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2004年7月28日 (水)

ウルトラQdark fantasy~上原正三×山南総長×ハリケンブルー

「ウルトラQ dark fantasy」(テレビ東京)は、実際そんなに面白いとは思えず、ここしばらく観ていなかったが、2期目に入ってまた上原正三脚本の作品が出てきた(確か初回は上原脚本)。

今回(27日放送)は、上原が脚本を書いたというだけではない。主演が目下「新選組!」の山南敬助役で大ブレイク中(俺のまわりで)の堺雅人と、「忍風戦隊ハリケンジャー」のハリケンブルー役で一大センセーションを巻き起こした(俺の中で)長澤奈央である。なんだか俺にとってはえらく豪華な回だった。

堺雅人というと、新選組!以前は「ココニイルコト」の抜け目ないサラリーマンぐらいしか覚えていない。山南も頭の切れる役だし、どちらかというとかしこい印象だったわけだが、今回は間抜けな演技でなかなか見せてくれた。だいぶ役者としての幅は広いようだ。部屋で出前を待つシーンで、一瞬だけ目が山南総長になったのはファンサービス?

長澤奈央は、最近ジャスミン様の衝撃でちょっと忘れかかってたけど、やっぱりこの子の表情はいいんである。自然にニヤニヤしている自分に気付いてしまう。おまけにアクションシーンに浴衣姿と、ハリケンブルー復活な感じのシーン満載で、こりゃもう趣味の世界だわ。

今回のお話は、切なさいっぱいのファンタジー。「ちょびっツ」の全話分を30分でやってのけた感じで、力作ではある。しかし、ちょっと最後は甘過ぎないか?と思ったが、上原正三が書いたと思うと合点が行く。

「ウルトラセブン」を思い出しても、金城哲夫の脚本ほど鋭くはなく、市川森一の脚本ほどヒューマンでもなく、どことなく中途半端な味わいのあったのが上原作品だった。そういう中途半端さ、ぬるさ、甘さがこの人の持ち味なのである。

別にそれが悪いとは言わない。「地底GO!GO!GO!」にしても、「アンドロイド0指令」にしても、それなりに印象には残っている。派手な脚本が必ずしもいい作品になるわけではない。役者や演出家が受け止めやすいように、食べ頃の温度で脚本を仕上げるのも、技量のひとつではあろう。

ところで、上記2作品ともロボットが出てくる話だった。そこへ来て今回の作品。この人、アンドロイドの話が好きなんだろうか。実にどうでもいい話だが。

また一歩、アンヌ隊員に近づいた。

uqd

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2004年7月26日 (月)

柏まつり

7月24日と25日、恒例の「柏まつり」が行われた。

自分は上流階級の出身なので、こういうところでものを買ったり食べたりするのはあまり得意ではない。

しかし、たまには庶民の暮らしぶりを見てやるのも悪くないと思い、ひとりで出かけていった。

どれもあまりうまくはなさそうだったが、試しに、いか焼きと焼きそばとお好み焼きと玉コンニャクとフランクフルトソーセージと焼き鳥とじゃがバターとトウモロコシだけ食べてみた。

そんなにうまくもなかった。やはり育ちのいい俺の口には合わないようだ。

kashiwafes2

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2004年7月25日 (日)

四季「スルース【探偵】」(ばれ?)

前の記事からの続き

三谷幸喜はこう言っている。

「コメディの魅力というのは、緻密に計算された構成の面白さだと思います。その意味では、コメディーとミステリーは共通しているかもしれません」(DVD「マトリョーシカ」のインタビューより)

三谷作、松本幸四郎主演、市川染五郎共演で話題になったミステリー「マトリョーシカ」。そのベースとなったのがこの作品「スルース」である。パロディーというわけでもパクリというわけでもなく、言ってみれば「本歌取り」といったところか。2つの作品に共通しているのは、2人の男の丁々発止で展開すること、悲劇と喜劇が交錯していること、そして緻密に計算された構成を楽しむ作品であることだ。

