト、そしてユダヤのヘロデ王。これをそれぞれ高井治、村俊英、下村尊則が演じている。こりゃちょっと豪華すぎる顔ぶれじゃないか。高井・村といえば、ここ数年の「オペラ座の怪人」でファントムを演じてきた二人だ。そして下村。怪しげな役とかヘンな役をやらせたらこの人の右に出る者はいない。最近は「スルース」や「ハムレット」などの主演も張っている。

高井は、昨年福岡で初めてファントム役を観たが、正直、色気が足りずあまり怪人役には適さないな、と思った。しかしその眼光が鋭く、顔を半分マスクで隠しているにもかかわらず、その凄みが伝わってきたので、この人には悪役をやらせたほうがいい、と感じていた。そこへ来て今回のカヤパ役。さすがは四季というか、俺というか。

ピラトは、2シーンほどしかない出番で、キリストを裁くことにとまどいを覚えながらも、結局はカヤパの策略に乗せられてキリストを断罪する汚名をかぶるという複雑な演技をしなければいけない。そこはさすがに実力派の村、歌の中に言葉で言い尽くせないメッセージをたたみ込んでこの難役をこなしていた。

そして下村。ヘロデはピラト以上に出番が少なく、基本的に1シーンしかない。しかしこのヘロデのシーンは、全体に重苦しい雰囲気の作品の中で、唯一ハジケとんでいいシーンである。演出家は競ってこのシーンをヘンに描く。73年に「夜の大捜査線」のノーマン・ジェイソンが監督した映画版では、マリファナ・パーティーのようならんちき騒ぎの中で、鈴木ヒロミツのようなヘロデが上半身裸で踊っていた。98年にロンドンで観たヘロデは、ロンドンらしくゲイ・ファッションに身を包んだ体格のいいオジサンで、危険度120%だった。円形の舞台だったが、そのシーンの冒頭で突然ぐるり360度から炎が上がり度肝を抜かれた。2000年に制作されたビデオ版では、さながら「CHICAGO」のインチキ弁護士の登場シーンのように、華やかな美女を引き連れたヘロデのショーを観ることができた。それらに比べると、この「エルサレム・バージョン」のヘロデはちょっとおとなしめで、なんとなくバカ殿様なんだが、下村が演じると、そこに危なさと妖しさが加わって強烈な印象になる。衣装から時折除くその足が妙にセクシーだった。たぶん「ジャポネスク」の公演時は「スルース」があるので下村は出ないだろうが、あちらは演出そのものがすでにヘンだ。誰が演じるのか興味深い。

さて、悪役3人のことばかり書いていて主役の柳瀬大輔(ジーザス)と芝清道(ユダ)のことを書く余裕がなくなった。とってつけたようだがひとことだけ触れると、「秋」オープン時は芝ユダに食われっぱなしだった柳瀬ジーザスがぐんと存在感を増しており、芝は「重量級」のイメージだったが動きにシャープさが加わっていた。

やっぱりとってつけたようになってしまった。

yana

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【2004/8/21 13:30開演(昼の部)配役】 ジーザス・クライスト:柳瀬大輔 イスカリオテのユダ:吉原光夫 マグダラのマリア:金 志賢 カヤ... [続きを読む]

受信: 2004年8月22日 (日) 01時00分

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