28日13時30分 Paper Mill Playhouse
昼前にマンハッタンを出て、一昨日雪の中をさまよったミルバーンへ再びやってきた。この日の公演は午後1時30分からである。
こんな雪の中を俺は歩いていたのか。
この看板を見落としていなければ、もう少し早くたどり着けたのだが・・・注意力が足りなかった。俺はコナンにはなれないと思う。
晴れていれば、郊外の美しい街である。
5分ほどで到着。太陽のありがたみをしみじみと感じる。自然と「太陽戦隊サンバルカン」の主題歌を口ずさむ。♪太陽が もしも なかったら~
ポスターの顔が雪に埋もれ、ミゼラブルな状況になっている。
窓口に行くと、おとといとは違ったお兄さんが座っている。「○○さんと話したいんだけど」と言うと「○○って、ウチにはいないよ?」との答え。うっ。おとといの体験は雪の人によるマボロシだったのか。弱ったなあ、と思っていたら○○さんが出てきた。単に俺の発音が悪かっただけのようである。その自分の名前をひどく発音されている声を聞いて顔を出してくれたのだから、菩薩さまのような人である。
「戻ってきたのね。きょうのショウで良かった?」とチケットを用意してくれた。感謝で声も出ない。阿呆のようにサンキューを繰り返し、お兄さんにも礼を言うと「ノープロブレムだ」とにこやかな返事。Paper Mill Playhouseの名を、俺はずっと忘れないだろう。
で、どうやらその席はボックスオフィスを取り仕切る○○さんがいざというときのためにギリギリまでリザーブしておく席、つまり劇団四季で言えば前日予約でリリースする席だったようで、どえらくいいポジションだった。もうこの人には一生頭が上がらない。
さて。ツアー版新演出のできはどうか。帝劇公演も、2011年の上演は従来演出で行うが、その次からはこの新演出になるのだという。なぜツアー版と同じにするのか不思議だが。
ここから演出についてネタばれします。先入観なく新バージョンを見たい方は、どうかこの先には足を踏み入れませんように。雪で埋まりますよ。
全体的に、演出が変わったというよりも、舞台装置が変わったという印象のほうが強い。レ・ミゼラブルの重要な演出手法である回り舞台を使わない以上、当然舞台装置は大きく変わるのだが、ツアーに合うように「簡素化」した、という雰囲気はあまりない。
むしろ、従来演出で舞台装置がほとんどなかったところに、新たに装置を投入したりしており、より舞台を作りこんだように感じる。考えてみれば、25年も前に作られた舞台装置より、技術がぐっと進歩している今の装置のほうが、効率的に演出を支えることができるかもしれない。
長く親しんできた演出が変わるのは受け入れがたい、という言い分もよくわかる。しかし、一回観てみれば「これはアリだな」と思う人は多いだろうと予想する。
ただバリケードややっぱり小さいと感じた。おそらくステージの大きさで調整するだろうから、帝劇ではもう少し大きくなり、違和感もなくなるかもしれないが。
回り舞台がなくなることで、アンジョルラスの最後はどうなるのか?と懸念するかもしれない。今回はある演出で別の形で見せるのだが、ここは賛否が分かれるところだろう。自分は、戦場の悲惨さ、ミゼラブルな状況を伝えているという点で許容できた。
むしろ課題として挙げるなら、個別のシーンの装置ではなく、全体を見てのことだと思う。レ・ミゼラブルでは、実はバリケード以外にはこれといって大きなセットはない。その分、バリケードも大きく見えるし、シンプルな場面では想像力を働かせることができる。それに対し、新版ではどの場面もそこそこにセットを作りこんでいる。今回の試みで最もチャレンジしているのは、そこが受け入れられるかだ。
また、背景に絵画を使っていることも特徴的だ。パリの街並みや下水道などを、絵によって表現するのだが、カキワリでなく、絵画を投影するのだ。ときどき、微妙にCGを使って動きを見せるところもある。しかしあくまで「映像」ではなく「絵」にすぎない。幕が上がる前にも1枚の絵画が投影されており、そこにはビクトル・ユーゴーのサインもあった。
もともとユーゴーレ・ミゼラブルを書き始めたときは、人間模様を縦糸にしつつ、フランス革命後の歴史と、当時のパリの様子を記録することが大きな目的だったという。ミュージカルとしてのレ・ミゼラブルは人間模様が中心にして、あとはそぎ落としているのだが、そこをうまく補う形となった。一方で、これも舞台装置と同様「想像力」を働かせる機会を失わせることにもなっている。
やはり、この評価は多くの人が観てから決まっていくのではないか。すべて新演出に切り替える、という方針を明確にしたとはいえ、反響次第では変更もあり得るだろう。
装置以外の演出変更ももちろんある。舞台の端のほうでやりとりをするシーンが、真ん中で演技するように変わった場面が多い。コンパクトな舞台でも演じられるように、ということだろう。
また具体的なところでは、「○○年 ○○」という、時間と場所を映し出すことがなくなった。そのかわりに、ジャン・バルジャンが司教様の心に触れて生まれ変わったあと、「Les Miserables」とタイトルがバーンと大映しになる。これは高まる。劇団☆新感線なんかがやっている手法だ。
あと、ガブローシュが戦場で歌う歌が、前のものに戻っていた。バルジャンとジャベールの「対決」には格闘戦が濃くなっていた。ほか、挙げていけば多くの違いはあるが、いずれも本質的な変化とは言えないものばかりだと思う。
カンパニーの面々に視点を移すと、全体的に歌唱力重視の布陣で、みな激しく歌いあげる。バルジャンも、ジャベールも、ファンティーヌも、エポニーヌも、そしてテナルディエまで。そのため、やや情感に訴える側面が薄かったようにも感じた。
その中でも突出していたのがアンジョルラス役のJeremy Haysで、誰もあんたにゃついて行かないよ、というような俺様アンジョルラスだった。その目には、マリウスも、グランテールも、市民も、誰も映っていない。見ていて実に面白かった。かつての岡幸二郎をちょっとほうふつさせる。
しかしここまでパワフルな歌声に満ちたレ・ミゼラブルもそうそう観る機会がないだろうから、ツアーのどこかで観る機会があったら、ぜひ足を運ぶことをお勧めする。天候には注意な。
とにかく、このツアー公演を観ることができてよかった。もういちど、支えてくれた皆さんに感謝をしたい。
Paper Mill Playhouse
http://www.papermill.org/
レ・ミゼラブル公式WEBサイト(ツアースケジュールも)
http://www.lesmis.com/
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