もちろん、「スルース」は、1970年の作品だから、テンポの良さは「マトリョーシカ」のほうが断然上を行くわけだが、こちらもなかなか捨てたものではない。そして2人の思惑が複雑に絡み合う中で、中年の悲哀とあせり、階級意識といったものが少しずつにじみ出てきて、またそれが観客の判断を鈍らせる。見応えは十分だ。

もっとも構成の妙を楽しませる、ということでいえば、マトリョーシカに軍配が上がる。より複雑でありながら、それを分かりやすく観客の頭の中で整理できるよう工夫されている。

しかし、客を騙す、ということにかけてはスルースの方が上か。何しろ舞台の枠組みを越えたところにまで罠が仕掛けられている。

サスペンスだから内容についてはあまり触れないが、「スルース」にしても「マトリョーシカ」にしても、こんな感じに、常に「どっちの勝ちだろう」と客を悩ませる作品だと思っていただければいい。

2作品の共通点が、もうひとつあった。

「スルース」も「マトリョーシカ」も、実はパロディーになっているという点だ。前者は、ミステリー小説の手法に対して。後者は、舞台演劇の手法に対して。

三谷の頭の中では、「スルース」と「マトリョーシカ」が丁々発止のやりとりが繰り広げられていたに違いない。そして、「スルース」の中の2人同様、その行動に奇妙な共通点を見いだしていったのではないだろうか。

となると、この2作品を比べて楽しむこと自体、三谷の仕掛けた壮大な罠ということになる。やはりこの勝負、三谷に・・・いや待てよ・・・

tantei

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四季「マンマ・ミーア!」(ばればればれ)

「マンマ・ミーア!」は、世代間闘争を描いたたコメディだ。

通常、世代をテーマにしていれば、保守的な中高年連中と革新的な青年諸君というのがお決まりの対立軸だ。しかしこの作品では逆に、お気楽で脳天気な大人と、現実的で手堅い若者という構図になっている。ある意味新鮮だが、確かに最近はこちらのほうがよほどリアリティーがある。

そして、その2つのグループが次第に接近し、やがて立場が逆転する。中高年たちはありきたりの人間関係へと納まっていき、青年たちは冒険の未来へ乗り出していく。

その交差するポイントが、主人公・ドナ(母)がソフィ(娘)の髪を梳り、ウェディングドレスを着せるシーンである。「Slipping Through My Fingers」に乗せて進むこの場面は、静かだが暖かい感動に満ちている。それがただの「いいシーン」で終わっているのではなく、全体の構成の特異点になっているあたり、この作品が実に緻密に計算されたミュージカルであることを改めて認識させられる。

もちろん計算といえば、全てABBAの曲をそのまま使いながら、オリジナルで作った物語の中にぴったりとはまっていることにまず驚かされるわけだが、そこで終わっていればただのカタログ・ミュージカルであって、ここまでのヒット作にはなり得なかったろう。

そしてその計算された構成こそが、この作品を上質のコメディに仕立てているのである。

三谷幸喜はこう言っている。

「コメディの魅力というのは、緻密に計算された構成の面白さだと思います。その意味では、コメディーとミステリーは共通しているかもしれません」(DVD「マトリョーシカ」のインタビューより)

次の記事に続く

kekon

【追記】
覇王柴さんがとってもイイ席でご覧になったようです。こちらもどうぞ。
http://blog.drecom.jp/haoushiva-profile/archive/381

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大江戸温泉物語

木村花代がベルを演じるというので、京都まで「美女と野獣」を観にいこうと思っていたが、かなわないうちに降板してしまいショボーンとしてたところ、「マンマ・ミーア!」のソフィを演じるという。

こりゃ俺が行かなきゃ誰がいく、というわけで前日予約(「四季の会」会員特典)を入れる。せっかくなので、その後自由劇場の「スルース(探偵)」も観に行くことにした。

国内で、劇場をはしごしたのは初めてかもしれない。

しかし、「マンマ・ミーア!」が終演したのが15時40分。「スルース」の開演は18時なので、2時間以上空いてしまった。四季劇場「海」から自由劇場までは歩いて15分くらいしかかからない。

どうしたものかととりあえず外に出たところ、いきなり汗だくになる暑さである。

そうだ、風呂に入ろう。

まあちょっと怪しいサウナとかはそこいら中にあるんだが、それもいささか芸がない。思案しながら「ゆりかもめ」新橋駅前まで来ていい考えが浮かんだ。

大江戸温泉物語。

確かゆりかもめテレコムセンター駅近くである。自由劇場はゆりかもめ竹芝駅からすぐだから、移動もスムーズだ。こんなに暑いのに、俺の頭はさえている。なんでこの頭脳は仕事のときは働かないんだろう。

というわけで、やってきた。
oedo
外観、内装ともちゃんと時代劇っぽく統一されていて、なかなかイイ感じ。全員に浴衣を着せるあたりも、「ラクーア」の囚人服よりずっと楽しげだ。

お風呂はまあまあ。天然温泉の浴槽は1つしかないけど、それなりに広々としてて快適だった。

全体的には、福岡の薬院しろやま乃湯に似ている。といっても分からないだろうから、ラクーアと比較すると、施設の雰囲気はこちらのほうがずっと上。ただ客あしらいに問題がある。受付はもたつくし、ロッカーを2回使わないと風呂に入れないなど、素人っぽい運営が目立つ。

でも、やっぱりラクーアは健康ランドだし、いかにも東京ドームらしい、ちょっとコワい雰囲気に抵抗感がある。その点、こちらはまだ好感が持てる。また行こうとも思う。そんなにお台場に行く機会もないけど。

ひとつ提案。だいたいこういう施設では飲食に力を入れていて、ここもそこそこ頑張っているのだけれど、どうも内容に中途半端感がただよう。ラーメン博物館みたいなフードテーマパークと一緒になるといいのに。

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2004年7月20日 (火)

大友克洋「スチームボーイ」(いきなりばれ)

楽しい映画だ。後半はほとんど闘いっぱなし。やっぱりアニメーション制作がサンライズだからだろうか?

冒険活劇、というふれこみだったが、ちょっと印象は違った。どちらかというとドタバタ活劇、おしゃれに言うならスラップスティック・コメディーに近い。

何しろクライマックスでは、万博会場でアメリカとイギリスが大々的に戦争を始めるのである。筒井康隆の初期短編に「深夜の万国博覧会」というのがあった。夜になると、万博会場は各国のスパイやテロリストの戦場になるという話だった(かな?)が、この映画もそんな雰囲気である。この設定自体、かなりコメディーだ。

続々登場する蒸気機関を発展させた兵器の数々も、宮崎駿のそれのように芸術的でもなく、「サクラ大戦」のそれのようにメカニックでもなく、どこか滑稽である。

そして登場人物も、善玉、悪玉がはっきりしておらず、憎めないキャラクターばかり。ストーリーの軸は、主人公、主人公の父、主人公の祖父という発明一家が、科学に対する姿勢の違いから対立を深めていくという人間ドラマなのだが、あまり深刻な骨肉の争いというわけでもない。表面上は争っていても、変人の科学好きという点で妙な連帯感があるせいか、どこか真剣味がなく、結局ホノボノとした家族の情景になっている。

しかし、あと半歩、というところでコメディーにはなっていない。この寸止め感が、何ともいえないフシギな味わいをこの作品にもたらしている。

妙な後味の作品だが、冒頭に述べたようにとりあえずは楽しいので、まあお勧め。責任は取りませんが。

ひとつ感心したのは、声の出演者。鈴木杏に小西真奈美など、声優ではなく俳優がキャスティングされている。スタジオジブリの作品も声優より俳優を起用する傾向にあるが、ジブリの場合「俺らのはそこいらのアニメなんかとは格が違うんだよ~」と言いたいのが見え見えで、ハナにつく。実際、作品を観ると必ず声に違和感がある。

ところがこの作品では、声と映像がぴったりと合っている。鈴木杏の演技力がすばらしいことは、昨年シアターコクーンで「奇跡の人」を観てよく知っているが、これはやはり大友や、音響監督の百瀬慶一の仕事をほめるべきだろう。特に、中村嘉津雄の演技がぐっとくる。最初に聞いてすぐ中村だと分かったが、映像と馴染んでいて、違和感が全くなかった。この人が声優、というのは記憶にない。よく起用を思いついたものである。

秋に公開が延びた「ハウルの動く城」では、木村拓哉が主人公を演じることが話題になっている。鈴木敏夫プロデューサーはサイゾー誌のインタビューに応え「やりたいというオファーがあったから起用した。こんなに人気がある人だとは思わなかった」とうそぶいている。それがどう出るか、と興味を持つこと自体、鈴木の術にはまってしまっているのが癪にさわるが、でもやっぱり興味深い。

sb

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亀戸餃子

3連休の初日。

せっかくの連休、何か有意義なことをしようと考え、
亀戸餃子に行った。

4年ぶりぐらいだろうか?値段、システムは変わっていなかった。

説明しよう。この店に、餃子以外の食べ物メニューはない。中国や日本のお酒、ビール、コーラなど、飲み物メニューはある。

餃子は1皿5個で、250円。2枚食べるのがミニマムチャージなので、自動的に2皿は出される。それを食べたあとに、1枚、2枚と追加していく。

小ぶりで野菜多め、ぱりっと焼いた餃子は、あっさりした味でひょいひょいと食べられる。ここでは辛子をつけるのがスタンダードだが、これが結構いける。

今回は、7皿(35個)食ったところでやめた。無理すれば10皿ぐらいは大の男なら難なく食べられる。

が、問題は腹が一杯になる前に、飽きてしまうことである。

そんなに胃にもたれないので、家に着くころにはもう腹が減っていた。

kameido

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2004年7月19日 (月)

モーニング娘。「女子かしまし物語」

え?


これ、「会員番号の唄」だよね?


シングルで出すとは・・・

どういうものだろうか、土方君。

jvtsh0065

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2004年7月14日 (水)

寿司ステーション

東京駅で、横須賀線に乗ろうとしていたときのこと。

外国人が笑いながら俺に話しかけてきた。

・・・さっぱりわからん。

何とかかろうじて聞き取れた言葉。

“Sushi station”

寿司ステーション?
sushi

外国人よ、せっかく日本に来て寿司を食いたいのはわかる。

しかしこんな横須賀線の地下ホームに、寿司屋があるわけないだろう。

ここはひとつ、英検4級の語学力を駆使して意見してやるか。

「スシ・ステーション イズ ノット ヒアー」

首を振る外国人。

いかん、何か間違ったか?

時制の誤りか? 

定冠詞が必要だったか?

“To Sushi station?”

電車を指さしさらに尋ねる外国人。

イヤな沈黙。

卑屈な笑みを浮かべる俺。

“near Kamakura”

鎌倉の近く?



逗子ステーションだよ。

sushi2

また一歩、「英語でしゃべらナイト」の釈由美子に近づいた。

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2004年7月11日 (日)

沢木順サロンコンサート

自称「日本で最も多くブロードウェイミュージカルに出演した男」、沢木順がホテルでサロンコンサート(ディナーショー)を行うというので、出かけた。

その称号については、まだ劇団四季に在籍していたころ、会報のコラムで他の劇団員が「どうもその中にはキャッツやオペラ座の怪人も入っているらしい。確かにそれらはブロードウェイでもやってはいるけれど、本番はロンドンだ」と指摘していた。そういうアイマイな大言壮語をためらわずに口に出す男、それが沢木順だというのである。

確かにコンサート会場の沢木順は、歌そっちのけでうさんくさいトークを繰り広げるインチキおじさんであり、その口調はガダルカナル・タカのようだ。今回も、違う歌を歌い出すわ、歌詞忘れるわ、マイクのスイッチ入れてないわで、とにかくそのステージには笑いが絶えない。

しかし、「ファンタスティック」でデビューし、「キャッツ」「オペラ座の怪人」「ジーザス・クライスト・スーパースター」など、数々の代表的なミュージカルに出演してきたキャリアは本物であり、歌、そして全身から漂わせるケレン味は日本一だと思う。自分にとっては、やはり国内随一のミュージカル役者だ。

そして、先週ここで触れた「自分がミュージカルを見始めたきっかけ」のひとつ、ジーザス・クライスト・スーパースターの公演を初めてみたとき、そこでユダを演じていたのがこの人だったのである。

シャンソン半分、ミュージカルナンバー半分という構成だったが、ミュージカルナンバーの部では「愛せぬならば(美女と野獣)」「ミュージック・オブ・ザ・ナイト(オペラ座の怪人)」など、ひととおりおいしいところを披露。これも先週触れた、「ヘロデ王の歌(ジーザス・クライスト・スーパースター)」まで小芝居つきで見せてくれるサービスぶり。さらには、実際に演じたことのない、レ・ミゼラブルでジャベールが歌う「Stars」まで聞かせてくれた。

その曲を歌うにあたり、興味深いエピソードが明かされた。「レ・ミゼラブル」の日本初演にあたり、翻訳家の岩谷時子氏が沢木順に「こんどレ・ミゼラブルというのをやるんだけど、ジャベールの役があなたにぴったりだから、オーディションを受けなさいよ」と言ったのだそうだ。

当時、彼は四季の看板だったのだから、それは断らざるを得ないだろう。しかし、一度観てみたかったものだ。

それにしても、楽しい時間だった。「お客様は神様です」とでも言わんばかりの沢木順のサービス精神。これこそエンターテインメントの本質であり、原点であると感じさせた。

先週、今週と、自分とミュージカルの出会いを思い出させる体験が続いた。何か意味があるのだろう、きっと。

js

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2004年7月 5日 (月)

レ・ミゼラブル in コンサート

今年の東宝は「ミス・サイゴン」があるのでドル箱の「レ・ミゼラブル」はできない。そこで考えついたのが(憶測)、このコンサートバージョンである。実際に出演している俳優たちが、舞台衣装をまとい、コンサート形式で劇中のナンバーを披露するというものだ。

このスタイルは、ロンドンでレ・ミゼラブル10周年を記念して行われたコンサートをそのまま導入したものである。しかし、あのようにイベントとして行うのはいいが、これを独立した興業として客に見せるというのはどうだろう。やはりミュージカルのダイジェスト版というイメージがぬぐえず、ファンの集い以上にはならないのではないか。そう思ったから、最初は行く予定がなかったのだが、ある情報を得てからどうしても行きたくなった。

それはゲストとして鹿賀丈史が参加し、ジャベールを演じる(歌う)、ということである。

下の記事で、自分のミュージカル原点が「ジーザス・クライスト=スーパースター」と「レ・ミゼラブル」であると書いた。その2つに連続して触れることになったのは偶然とはいえ奇妙なものだが、その87年のレ・ミゼラブル初演で強く印象に残ったのが岩崎宏美のファンティーヌと鹿賀丈史のジャベールである。

岩崎ファンティーヌは、日本10周年のときから復活してくれたが、鹿賀は再演からバルジャン役に専念してしまったため(初演では、滝田栄と鹿賀がバルジャンとジャベールを交互に演じていた)、観ることができなかった。なので、このゲスト出演は嬉しい。最近、このコンサート上演といい、昨年の妙なキャスティングといい、今年のミス・サイゴンのもっと妙なキャスティングといい(そもそも何でミス・サイゴン?)、東宝の姿勢には疑問を感じまくりなのであるが、このナイスな配慮には心から感謝したい。

全体の出来としても行く前の予想よりずっといい内容だったが、鹿賀丈史のジャベールは想像以上に素晴らしかった。

ジャベールはバルジャンよりも歌いやすい(バルジャンはタイトルロールのコルム・ウィルキンソンの声に合わせて、相当テノールなスコアになっている)ということもあるのだろうが、実に声がよく通って、バルジャン役の今井清隆と堂々とわたりあっていた。これならすぐに“現役復帰”しても大丈夫だ。いや、すぐにしてほしい。とにかくこのジャベールは、やはり最“怖”のジャベールだ。近寄りがたい、というより絶対に近づきたくない雰囲気を漂わせている。それでいて、その威圧感の向こうには、何か言葉にならない悲しみを感じさせる。いい。本当にいい。ロンドンの10周年コンサートで、「日本代表」として「民衆の歌」の1小節を歌ったところ、歌唱力のなさを露呈してしまい「日本の恥さらし」とまで酷評された鹿賀だが、ジャベール役なら世界に誇れるのではないか。

ところで、レ・ミゼラブル最強キャストはどういうものか、という議論はこれまでも様々な掲示板などで繰り広げられてきた。自分もいろいろ考えてきたが、難しいのは「組み合わせ」という視点であり、最強のバルジャンと最強のジャベールを競演させてもいい結果にはならない、という点だ。そんなわけで、自分なりの最強キャストを、下記3パターンで披露しよう。

1.初演キャストベース

ジャン・バルジャン 滝田 栄
ジャベール 鹿賀丈史
エポニーヌ 島田歌穂
ファンテーヌ 岩崎宏美
コゼット 斉藤由貴
マリウス 野口五郎
テナルディエ 斎藤晴彦
テナルディエの妻 鳳 蘭
アンジョルラス 内田直哉

初演プリンシパル・キャストそのままである。やっぱりこれは良かった。
「島田歌穂」という名前を見たとき「ロビンちゃんだ!」と叫ぶことはできなかったが、
「内田直哉」という名前を見たとき「デンジグリーンだ!」と叫ぶことはできた。
それをできたのは、日本でも俺を含めて5人ぐらいだと思う。

2.10周年記念キャストベース

ジャン・バルジャン 山口祐一郎
ジャベール 川崎麻世
エポニーヌ 本田美奈子
ファンテーヌ 岩崎宏美
コゼット 純名里沙
マリウス 石井一孝
テナルディエ 笹野高史
テナルディエの妻 前田美波里
アンジョルラス 岡幸二郎

笹野は実際には10周年キャストに入ってないけど、ずるくてガッツのある実にいいテナルディエだったので、こちらに入れた。川崎ジャベールは、最初の年は素晴らしかったけど、2年目以降失速してしまい残念。

3.四季OB&21世紀キャストベース

ジャン・バルジャン 今井清隆
ジャベール 鈴木綜馬
エポニーヌ 笹本玲奈
ファンテーヌ 井料瑠美
コゼット 堀内敬子
マリウス 山本耕史
テナルディエ 三遊亭亜郎
テナルディエの妻 森久美子
アンジョルラス 坂元健児

まあ滝田、鹿賀、岡に川崎も四季OBには違いないのだけれど。
山本耕史マリウスは、絶対にまた観たい。笹本、坂元の2人はちょっとオマケかな。三遊亭亜郎の名前を見たとき、「あっテレビ東京の深夜番組『アイドルを探せ!』でデビュー間もない松浦亜弥主演のミニドラマ『亜弥のDNA』で刑事役の1人だった人だ!」とはさすがに叫ばなかった。念のために言っておくと、鈴木綜馬とは芥川英司である。

乗ってきたので妄想編も。もしサー・キャメロン・マッキントッシュが東宝ともめて、「もうレ・ミゼラブルは四季に売る」といったらどうなるか。

4.四季現役メンバー編

ジャン・バルジャン 芝 清道
ジャベール 高井 治
エポニーヌ 濱田めぐみ
ファンテーヌ 保坂知寿
コゼット 木村花代
マリウス 荒川 務
テナルディエ 下村尊則
テナルディエの妻 青山弥生
アンジョルラス 石丸幹二

ちょっと日和ってるかな。とにかく、木村花代のコゼットが見たい。正直、それ以外はどうでもいいと思ったが保坂ファンテーヌはちょっと見たくなってきた。青山マダム・テナルディエは「世界最小」になるだろう。

しかし、もし四季が「今さらレ・ミゼラブルなんて買いたくない」と言ったら、ライブドアのように突然買収に名乗りを上げるところがあるかもしれない。もし、それが劇団☆新感線だったらどうなるだろう。

5.新感線編

ジャン・バルジャン 橋本じゅん
ジャベール 粟根まこと
エポニーヌ 羽野晶紀
ファンテーヌ 高田聖子
コゼット 杉本恵美
マリウス 河野まさと
テナルディエ 逆木圭一郎
テナルディエの妻 古田新太
アンジョルラス 右近健一

真っ先に決まったのが古田のマダム・テナルディエ。おかげで右近の出番がなくなってしまったので、アンジョルラスを演じてもらうことにした。河野マリウスとか、橋本バルジャンとか、けっこうよくない?
いかん、ちょっと観たくなってきてしまった。

いくらなんでも、今回はマニアックすぎた。反省。

take

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2004年7月 4日 (日)

劇団四季「ジーザス・クライスト=スーパースター」(エルサレム・バージョン)

四季ミュージカルの原点にして、アンドリュー・ロイド・ウェーバーとの出会いの作品。キリスト最後の7日間をロックに乗せて描く、ロック・オペラだ。

日本初演は1973年。舞台装置は大八車のみ、白塗りに隈取りの歌舞伎メークというエキセントリックな演出だった。しかし昭和40年代の日本はまだそれを受け入れるほどミュージカルに対して広い心を持っていなかったようで、新聞の劇評ではこっぴどくたたかれたという。3年後、演出をオーソドックスなものにして、再演に打って出る。こんどはメディアにも大好評で、ここから四季のミュージカル路線が始まるのである。

結局、初演は味つけが濃すぎて素材のうま味が伝わらなかったということか。もっともその初演版も後に再評価され、80年代後半になって「江戸版」と称して上演された。90年以降は、再演版を「エルサレム・バージョン」、初演版を「ジャポネスク・バージョン」としゃれた名前にして交互に上演している。

自分にとって、エルサレム・バージョンはほぼ10年ぶりだ。日生劇場以来である。なんでそんなに観ていなかったかというと、どうもこのバージョンは演出がオーソドックスすぎてつまらない、という印象があったから。

しかし、今回久しぶりに観て、ちょっと認識を改めた。

「エルサレム・バージョン」の特徴は、シンプルだが美しい舞台美術にある。舞台奥から手前に向かって、パレスチナの大地をイメージした急斜面が広がっている。このただひとつの舞台装置の上ですべてのシーンが展開されるのだ。その造形は今は亡き舞台美術家の金森馨によるもので、当時からその高い芸術性は評価されていた。

その舞台をより美しく見せるのが照明の技術である。この10年で、照明はコンピューター化が飛躍的に進み、それまでの技術では考えられないような微妙な色彩を再現できるようになった。そのため、今回久しぶりに再会したこの舞台は、格段にその美しさを向上させていた。すべてのシーンが、さながら1枚1枚の絵画のようである。

98年の3月、20年以上ぶりに本場ロンドンでジーザスがかかるというので観に行ったことがある。役者の個人技はやはり日本の及ぶところではなかったが、舞台全体の完成度は、確実にこちらのほうが上だ。

8月には「ジャポネスク・バージョン」も上演されることが急きょ決定した。こちらも楽しみだ。もともと、自分がミュージカルを見るようになったのは、87年にこのバージョンのジーザスと帝劇の「レ・ミゼラブル」を続けて観たあたりからだ。自分にとっても、この作品は原点なんである。

さて、今回自分が観た公演では、悪役三人衆の演技が際だっていた。キリストの最後の7日間を描く物語で、悪役といったら当時のユダヤの民衆を苦しめていた三重支配のトップたちである。ユダヤ教の大司教カヤパ、ローマ総督ピラト、そしてユダヤのヘロデ王。これをそれぞれ高井治、村俊英、下村尊則が演じている。こりゃちょっと豪華すぎる顔ぶれじゃないか。高井・村といえば、ここ数年の「オペラ座の怪人」でファントムを演じてきた二人だ。そして下村。怪しげな役とかヘンな役をやらせたらこの人の右に出る者はいない。最近は「スルース」や「ハムレット」などの主演も張っている。

高井は、昨年福岡で初めてファントム役を観たが、正直、色気が足りずあまり怪人役には適さないな、と思った。しかしその眼光が鋭く、顔を半分マスクで隠しているにもかかわらず、その凄みが伝わってきたので、この人には悪役をやらせたほうがいい、と感じていた。そこへ来て今回のカヤパ役。さすがは四季というか、俺というか。

ピラトは、2シーンほどしかない出番で、キリストを裁くことにとまどいを覚えながらも、結局はカヤパの策略に乗せられてキリストを断罪する汚名をかぶるという複雑な演技をしなければいけない。そこはさすがに実力派の村、歌の中に言葉で言い尽くせないメッセージをたたみ込んでこの難役をこなしていた。

そして下村。ヘロデはピラト以上に出番が少なく、基本的に1シーンしかない。しかしこのヘロデのシーンは、全体に重苦しい雰囲気の作品の中で、唯一ハジケとんでいいシーンである。演出家は競ってこのシーンをヘンに描く。73年に「夜の大捜査線」のノーマン・ジェイソンが監督した映画版では、マリファナ・パーティーのようならんちき騒ぎの中で、鈴木ヒロミツのようなヘロデが上半身裸で踊っていた。98年にロンドンで観たヘロデは、ロンドンらしくゲイ・ファッションに身を包んだ体格のいいオジサンで、危険度120%だった。円形の舞台だったが、そのシーンの冒頭で突然ぐるり360度から炎が上がり度肝を抜かれた。2000年に制作されたビデオ版では、さながら「CHICAGO」のインチキ弁護士の登場シーンのように、華やかな美女を引き連れたヘロデのショーを観ることができた。それらに比べると、この「エルサレム・バージョン」のヘロデはちょっとおとなしめで、なんとなくバカ殿様なんだが、下村が演じると、そこに危なさと妖しさが加わって強烈な印象になる。衣装から時折除くその足が妙にセクシーだった。たぶん「ジャポネスク」の公演時は「スルース」があるので下村は出ないだろうが、あちらは演出そのものがすでにヘンだ。誰が演じるのか興味深い。

さて、悪役3人のことばかり書いていて主役の柳瀬大輔(ジーザス)と芝清道(ユダ)のことを書く余裕がなくなった。とってつけたようだがひとことだけ触れると、「秋」オープン時は芝ユダに食われっぱなしだった柳瀬ジーザスがぐんと存在感を増しており、芝は「重量級」のイメージだったが動きにシャープさが加わっていた。

やっぱりとってつけたようになってしまった。

yana

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2004年7月 2日 (金)

チェリーコーク~KDDIと「サスケ」の関係

やっぱり、夏はコレだよね。

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ところで、KDDIの「INFOBAR」を見たとき、サントリーが1985年に発売した「冒険活劇飲料 サスケ」のデザインのパクリだと見破ったのは、日本で俺だけだったのだろうか?

誰も賛同してくれないと、そういうことにするぞ。

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2004年7月 1日 (木)

スプライト トロピカル リミックス

日本未発売のフレーバー。

ひとことで言うと、安いガムの味がする。

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ソニープラザで購入。

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